人付き合いが超がつくほど苦手なのに、人恋しい。秋だからだろうか。誰かに会ってみたい。いますぐ。走って行って。
秋萩が咲き出した。その人とともに秋萩が目に入る。黒揚羽が飛び回る。ふたりは久闊を叙するけれども、でもたしかに初めて出遭う人だ。それとも三世をひもとけば、縁がつながっているのかもしれない。なつかしさが込み上げる。
帽子の奥に黒い大きな瞳がある。瞳の中の意思がこちらを見ている。ジョギングの途中なのだろうか。シューズが白くて軽やかだ。僕は自転車を降りてみる。少年でもないのに、僕は少年のように怖じている。風船にことばの棘が刺さって壊れてしまいはしないか。僕は慎重に言葉を選ぶ。それまでに沈黙がある。
「やっと秋になりましたね」「ええ」「彼岸花を見つけましたよ」「もうあちこちに」などと他愛もない。ことばなんてどうでもいい。僕は帽子の奥のおだやかな瞳を見ている。見てはいけないもののを見るように。さっとすばやく。細い指先に笑みがこぼれている。
これから何処へ。いやここでお終いにした方がいいだろう。ここで会ったというだけにしておいた方がいい。僕はしばらくして手を挙げて去って行く。「あなたにお会いできたので今日はいい日になりましたよ」とお礼を述べて。妄想を去って行く。