ウクライナ危機は昨年4月から始まった。ロシアが実際に侵攻や戦争を行うつもりだったなら、1年近く危機をもたらし、全世界の警告と反発を招くことはなかっただろう。

2022-02-14 20:01:57 | アメリカの対応

謎の国、ロシアは本当にウクライナに侵攻するのか?

登録:2022-02-14 01:52 修正:2022-02-14 07:51
 
[ハンギョレS] 地政学の風景 
ウクライナ危機、10カ月間も続く理由は 
 
ロシア、巨大な領土、人口、兵力で周辺国に恐れられながらも 
低い国家水準で評価が分かれることも 
戦争掲げ威嚇するのはできても、侵攻は無謀 
危機終息の代わりに勢力圏構築する見通し
 
 
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が今月9日、モスクワ近郊のノボオガリョボ官邸でテレビ会議を控えて思いに更けている/AFP・聯合ニュース

 「ロシアは見かけほど強くないが、それほど弱くもない」

 近代以降の国際外交界で伝わる格言だ。この格言は、ロシアが国際秩序や国際紛争で果たした役割から生まれたものだ。歴史的にロシアは広大な領土や人口、兵力を保有し、周辺諸国から恐れられてきた。一方、ロシアは封建的かつ抑圧的な社会・政治体制、低い生活水準で嫌悪と軽蔑の対象にもなってきた。これはロシアに対する過大評価と過小評価を同時に生み出した。国際秩序と紛争で、ロシアは予想と期待を裏切る劇的な役割を果たしてきた。欧州だけでなく、全世界における圧倒的な覇権国家の浮上を防いだ一方、既存の国際秩序を崩す原因も提供した。

分かるようで分からないような「謎の国、ロシア」

 ロシアが国際関係で決定的な影響を及ぼし始めたのは18世紀半ば、英国とフランスが世界の覇権をめぐり北米と欧州などで激突した七年戦争(1756~63年)の時だ。当時、欧州の近代化に追従し、東方の後進国扱いされていたロシアはフランス側に立った。ロシアは英国側に立ったプロイセンを相手に戦争を繰り広げた。ロシアは破竹の勢いでベルリンの入口まで進軍した。ロシアが欧州の地図を変えようとする直前、戦争の主役、エリザヴェータ・ペトロヴナ女帝が死去し、甥のピョートル3世が帝位を継承した。普段西ヨーロッパ、特にドイツを理想としていたピョートル3世は、兵力の撤退を命令し、すべての征服領土をプロイセンに返還して、積極的な親プロイセン政策を展開した。

 このときから国際関係の勢力バランスでは「謎の国、ロシア」という言葉が登場した。国際関係で既存の勢力バランスが崩れる危機を打開するか、あるいは新しい秩序が誕生するうえでスケープゴートになったからだ。

 欧州と全世界をフランスの覇権下に収めようとしていたナポレオンを劇的に敗退させたのはロシアだった。ユーラシア大陸の覇権をめぐってバルカン半島から朝鮮半島まで英国と対峙し、「グレートゲーム」を繰り広げたのもロシアだった。そのロシアがアジアの新興国日本との日露戦争で敗北した。日露戦争はグレートゲームを終結し、ロシアの没落を予告した。第一次世界大戦でドイツに押され、最初の社会主義革命であるボリシェビキ革命によってソ連が誕生したのもロシアだ。一方、第二次世界大戦では、スターリングラードでドイツ軍に一撃を加え、ナチス・ドイツを敗亡させ、連合国の勝利に決定的な役割を果たしたのもソ連だった。戦後、米国とともに超大国として二極体制を形成したソ連だったが、アフガニスタンという小さな国に侵攻し、没落の道を辿った。冷戦と二極体制を築き、自ら壊したのもロシアだった。

 ロシアは弱く見える時、実は強く、強く見える時はむしろ弱かった。最近のウクライナ危機におけるロシアの対応も、このような観点で見なければならない。

 ロシアがウクライナ国境地域に兵力を構築し、侵攻の危機を1年間持続させている。ロシアがここまでウクライナの危機を激化させることができたのは、その地域の軍事紛争で西側が無力だったからだ。

 ロシアが兵力を構築するウクライナ東部は、第二次世界大戦時にナチス・ドイツが敗北した契機であるスターリングラードの戦闘が起きた地域の近くだ。ユーラシア大陸の心臓部であるここは、伝統的に大陸勢力の庭だった。2008年のロシアのジョージア侵攻戦争や2014年のクリミア半島編入でも見られるように、西側はこの地域でロシアの軍事行動に対して無力だった。米国はウクライナへの直接派兵には早くも否定的な立場を示した。今度ロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったとしても、米国など西側が直接的な軍事対応はできないのは明らかだ。

 このような状況で、ロシアが思い通り危機と緊張を高めることはできるとしても、侵攻はまた別問題だ。広い国土のウクライナを再びロシアの一部に戻す戦争は、過去のナポレオンやヒトラーのロシア侵攻同様、無謀な計画だ。ウラジーミル・プーチン大統領が政権に就いて以来、ロシアの軍事介入は「低コスト高効率」で進められてきた。ロシアの研究家、ハルン・イルマズ氏は「アルジャジーラ」に寄稿した「ロシアはウクライナを侵攻しない」という文で、ロシアがジョージアやシリア、リビア、クリミア半島の合併で、緻密な地政学的計算をもとに費用対効果に優れた軍事介入を行ってきたと分析した。

 ロシアは2008年、ジョージアからの南オセチアとアブハジアの分離独立を支援するため、電撃的に侵攻した。ロシア軍は南オセチアなどからジョージア軍を追い出した。ロシアはさらにジョージアを完全に二分し、トルコへの石油やガスパイプラインの統制権を掌握することもできた。だが、これ以上の軍事行動を控え、欧州の仲裁に応じた。

 2015年のシリア内戦でバシャル・アル・アサド政権を支援しようと介入した時も、大規模な地上戦正規兵力は派遣しなかった。戦闘機や特殊戦兵力、傭兵、軍事顧問、艦艇などだけでも、アサド政府軍の内戦勝利に決定的な役割を果たした。ロシアは、米国やイスラエル、トルコなどと交渉し、反軍が対空兵器の提供を受けないようにする一方、政府軍には反軍地域を爆撃できる空軍力を支援した。リビア内戦でもロシアは東部のハリファ・ハフタル将軍勢力に傭兵と兵器だけを支援し、リビアで西側と同等の権利を確保した。

 ウクライナ危機は昨年4月から始まった。ロシアが実際に侵攻や戦争を行うつもりだったなら、1年近く危機をもたらし、全世界の警告と反発を招くことはなかっただろう。米国など西側が「ロシアの侵攻が差し迫っている」と連日警告するのは「些細な侵入」(ジョー・バイデン米大統領の見通し)などロシアのいかなる軍事行動も禁止線内に縛り付けておくための戦略だ。

危機を持続させ、勢力化に乗り出す見通し

 ロシアは今回のウクライナ危機を通じて、米国から東欧地域での軍事訓練、ミサイルおよび核兵器配置問題などに関する交渉を提案された。これは、ロシアがこれまで主張してきた東欧・旧ソ連地域はロシアの「勢力圏」であるため、自国との協議が必要だという主張がある程度受け入れられたものだ。ロシアはこの危機を簡単には終息させないだろう。危機を持続させながら、旧ソ連地域、さらに東欧地域において自国の影響力を既成事実化する「勢力圏」を構築しようとするだろう。

 ロシアは見下されていた時は強力だったし、自分の力を過信していた時は虚弱だった。今回の危機が破局にならないためには、ロシアに対する西欧の軽蔑、ロシアの傲慢がまず排除されなければならない。

チョン・ウィギル先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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中国は張家口から100キロメートル離れた貯水池などの水を山の尾根に沿って引き上げ、造雪機約400台を動員して人工雪のスキー場を建設した。

2022-02-14 08:48:48 | 中国を知らなければ世界はわからない

北京はいかにして世界初の夏季・冬季五輪開催都市になったのか

登録:2022-02-12 02:16 修正:2022-02-12 07:58
 
ハルビンが先に名乗りを上げたが、寒すぎて実現ならず 
欧州のライバル都市、費用問題で断念 
人工雪100%の環境問題が取り沙汰されたが、開催を強行 
年末の習主席の3期目入りに肯定的に働く見込み
 
 
中国の習近平国家主席が今月4日、北京の国家体育場で開かれた冬季五輪開会式に出席し、歓声に応えている=北京/ロイター・聯合ニュース

 中国北京は今回の冬季五輪開催で、世界で初めて夏季五輪と冬季五輪を両方開催した都市になった。韓国(ソウル、平昌)や、米国(ロサンゼルス、ソルトレイクなど)、日本(東京、札幌など)、ロシア(モスクワ、ソチ)、カナダ(モントリオール、カルガリーなど)、フランス(パリ、アルベールビルなど)など、一つの国が夏季五輪と冬季五輪を両方開催したケースは多いが、一つの都市が二つの五輪を開催したのは五輪史上北京が初めて。

 日本と韓国がそうだったように、五輪は社会・経済・文化・外交など開催国の全般的な水準を一段階引き上げるきっかけにもなる。2008年に中国で開かれた北京夏季五輪は、その効果が最も大きく現れた大会の一つに挙げられる。

ハルビンでの開催進めたが、北京に変更

 夏季五輪の劇的な効果を味わった中国が冬季五輪の誘致に乗り出すのは予見されていたことだった。氷灯祭で有名な「雪の都市」ハルビンが冬季五輪誘致に名乗りをあげた。ハルビンの冬季五輪誘致への挑戦は、北京五輪直後の2009年から始まったが、夏季五輪を開催して間もないとの理由で、中国政府にブレーキをかけられた。

 ハルビンはアジア最大規模のヤブリスキー場が近くにあり、様々な冬のスポーツ施設が揃っているが、冬の気温がマイナス30度以下まで下がるなど、競技を行うには寒すぎるのが難点だった。北京から1000キロメートル、上海から2000キロメートルも離れているなど、東北側に偏っていることも問題とされた。

 2013年ごろから、すでに夏季五輪が行われ、160キロメートル離れた背後地(河北省張家口)にスキー場がある北京が、中国の冬季五輪の開催地として浮上し始めた。冬季五輪を開催した長野(1998)とカナダのバンクーバー(2010)が莫大な赤字を出し、「節約五輪」が強調されていた時期だった。

 五輪を開催できるほどの経済力を備えた上海や広州、深センなど中国のほかの大都市は、大半が冬でも温度が零度を超える南東側にあり、西北の内陸地方はアクセスが難しいという限界がある。

 中国は北京でショートトラックなどスケート種目の競技を、北京郊外の延慶でアルペンスキーやボブスレーなどソリ種目の競技を、河北省の張家口でスキークロスカントリーなどを開催する計画を発表した。メディアセンターなど既存の夏季五輪の施設を再利用し、比較的少ない費用で五輪を開くという計画だった。

 
 
昨年12月21日、中国河北省の張家口のあるスキー場で造雪機が雪を作っている=張家口/ロイター・聯合ニュース

欧州諸国が断念する中、「漁夫の利」

 こうした準備にもかかわらず、五輪の大陸間循環開催の原則のため、中国の2022年五輪開催の可能性は高くなかった。2018年平昌(ピョンチャン)や2020年東京など、アジアで相次いで五輪が開かれる予定だったからだ。

 2015年7月、国際オリンピック委員会(IOC)の2022年冬季五輪開催地選定を控え、珍しい出来事が起きた。欧州の有力な候補地が相次いで内部事情などの理由で開催を断念し、中国北京とカザフスタンのアルマトイだけが候補に残ったのだ。欧州の4都市が開催地候補として名乗りを上げていたが、ノルウェーのオスロとスウェーデンのストックホルムが費用問題で辞退し、ポーランドのクラクフでは有権者たちが国民投票で五輪開催に反対の意を示した。

 北京はアジア諸国の相次ぐ五輪開催と権威主義政治体制、深刻な大気汚染などで有利な点があまりなかったが、同じく政治的権威主義体制であるカザフスタンのアルマトイと競り合い、44対40で辛勝した。

 
 
中国北京の西北に人工雪で作られた延慶地域のスキー場(中央上段)とボブスレー競技場(左下)=米航空宇宙局(NASA)より//ハンギョレ新聞社

北京とゴビ砂漠の間の「人工スノーパーク」

 五輪開催が決まった後も、解決すべき課題は残っていた。スキー競技などを行う予定の張家口と延慶は冬の降水量が非常に少ない雪不足地帯だ。中国政府は事実上、100%人工雪でスキー場を作ることを決め、莫大な予算をかけてこれを実行に移した。人工造雪が水不足事態を生み、環境破壊につながるという懸念の声もあがったが、無視された。韓国の平昌も90%以上の人工雪で競技を行うなど、人工雪が冬季スポーツで欠かせない要素になったことも影響した。

 中国は張家口から100キロメートル離れた貯水池などの水を山の尾根に沿って引き上げ、造雪機約400台を動員して人工雪のスキー場を建設した。北京とモンゴルのゴビ砂漠の間に巨大なスノーパークが作られたのだ。今回の五輪で人工雪を作るのに200万立方メートルの水が使われると推算される。約1億人の人口が1日飲める量だ。英国のタイムズ紙は2015年、中国で人工雪を作るのに9千万ドルが投入されると予想した。

 
 
中国北京の製鉄工場の跡地に建てられた競技場。スノーボードのビッグエア競技などが行われる=北京/ロイター・聯合ニュース

五輪開催が習近平主席の3期目を後押しする要因となる見込み

 五輪がどのイベントよりも政治的なイベントとして定着した今、中国は五輪開催で何を得られるだろうか。中国政府は2015年、冬季五輪開催地に選ばれれば、五輪開催で冬季スポーツ人口を3億人まで増やせると主張した。環境浄化も評価されるとみられる。中国の習近平国家主席は冬季五輪をきっかけに悪名高い中国の大気問題を改善すると約束した。コロナ禍の影響と工場の稼働停止などの措置があったものの、この約束をある程度果たしたと言える。

 何よりも習近平主席が手にする国内政治的利益も少なくない。今年は習主席の2期目の任期、計10年が終わる年で、慣例通りなら習主席が退き、新しい指導者が選ばれるはずだった。冬季五輪は習主席の引退セレモニーに相応しい舞台になるという見方もあった。2015年当時、習主席が3期目を目指していたかどうかは定かではないが、結果的に今年下半期に習主席の3期目入りが有力視されている状況で、冬季五輪開催の成功は習主席にとって3期目を務める理由になり得る。習主席は2008年、副主席として夏季五輪の準備を総括する業務を担い、比較的成功裏に進めたと評価されており、これは中国の次期指導者に選ばれるのに肯定的に働いた。

北京/チェ・ヒョンジュン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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