徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

川端康成と松本清張、それぞれの「天城越え」

2018-05-12 22:01:26 | 文芸
 今日のブラタモリは伊豆を訪れ、伊豆半島の成り立ちを調べつつ、石川さゆりの名曲「天城越え」でも名高い「天城峠」に注目していた。
 しかし、僕は「天城峠」と聞いてまず思い出すのは川端康成の「伊豆の踊子」と松本清張の「天城越え」である。どちらも名作であることは間違いないと思うのだが、背景となった時代や場所が同じでありながら、そこに描かれる小説世界がかくも異なることに興味をそそられるのである。

▼川端康成「伊豆の踊子」の冒頭
 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
 私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見とれながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。そのうちに大粒の雨が私を打ち始めた。折れ曲がった急な坂道を駆け登った。ようやく峠の北口の茶屋にたどり着いてほっとすると同時に、私はその入口で立ちすくんでしまった。あまりに期待がみごとに的中したからである。そこに旅芸人の一行が休んでいたのだ。


映画「伊豆の踊子」(1963年 日活)

▼松本清張「天城越え」の冒頭
 私が、はじめて天城を越えたのは三十数年昔になる。「私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出かけて四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登ってきたのだった」というのは川端康成の名作『伊豆の踊り子』の一節だが、これは大正十五年に書かれたそうで、ちょうど、このころ私も天城をこえた。違うのは、私が高等学校の学生ではなく、十六歳の鍛冶屋の倅であり、この小説とは逆に下田街道から天城峠を歩いて、湯ヶ島、修善寺に出たのであった。そして朴歯の高下駄ではなくて、裸足であった。なぜ、裸足で歩いたか、というのはあとで説明する。むろん、袴はつけていないは、私も紺飛白を着ていた。私の家は下田の鍛冶屋であった。両親と兄弟六人で、私は三男だった。長男は鍛冶屋を嫌って静岡の印刷屋の見習工をしていた。一家七人、食うのには困らなかったが、父母とも酒飲みなので、生活はそれほど楽ではなかった。


ドラマ「天城越え」(1978年 NHK)

春ソバの花

2018-05-11 19:31:20 | 熊本
 熊本市南区畠口町の乙畠地区で、乙畠営農組合が栽培する春ソバの花が見頃を迎えている。白い花が一面に咲き誇る約6㌶の広大な花畑は壮観で、毎年、多くの見物客で賑わう。見頃は20日頃までだという。乙畠地区は江戸時代から干拓が進められた地区で有明海に面しており、潮風が当たっておいしいソバができるという。「乙畠ソバ(2,500円=200㌘10袋)」として販売され、いち早く7月中旬には新ソバを味わうことができる。


想い出の町 ~北国街道・木之本宿~

2018-05-09 20:11:27 | 歴史
 転勤族で国内各地を転々としたが、特に想い出に残る好きな町がいくつかある。その中で彦根勤務時代の想い出の一つが「木之本町(きのもとちょう)」。現在は長浜市になっているが、僕がいた頃は伊香郡木之本町だった。行った目的は滋賀県立伊香高等学校へのリクルート活動。定期的に進路指導の先生のところへ顔出しして覚えめでたくしておくのが目的だった。木之本へ行く楽しみは何といっても北国街道・木之本宿の名残りが残る古い町並み。車で木之本宿へ入ると心安らぐ思いがしたものだ。木之本地蔵院の前を通り過ぎて、少し北へ進むと山路酒造という四百数十年の歴史を有する老舗の造り酒屋がある。そこの角を右折するのだが、実は伊香高校へ行くにはもう一つ手前の角を右折した方が真っ直ぐ行ける。だが何度行ってもその角を見落とし、山路酒造まで行ってしまうのだ。この山路酒造の角を右折する道は「田上山観音寺(たがみさんかんのんじ)」への参道だったそうで、しばらく進むと「意冨良神社(おほふらじんじゃ)」の境内に突き当たり、その左側に「田上山観音寺」があるが、道なりに進むと本来の伊香高校への道に戻るのである。あの当時は街なかをゆっくり歩いて見て回るということはなかったので、機会があればもう一度訪ねてみたいものだ。


北国街道・木之本宿を象徴する景観の一つ山路酒造

定家葛(テイカカズラ)の伝説

2018-05-07 19:03:34 | 日本文化

雨に濡れながら咲くテイカカズラの花

 わが家そばの新坂の法面に沿って茂るテイカカズラが、そぼ降る雨の中、白い花を咲かせていた。
 テイカカズラという名前は、平安時代末期、式子内親王(しょくしないしんのう)を愛した藤原定家(ふじわらのていか)が、死後も彼女を忘れられず、ついにテイカカズラに生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説に基づく能「定家」から付けられたという。能「定家」は未見だが、ふと長唄「歌舞伎踊」の一節を思い出した。「歌舞伎踊」の詞章は、室町時代に流行ったといわれる狂言小歌「七つ子」がもとになっているが、乳母が愛しい七つ子との離れがたい心情をテイカカズラにたとえている。


〽定家かつらの 離れがたやの 愛しらしやの・・・

超入門!落語 THE MOVIE「幾代餅」はお蔵入り?

2018-05-06 11:51:13 | テレビ
 「超入門!落語THE MOVIE」(NHK総合)はシーズン2が終わり、時々、再放送が行われているが、シーズン3の開始が待たれる。
 そんな中、昨年10月のシーズン2初回スペシャルで放送された「幾代餅」が、山口達也(TOKIO)騒動のおかげで、お蔵入りの可能性が出てきた。これまでのシーズン1、シーズン2を通して最も好きな話で、再放送を待ち望んでいただけに残念でならない。


ぬし、わちきのような者でも女房にしてくんなますか?(幾代太夫:南沢奈央)

清正公銅像まで登ってみた!

2018-05-05 19:13:27 | 熊本
 本妙寺へ登っても、いつもは浄池廟までしか登らない。このところ運動不足なので、今日は思い切って浄池廟からさらに300段の石段を登り、加藤清正公の銅像まで行ってみた。ここまで登るのはたぶん7、8年ぶりくらいだ。胸突雁木(むなつきがんぎ)の176段と合わせて476段。10年前に登った四国の「こんぴらさん」の1368段に比べれば三分の一くらいしかないが、今の僕の体力にはこたえた。しかし、登り切った時の達成感がなんともいい。これから時々登ることを計画しよう。


清正公に深々と一礼すると「ここまでよう参った!」と仰ったような気がした。


帰り道、浄池廟中門前の御宿廣嶋屋で飲んだラムネのうまいこと!

Tamana Girls High School Band

2018-05-04 13:46:10 | 音楽芸能
 玉名女子高校吹奏楽部は、アメリカのアイオワ州クラリンダ市で行われる「グレンミラーフェスティバル」出演のため、今月末、アメリカに向けて出発します。
 1990年6月の初参加がきっかけとなり、クラリンダ市と玉名市の交流が始まり、1996年4月には姉妹都市を締結しました。初参加以来、玉名女子高はこのフェスティバルに度々参加し、その都度、喝采を博してきました。今回も「全日本吹奏楽コンクール」および「全日本マーチングコンテスト」での4年連続金賞受賞の実力をいかんなく発揮してくれるでしょう。
 ただ、このアメリカ遠征のため、今年の熊本県高等学校総合文化祭には不参加となり、毎年楽しみにしているマーチングのパレードを見られないのが残念です。
 下の映像は2016年の「グレンミラーフェスティバル」に出演した時の様子です。


くまもと花魁道中

2018-05-03 19:16:47 | 日本文化

愛紗太夫、元タカラジェンヌ(城彩苑)


花魁の外八文字に、一斉にカメラのシャッター音が(城彩苑)


フレッシュな振袖新造たち(城彩苑)


思花太夫、2016年ミスユニバース熊本ファイナリスト(下通COCOSA前)


蘭華太夫、2018年ミスユニバース熊本ファイナリスト(城彩苑)


地方はいつもの福島竹峰社中(城彩苑)

辰次さんのカフェ まもなくオープン!

2018-05-02 21:38:00 | 日本文化
 岐阜市の花柳界で、幇間(ほうかん)修業中の辰次こと橋嶋直人さん(熊本県御船町出身)が、美濃加茂市の旧伊深村役場庁舎(国登録有形文化財)を改修して開設されるカフェの運営者に決まったという記事を先々月投稿しました。
辰次さんのカフェ(2018.3.9)
 そのカフェ「茶霞o'carré」が間もなくオープンとなります。グランドオープンは「6月1日」だそうですが、開所式が「5月25日」、プレイベントが「5月25日〜5月27日」の3日間行なわれるそうです。辰次さんの夢実現と美濃加茂市の町興しへの貢献を心からお祈りしたいと思います。




つぶれたマンション

2018-05-01 17:26:50 | 熊本
 熊本地震で1階駐車場の部分がつぶれ、被害の大きさを象徴する場所の一つとなっていた熊本市西区出町のマンションが、このほどようやく解体撤去が終わり更地となった。引き取り手がないのか、つぶれた自動車が1台ポツンと取り残され哀惜感が漂う。


2016年4月18日撮影


2018年5月1日撮影