なんでそうなるのか

青森県八戸市で公務員試験塾オクトを主催する岡政也のブログです。

トータル

2020-08-26 20:26:05 | 日記
トータルで考えて、プラスになればいい。
そうではあるが、これを実践するのは簡単ではない。
なんといっても、個々のマイナスに囚われる。そこでアツくなったり落胆したり。
つぎに、総合的とらえるのが難しい。全体を見渡すには細部を明瞭に把握したうえで、俯瞰的に考えなければならない。
さらに、時間が経たないとわからない、ということもある。俯瞰的にみるにはふり返って見る、ほうが楽にできる。
トータルでプラス、とは損得のバランスが取れている、ということでもある。難しいが、必要な考え方だ。


小銭

2020-08-25 18:05:37 | 日記
小銭を集めても小銭にしかならない。たまに焼肉代が浮く程度、にしかならない。
たまに食う焼肉はうれしいが。
塵も積もれば山となる、も正しいが、小さい山しかできない。


小さな節約は貴いが、小さな変化しか生み出さない。
大きく変えたいのなら、そこで満足してはならないのだ。
小は大を兼ねない。小銭を集めても金持ちには絶対になれない。





比べてしまうのは

2020-08-24 16:55:17 | 日記
幸せであるかどうかを人と比べてみても仕方がない、とは、全くその通りなのだが、なぜ比べてしまうのだろうか。
これが美味いか美味くないか、ならば他人がどう言おうと関係ない。自分が旨いと思えばうまい、だけのことだ。
これは、味覚、という感覚と、舌、という感覚器が一対一対応しているためで、健康ならばこの関係が揺らぐことはない。美味い、には実態がある。
たいして、幸せ、に、五感のどれが対応しているか、と言えばハッキリしない。感覚器でとらえることができないのなら、アタマで考えてから「自分は幸せである」と結論することになる。そこでリクツが必要になり、比較が行われる。
だから人と自分を比べない、ためには、「幸せであるかどうか」などと考えない方がいい。幸せであるかどうか、物語の登場人物に対しての感想として判定するのならいいが、自分に当てはめる必要ない。今日のご飯がおいしかったとか、今日のおしゃべりが愉快だった、で十分だ。


大人

2020-08-23 15:08:22 | 日記
大人になる、ということは、複数の立場から利益を考え調整できるようになることであり、悪事を見逃すようになることではない。
計画を現実的に考慮し、継続、修正、中止の判断を下すことであり、妥協をよしとすることではない。
純粋な気持ちを失うことではなく、純粋な気持ちで思ったことを実現するために、現実的調整を行うようになることだ。


便利な言葉を覚えると、それにかぶせてなんでも正当化しようとする。
でもそれは大人の態度ではない。


分断

2020-08-22 17:12:28 | 日記
世間の声、はノウの中だけで聞こえる。
あの時あの人がこう言っていた、というのも直接に聞いたことならば確かかもしれないが、非常に多くの場合間接的に聞いただけでありあてにならない。さらに記憶違いだってある。
隣の家の屋根が青だとか、昨日は雨が降っただとか、10人いれば10人が同じことを断言することでなければ確実とは言えない。
だが、確実ではないこと、おぼろげなこと、思い込み、勝手な想像を根拠として断言し、アタマの中で既成事実になる、というはよく見られる。
これがあまりに過ぎると断絶、分断に至る。


そうならないように、確かなものは何か、を見失わないようにしたい。