徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

ゲイテキのはなし。

2017-08-25 22:56:35 | イベント
 ゲイテキとは鯨のステーキのことである。今日、Nさんから「鯨料理を楽しむ会」のお誘いを受けた。だが、僕はわけあってご遠慮申し上げた。それは、若い頃のゲイテキの思い出がトラウマになっているからである。
 僕は昭和39年に大学進学と同時に水泳部の寮に入った。この寮のきまりとして1年生には朝夕の食事当番があった。相撲部屋のチャンコ番のようなものである。乏しい部の予算の中から栄養価の高い食事を作るのは厳しいものがあった。いわんやハードな練習の毎日である部員たちの旺盛な食欲を満たすのは並大抵のことではない。特にたんぱく質の補給が大問題だった。まだ当時の日本は、今日のように普通に肉が食べられる時代ではない。そこで、限られた予算内で良質のたんぱく源をということでよく使っていたのが鯨の肉だった。調理器具といってもガスコンロしかない寮ではフライパンで焼くくらいしかできなかった。ビフテキならぬゲイテキである。部員は30名以上いたのでこれをせっせと焼くのであるが、しまいには臭いが鼻についてくる。しかも、日々のメニューにはどうしてもゲイテキの日が多くなった。大学を卒業する時、鯨肉は一生食わないぞと思ったりしたものだ。そんなトラウマが、僕を鯨料理から遠ざけるのである。

 まあ、この話は話として鯨料理がお好きな方、あるいは興味をお持ちの方はぜひどうぞ・・・
 アトラクションで舞踊団花童が登場します)^o^(





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2 コメント

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Unknown (小父さん)
2018-12-22 12:32:26
はっはっは、ゲイテキを30人分フライパンで焼く日々が続いたらいやになるでしょうね。

私は福岡では青魚と鯨で育ったようなものです。
中学の弁当にはよく醤油味で甘辛く煮た鯨のコマ切れが入っていました。
たまに目玉焼きが入っていたら、友達が「今日は(ご馳走の)目玉焼きやね!」と冷やかされたものです。

たぶん関西の居酒屋が初めてでしょうが、鯨刺なるものを食べた時はオツなものだと思ったものです。

そうそう、職場への九州土産では鯨のの軟骨の松浦漬を持ちかえったことがありました。
喜んでくれたのは鹿児島出身の先輩だけだったような?(笑)

鯨のベーコン=おばいけは、福岡の家では酢味噌をつけてよく食べていたようです。

現在の鯨の値段は知りませんが、いつの間にかに「数の子」並みになったような気がします。

問題のゲイテキを食べた記憶はほとんどありませんね。
キャンプ料理で食べたか食べなかったかくらいです。
鯨肉 (FUSA)
2018-12-22 17:01:06
おばいけは祖母が好きで時々買っていたような覚えがありますが、私は見た目がどうもダメでした(笑)
子供の頃、鯨肉はわが家では食べた記憶がありません。ですから大学に入って急にゲイテキと言われても、基本的にあまり好きではなかったのかもしれません。当時は牛肉の代用品という認識しかありませんでしたが、今日、これほど高価なものになるとは思いもしませんでした。

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