知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許されたクレームが明確なとき参酌は許されるか

2006-09-30 07:25:32 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10007
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成18年09月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

特許法70条,特許法36条

『特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。
ところで,特許明細書の用語,文章については,①明細書の技術用語は,学術用語を用いること,②用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,③特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,④特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。
また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。
そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。』

『控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。
 しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。
 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。
仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。』

『3 本件特許発明の特徴について
(1) 前記第2の2において引用する原判決の「事実及び理由」欄の第2の1(2)記載のとおり(別添特許公報参照),本件特許発明1の特許請求の範囲には,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップと,垂直方向読出信号および水平方向読出信号が入力され,指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力する座標回転処理手段と,図形発生手段と,を備え,前記第1の読出信号を前記マップに供給して該マップより読出順序データを得,該読出順序データと前記第2の読出信号とを前記図形発生手段に供給して図形データを得,該図形データによって図形表示を行う図形表示装置であって,前記図形発生手段は,ピクセル単位で,前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得,図形を回転表示することを特徴とする図形表示装置。」,本件特許発明2の特許請求の範囲には,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップを設けるステップと,垂直方向読出信号および水平方向読出信号を受け取って,指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力するステップと,前記第1の読出信号に基づいて前記マップから読出順序データを得るステップと,前記読出順序データと前記第2の読出信号とから図形データを得,該図形データによって図形表示を行うステップと,を備える図形表示方法であって,図形表示を行う前記ステップが,ピクセル単位で,前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得,図形を回転表示するステップを含むことを特徴とする図形表示方法。」との記載がある。
 しかし,上記記載中の「垂直方向読出信号および水平方向読出信号」,「第1の読出信号」,「第2の読出信号」,「座標回転処理手段」,「図形発生手段」,「読出順序データ」等の用語は,特定の意味で使用されている抽象的かつ機能的な表現であるため,当業者において,それがいかなる技術的意義を有するのかを理解することができない。また,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータ」,「図形データ」,「ピクセルデータ」等の用語は,それ自体として一般的な意味を理解し得ないでもないが,これら相互の関係,さらには,「読出順序データ」,「第1の読出信号」,「第2の読出信号」との関係が不明であり,当業者は,特許請求の範囲の記載によっては,本件特許発明がいかなる発明であるかを正確に把握することができないといわざるを得ない。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明(実施例を除く)には,次の記載がある。
・・・・』

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