夜、地区の50代を集めての会議になりました。
議題は来年度以降の区庁及び三役の内々定で、この年代はまだ人材が豊富です。昭和20年代の人たちとの違いは役を押しつけられても無下に断りはせず、「自分のできることなら」と責任を負ってくれることで、言うだけ言って何もしない世代とはずいぶん心構えが違います。
西暦2036年あたりまでは人材がいるので、途中で死なないよう健康に留意して地域の責任を全うしていただきたいです。
昼間、用事があって出かけたのでカン太君のところに顔を出してきました。
新しい藁に着替えた牛さんがカン太君のところに来ていました。
馬車馬として馬車馬のごとく働き続けたカン太君は足を痛めたこともあり、現役を引退して隠居生活をしています。
カン太君はブルトンというおフランス系の馬ですが、足は悪くてもチンチンは元気みたいで馬並みの一物振りかざして立小便をしてました。
ラバさんは唄の世界では酋長の娘ですが、こちらラバさんはオスです。
ラバさんは人をかむので要注意。私も頭をかみつかれたことがあります。
馬は後ろ足で蹴っ飛ばすというのはステロタイプな考え方で、噛みつきは得意技です。昔、寒立馬と言う小型の国産馬を勝ったことがありますが、よく噛みつかれましたし、蹴飛ばすのは前足のほうが得意でした。
ちょっと食べすぎると腹を壊すし、性格はワイルドで人の言うことなんざぁ耳を傾けない。
県の馬事公苑に寄贈しましたが、子供の出て振り落としたなんて話が耳に入ってました。
牛さんが引っ越してきたので、カン太君もラバさんも影が薄くなりましたが、昨年牛さんがまとっていた稲藁は馬小屋の敷き藁に使われました。
このところ三日月でお月様が狭くなったのでウサギさんも地上に降りてきてます。
今年の新作ノーソンゲージツの一つは大仏さん。
下から見上げると「ほっとけ!」と拒んでいるように見えてしまいます。
大仏さんの場所は天平の時代の淳仁天皇の法院塔がある場所で、廃帝になって淡路島に島送りになってそこで没したというのが歴史ですが、何故かこの地に逃れてきて没したという伝説になっています。
当時はこの辺りはまだ大和朝廷の手が及ばず日本ではなかったと思うのですが、政治的亡命の一種だったのかな?
あづま家にも仏様が鎮座していますが、南太平洋の原住民のようなお姿になってしまいました。
ゲージツの道は険しい。
ほのぼの?とはほど遠い、さみしげというか、どこか情けない様な・・とでも言いましょうか・・・?
笑ってはいけないのでしょうが、すっごく笑いました!
この頭のパンチパーマの雰囲気を出すのに精魂尽き果ててしまわれたのでしょうか・・・この指先? 笑
いやぁ〜、芸術の秋。
さすが、ブログ主の村は、レベルが違う様に思います。
あっぱれ!
・・・・てか、カン太君?!
なんで放尿シーンの写真?
ヘェ〜、馬って片足上げてやらないんですね?!知りませんでした。
確かに、勢いよく出ている雰囲気は伝わってきました。
サンキューで〜す♫ 苦笑
馬車馬時代のカン太君はうんち垂れ流しながら働いてました。
藁のゲージツは骨格になる竹細工が重要で、顔の部分の細工が少なかったのでふくよかな顔にならなかった。最近大腸がんの改造手術をした大影のよっちゃん68歳のような顔になってしまった。
ゲージツの道は険しい。
↑ シュー、シュー、シュールすぎるわっ!
『あれは大きすぎまっせ』
↑ 確かに、パワーもさすが馬力というだけあって、すごいみたいですね・・・・
以前にこの話題、投稿したと思いますが、
米国の馬小屋でホモオ君が遺体で発見されました。
ホモオ君は、その馬力を体験したく、夜中にこっそりと馬小屋に忍び込み、ホモスタイルの営みをお馬さんと試みたらしいのですが、
その馬力は、ホモオ君のお尻の穴から腸をぶち破り、ホモオ君は即死した状態で、よく朝発見されました。というニュース。
それを体験してみたいという好奇心が招いた即死。
ホモオ君のご冥福を心からお祈りした記憶有り。
私達ノンケ(普通人=男は女を愛し、女は男を愛する人達)には、まだまだ知らないムーッチックな世界が、ホモオ君達の世界には、ある様に思われますが、がしかし好奇心もほどほどに・・・・というのが基本なのではないかと・・・・苦笑
ホモオ君の偉業についてはナースほぉでぇさんが詳しいです。大根入れたやつがいたとか。
ゲイは身を亡ぼす!
40年位前までは「ホモ」というと牛乳のホモジナイズドのことで、今でいう成分無調整と加工乳の違いですね。
当時は「並」と「ホモ」と呼んでいました。
昨年の冬のスキー場ではオカマとオナベがバイトに来ていて。仲が悪くて困りました。
やっぱ、心は女でもオカマのほうが体力はありましたね。雪かきはオカマの仕事でした。