知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

旧著作権法における映画の著作者及び著作名義の解釈

2008-08-05 07:37:21 | 著作権法
事件番号 平成19(ネ)10082
事件名 著作権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日 平成20年07月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 映画の著作物の保護期間に関する我が国の法令の概要
(1) 旧著作権法は,映画の著作物の保護期間を,独創性の有無(22条の3後段)及び著作名義の実名(3条),無名・変名(5条),団体(6条)の別によって別異に取り扱っていたところ,独創性を有することにつき争いがない本件映画の保護期間については,本件映画の著作名義が監督等の自然人であるとされた場合にはその生存期間及びその死後38年間(3条,52条1項)とされるのに対し,映画製作者の団体名義であるとされた場合には,本件映画の公表(発行又は興行)後33年間(6条,52条2項)とされることになる。

(2) 旧著作権法は,昭和46年1月1日施行の新著作権法により全部改正された。新著作権法は,映画の著作物及び団体名義の著作物の保護期間を,原則として,公表後50年を経過するまでの間と規定する(54条1項)とともに,その附則2条1項において,「改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については,適用しない」旨の,また,附則7条において,「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については,当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第2章第4節の規定による期間より長いときは,なお従前の例による。」と定めた。
・・・

(3) 平成15年改正法が平成15年6月18日に成立し,平成16年1月1日から施行された。これにより,映画の著作物の保護期間は,原則として公表後70年を経過するまでの間と延長される(上記改正後の54条1項)とともに同改正法附則2条は「改正後の著作権法・・・第54条第1項の規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については従前の例による。」と定めた。

(4) 本件映画の著作者及び著作名義が映画監督,すなわち黒澤監督であるとした場合には,その生存期間及びその死後38年間,すなわち,当事者間に争いのない黒澤監督が死亡した平成10年の翌年から起算して38年後の平成48年までの間となる(・・・)。
これに対し,上記映画につき,映画製作会社の著作名義であるとした場合には,団体名義の著作物として公表後33年間,すなわち昭和58年までの間となるが,附則2条1項により新法を適用し,公表後50年の保護期間とした場合は,本件映画が公表された昭和25年の翌年である同26年から起算して50年経過後の平成12年となるところ,附則7条により,保護期間の長い平成12年までの間となる。


(5) したがって,本件における法解釈上の主要な争点は,旧著作権法の解釈として,本件映画の著作者及び著作名義をどのように考えるべきかである


2 本件映画の著作者について
(1) 旧著作権法における著作者の意義
ア 新著作権法は,著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(2条1項1号)と定義するが,旧著作権法は,「・・・」(1条1項)と規定するものの,著作物とは何かを示す定義規定を設けていない。

しかしながら,旧著作権法下においても,著作物とは,「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現たることを要す」(大審院昭和12年11月20日判決・法律新聞4204号3頁参照),「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であって,客観的存在を有し,しかも文芸,学術,美術の範囲に属するもの」(東京地裁昭和40年8月31日・下民集16巻8号1377頁参照)などと解されており,これらは,実質的に見れば,新著作権法における著作物の定義と同義であり,また,新著作権法の立法過程において,旧著作権法に比し著作物の意義が変更されたことを窺わせるに足りる事情もないことからすれば,旧著作権法の保護対象とされる著作物は,新著作権法のそれと同義であると解するのが相当である

 そして,著作者が著作物を創作する者であることは,新・旧著作権法において変わりがないものと解され,前記の裁判例にみられるように,「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現」,「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白」という事実行為としての創作行為を行うことができるのは自然人であることからすれば,旧著作権法において著作者となり得るのは原則として自然人であると解すべきである

イ もっとも,新著作権法は,法人等における著作物の創作の実態等から,一定の要件の下に法人等の被用者が職務上作成する著作物についてその著作者を当該法人等とする職務著作の規定(15条)を設け,前記原則の例外を規定している。
すなわち,・・・こと等の法人等における著作物の創作の実態や当該著作物の利用の便宜の必要性等を考慮し,新著作権法は,一定の要件の下に法人等が著作者となることを認めている。

新著作権法15条は,同法の施行前に創作された著作物には適用されない(新著作権法附則4条)が,旧著作権法6条は,「・・・」と規定するところ,同条は,後記のとおり団体著作物の保護期間を定めた規定であると解されるが,更に法人等の団体が著作者となり得ることを前提とした規定であると解する余地もないわけではなく,新著作権法における職務著作の規定の実質的な根拠とされた上記の法人等における著作物の創作実態及び利用上の便宜の必要性等の事情は,旧著作権法の下においても程度の差こそあれ存在していたものと推認することができることからすれば,旧著作権法においても,新著作権法15条1項所定の要件と同様の要件を備える場合には法人等が著作者となり得る場合があるものと解するのが相当である(東京高裁昭和57年4月22日判決・無体裁集14巻1号193頁参照)。

(2) 旧著作権法における映画の著作物の著作者
 本件映画のような劇場用映画は,概ね,映画製作会社の委託を受け,・・・など多くの者の協同作業により製作されるものと認められ(・・・),映画の著作物の創作行為については多数の者が関与していることから,新著作権法は,著作者となるべき者を明確にするため,16条において「映画の著作物の著作者は,その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」と規定したが,同条は新著作権法の施行前に創作された著作物には適用されず(新著作権法附則4条),また,旧著作権法は,その22条の3前段において映画の著作物について,「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸,学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス」と規定するのみで,映画の著作物の著作者を定めた規定は存在しない。

 しかしながら,前記(1)で説示したとおり,著作者となり得る者は原則として自然人であり,これを前提として上記の劇場用映画の製作実態を踏まえて旧著作権法の下における映画の著作物の著作者となるべき者を検討するならば,少なくとも制作,監督,演出,撮影,美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は,当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当であり,新著作権法附則4条の規定もこのような解釈を妨げる趣旨のものではないというべきである

(3) 本件映画の著作者
 そして,黒澤監督は本件映画の監督を務め,脚本の作成にも参加するなどしており,本件映画は黒澤監督の一貫したイメージに沿って製作されたものであると認められる(甲第1,2号証,第11号証,乙第22~24号証)から,黒澤監督は本件映画の全体的形成に創作的に寄与した者であり,著作者の一人であると認められる。

(4) 当審における控訴人の主張に対する判断
 控訴人は,映画製作の実態及び新著作権法の立法過程からすれば,旧著作権法の下においては,映画は映画会社などの映画製作者の単独著作物であると解釈すべきであると主張するが,以下の理由から,控訴人の主張を採用することはできない。

ア 前記(1)で説示したとおり,映画の著作物の著作者は,原則として,事実行為としての映画の創作を行う者と解すべきであり,映画製作の実態を見ても,そのような創作行為を現実に行う者は,監督,演出,出演,撮影,美術等を担当する自然人であって,映画会社等の映画製作者ではないから,新著作権法15条1項所定の要件と同様の要件を備える場合でない限り,映画製作の実態から映画が映画製作者の単独著作物であると解釈すべき理由はない。

 そして,本件映画は旧大映が製作したものであるところ,黒澤監督又はそれ以外の者で本件映画の全体的形成に創作的に寄与した者が旧大映の被用者として,その職務上本件映画を作成したことなど旧大映が本件映画の著作者となるための新著作権法15条1項所定の要件と同様の要件を具備するとの点については,控訴人の主張立証がない

 したがって,映画製作の実態からみて,本件映画を映画製作者である旧大映の単独著作物であると認めることはできない。
・・・