知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

引用例からどのような発明を抽出し得るか

2006-09-18 21:23:38 | 特許法29条2項
事件番号 平成17(行ケ)10562
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 佐藤久夫

『原告は,引用発明は,自動車のヘッドランプのような照明装置であるから,ヘッドランプから前方に出射される照射光束は平行光束であることが必須の前提である,と主張する。
・・・(中略)・・・
引用例記載の「光偏光器」は,具体例としては自動車のヘッドランプを構成するものが説明されているものの,自動車のヘッドランプはあくまで「光偏光器」の適用対象の一例を示したものと認められる。そして,引用例に記載されたような,偏光方向を1方向に揃えて出射する光偏光器を,自動車のヘッドランプとは異なる用途の照明装置(主に投影型表示装置)に用いることが周知であること(乙1~乙6)に照らせば,引用例に接した当業者は,引用例記載の「光偏光器」は,自動車のヘッドランプに限らず,その他の照明装置にも適用可能なものとして理解し得るというべきである。
そして,自動車のヘッドランプにおいては,照射光束が平行光束であることを要するとしても,引用発明をこれと異なる照明装置に適用する際にまで,照射光束が平行光束でなければならないわけではない。したがって,引用発明において出射される照射光束は平行光束であることが必須の前提であるとする原告の主張は採用することができない。
・・・(中略)・・・
引用例記載の「光偏光器」が自動車のヘッドランプに限らず,その他の照明装置にも適用可能なものとして理解し得ること,及び,自動車のヘッドランプにおいては照射光束が平行光束であることを要するとしても,引用発明をこれと異なる照明装置に適用する際にまで照射光束が平行光束でなければならないわけではないことは,上記1において説示したとおりである。原告の上記主張は,前提を欠くものであって,採用できない。
(3) そして,この種の光偏光器において光が入射ないし出射するためのレンズなどの光学系を具体的にどのように構成するかということ自体は,当業者であれば,用途に応じた機能を得られるように設計上適宜工夫し得るものであることも,上記1において説示したとおりである。』

発明の目的に記載された定性的な要求事項を「欠くことができない事項」として記載すべきか

2006-09-18 21:11:49 | 特許法36条6項
事件番号 平成17(行ケ)10614
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官佐藤久夫

『原告は,審決が,シリンダー型ミシンにおける主軸と針板との縫い調子の良い位置関係は技術常識であって,殊更特許請求の範囲に記載する必要はないとして無効理由1を排斥したのは誤りであると主張する。
原告が,審決の上記判断を誤りとする理由は,本件発明は,単にシリンダー部を小型化することを目的とするものではなく,「主軸を針板に対して縫い調子のよい位置に配置しながらも,シリンダー部を小径化して,手首部のような小径縫製物の縫製にも適用することができるシリンダー型ミシンを提供することを目的とする」(本件明細書の段落【0006】)ものであるから,良好な縫い調子を担保する主軸と針板との位置関係は本件発明の目的を達成するために必要不可欠な事項というべきところ,本件明細書の特許請求の範囲にはこのような位置関係は特定されておらず,しかも,シリンダー型ミシンにおける主軸と針板との縫い調子の良い位置関係は技術常識でないから,なぜ本件発明のように構成すれば良好な縫い調子が担保されるのかが不明であり,本件明細書の特許請求の範囲の記載は発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しているとはいえないというものである。』

『特許法36条5項1号,2号には,特許請求の範囲の各請求項には,発明の詳細な説明に記載された発明であって,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨規定されている。しかし,特許を受けようとする発明の内容自体は,特許請求の範囲の請求項の記載に基づいて確定すべきであって,請求項の記載を離れて,発明の詳細な説明に記載された発明の目的,構成,効果から,特許を受けようとする発明を特定することは許されず,また,請求項に記載された事項に基づいて特許を受けようとする発明が明確に把握できるのであれば,請求項にそれ以上の事項を記載することは求められないと解するのが相当である。』

『本件明細書の上記各請求項の記載によれば,・・・(中略)・・・ようにされていることが認められる。上記認定によれば,本件発明における「針板」と「主軸」とは,それぞれがベッド部における「シリンダー部の上面」,「ベッド部主部内」に配設されており,「主軸」の運動が「針板」の送り歯用溝に対して出没する前送り歯及び後送り歯の楕円状の循環運動に変換伝達されるという関係を有することが明確に理解できものであり(請求項に記載されていない事項を付加して,これらをより技術的に限定して解釈することは許されない。),特許を受けようとする発明の構成として欠けるところがあるということはできない。』

『上述したとおり,本件発明に係る特許請求の範囲(請求項1~3)の記載において,本件発明における主軸と針板について不明確な点は存在しないのであるから,それ以上に主軸と針板との位置関係を特定する必要はないのであるし,そもそも,本件明細書の各請求項に記載された発明との関係において,主軸と針板との縫い調子の良い位置関係が問題とされる余地はなく,かかる位置関係が技術常識であるかどうかは,各請求項の記載とは無関係である。したがって,上記位置関係が技術常識であるかどうかを問うまでもなく,本件明細書の特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないということはできないものであるから,審決の上記説示の誤りは審決の結論に影響しないものである。』

『原告は,「縫い調子」の良い位置関係というものがどのような構成を指しているのかが不明である上,技術常識でもなく,また,本件発明においては技術常識に照らして「縫い調子」が劣るものとなるはずであるから,本件明細書の特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項が記載されていない旨縷々主張する。・・・(中略)・・・念のため原告の上記主張について付言しておくこととする。
弁論の全趣旨によれば,「縫い調子」とは,「布地の縫い上がりの総称で,糸調子,布縮み,縫い目の配列などのでき上がりをいう」ものと解され(「JIS用語辞典VI 繊維編」(1978年11月1日)621頁),縫い上がり品の品質に関する定性的な判断基準であると認められるところ,ミシンにおいては,その維持,向上が要請されるものであることは明らかである。したがって,本件発明を実施するに当たっても,当然に「縫い調子」の良いものが設計,製造されることになるが,仮に「縫い調子」を維持,向上させるための技術常識が存在するなら,当業者はその技術常識を考慮するはずであるし,技術常識というものが存在しないとしても,製品化の段階において,「縫い調子」を良くするように試行錯誤しつつ具体的設計を図るものである。すなわち,「縫い調子」は,あくまでも定性的な判断基準にすぎず,本件発明を実施化する段階において主軸と針板との位置関係を含めて,適宜設計できるものというべきであるから,「縫い調子」の良い構成が不明であり,本件発明においては「縫い調子」が劣るものとなるはずである旨の原告の主張は,にわかに採用することのできないものである。』