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ヌーおぢさんは投稿する

ネタが尽きるまでで始まり、現在に間延びしている・・・

年が明けた

2013-01-02 05:00:00 | 雑記
年々月日が経つのが早いと感じて幾星霜。

今年も早かったな~っと年末を迎えた。



そして、今年も早く過ぎるんだろうな!などとほざきながらの元朝を迎えた。



こんな明るい景色の年にしたいものである。

道の駅「指宿」より






小さくても噴火できる年にしたいものである。

懐かしき電燈:宮島にて

2012-12-30 22:30:00 | 雑記
宮島に「岩惣(いわそう)」という宿が厳島神社近くにある。

消防署の横に建っているが、旅館の車の駐車スペース用?として使われている感じの建物。

その天井にぶら下がっている。

旅館自体は、もう少し奥に入った先にある。



随分と長く使用しているのだろう。また、電球部分に埃がてんこ盛りに。

ハローキティ入浴剤

2012-12-23 05:00:00 | 雑記
嫁さんがコンビニの500円クジを。

欲しいものの中での当てが外れ、入浴剤となった。



封を切ると立ち上がる匂いは、かなりの香料臭である。

嫁さんが好きでない香りであった。

で、私が使って見た。



「スクワランの香り」は薄黄色。

投入時はそんなに悪いとは思わなかったが、突然「臭いっ!!」

ドブ?! 生ゴミ?的なニオイに包まれてしまった。

これはイカン!!





「ジャスミンの香り」はビロード的な赤色。

ドキドキしながら浴槽へ投入。

スクワランよりは良い香りである。(ひと安心

私は大丈夫であるが、嫁さんは好きでない香りだと。



嫁さん曰く、天下のサンリオがこんな香りのものを出すなんて!

キティ好きの嫁さんは暫く、ブツブツと言っていた・・・

生まれた日である。

2012-12-19 19:30:00 | 雑記
私は、昭和生まれである。(人口の大半はそうである

人生の折り返し地点を、遥かに過ぎて久しい。


後は、指折りカウントダウンを眺めるだけである(ネガティブである・・・


この世に、そ~っと広島の片隅に生を受けた。

ひっそりと過ごしてきた。(本当か?



そして、静かに栄養を取り込みながら息をしてきた。

何時の間にか、おぢさんとなった。

そして、中年太りの最たる姿に至ったのである。


こうして、生まれた日をしみじみと振り返る今日であった。(?




そ~っと帰宅すると、ピアノの音が。

はっぴバースデ~てゅ~ゆ~・・・・

嫁さんが扉を開けて「にたっ!」(生徒が休みで本日のレッスンは終わっていた


何はともあれ、酒をグイッと!

私に、乾杯!

久しぶりに虹を見る!

2012-12-14 05:00:00 | 雑記
今年の9月、古賀SAに寄った時に大きな虹が姿を出現!周囲では皆が喜んで撮っていた。


忘れるくらい見ていなかったので、観れた!という感が。(ご多分に漏れずに!



SAを出た後も続いていたので嫁さんに、宜しく!!などとほざいてカメラを渡す。

えエもんを観させて貰ったとほくそえむ二人であった・・・



ちなみに、コンパクトデジカメの自動絞りでは明るすぎて虹は分かりづらい。

画像処理を。で、周囲は暗い・・・

おおたけ ぐるり map

2012-11-29 05:00:00 | 雑記
私の住む大竹市で、飲食店中心に雑貨や工房等を女性から見た地域紹介マップが発行された。

企画制作「大竹市を女子目線で町づくり。」PiNECoNesと(HPはこちら)。

後援は大竹青年商工会議所。



意外とこのマップは知られていて、嫁さんのピアノ生徒のママさんたちが活用。

といっても、飲食店に限られるのだが・・・

ママさんたちは転勤組が多く、地域の情報収集には熱心なようだ。

それが一つの実情か?!でも、良い事である。



半月くらい前だったか、地元地方紙の中国新聞にこのマップの記事紹介があったのである。

佛圓桃子リポーター

2012-11-24 05:00:00 | 雑記
佛圓という名は珍しい。

私がまだまだ初々しい?高校時代の同級生にこの苗字を持った、友人の友人がいた。

(おオよくあるパターンだ!)

なので、彼(その友人とは男なのである)と喋ったことはほとんどない。



テレビ新広島「満点ママ」に最近、登場するリポーターが佛圓桃子。

余り見かけない苗字と漢字で、高校時代を髣髴と(私も人のことは言えん苗字だが・・・)

その親戚縁者なのか?



以前にも何人か紹介したが、知人・縁故者を公共の中で見かけるのは不思議な感じだ。

凄い数の人が居て、さらにその中で知人や関連した人を見るという凄い確立だと。

湯郷ベーレと宮間選手

2012-10-27 05:00:00 | 雑記
女子クラブサッカーチーム湯郷Belle・宮間選手。

現在、日本代表「なでしこジャパン」の主将として知られる。

宮間選手を見ると思い出す。湯郷温泉へ行ったときの出来事を

宿で従業員から熱い思いを聞いたことが忘れられない。

当時からの湯郷Belleを応援する、地元の人達の厚い思い応援する姿には感動である。



湯郷温泉へ初めて行ったのが6年前で、当時は女子サッカーにとって大変でありながらも

ひとつの変革の時期でもあったと思う。

「なでしこ」という名称を使用し始めたのが、この頃ではなかったろうか。

この頃の宮間選手はチームの中心であったのだと思う。

私がこのチームを知ったのはこの頃だった。名前だけだが・・・

昔の水路:柳井市

2012-10-26 19:00:00 | 雑記
柳井市には1600年代から1800年代にかけて作られた水路がそのまま残されている。

家周りや道路の下などに張り巡らせて、川へ流していた。今で言う下水路だ。


商家博物館「むろやの園」という県指定文化財の傍らに、復元されものが設置されている。

高さ45cmの石を3段に積み重ねた構造で、なかなか立派な造りや構造となっている。

復元整備されたのは150mの長さで深さ85cmという。

石の隙間や底面は赤土漆喰が使われているそうで、当時の工法を再現している。

せせらぎ水路と命名している。






柳井は商業町と発展しているので、町屋というより蔵屋的な建物が多い。

白壁の町という発展にもなっており、路地にはそんな名残が多い。


そんな路地にも雨水などの排水水路が形を変えてはいるものの、その名残が窺える。

でも、路地に好き勝手に入ると思わず他所様の玄関先や庭に入ったりで「げッ?!+*」てな

ことも少なくはない。注意である・・・

ザトウムシを久々に見る

2012-10-03 05:00:00 | 雑記
虫は嫌いという人は多い。で、脚の長い虫はもっと嫌いであろう。

その中に「ザトウムシ」というのが。それを。


山間にある滝を見るのは好きであるが、岡山・恩原高原付近の岩井滝を見に行った時に。


足が長く(短い種類も居る)クモと同じ8本足で、豆に針金の足をつけたような独特の姿。

長い足で探りながら小刻みに歩く様子から座頭虫の名が。その雰囲気はSF的でもある。

画像中央の足の長いもの:苔の上を歩いている・種類は?(2011年10月撮影)



見てくれは分類的にクモに近いが、クモでない。体だけを見るとダニの形態にも似ている。

総じて同じような分類学的形態なので、そんなもんであろう。

見かけたのは15cm(動体として)くらいの大きさだろうか。


世界で5000種近く、日本でも100種近くが知られている。結構いるのである。

多くが森林に生息し、低木や草の上、岩陰などで生活する。

主として肉食で虫などを食べるが、総じて雑食性でキノコ・苔なども。




アメリカでは「あしながおじさん(Daddy Longlegs)」の愛称がというがイメージ的にねエ。

一方ではガガンボという大型の蚊(分類的に蚊に近い:刺さない)をも指すと言う。

アニメや映画のモデルデザインとして使われることも多いようで。



久々にお目に懸かったので、暫し眺めていたら岩陰に隠れていってしまった。

1週間ぶりだ!

2012-09-20 19:24:06 | 雑記
お久である。アップをこれだけ空けるのは何時以来だろうか。


私自身も含めて色々な部分で取り巻く環境が変化。

3~5年毎で大きく変化している、する、という事態が発生している。

とはいえ、長い人生である。色々なことがあって当たり前なのであるが。



ブログを始めた頃は、身体や取り巻く環境が大きく変化があった頃だった。

ただ、その環境を受け入れて日々を過ごすのではなく「何かを」ということがあった。

そこで真っ先に出てきたのが趣味的なことを新たに行ってみたいと言うことに結びついた。

webという媒体を通して、当時の各種HPやサイトに通じて幾ばくかの情報を得ていた。

それで取り掛かったのが、この当ブログであった。



当時、ブログはSNSと呼ばれる一つとして存在していた。(今でもそうだが

大勢は個人的なHPが多く増加の一途であった。が、立ち上げに時間と労力を要していた。

そんな折に、ざっくりとした内容ではあるが簡単に気軽にHP的な材料を揃えるのでドウゾ!

てなことで、ブログサイトが乱立し始めていた。私もそれに乗っかったと言うことである。



gooブログも私が登録した頃は約30万程度であったが、今は175万ブログを超えている。

隔世の感がある。他サイトも凄いことであろう。

そんなPCを使ってのSNSは、携帯の普及とスマホを代表とする高機能充実により変化。

また、ツィッター・フェイスブックの登場でPCよりもっと気軽に、簡単になった。


イヤっ!すごいな!


なんて言いながら機能が低い「携帯」を持ち歩き、PCによるwebを愛している私なのである。

写真館は売り物件

2012-08-21 05:00:00 | 雑記
以前、嫁さんのピアノ発表会の撮影依頼で、地元の写真館に依頼。

ところが、メモリーカード画像の誤消去憤慨事件があった。

謝罪も無く、経緯のみ話すだけに終始した写真館だった。




先日、1000円カットの店が近くにあるので通りかかると。。。。


潰れたのか、移転したのかは不明。



地元のことなので難癖と見られるのも嫌だったことから、声を荒げた言い方はしなかった。

とはいうものの、このようなことをアップしていると言うことは何らかのルートでこの文面を

知られて、面と言っているも同じなのではあるが・・・・

デジカメ落下させる

2012-08-16 05:00:00 | 雑記
今年の春先である。

出かけようとデジカメを持った。

そのとたんに、私の意志とは無関係に指から(手ではない)するりと抜けて行った。


あっと思った瞬間、廊下の床に高さ約50cmから激突?!

しかも、本体の角が床と衝突。


あわわと思いながら電源を入れる。

レンズ繰り出し不良の表示が出て・・・・・(涙・ナミダ・なみだ






仕方ないので、新規購入と相成った。

田舎の風呂は薪をくべる

2012-08-13 05:00:00 | 雑記
お盆には早いが、お袋さんを連れて田舎へ墓参へ。

祖父は既に他界しており、祖母は百寿を前にしているがホームに居る。

ので、田舎の家は誰一人としていない。

墓も含めて、隣の親戚が家を守ってくれている。


その親戚に挨拶を。

元気そうで何よりであったが、ふと見ると煙が。

いまだに、木をくべて湯を焚いてるんじゃの~と、街中に住むものにとって感動ものだった。

黒い雨に打たれて

2012-08-07 05:00:00 | 雑記
私の父は黒い雨に打たれている。それ以外の詳細は聞かされていない。

ただ、悲惨な惨状だったとだけ。聞いても口が非常に重く閉ざされていた。

母も父からはほとんど何も聞いていない。喋らなかったと。



6日、仕事帰りに実家に寄った時に、慰霊祭のニュースを見ながらお袋が語った。

母から初めて聞いた話が、幾つかあった。



母は旧 加計町の山奥に住んでいた。その日の朝は突然の強風が吹いた。

加計の街中の生徒(国民学校)らとともに麻を縫う仕事を手伝っていた。

何事だろうかと思った。午後、黒い雨が降った。

真っ黒では無くかなりの薄墨のようで、白い服が汚れると言うのが分かる程度。

黒い雨の範囲が取り沙汰されているが、加計での降雨は単なる埃を含んだだけのものなのか、

放射能物質を含んでいたのか。



お札が田んぼに落ちていたと後年、祖母が母に語った。

上昇気流に乗り、数十キロ先まで吹き飛ばされていたのである。



父は持病で痔ろう持ちであったが20代には年々悪くなり、出血も酷くなっていった。

夏でも股下(ステテコ)を何枚も持ち歩いて仕事をしていた。

医者からは40才までは元気で居られるかどうかと。

これが黒い雨によるものかどうかは不明。



父の祖父は50代で他界、長男の父は一家の大黒柱として年の離れた兄弟の面倒を。

皆が働けるようになり、30代になってからの結婚だった。

家族と自分の健康と言うことで結婚に対してどのような思いであっただろうか。

母は黒い雨のことを後年、父から聞いたそうだが私が無事生まれてからのこと。

幸いにも父は40代を無事乗り切った。



父が50代の時に精密検診を受ける機会が。

結果、何ら問題無いことに非常に喜んでいたと母から聞かされたことが印象的に残っている。

黒い雨に打たれていることから尚更、私の記憶に鮮明に残っている。



祖父(母の父)は満州より引き揚げ後、勤労奉仕で安佐南区(現 祇園小学校)にいた。

祖母が様子伺いで祇園小学校へ訪ねて帰宅した翌日に、原爆が投下された。

幸い祖父は無事であったが、直後から一ヶ月に亘り市内の片付けを行った。

亡くなった人を引っかき棒で山に積んで火葬。あちらこちらに人の山が。

異様な臭いが至るところに充満して酷かったと。

それ以降は、原爆についてほとんど話さなかったという。



父も祖父も語れないほど、口を閉ざすほどの惨状を見た。

その両名が逝って久しい。その口が開かれることは無い。

どのような思いであったのか。今では、それは定かでない。



今、その胸の内を勇気をもって開かれて語られる人が語り部として、次世代へ向かってと増え

ているという。

悲劇を過去のものとして封じ込めてはいけないのである。