The Game is Afoot

ミステリ関連を中心に 海外ドラマ、映画、小説等々思いつくまま書いています。

『ハーリー・クィンの事件簿』アガサ・クリスティー著

2020-05-23 | ブックレヴュー&情報
「ハーリー・クィンの事件簿」創元推理文庫-2020/4/21

”The Mysterious Mr. Quin”
アガサ・クリスティー(著)、山田順子(翻訳)

《内容紹介》
常に傍観者として、過剰なほどの興味をもって他者の人生を眺めて過ごしてきた小柄な老人、サ
タスウェイト。そんな彼がとある屋敷のパーティで不穏な気配を感じ取る。過去に起きた自殺事件、
現在の主人夫婦の間に張り詰める見えざる緊張の糸。その夜屋敷にを訪れた不思議人物ハーリー・
クィン氏にヒントをもらったサタスウェイトは、鋭い観察眼でもつれた謎を解きはじめる。女王ク
リスティならでは深い人間描写が光る12編を収めた短編集。

大昔読んだ時は確か『謎のクイン氏』という日本語タイトルであったと思います。
今回は、”アガサ・クリスティー デビュー100年!” にあたり新訳、改訂版として新しく出版され
た版です。
何しろ前に読んだのは何時か覚えていない程の昔の事なので、今回殆ど初読みと言った感じでの再
読です。

12編の短編は、
ミスター・クイン、登場 : ”The Coming of Mr. Quin”
ガラスに映る影 : ”The Shadow on the Glass”
鈴と道化服亭にて : ”At the’Bells and Motley’”
窓に描かれたしるし : ”The Sign in the Sky”
クルビエの心情 : ”The Soul of the Croupier”
海から来た男 : ”The Man from the Sea”
闇の中の声 : ”The Voice in the Dark”
ヘレネの顔 : ”The Face of Helen”
死せる道化師 : ”The Dead Harlequin”
翼の折れた鳥 : ”The Bird with the Broken Wing”
世界の果て : ”The World's End”
ハーリクインの小径 : ”Harlequin's Lane”

この短編集に於ける探偵役はポアロでもミス・マープルでもありません。
60代後半の裕福で独身のサタスウェイト氏。 社交界に広い交友関係を持ち、絵画、演劇などの芸術
にも深い造詣を持つ紳士であるが、他人の人生の傍観者であり、優れた洞察力を持っています。
もう1人の探偵役(?)はハーリー・クイン氏。
ハーリー・クィン(Harley Quin)は名前から分かる様に、イタリアの即興喜劇の道化師ハーレクイン
(Harlequin)←イタリア語でのアルレッキーノ(Arlecchino)をイメージさせる謎の男です。
最初の「ミスター・クィン登場」で突然サタスウェイト氏の前に現れ、そこで起きた不可解な事件に
ついて語るサタースウェイト氏にキッカケを与え(キューを与え)る事により、真実へ導いていく。
クィン氏自体積極的に探偵として動く訳ではなく、サタスウェイト氏の優れた観察眼を刺激し、物事
の本質を暗示、糸口を示唆するだけで、気付きを与え、その後いつの間にか静かに去って行く。
又、その後事ある毎に心の中でクイン氏の登場を期待するサタスウェイト氏の前に現れ、共に事件
を解決して、毎回いつの間にか姿を消す謎めいたクィン氏の正体は・・・・。

どのお話も恋愛絡みの要素があり、幻想的な要素もありながら クイン氏の不思議な存在感と共に
ミステリ部分もクリスティならではの謎解きも納得できる結末になっています。

果たしてクイン氏は実在の人物なのか、幻なのか。
”見えない人”、”来ては去って行く人”、”どこの世界にも属さない人”である彼の実態、素性は
「海から来た男」でそれとなく示唆されていて、物悲しい思いをします。
そして、
”傍観者”として存在して来たサタスウェイト氏は、最後の「ハーリクィンの小径」でクィン氏から
ある結論を突き付けられることになる。

先に書いた様に、ハーリー・クィン(Harley Quin)は ”Harrlequin” のもじりですが、サタスウェイト
(Satterthwaite)は ”sat there to wait” (そこに座して待つ)にひっかけた名前であるのでしょうし、
”観客”の役割を与えられ、あちこちで数々の人生劇を見る事になり、クイン氏が”触媒”となり、その
謎ときをしていく。
と言ったゆったりと流れる 幻想味を帯びた、不思議でありながら クリスティならではの人間描写
も楽しめる素敵な作品だと再度感じさせられ読了致しました。