知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許請求の範囲の減縮についての判断事例

2008-02-24 21:06:09 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10439
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,以下のとおり,
本件訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記,誤訳の訂正又は明瞭でない記載の釈明を目的とするものではなく,特許法134条の2第1項各号のいずれにも該当しない不適法なものであるから,本件特許の請求項1及び6に係る発明は,本件訂正前のもの(本件発明1及び6)として特定されるべきであり,
②本件発明1及び6は,引用発明及び引用例2記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由は理由がないと判断する。

1 取消事由1(本件訂正の訂正要件充足性の判断の誤り)について
 本件訂正中の訂正事項hは,インクタンクのラッチレバーについて,「・・・」との構成を付加した訂正である

 確かに,上記文言を付加したことによって,形式的には,特許請求の範囲を限定することになる。しかし,訂正事項hは,その内容を実質的に検討すると,訂正事項の記載が明確でないのみならず,訂正明細書の「発明の詳細な説明」欄における実施例に関する記載及び図面を参酌してみてもなお,後記「ポップアップ機能」を実現するための構成を明確に示していない
 結局,本件訂正は,訂正事項hが付加され,インクタンクの発明であるにもかかわらず,ホルダとの相互関係ないし協働関係を不明確なまま構成要素として含んだことによって,特許請求の範囲(請求項1)を全体として不明確とするものであるから,特許請求の範囲の減縮に当たるか否か判断することすらできないものであって,結局,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正ということはできず,また,誤記,誤訳の訂正又は明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正ということもできない。
その理由は,以下のとおりである。

・・・

(2) 本件訂正の許否についての判断
(ア) 以上認定した事実を前提として,本件訂正の許否について判断する。
 すなわち,まず,訂正事項hにより,インクタンクのラッチレバーについて,
「第2係合部と第2係止部とが係合状態にあるときは内側に弾性変位した状態となる一方,操作部がインクタンク本体側に押されて第2係合部と第2係止部との係合が解除されると,ラッチレバーの復元力で第2係合部と下端部との間の部分がホルダの内壁に当接して装着する際とは逆の方向にインクタンクを回転させ,インクタンクの他側面側が持ち上がった状態となるよう前記下端部から外側上方に向かって傾斜している」
と構成を付加したことが,特許請求の範囲の記載の減縮を目的としたものといえるか否かについて判断する。

 確かに,訂正明細書に記載された実施例には,ラッチレバー32aを内側に押し込み,ラッチ爪32eとラッチ爪係合穴60jとの係合を解除することによって,インクタンクが持ち上がることが記載されている(原告の主張に合わせ「ポップアップ機能」との語を用いる場合がある。)。
 しかし,同記載に係る「ポップアップ機能」は,あくまでも,ホルダの内壁が,その下端部から外側上方に向かって傾斜した側断面形状を有し,ラッチレバー32aの傾斜はホルダの壁よりも大きくなっていること等,ラッチ爪を含むラッチレバーの具体的形状やホルダの内壁の具体的形状等の相互関係に依存するものであって,インクタンクとして規定された構成のみによって,常に実現するというものではなく,インクタンクとホルダとの間に一定の条件が成立することによってはじめて実現するものにすぎない

 以上のとおり,訂正事項hは,記載自体が明確でないのみならず,発明の詳細な説明欄における実施例に関する記載及び図面を参照してみてもなお,ポップアップ機能を実現する事項に係る構成を明確に示したものと解することはできない
 したがって,訂正事項hにおいて,ホルダとの相互関係ないし協働関係を不明確なまま要素として含んだことによって,本件訂正は全体として,インクタンクの発明であるにもかかわらず,特許請求の範囲の記載(請求項1)を不明確にするものとなったから,特許請求の範囲の減縮に当たるか否かを判断することすらできないものであって,結局,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正ということはできない。
 また,本件訂正は,誤記,誤訳の訂正を目的とする訂正,又は明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正ということもできない。

(イ) 本件訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正又は明瞭でない記載の釈明のいずれを目的とするものにも当たらないから,特許法134条の2第1項の要件を満たさないものであり,不適法として許されない。本件訂正を許されないとした審決の判断に誤りはなく,本件特許の請求項1,6に係る発明は,本件訂正前の本件発明1,6として特定されることとなる。』

(所感)
 ポップアップ機能のためのインクタンクの構成要素を訂正によって追加したようである。しかし、インクタンクのポップアップ機能はインクタンクの構成のみによって,常に実現するというものではなく,インクタンクとホルダとの間に一定の条件が成立することによってはじめて実現するものにすぎないものであった。
 その結果、特許請求の範囲は、インクタンクのポップアップ機能に関する構成を、ホルダとの相互関係ないし協働関係を不明確なまま含んだものとなったようだ。

 この訂正のように、協働のため必要な相手方の構成要素に明確に言及することなく自らの協働のための構成を記載すること、はよく見かける請求項における特定方法である。ところが、その部分が問題となった場合には、この事件が示唆するように「不明確」とされる可能性が高いと言えそうだ。

 特許請求の範囲を作成する実務の上で配慮を要すべき点であると感じる。

数値限定の技術的意義の検討事例

2008-02-24 21:05:07 | 特許法29条2項
事件番号 平成17(行ケ)10506
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官飯村敏明

『3 取消事由2〔特定OH基割合の数値の意義との関係〕について
 原告は,本件特許の特許請求の範囲に記載されている特定OH基割合の数値(0.36以下)には,技術的観点からみて意味がなく,同数値は,キセノンエキシマ光の照射量と共に時間的に変化する特定OH基割合の数値に着目して,単にこれらの数値のうちから,適宜1つの数値を選択しただけにすぎないものであるから,本件発明に困難性はないと主張する

(1) 本件明細書(甲2)の記載
 ・・・

(2) 判断
 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2においては,放出される光の波長について何ら記載がない
 また,発明の詳細な説明欄には,本件発明において,特定OH基の割合を特定するに当たり,透過率をみる波長として図4に示される160 nm に着目することに何らかの意義があることを示した記載を見いだすことはできないし,160 nm 以外の波長について,特定OH基の割合を低下させれば,図4記載のように透過率が大きくなるとする根拠を見いだすこともできない

 そうすると,特定OH基の割合を低下させれば波長160 nm の真空紫外光の透過率が大きくなる関係が理解されるにしても,本件明細書の記載上放出される光の波長について何ら特定されない本件発明において,波長160nm の真空紫外光の透過率が大きくなることによって,格別の技術的意義が生じるものと認めることはできない

イ 仮にXe を放電ガスとして中心波長172nm のエキシマ光を得るエキシマランプについて,本件明細書の図4に示されるような,特定OH基の割合の相違に基づく透過率の相違が生ずるとしても,次のとおり,特定OH基の割合を0.36以下とする点に格別の技術的意義があるとは認められない

 ・・・
 上記表の数値は,甲4の図3及び図7から読み取ったデータに基づくものであるので,数値自体厳密に正確なものとはいえず,また,ガラスの厚みにより要する時間の多少はあるにせよ,上記表によれば,特定OH基を含む石英ガラスにXe 誘電体バリア放電ランプを照射すれば,使用当初の特定OH基の割合が0.36以上であっても,相応の時間(数十時間程度)が経過すると,0.36以下になることは推測に難くないものと認められる。

(ウ) 本件発明1は,放電容器が石英ガラスからなる誘電体バリア放電ランプ,本件発明2は,誘電体バリア放電ランプからの紫外線を取り出す窓部材石英ガラスよりなる照射装置であるから,Xe を放電ガスとしてこれらを使用すれば,いずれにおいても,石英ガラスがXe 誘電体バリア放電ランプからの紫外線を照射されることになる。

 そうすると,誘電体バリア放電ランプの寿命が約1000時間とされる(甲8,29頁右欄「3.3 寿命」の欄)ところ,使用当初の特定OH基の割合が0.36以上か否かにかかわらず,数10時間程度の照射で0.36以下という本件発明1の要件を満たすことになるので,
 本件発明を特定するに当たり,特定OH基の割合を0.36以下と規定したことは,使用につれて変化する特定OH基の割合について,単に,使用中のある時点(寿命と対比して,使用開始から相当短い時点)の数値を特定したにすぎないことになり,真空紫外光の石英ガラス自身による吸収を良好に抑えるとともに紫外線照射によるダメージを軽減することができるといった,本件明細書記載の格別の技術的意義を生ずるような特定とはいえず,単なる設計的事項以上のものということはできない。』

訂正の適否、一部訂正の意志の推認の否定の事例

2008-02-24 21:04:12 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10242
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(理由(1)に係る認定判断の誤り)について
(1) 誤記訂正目的の有無
原告は,訂正事項gは誤記の訂正を目的とするものであり,理由(1)に係る審決の認定判断は誤りであると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。

ア 訂正前明細書(甲9)の記載
・・・
イ 訂正前明細書における「通気撥水性」の意義
(ア) ・・・
(イ) ・・・
(ウ) 以上のとおりであるから,本件発明における「透液性」のフラップ部材シートは,「通気撥水性」のシートより高度の「透液性」があり,「通気撥水性」のシートを用いた場合よりも蒸れ防止効果が大きいものと解するのが合理的であり,訂正前明細書の段落【0015】における「通気撥水性」との記載は,これを裏付けるものであって,訂正前明細書の段落【0015】における「通気撥水性」との記載のままでは,本件発明の作用効果の説明として不合理であるということはない

ウ 出願の経緯,出願前の技術等
(ア) 本件当初明細書では,「通気撥水性」という語は用いられていなかったが,本件拒絶理由通知書(甲14)を受けて,原告は,次のように補正した。

 すなわち,本件手続補正書により,発明の詳細な説明(段落【0016】)の「・・・。」との記載を,「・・・。」と補正したことが認められる(弁論の全趣旨)。
 また,上記補正の契機となった本件拒絶理由通知書(甲14)の引用に係る引用例3(甲5)には,「股下シート4としては撥水性および通気性を有するものであれば何でも良い」(明細書5頁3行~4行)との記載がある。

(イ) そうすると,上記補正は,本件発明1における「フラップ部」が,先行例1における「不透液性」シートのみでなく,より透液性が高いと解される「通気撥水性」のシートと比較して,更に高い「透液性」を示す「通気透液性」のシートであることを表現したものであって,本件発明1が,撥水性及び通気性を有するシートと比較して,蒸れの防止効果が優れていることを強調する目的でされたものと理解される。
 すなわち,上記補正では,引用例3における「撥水性および通気性を有する」シートを比較対象として意識したために,「通気撥水性」のシートという語を選択したのであって,「通気防水性」と記載すべきところを「通気撥水性」と誤記したものと解することはできない。

(ウ) 引用例3(甲5)に「股下シート4としては撥水性および通気性を有するものであれば何でも良い」(明細書5頁3行~4行)と記載されているように,本件特許の出願前から「通気性と撥水性を有するシート」として種々のものが知られていたことが認められる。
 したがって,訂正前明細書に接した当業者は,同明細書の段落【0015】における「通気撥水性のシート」について,「通気性と撥水性を有するシート」を意味するものと理解するというべきであり,これを「通気透水性のシート」の誤記と当然に認識するということはできない

エ 小括
 以上を総合すれば,訂正前明細書【0015】における「通気撥水性」との記載は,「通気防水性」の誤記ということはできない。また,その他,訂正事項gは特許法126条1項に掲げるいずれの事項を目的とするものとも認められない。これと同旨の理由(1)に係る審決の認定判断に誤りはない。』


『2 結論
(1) 訂正事項gと本件訂正全体の許否との関係について
ア 前記1(2)ウのとおり,訂正前明細書の段落【0015】における「通気撥水性」のシートを「通気防水性」のシートと訂正した場合,本件発明におけるフラップ部は,「通気撥水性」シートよりも「透液性」の程度が高いものに限られず,「通気防水性」のシートよりも「透液性」の程度が高ければよいと解釈する余地を生じることになる。
 したがって,本件訂正は,訂正事項gを含むことによって,訂正発明1及び2のいずれの関係においても,本件発明の技術的範囲を拡張又は変更するとの解釈の成立する余地の生じる訂正というべきであるから,訂正事項gは,単なる誤記の訂正にとどまる形式的なものではなく,特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものというべきである。

イ ところで,審判請求書(甲10の1)には,請求の趣旨として,「特許第3009482号の明細書を請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める,との審決を求める。」と記載され,複数の訂正箇所のうちの一部の訂正事項が認められなかった場合,二次的に残余の訂正のみを請求するとの格別の意思を認める合理的な理由もうかがえない。また,訂正事項gが,一部の請求項についてのみに関係を有する事項であると解することもできず,むしろすべての請求項に関係する事項と解するのが合理的である。

 そして,特許庁が,審判手続において発した平成19年3月16日付け訂正拒絶理由通知書(甲12)には,訂正事項gは,特許法126条1項に掲げるいずれの事項を目的とするものとも認められないから,本件訂正は同号の規定に適合しておらず,訂正は許されない旨が記載されていたにもかかわらず,原告が提出した平成19年4月23日付け意見書(甲13)には,訂正事項gが許されないとしても,二次的に,その余の訂正事項に係る訂正については許されるべきであるとの審決を求めることをうかがわせるに足りる記載は存在せず,また,審判請求書が補正されたことも認められない(弁論の全趣旨)。

 本件における上記の経緯に照らすならば,本件では,訂正事項gに係る訂正が許されないものと判断された場合において,その余の訂正事項について,一部のみの訂正に係る審判を求めているとの合理的な意思を推認することはできない

ウ そうすると,本件において,審決が,訂正事項gについての訂正が許されない以上,本件訂正に係る審判請求が全体として成り立たないと判断した点に違法はない。』


(参考)
http://ip-hanrei.sblo.jp/article/9176988.html

口述による自伝の子供向け書籍の発行の事例

2008-02-24 21:02:44 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)15359
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成20年02月15日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

『・・・
(2) 上記認定事実によれば,原告は,本件書籍の文章表現について,単に被告Bの口述表現を書き起こすだけといった,被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく,自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる
 また,被告Bは,自らの体験,思想及び心情等を詳細に原告に対して口述し,被告Bの口述を基に原告が執筆した各原稿について,これを確認し,加筆や削除を含め表現の変更を指摘することを繰り返したのであるから,被告Bも,本件書籍の文章表現の創作に従事したものと認められる。
 そうすると,本件書籍の文章表現は,原告及び被告Bが共同で行ったものであり,原告と被告Bとの寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当であるから,本件書籍は,原告と被告Bとの共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるというべきである。』

『2 争点2(本件書籍に関する原告の著作権の持分割合)について
 共同著作物の持分割合については,共有者の意思表示によって定まり,共有者の意思が不明な場合には,各共有者の持分は相等しいものと推定される(民法264条,250条参照)。

 本件書籍については,前記1(1)認定のとおり,印税の配分率について,本件書籍が刊行される直前に,出版社である草思社のDから,原告と被告Bに対して,本件書籍の制作過程における作業量を考慮して,本件書籍の印税(10パーセント)を,原告に6パーセント,被告Bに4パーセント配分してはどうかという提案があり,これを受け,原告と被告Bとの間で,最終的に,原告を6.5パーセントとし,被告Bを3.5パーセントとする旨の合意が成立している

 上記事実に照らせば,本件書籍の著作権の持分割合については,共有者である原告と被告Bとの間で,原告を65パーセントとし,被告Bを35パーセントとする合意があったものと認めるのが相当である。

 なお,本件全証拠によっても,被告Bと原告と6.5パーセントとし,被告Bを3.5パーセントとする旨の合意が成立している。
 上記事実に照らせば,本件書籍の著作権の持分割合については,共有者である原告と被告Bとの間で,原告を65パーセントとし,被告Bを35パーセントとする合意があったものと認めるのが相当である。』

『3 争点3(被告らによる著作権侵害の有無)について
(1) 各本件文章と各被告文章とを対比した結果は,別紙「本件書籍と被告書籍との文章対比表」記載のとおりであり,これらの部分についての被告書籍における表現は,本件書籍における表現をほぼそのままに引き写したか,本件書籍における表現を平易な言葉を用いて修正したり,一部を削って簡略化したり,並べ替えたりしたものにすぎないといえる

 したがって,各被告文章は,各本件文章の内容及び形式を覚知させるに足りるものか,少なくとも,各本件文章の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができるものであるということができる。

 そして,被告書籍も本件書籍も共に,被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であることに加え,証拠(甲2,3,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,被告書籍の本文(94頁)や末尾に掲載された被告Bのプロフィールの中で,被告Bの著書として本件書籍が紹介されていること,被告書籍の執筆に関与したCのブログ中で,被告書籍が本件書籍の子ども向け書籍である旨言及されていることなどを総合すれば,各被告文章は各本件文章に依拠して作成されたものであると認められる。
 そうすると,各被告文章は,各本件文章を複製ないし翻案したものであるというべきである(なお,各被告文章が各本件文章の翻案に当たることについて,被告らは争っていない。)。

(2) (1)で述べたところによれば,原告の同意なく,各本件文章を複製ないし翻案した各被告文章を含む被告書籍を制作,発行することは,本件書籍に関する原告の複製権(著作権法21条),翻案権(著作権法27条)又は譲渡権(著作権法26条の2)を侵害するものといえる。
なお,このことは,本件書籍の共同著作者である被告Bによってされた行為であっても同様である(著作権法65条2項)。

(3) 被告Bは,前記1(1)で認定した本件書籍の創作の経緯を認識していたものと認められるから,原告の同意なく被告書籍を制作したことにつき,少なくとも過失が認められる。
 また,前記1(1)認定のとおり,本件書籍の末尾奥付には,「著者」として被告Bの氏名が,「構成」として原告の氏名が,それぞれ記載されており,本件書籍の末尾には,「2003 c B,A」と記載されていたことに照らすと,被告汐文社には,原告の同意なく被告書籍を発行したことにつき,少なくとも過失が認められる
 そして,弁論の全趣旨によれば,被告汐文社から被告Bの自叙伝を発行するとの企画の下,被告Bにおいて被告書籍を制作し,被告汐文社においてこれを発行したものと認められるから,被告らは,被告書籍の制作,発行による本件書籍に関する原告の著作権の侵害につき,共同不法行為責任を負うというべきである。』

『4 争点4(被告らによる著作者人格権の侵害の有無)について
 被告らは,原告が著作権持分を有する本件書籍について,前記3で述べたとおり,原告に無断で改変を加えて二次的に利用した被告書籍を制作し,これを発行したものであり,しかも,被告書籍に,原告の氏名を表示しなかったのであるから(甲2,乙5),本件書籍に関する原告の同一性保持権(著作権法20条)及び氏名表示権(著作権法19条)を侵害したものといえる。
 また,前記3(3)で述べたところによれば,被告らには,上記侵害行為につき,少なくとも過失が認められるから,被告らは,被告書籍の制作,発行による本件書籍に関する原告の著作者人格権の侵害につき,共同不法行為責任を負う。』

『7 争点7(謝罪広告の必要性)について
(1) 原告は,本件書籍に関する著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)が侵害されたとして,被告らに対し,謝罪広告の掲載を請求する
 著作者は,故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し,著作者の名誉若しくは声望を回復するために,適当な措置を請求することができ(著作権法115条),「適当な措置」には謝罪広告の掲載も含まれる
 同条にいう「名誉若しくは声望」とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉声望を指すものであって,人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情を含むものではないと解される

(2) 本件についてみると,前記1(1)認定のとおり,そもそも,本件書籍は,被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であり,本件書籍の表紙には,被告Bの写真,本件書籍の書名「運命の顔」との表記と共に,被告Bの氏名のみが記載され,本件書籍の背表紙にも,被告Bの氏名のみが記載されており,原告の氏名は,本件書籍の末尾奥付に,「著者」として被告Bの氏名が記載されるとともに,「構成」として記載されているにとどまること,被告書籍も,本件書籍と同様に,被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であること,被告書籍の内容,被告書籍の販売部数が7500部とそう多くはないこと等に照らし,被告書籍が発行されたことによって,原告に対する社会的な名誉が毀損されたとまで認めることはできないから,謝罪広告の掲載を求める請求は理由がない。』