にほん民族解放戦線^o^

米帝→官邸→マスコミの洗脳による植民地状態からの脱却を考えてみるブログ♪主権を取り戻し、日本の未来を考えよう。

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取材テロや心無い偏向報道を封じ込めるために。「公開取材」という手法

2015年10月18日 | 丸ちゃん日記

                       ※画像はなんで屋カード工房さんより

私の知り合いに優秀な記者がいる。

彼は、限られた時間の中で精一杯準備(取材相手についての勉強)をし、真摯に取材相手の話を聴いて、意図をしっかり汲み取った上で記事を書く。そしてたいていの場合、取材相手に記事を実際に見せて了承をもらうそうだ(そんな事をする記者は滅多にいない)。時には、デスクと喧嘩してまでも取材相手の意向を尊重する(もちろん権力側の取材の場合は除く。権力者に迎合するような記者ではない)。

※ただしそんな彼も、「察(サツ)まわり(業界用語で警察に付いて事件の情報を聞き出す役割の記者)」をやっていた時は、満足いく取材ができず、板ばさみで悩んでいたが…

彼は、過去に取材をした多くの人と取材後も付き合いがあり、慕われているようだ。

彼のような記者ばかりだったら、マスコミの報道はこれほどひどいものにはなっていないだろう。しかし、現実に私の周りを見まわすと、マスコミによる強引な取材や、意図を理解せずいい加減な報道された事例、そして意図的に捻じ曲げた報道やひどい場合には捏造報道によって多大な被害を受けている方々がたくさんいる

その中には、はっきりと「マスコミは信用できない」「取材を受けてまともに報道されたためしなど一度も無い」「二度と取材は受けない」と口にしている方々も多い。

上に紹介した彼のように、良心を持って誠実に取材にあたる記者も世の中にはたくさんいるのだろう…とは思うのだが、残念ながら、取材テロや心無い報道を平気でやらかすマスコミ人の方が圧倒的に多い…というのが実際のようである。

彼らのような「ひどいマスコミ人」による報道被害を食い止めるための手段というのは無いのだろうか?

ネットで探してみると、次のような事例にぶちあたった。


 

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ブログ『佐々木俊尚の“ITジャーナル”』

http://blog.goo.ne.jp/hwj-sasaki/e/1e4a7c59538a01659983ad62dd050a02

「インターネットが取材を変える日」より

 少し古い話になるが、映画の字幕にからんだ問題を週刊誌に書いたことがある。映画「ロード・オブ・ザ・リング」の日本語字幕について、原作「指輪物語」のファンたちが、「あまりにも翻訳がひどすぎる」と映画会社に異議を申し立てていることを紹介した内容だった。

 ファンたちの活動は、主にインターネットのウェブ掲示板上で行われていた。そこで私は取材にあたり、ウェブ開設者に「できれば取材をお願いしたい。会ってお話をおうかがいできればベストだが、不可能であれば電話やメールでもかまわない」という旨のメールを送った。

 開設者からはすぐに返事が来た。メールには「これまで私たちの趣旨をきちんと理解して報道していただいた例はまったくなく、報道されるたびに不満と怒りが渦巻いているような現状です」という趣旨のことが書かれていた。

 そしてメールは、こんな風に続いていた。「私たちの趣旨をきちんと理解いただけるのであれば、取材には応じたいと思います。ただ、取材についてはメールでのお問い合わせにお応えする方式でお願いしたいと思います。直接面会することとお電話でお話しすることについては、お断りしたいと思います。メールでのやりとりであれば、そのやりとりの詳細な内容をウェブにアップし、その後記事に掲載された折りに取材内容をどの程度正確にお書きいただいたかを検証できるからです」

 一読して、うーんと唸ってしまった。いままで何度もメールで取材を申し込んでいて、このような内容の返信を受け取ったことがなかったからだ。そして今だから正直に打ち明けられるが、少し嫌な気持ちになった。

 どうして嫌な気持ちになったのかはよくわからないが、たぶん「取材」という行為のプロセス自体を、公にした経験がなかったからだろう。通常公開されるのは、取材の結果完成した記事だけであって、取材の途中プロセスを公開することはほとんどない。さらに言えばたとえば警察取材や裏社会取材などは、取材プロセス自体が企業秘密と呼んでもいい貴重なノウハウになっている。どのようにして刑事や捜査当局幹部にアクセスし、あるいはヤクザや詐欺師に取材するのかというノウハウは、その道の取材者にとっては門外不出の機密なのである。

 しかし相手がウェブサイトの開設者で、しかも公になっている字幕の翻訳問題をテーマに取材するのに対し、機密もへったくれもない。そもそも人に聞かれて困るような取材ではないし、それを公開されたからといって、何も困ることはないはずだ――冷静に考え直すと、当たり前のようにそういう結論になった。

 だからそのメールを受け取った数十分後、開設者に「やりとりは公開していただいてもかまいません」と返事を書いて送った。そして質問内容を同時に送り、開設者からは翌日、詳細な回答の返事をいただいた。それに対して若干の補足の質問を再度送り、そして開設者からは再び回答を送ってもらい、それで取材は終了した。記事は翌週、週刊誌に3ページにわたって掲載された。その後、メールのやりとりはくだんのウェブ掲示板にそのまま掲載された。今もその内容はウェブ上に残っている。私自身はできうる限り公平な視点で記事を書けたと思うし、結果的にはこのメールでの取材は非常にうまくいったと思う。

 後から振り返ってみるとこの取材は、インターネットにおける取材活動のありうべき姿を考える上で、貴重な示唆となった。たぶんこれからは、取材という行為自体もこのようにして相対化されていくのではないかと思った。つまりは取材する側と取材される側が、同じ土俵の上に乗っていくということである。そして取材という行為が相対化されていくということは、その結果生み出される記事そのものも相対化されていくということになる。

 かつては週刊誌にしろ新聞にしろ、あるいはテレビ報道にしろ、「書き飛ばし」「報道しっぱなし」が当たり前だった。人権侵害当たり前、取材された側が泣こうがわめこうが、面白けりゃそれでいいだろ、という時代である。新聞なんてひどいものだった。私が新聞社に入社した1980年代には、殺人事件などの記事で「被害者の女性は男性関係が派手だった」などということを平気で書いていた。

 さすがにそうした記事は新聞紙面からは消えたが、実のところ、いまだにそれに類する取材手法、記事スタイルを続けているメディアは少なくない。かつてはそんな風な報道被害にあっても、取材された側は泣き寝入りするしかなかった。メディアは他のメディアの悪口を書かないのが「仁義」だと思われていたし、そうなるとメディアにひどい目にあっても、駆け込むところはどこにもなかったのである。

 だがインターネットの登場によって、その状況は劇的に変わった。書かれる側が抗議をするメディアを手に入れたのである。ひどい取材に対しては当然のように匿名掲示板で指弾される。それがどこまで実効性を持っているのかは別にして、少なくともそうした批判の声は挙げられるようになったのである。その良い例が、現在も余震が続いている新潟中越地震だ。匿名掲示板「まちBBS」の「新潟県小千谷市民集合」というスレッドでは、新潟中越地震で取材している報道陣のおぞましいばかりに悪辣な実態が、こと細かに報告されている。

 だが現状では、インターネットメディアの一般社会への影響力はあまりに低い。冒頭に紹介したメールのやりとりを、マスコミで働く何人かの記者に話してみたことがある。ほとんど全員が、同じような反応だった。

 「うへーっ、インターネットってやっぱり気持ち悪いなあ。取材を申し込んで、そんなこと言われちゃうの? オレだったらぜったい嫌だな」

 道のりは遠いのである。(引用ここまで。強調はblog主による)


やはり、横暴なマスコミによる被害にあっていたのは、私の周りだけではなかったようである。

それにしても、この「公開取材」なかなか使えるかもしれない。

対面での取材を一切拒否し、メールでの取材を全てネット上で公開する。

そうすれば、「編集権」という名のもとに、記者や編集部の都合のいい部分だけ切り貼りされて「そんな意図で言ったんじゃねーよ」というような発言を創作される心配もないし、あることないこと捏造されて、報道されて世間の知るところとなった後に、いくら「捏造だ!」と叫んでも世間に声は届かない…なんてことも少しは防ぐことができる。何より、視聴者にとっては、これまで結果しか見る事ができなかった「取材のプロセス」を見ることができる分、記者の主観による捻じ曲げから自由になり、事実に肉薄できる。

マスコミ人には、名刺を「葵のご門」にして肩で風斬って歩く人が多いと聞く。取材するときにも「国民の知る権利」を振りかざし、時には「御社の社会的責任をどうお考えか!」「人が死んでんねんぞ!」とか言って詰め寄る光景を目にもする。しかし、取材側、被取材側の双方が了解した上で全てのやりとりをネット上に公開するということなら、一般市民をダシに使った口実も、記者の思い上がりも徐々に封印されていくだろう。

ネックはと言えば、やはりこの記者も書いている通り、「インターネットメディアの一般社会への影響力がまだまだ低い」という点だろう。

しかし現在、「あるある」をはじめとする不祥事や、視聴率重視で劣化していっているTV報道にウンザリしている人々はたくさんいるし、若者たちは新聞・雑誌などのメディアから離れて行きつつある。多くの人が参加し評価し合えるような質の高いネットメディアさえ構築できれば、このような公平・公正で新しい取材の形が、人々へ「事実を伝える」ものとして力を持ってくる可能性もあるのではないかと感じている。


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「ロイマタ伝説の島」 NHK世界遺産からの招待状~バヌアツ

2014年11月01日 | 丸ちゃん日記

http://psyche.nikki-k.jp/n.k/AreaNumber.9500.GenreNumber.72.SI.lOG3 より

画像は、溝田正行の世界 より

 
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「ロイマタ」の島

バヌアツの村々には、争いが絶えなかった。
小さな島だというのに、人々は限られた作物を奪い合っていた。
村は小さな「国」となり、村の男たちは「兵士」となって殺しあった。
村の違いは「生物」の違いとなり、

人々は殺した「敵」を野生の豚と同じように喰うようにさえなった。

長い長い昔のある日、バヌアツの地に「ロイマタ」という、男が現れた。
ロイマタは、人々が殺し合い、食い合うことに、辟易としていた。
どうして同じ島に生まれた人々が、争わなければならないのか、考えた。
彼はひとり、島の外の誰も住めない「死の地」に赴いた。
其処は、白い石灰岩に覆われた不毛の地で、何の食物も育たない。
その地に、ロイマタはひとりで住んだ。
彼は飢え、乾き、動けなくなった。
或夜、彼は「死の地」に住む先祖の霊に触れそうになった。
彼等は、ロイマタに言った。

『この地に、争いはない。
この地には、何もないからだ。この地にはどんな食べ物も育たない。
この地には、人と奪い合う、どんなモノも・ないからだ。』

ロイマタは這うように「死の地」を抜け、島に帰った。
村の人々は、驚いた。

死んだと思ったロイマタが帰って来たうえに、

彼の体は別人のように痩せ細り、「白く」なって・いた。
長い間、石灰の上に寝起きしていた彼の体は、知らぬ間に「白く」なっていたのだ。

彼は、自分の家を焼き、自分の所有していたかけがえのない豚を殺した。
そして、言った。

「自分はもうじき、先祖達の地に赴くだろう。
その前に自分の一番大切な豚を、皆に振る舞いたい。
村々を越えて、このバヌアツに住む全ての人に食べて欲しいからだ。
人々に豚を喰いに集まるように、伝えて欲しい。
ただ、その時、先祖達への供え物として、自分の大切なモノを持ち寄って欲しい。」

こうして人々は、集まった。
右手に武器を、左手にそれぞれが一番「大切」にする モノを持って。

ロイマタは、よろよろと、立ち上がり、何処にそんな力が残っているか・と、
人々が畏れる程の大声で、叫んだ。

「 わたしは『死の地』で聞いた。
この島に争いが絶えぬのは、人がモノを持つからだ、と。
今、ココナッツを持ち寄った者は、同じモノを持ち寄った者とソレを交換するのだ。
ナッパを手にする者は、ナッパを持つ者と、タコを持つ者は、タコを持ち寄った者と、
石を持つ者は、石持つ者と、ヤムイモを持つ者は、ヤムイモを持つ者と、
・・・・ただし、自分の大切なモノを持ち寄らず武器しか持たぬ者は、

同じように武器しか持たぬ者と、今ここで殺し合うがいい。
今日よりバヌアツの地には、そんな人殺しが住む場所はどこにもない。」


「今日より我等は、新たな家族となる。
ココナッツを大事にするモノは、ココナッツを大事にする同じ霊を先祖に持つ『ナフラック』として。
ナッパを大事にするモノは、ナッパの『ナフラック』として、
タコを大事にするモノは、タコの『ナフラック』として、
石を大事にするモノは、石の『ナフラック』として、
ヤムイモを大事にするモノは、ヤムイモの『ナフラック』として、
村を越え、家族のように親族のように助け合って生きるのだ。」

こうしてバヌアツのひとびとは、武器を捨て、殺し合うことを止めた。
バヌアツの地から、争いの火種を消し去り、新たな『同族』の名付け親となったロイマタは、

人々から、畏敬を込めて【チーフ】と、呼ばれた。

ロイマタから400年が経った現代、
今の【チーフ】であるモルボルさんは、祝い事の日には、自分の豚を殺して村人に振る舞う。

バヌアツの人々は、手に手に自分の先祖が大切にした

「ナッパ」や「タコ」や「石」や「ヤムイモ」や「ココナッツ」を持って、

モルボルさんの元に集まる。


そして、皆で分け合って、バナナの蒸し焼きの「ラップラップ」を食べ、

カバという「発酵酒」を飲んで、笑い合い踊り合い語り合っている。

この島を「天国」に変えた『初代チーフ』、【ロイマタ】のことを・・・・・・。

2007年、オセアニア・ミクロネシアに属するこの島は、「ロイマタ酋長の領地」として、
イギリスのシンクタンクの調査で【世界一幸せな国】に選ばれた。
2008年、ユネスコによって、「ロイマタ」が赴いたとされる『フェルズ洞窟』は、
【世界自然遺産】に登録されている。

■□■

 

 

このとき制定された「ナフラック」は400年を経た今でも連綿と続いており、

エファテとその周辺の島々の人に『あんたは何ナフラック?』と尋ねると、

たとえば『俺はナフラック タコだぜ。』という答えが必ず返ってきます。


そして、誰に聞いても『同じナフラックの奴が遊びに来たときは、

いつでも好きなだけ俺の家にいてくれてOKだぜ。なにせ家族だからな。』

と答えるのです。

 

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途上国は欧米の新薬の人体実験場になっている(「ナイロビの蜂」の背景)

2014年02月11日 | 丸ちゃん日記

先日、テレビで映画「ナイロビの蜂」を放映していた。この映画の背景にはこんな実話があるらしい。

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欧米の製薬会社は、新薬の人体実験を途上国にアウトソージングしている。

…というのも、途上国では格安でスピーディーに人体実験用の被験者が集められるからだそうだ。

以下のサイトには、かなりショッキングな事が書かれている。

 『貧しい国々は被験者の宝庫』
 http://www.diplo.jp/articles07/0705-3.html
 ソニア・シャー(Sonia Shar)ジャーナリスト、在カナダ、
 原文:http://www.soniashah.com 訳・にむらじゅんこ

=========================================

1970年代には未認可の抗マラリア薬キナクリンが字の読めない何十万人もの女性に配られた結果、彼女たちは生涯にわたって子供が産めなくなってしまった。

1980年代半ばにはマウスによる試験で腫瘍を生じさせると判明して販売中止になった注射式の避妊薬が、農村で実験された。注射を受けた女性たちは「まさか実験されているなんて夢にも思わなかった」と語っている。

1990年代の終わりには、公共機関の研究者たちが病状の進行を研究するという目的で、頸部に前癌病変の見られた字の読めない女性たちに、それまで行なっていた治療を故意に中止した。その後、被験者たちは実験の趣旨を伝えられておらず、同意確認も全くなかったことが発覚した。この事件は、悪名高いタスキーギの人 体実験を彷彿とさせる。

2001年にはケララ州で、ジョンズ・ホプキンズ大学のある研究者が、実験段階の抗癌剤を、動物実験により無害性が確認される前に、癌の患者たちでテストしていていた事実が発覚した。

2003年には実験段階の抗癌薬が、妊娠しやすくするための薬だと思っていた400人以上もの女性に投与された。その薬は胎児にとっては毒性を持つものであった。

メディアの大々的な報道にもかかわらず、これらの事件のどれひとつとして、被験者に対するなんらかの法的保護の確立に結び付くことはなかった。

倫理規範に反する試験は、途上国の人々に西洋医学の正当性を疑問視させる結果となった。南アの保健大臣は抗HIV薬を毒と呼んだ。ナイジェリアの宗教指導者たちは、ポリオのワクチンを危険だと見なして拒否した。

規制が手薄なまま、こっそりと臨床試験が進められていることへの不安感が、人々の間に呼び起こした反応は、現地の公衆衛生に重大な影響をもたらしている。

=========================================

ここに引用したのはごく一部だが、ソニア・シャー氏が問題にしているのは、要約すると次のようなことである。

アフリカでは試験にかかる費用も先進国の約5分の1で済む。しかも、アフリカは感染症をはじめとして病人の割合が高く、反復的集中的な治療を受けていないために症状の出方もはっきりしている。さらに、現地の保健医療体制が整っておらずに困り果てている被験者は御しやすく、先進国よりも被験者を圧倒的に集めやすい。

加えて、被験者には、正確な情報の受領とその理解に基づいたインフォームド・コンセントを自発的に行なう余地がなければならない、と国際的に定められているが、アフリカなど途上国ではそれがほとんど行われていない。

極め付けに、そのようにして開発された新薬はほとんどの場合、これら途上国にはライセンスされていないか、法外に高い値段で売られている。実質はほとんど使用することができない。

要するに、貧しいから足元を見られて体よくモルモットにされていて、実験の成果さえ享受できないということである。

 

途上国で人体実験を行ってる連中は、こう主張するだろう。

「貧しい人にとっては、最新の医療に触れることのできる機会である。その機会を提供しているのだ。しかも、彼らは自ら被験体になりにやってくるのだ。我々は強制していない。」

途上国の貧困は、もとはと言えば西洋列強諸国の植民地支配と、現在も続く経済的搾取が創り出したものである。彼らを貧困な状態に追い込んでおいて、その身体を平気で人体実験に供させるという、連中はどこまでエゲつないのであろうか。

実は我々日本人も、そういった新薬の恩恵に浴している。このような途上国に一方的な犠牲を強いるシステムを、人類は組みかえていく必要があるのではないだろうか。

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「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」12/29より一挙再放送

2013年12月29日 | 丸ちゃん日記

オリバー・ストーン監督が、歴史学者のピーター・カズニックと組み、制作したドキュメンタリー・シリーズ「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」がNHKのBS1で放送される。

12月29日から一挙再放送があるようだ。

見逃した方は、ぜひ一気に見てほしい。

 

「アメリカは本当に日本に原爆を落とす必要があったのか」

「もしケネディ大統領が暗殺されていなかったら、米ソ関係はどうなっていたか」

「巨大な軍事力で世界の警察になろうとしてきたアメリカの選択は正しいのか」

といった問いに迫る。

番組のブログにも「アメリカ礼賛とは大きくかけ離れたシリーズ、直球勝負の番組です。」

 とあった。

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29日(日)


午後9時~  第1回 第二次世界大戦の惨禍


午後10時~ 第2回 ルーズベルト、トルーマン、ウォレス

午後11時~ 第3回 原爆投下

30日(月)

午前0時~  第4回 冷戦の構図


午前1時~  第5回 アイゼンハワーと核兵器

午前2時~  第6回 J.F.ケネディ 全面核戦争の瀬戸際

 


30日(月)


午後9時~  第7回 ベトナム戦争 運命の暗転 

午後10時~ 第8回 レーガンとゴルバチョフ

午後11時~ 第9回 “唯一の超大国”アメリカ

 

31日(火)

午前0時~  第10回 テロの時代 ブッシュからオバマへ

午前1時~  BS1スペシャル「オリバー・ストーンと語る 戦争×原爆×アメリカ」
         

…とある。

 

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『忙しい人』と『仕事ができる人』の違い

2013年11月10日 | 丸ちゃん日記

なかなかに耳の痛い内容である…

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=-7518

より引用


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『忙しい人』と『仕事ができる人』の違い

1、『忙しい人』は、「忙しい」と周りに言えば、「カッコイイ、頑張っている」と他人が評価してくれると思っている。
『仕事ができる人』は、「忙しい」と周りにに言うことは、「無能の証明」だと思っている。

2、『忙しい人』は、終了時間への認識が甘い。(なんとなく終わったらいいな~的な)
『仕事ができる人』は、絶対にここまでに終わらせるというスケジュール意識が強い。

3、『忙しい人』は、納期意識がギリギリ。(納期寸前で作業にとりかかるので、その仕事のみに集中してしまう為に効率が悪い。)
『仕事ができる人』は、前倒し。(納期より随分前から作業に取りかかるので、2つ以上の仕事を同時並行処理したりする効率の良い仕事の仕方ができる。)

4、『忙しい人』は、せっかくスケジュールを作っても、緊急事態・トラブルで乱れっぱなし。
『仕事ができる人』は、緊急事態・トラブルでスケジュールが乱される事がほとんどない。

5、『忙しい人』は、いきなり仕事にとりかかり、仕事完了に近くなった時点で「仕事の目的と最終完成物」を考える。
『仕事ができる人』は、仕事の始めに「仕事の目的と最終完成物」を明確にして仕事にとりかかる。

6、『忙しい人』は、「プライベートの時間を、とれたらいいな」的にしか考えていない。
『仕事ができる人』は、「プライベートの時間は絶対にとる」と最優先的に考え、その時間をホントに大切にする。

7、『忙しい人』は、相手の期待よりちょっと低い仕事を行い、手直しで時間をとられる。その為に誉められる事も少なく、モチベーションも上がらない。
『仕事ができる人』は、相手の期待を少し上回る形の仕事を行うので、手直しがほとんどない。そのためお客様や上司から誉められる事も多く、モチベーションもアップしていく。

8、『忙しい人』は、ホントはやらなくてよい仕事をたくさん抱えている。断るという事が苦手
『仕事ができる人』は、自分しかできない仕事が中心。頼まれた仕事を断る事ができる

9、『忙しい人』は、仕事にとりかかって、段取りを考える
『仕事ができる人』は、段取りを考えて、仕事にとりかかる

10、『忙しい人』は、段取りを考える時間を短時間で済まそうとする。
『仕事ができる人』は、段取りを考える時間を十二分にとる

11、『忙しい人』は、根回しがヘタ。仕事が完成した後に、関係者から異議がでて、トラブルシューティングに奔走する
『仕事ができる人』は、根回し上手。仕事を始める前に、重要な関係者をリストアップし、根回しを完了させる。仕事完了後に関係者からの異論はほとんど出ない。

12、『忙しい人』の優先順位は、納期期限が中心。納期が迫っているモノが優先順位が高い仕事になっている
『仕事ができる人』の優先順位は、仕事の効率とその仕事の目標への寄与・貢献度。

13、『忙しい人』は、集中できる環境を作る事ができない。電話や誰かが話しかけてきて作業の邪魔をする為に、同じ事を何度も考えないといけない。
『仕事ができる人』は集中できる環境を作る事ができる。誰も思考や作業を邪魔しない環境を作る事ができる。

14、『忙しい人』は、携帯電話にかける数より、かかってくる本数が多い。
『仕事ができる人』は、携帯電話にかける数の方が多い。携帯電話にかかってきて仕事を中断させられる事態を、先手を打つ事で防いでいる。

15、『忙しい人』は、自分が他人に頼んだ事を忘れている。頼んだ相手も、頼まれた仕事を忘れており、それがトラブルを生み出す。
『仕事ができる人』は、自分が他人に頼んだ仕事は決して忘れない。時折、チェックも入れるので、相手も忘れることができない。

16、『忙しい人』は、他人に事を頼むのがヘタ。依頼する際の打合せがヘタな為に、完成物を自分で手直しするのに時間がとられる。(人に頼まずに、自分でやった方が速いといった事になる)
『仕事ができる人』は、他人に事を頼むのが上手。依頼する際の打合せで詳細にイメージ合わせをする為に、完成物の手直しなどがほとんど発生しない。

17、『忙しい人』は、学習する時間をとれていない。いつまでも同じやり方で仕事をしている。
『仕事ができる人』は、どんなに忙しい時でも学習時間の確保を行っている。学んだ知識をもとに、もっと効率的な仕事のやり方を求めて、いつもチャレンジをしている

18、『忙しい人』は、同じような仕事でも、イチイチ考えながら仕事をしている。
『仕事ができる人』は、同じような仕事が発生したら、考える事なく、仕事ができる仕組みを作り上げている。

19、『忙しい人』は、運動などにも時間がとれなかったり、睡眠不足で仕事をしてしまう。時には徹夜も。そのため体調不良をおこしたり、身体に無理して仕事をしてしまう。それが原因のミスも生まれたりしてしまう。体調によりモチベーションも不安定になる。
『仕事ができる人』は、適切な運動を定期的に行い、十分な睡眠をとり仕事を行う。体調不良によるミス、集中力欠如によるミスは少なく、常に安定したモチベーションを維持している。

20、『忙しい人』は、「忙しい状態」を甘んじて受け入れてしまっている。
『仕事ができる人』は、「忙しい状態」事は絶対にイヤ。受け入れる事ができないと思っている。
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「サルでもわかるTPP」

2012年03月29日 | 丸ちゃん日記

サルでもわかるTPP(プロジェクト99%)

第一章 → http://project99.jp/?page_id=75&page=2

 

オススメ。ぜひ一読しておきたい。

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 -併せて参照-

     ↓

 「なぜ今、TPPなのか」

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謹賀新年

2005年01月06日 | 丸ちゃん日記
あけましておめでとうございます。
今年も一年よろしくお願い致します。
って、当たり前の挨拶をしたところで、昔から思ってたことなんですが、
年が変わって何がおめでたいんですかね?
特に何かが変わるわけでもないですし。
まぁ、へそまがりと言われればそこまでなんですが、たかだか1週間や2週間ぐらい前に会った相手に対してえらいかしこまって上記のような挨拶をすることに対する違和感が子供の頃からとれなくて・・・
そう考えると、他にも意識と行動が一致しないような慣習ってありませんかね?
例えば暑中見舞い。確かに外は暑いかもしれないけど、
・・・部屋にはエアコンあるから快適だし・・・
もっとも筆不精なだけって話もありますが。

ってそんなことが言いたいわけじゃなくて、問題は
普段当たり前のようにとっている行動と実際の意識に明らかなズレが出てきている
ってことなんですよ。

こういう違和感を露店で出してもらえたら、そしてみんながそう思ってたら、意外と根本の部分までたどり着けたりして。
・・・だいぶ遠回りでしょうがね。

さぁ、今年も頑張っていきましょう~!!
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共認ってすごいね

2004年12月27日 | 丸ちゃん日記
こんばんわぁ。
寒さが身にしみる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
・・・って覇気のない入りだなぁ

なぜこんなんかといいますと!
先週は火曜日に大阪駅の歩道橋で露店やったんですよ。
結果は・・・0円
いくら寒かったとはいえ、ねぇ。

でも、るいネットでジンワリとくる投稿を発見⇒共認治癒力①
共認治癒力②
なんかこれ見たらジーンときて癒されちゃったよ。
もちろんいい話なんだけど、単なる美談じゃなくて、自分たちに、みんなにどれだけの可能性があるかってことがスーッと入ってくる。
きっと個体がもつ自然治癒力が共認力(?)によって強力に増幅されてるんだろうけど、逆に考えたら、自分って枠にこだわらなければ、もっともっと力が出てくるってことじゃないのかなぁ。
当たり前のことかもしれないけど、改めてそれに気付かせてくれたこの投稿に感謝!
コメント

先週の露店は・・・

2004年12月20日 | 丸ちゃん日記
うーん。いまいちでしたねぇ。
寒かったからかなぁ。でも止まってくれる人がいないわけじゃないしなぁ。
カード売ろうって意気込みすぎて空回った感じ。
なんで屋のモットーは「活力再生」!!
押し付けられたように感じちゃったら確かに買う気なくしちゃうよね。
よし、来週はお客さんといっぱい会話しよっと。そして少しでもお客さんがすっきりしてくれたら、お互いに活力アーップ
忘年会帰り(?)の楽しそうなお父さんたちも結構いたから話ぐらいはしてくれそうだ。

さぁ、次回も頑張るぜぃ


・・・おっと忘れてた。
そうそうタバコね。
僕は完全な愛煙家なので、最近の嫌煙傾向はちとつらい。
駅の喫煙所も撤去してるとこ多いしなぁ。
たぶん吸わない人には迷惑なんだろうけど。
でも、そんなに強く思ってる人は一部なんじゃないかなぁ。
ものすごく誇張された意見が通ってしまっているようにおもふ・・・
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みなさんこんにちは!

2004年12月11日 | 丸ちゃん日記
さてさて、いよいよブログなるものに着手しました!
なんばの路上に週一回立っている管理人がなんば観察日記をつけていきます
もちろんそれ以外のことも書きますけどね
じゃ、最初はごあいさつまでってことで・・・乞うご期待
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