にほん民族解放戦線^o^

米帝→官邸→マスコミの洗脳による植民地状態からの脱却を考えてみるブログ♪主権を取り戻し、日本の未来を考えよう。

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“普天間問題”は、政権を揺さぶるための単なるカードの一つに過ぎない。

2010年05月19日 | 雅無乱日記

最近の鳩山首相は何をやっても何を言ってもマスコミに批判され続け、ついに世論調査で内閣支持率が20%を割り込む(http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_pol_cabinet-support-cgraph時事通信)事態となった。


特に、「普天間問題」に関しては、マスコミはいったいどういう落としどころを想定して批判を続けているのだろうか。まったく分からない。人々がこの問題をまともに考えられなくさせている張本人はマスコミではないかと思えてくる。

『政治ジャーナリズムは、何故、「小沢疑惑」なるものの真相を伝えないのか?』(文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』)より
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20100516/1273981835

マスコミは、鳩山首相が「国外・県外」を目指しても、「沖縄基地存続」を目指しても、激しく鳩山批判を繰り返すだけだ。要するに、マスコミは、鳩山政権批判と鳩山首相批判、そして民主党批判を繰り返したいだけなのである。そして、普天間基地問題にも米軍基地問題にもたいして関心はなく、マスコミの最終目的は「政権交代つぶし」なのだということが見えてくる。

下記のブログでもシリーズで扱われていて、おかげでだいぶ事の本質が見えてきた。

どうなる?普天間基地問題①~日米安保条約と思いやり予算~
http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51078720.html

どうする?普天間基地問題②~普天間基地のグアム移転計画
http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51079126.html

どうなる?普天間基地問題③~日本から見た普天間基地問題、今後どうする?
http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51079622.html

これらを参考に、あらためて、大きな状況から順に簡単に整理していってみたい。

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かつて日本は、反共の防波堤としての地政学的・戦略的に極めて重要なポイントに位置していた。(「不沈空母」と言われ、人間の盾にされていた)

だから、アメリカは、戦後初期には有無を言わせず強制によって、後期には「アメリカ軍がいるおかげで日本は攻撃されずに安全でいられるのだ」というウソ八百を並べ、CIA→マスコミを通じた徹底的な洗脳によって、主権国家である日本に大規模な軍を駐留させ続けてきた。

ちなみに、「アメリカが日本を守ってくれる(だから日米同盟は大事にしなきゃ)」などといまだに言っている脳天気なお人好しがいるが、はっきり言ってどうかしている。アメリカが他国を守るために自国の兵士を犠牲にするはずがないだろう(議会ですぐ問題にされて否決される)。これまで、「他国の人々を守るんだ」という建前で行われた戦争(朝鮮戦争:韓国、ベトナム戦争:南ベトナム など)は、実は自国の勢力下に置いて搾取したいだけ、というのが本音であった。だから守るはずの他国の民間人は、結果的に戦火に巻き込まれ、大量に死ぬことになった。連中は簡単に地元の人々に銃口を向けるだろうし、もし万が一戦争に巻き込まれたとしたら、韓国や南ベトナムの人々と同じような悲惨な目に遭う事をここに保証しよう。

しかし状況は変わった。

冷戦の相手であったソ連が自滅・崩壊し、中国は今や緊密な貿易相手国(貴重な米国債引き受け先)に変化したことにより、国家間の戦争が軍事上の選択肢となりえなくなり、代わって、これまで世界中でアメリカが行ってきた専制と暴虐が原因の「テロ攻撃」が主要な軍事上の問題に浮上してきた。

これによって必要とされる軍事力の質や中身が変化し、現在のアメリカ政府(米民主党)は、軍縮の方向に向かっている。国家間の全面戦争を想定した軍事力が無用の長物となり、国家予算にとって多大な負担となってきたからである(オバマが提唱する「核軍縮」もその文脈の中にある)。

だから、現在のアメリカ政府にとって、沖縄にある海兵隊の一駐屯地などは戦略的にどうでもいい存在になっているのである。

参照…ブログ:杉並からの情報発信です

その証拠に、アメリカは、1990年代にはフィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退した。さらに2008年には韓国内の基地を三分の一に縮小し、ソウル近郊の龍山基地を返還することに合意した。

そして今、アメリカは軍司令部の移転とともに、アメリカ海兵隊のグアム全面移転を視野に入れて動いている。(その証拠に、米下院の軍事委員会は、グアム移転費を政府の原案通り可決する方針を決めている http://www.asahi.com/international/update/0514/TKY201005140572.html asahi.com)

一方で、アメリカの中でも軍産複合体を基盤とする旧勢力(一部の共和党系)は、影響力と国家予算を維持しようと、日本の自民党と地元の土建屋と手を組んで、勝手に辺野古への基地増設を決めてしまった。(アメリカも一枚岩ではない)

※沖縄南部の市街地のど真ん中にある普天間基地は、アメリカ海兵隊が中心。中北部の基地は空軍も多い部隊編成になっている。普天間の海兵隊は中北部にある空軍のための物資も運搬していて、この2つは連動している。また、沖縄北部のジャングル地帯は、飛行機からパラシュートで兵士を落として数週間サバイバルさせるような訓練(グリーンベレーなどの特殊部隊が中心。他国の反政府テロリストの教育機関としても…)に使用されており(参照:http://isao-pw.mo-blog.jp/isaopw/2010/05/post_06cf.html)、このような絶好の条件の整った沖縄を、旧アメリカ勢力は手放したくないという事情もある。キャンプ・シュワブ東の辺野古に滑走路を増設すれば、米軍にとって非常に便利で経済的になる。アメリカの軍産複合体≒共和党系勢力が無理を承知で辺野古をゴリ押しし、日本にカネを出させて滑走路を作らせようとするのは、司令部がグアムに引っ込んだとしても、訓練用の基地を置いておけるのだったら置いておいてもいい、という計算があると思われる。

普天間図解1

 【図解】普天間問題どうなる?(山澤氏)より
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=231843

だが、当のアメリカの国内では、普天間問題などまるで話題にのぼっていない(関連して報道されるとしても、「飼い犬と思っていた日本が言うことを聞かなくなってきてる」という程度のものであって、基地の移設を問題にする論調など皆無である)。

それよりも、国内で起こる可能性のあるテロへの対策の方に戦々恐々としていて、辺境の日本にある、そのまた辺境の海兵隊の一駐屯地など、はっきり言ってどうでもいい、ということだろう(これだけ大騒ぎしているのは日本のマスコミだけの話)。

しかし、どうせ“グアムに司令部を移転させる”と決まっているにもかかわらず、「当初の計画通り(辺野古)にせよ」と言ってみたり、「地元の合意が必要」と言ってみたり、さては「くい打ち式はダメだ」「徳之島なんぞ話にならん」と言ってみたり…このような分裂症的な発言をアメリカが繰り返すのはなぜなのか?

これまでの自民党のようにアメリカに従順な政権でなくなったため、揺さぶりをかけて民主党政権を潰したい…、そしてまた従順な売国奴を中心とした傀儡政権に戻したい…、というのがアメリカ(CIA系)勢力の本音だろう。そして、これには別の問題も絡んでいる。

売国奴小泉の時代に、欧米の金融機関に開かれようとしていた「郵政のカネ」が、民主党と亀井に代わることで、自由化を阻まれてしまった。「自由競争」の大義名分のもとに多国籍企業が喰い物にできるはずだったこのカネを、アメリカとしてはあきらめきれない。現在、実際にこの郵政のカネをめぐってWTOに提訴し、ムリヤリ市場をこじ開けようとしている。http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A96889DE2E5E6EAE2E2EAE2E3E7E2E7E0E2E3E29F9FE2E2E2E0(日経)

アメリカにとってみれば、普天間の問題などは、この郵政民営化問題(郵政に眠るカネ)を巡る政治的な駆け引きのカードの一つに過ぎない、と見るべきだろう。

いわゆる「ゴネ得」を狙っているのである。

参照:日本を恫喝するゲーツ国防長官
http://blog.goo.ne.jp/nanbanandeya/e/c05ac74bc00f2e5f832d2a62f659c5c6

ここで述べた通り、アメリカは、日本政府がどんな計画を提出したって、簡単に首を縦に振るはずがない。単なる駆け引きのネタなんだから当然である。

自民党が勝手に約束した通りの巨額の移転費を出させたり、「郵政問題」を有利に運ぶのに、政権を揺さぶりをかけるための道具として、この普天間基地の移設問題は、せいぜい有効に利用させていただこう…、これがアメリカの本音なのである。

普天間2

 【図解】普天間問題どうなる?(山澤氏)より
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=231843


では、日本政府としては、どうしたらいいのだろうか。

http://mainichi.jp/select/wadai/graph/okinawa1945/(毎日JP)

1945年の沖縄戦では、沖縄は大規模な米軍に上陸され、森や民家も含めてことごとく火炎放射器で焼き尽くされ、穴に隠れてもそこに手榴弾を投げ込まれ、トータルで約10万人もの非戦闘員(民間人)が虐殺された。

その実際に手を下した連中の仲間たちが、兵器を持って沖縄に居座り、轟音を立てて頭上を飛び回り、時々レイプや殺人を犯し、それを裁かせてももらえない。

そして、いざ事が起こったら真っ先に巻き添えになる。

このことを想像してみてほしい。あなたなら耐えられるだろうか?

近所に、原発かゴミ処理場があって、「イヤなものだろうが、みんなのために我慢してちょうだい(日本の防衛の抑止力のためにガマンしてちょうだい)」というのとはわけがちがう。納得できるはずがない。

鳩山政権は、「地元の反対があるから米軍は出て行け(あなた方自身が“地元の理解が必要”と言ったのではないか)」「日本の条件を呑まないと、フィリピンの米軍http://blog.goo.ne.jp/kintaro-chance/e/067bcee31e1cc71ddb2473e3357acf1cみたいに追い出すぞ」という、主権国家として当然の主張を毅然として繰り返しながら、現実的にはせめて使用条件(使用制限)の交渉に持ち込むべきなのではないだろうか。

上にみてきたように、普天間問題を、さも重大な問題であるかのように騒ぎ立て、「要求通りにしないと日米関係が悪化する(アメリカ様がお怒りになる)」と吹聴しているマスコミや学者連中は、状況を正しく認識していないだけでなく、国民を騙して日本をアメリカの属国のままにしておきたい売国奴、犯罪者と断じていいだろう。

マスコミによる洗脳から脱して、脱米世論を盛り上げ、主権国家として日本を立たせていく上で、ネット上の発信はますます重要になっていると感じる。


最後に、“内田樹の研究室http://blog.tatsuru.com/2010/05/07_1708.phpに非常に共感したので、一部引用で締めくくる。

――――――――――――――――――――――――――――――
普天間問題の根本にあるのは、米国が日本に基地を置いていることのほんとうの意味について私たちが思考停止に陥っているということだ。

米国は日本に基地を置いている理由の一つは日本が米の軍事的属国だということを私たち日本人に思い知らせるためであり、もう一つは、中国、北朝鮮という「仮想敵国」との間に「適度な」緊張関係を維持することによって、米の西太平洋におけるプレザンスを保つためである。

米軍基地はすでにあるものであり、これからもあり続けるものだと私たちはみな思い込んでいるが、米国は90年代にフィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退した。2008年には韓国内の基地を三分の一に縮小し、ソウル近郊の龍山基地を返還することに合意した。いずれも両国民からの強い抗議を承けたものである。

米国防総省は沖縄の海兵隊基地については、県外移転も問題外であるほどに軍事的重要性があると言い、日本のメディアはそれを鵜呑みにしている。だが、その言い分とアメリカが海東アジア最大の軍事拠点と北朝鮮と国境を接する国の基地を縮小しているという事実のあいだにどういう整合性があるのか。とりあえず私たちにわかるのは、日本国民は韓国国民やフィリピン国民よりもアメリカに「侮られている」ということである。

普天間基地問題では、基地の国外撤退を視野に収める鳩山首相に対してメディアは激しいバッシングを浴びせている。米国を怒らせることを彼らは病的に怖れているようだ。だが、いったい彼らはどこの国益を配慮しているのか。先日会った英国人のジャーナリストは不思議がっていた。

日本人は対米関係について考えるとき、決して対等なパートナーとして思考することができない。この「属国民の呪い」から私たちはいつ解き放たれるのか。
―――――――――――――――――――――――――――――

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生態系を維持しながら農業する『究極の田んぼ』“不耕起”という手法もアリ?

2010年05月16日 | 雅無乱日記
新しい農法シリーズ(9)の続編です。

自然の土は植物の根や、ミミズ等の小動物の働きで、地下水と連絡する毛管水帯ができ、微生物の働きで毛管を保持し、その水分に支えられて表層に団粒構造の呼吸できる土ができ、水分・養分のバランスのとれた表土ができあがっています。

 この表土で、植物は育ちます。

もし、このような生きものたちが織り成す物質循環を壊さず、その中で作物の栽培をすれば、土に投入するエネルギーは最小限で済むはず。

そういう発想で行なっているのが、不耕起栽培です。 今回は、不耕起耕起のそれぞれのメリット・デメリットから、次代の農法の可能性を探ってみたいと思います。

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    ※画像は書籍『究極の田んぼ』(amazon)より

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不耕起栽培とはどんなものか。とりあえず、るいネットの以下の投稿を参照してみてください。

 頭をガーンと殴られたような衝撃:不耕起栽培①
 頭をガーンと殴られたような衝撃:不耕起栽培②

 この農法の本質的な利点は、表土の管構造を維持できることにあります。自然にできた表土を維持することで、自然の物質循環に沿って作物を作ることができ、養分循環(生態系)が維持され、エントロピーの増大も起こらないので、投入エネルギーが大幅に低減できるのです。 untitled.bmp
↑クリックすると大きくなります。

 ところが、古来農業では、鍬をふるい、牛馬に鍬を牽かせてこの表土を耕してきました。

土を「耕す」ことは大前提であって、それによって作土を形成・維持してきた、ということになっています。

“耕さないで作物をつくる”などというのはありえない。現在は、そんな発想さえ出てこないほど、農業は耕すのがあたりまえ、ということになっています。

 しかし、よくよく考えてみると、耕耘すると、表土の管構造が壊されるので、自然循環から考えると畑地はむしろ耕さないほうが良いという可能性もあります!

…というわけで、不耕起耕起のそれぞれのメリット・デメリットを再度整理してみましょう。
<不耕起>
△メリット
・微生物の生息する土は、団粒構造が自然に維持されており、植物の根がはりやすい、作物が育ちやすい、豊かな土壌が形成されている。
・多くの生きものが活動することで、物質の循環が成立しているため、作物を育てる際にも、投入しなくてはならない栄養分は最小限で済む。(莫大なエネルギーを使って作られた化学肥料・農薬などを投入しなくても済む)
・耕転の労力がかからず、トラクターなどの耕作機械に使用するエネルギーを大幅に低減できる。
・したがって、環境への負荷が低減でき、土を汚染したり収奪しつくしたりすることなく、農業生産を続けることができる。

▼デメリット

・降水量の少ない乾燥地域などでは、管構造が維持されることによってかえって土中の水分が蒸発してしまい、塩害の危険性が増す。
・雑草が生えたり、出来る作物の品質が安定しないため、管理しにくい。面積あたりの収量にも限界があり、効率がよくない。
・市場に出すことを前提として、単一作物を大量に作るには適さない。・自然の物質循環を維持しながら行なうには、腐食土を供給するような里山も同時に育成、管理する必要がある。(一概にデメリットとは思わないが、少なくとも地域で管理する体制は必要がある)

<耕起>

△メリット
 ・発達していない表土や痩せた土を改善したり、開墾によって母材層を農地にしていくとき、腐植分や、有機資材を投入し、作土(表土)に転換していかなくてはなりません。その場合、投入した資材を土と馴染ませ、酸素を供給して、転換を促進させるのに、耕転は有利に働きます。
・団粒構造が充分発達していない土でも、耕耘によってふかふかの土にすることができます。軟らかい土は、作業性がよく、作物の初期育成もよいので、特に作付け前に耕耘します。
・近代農業を前提にすれば、管理しやすく、一定の品質の作物を大量に栽培するのに適している。単位面積あたりの収量も大きい。
・耕耘によって雑草を土中に押し込めて枯らすことができます。近年、機械化が進んだ結果、除草目的の耕耘が登場し、回数が増えています。
・耕耘すると肥料効率が良くなります。耕すと、土の状態が変わり、土の中の細菌などの微生物が休眠状態から目覚めて活発に活動を始め、微生物の殺し合いから微生物体内に蓄積された養分が溶けだし、作物の養分吸収がよくなります(ただし、2年くらいしかもたない)。
・過度の乾燥を抑えます。砂漠などの乾燥地帯では、地表面からの地下水の蒸発を押さえるために、地表面をかき混ぜわざと毛管と地表を断ち切ります。乾燥地帯でなくても、露天の畑では夏期に乾燥防止のため、地表面の浅い中耕を行ったりします。

▼デメリット
・耕すのに、多大な労力がかかる。そのため、トラクターなど農業機械に大量のエネルギーを要する。・耕耘によって、雨水流出や、窒素の空中放出も起こるため、2年目以降は、消失分の肥料投入が必要になります。肥料を土に馴染ませるために、さらに耕耘が必要になります。
・耕してしまうと、生物群が長い時間をかけて創り上げてきた、水や空気を地中に導く管構造が壊れ、生物が織り成す物質循環が絶たれてしまう。
・その結果、大量の資材やエネルギーを投入し続けないと、生産が維持できない。
さて、こうして見ていくと、総じて次のような問題が浮かんできます。

たしかに、近代、耕起を前提にすることによって、面積あたりの収量は増え、生産管理は容易になり、市場に出すための安定した品質の作物の生産はやりやすくなりました。 しかし、単一作付け・多投入型の近代農法の普及と機械化の進行によって、作土のみをコントロールすることが主流となった現在、過度の耕耘によって形成される、耕盤と呼ばれる毛管層と作土を分断して、植物の根を通さない硬い土の層によっておこる農地の劣化の問題や、投入資材の大量化、残留による障害問題が多くなってきました。

 このような農業が、今や限界に達しつつあるのは明らかでしょう。

今後は、生物が織り成す物質循環を維持しながら、最小限のエネルギー投入で、しかも安全な作物を作っていくのが、地球環境のためにもよいし、これからの人々の期待になっていくと思われます。

それを実践していく上で、「不耕起栽培」という手法は、十分検討に値する農法なのではないでしょうか。

少なくとも「耕起するのがあたりまえ」という固定観念は一旦捨てて、不耕起も農法の選択肢の一つとして考えてみる必要があるでしょう。

ただ、この問題は、単に「耕起」か「不耕起」か、ということとどまりません。

要は、生物群が豊かな土壌をつくり、維持していくこと、生命群の力を借りながら物質循環の中にいかに存在し続けるか、そのためにどんな農法を選択するのかが重要になります。

それにはやはり、最低限の腐植土の投入が必要になります。 hiryo-0403.gif  
    ※画像は、北海道糖業株式会社さんHPより

そのためには、腐植土の材料となる植物残渣を生み出す森林(里山)が必要です。そういった山林を再生させることを同時に行なっていかなくてはなりません。

人類が、具体的にどのような形で、生命群の力を借りながら、必要最小限のエネルギー投入のみで、自然界の物質循環の中に存在させていただくのか、どんな風に生態系と関わっていけばいいのか、ということが今後問われてくる
のだと思います。
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