えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・あなたは猫のために、猫は猫のために

2020年08月08日 | コラム
 うずくまる青と黄色のオッドアイの白猫カルヴィンはヒスパニック系らしい黒髪と褐色の肌の女性の肩へ登り、窓を流れ落ちる雨に飛びつこうかと体をしならせている。その様子をスキンヘッドの男が今にもため息をこぼしそうな表情で見つめている。女性の首を踏んで窓枠に足を伸ばした猫よりも、動くことで猫に噛みつかれることを恐れる女性を彼は観察していた。『猫ヘルパー!~猫のしつけ教えます~』のプレゼンターのジャクソンが躾ける相手の大方は、猫ではなく人間だ。

 原題『My cat from hell』はいかにも猫が人間のコントロールを振り切って暴れ出したり昔は魔女の手下を務めていたりする印象たっぷりで、登場する猫たちはほぼ題の通り人間を片っ端から引っかいたり、あちこちに粗相をしたり、唐突に暴れ出したりと凶暴で落ち着きがない。けれども猫ヘルパーのジャクソンは臆せずに猫と向き合い、猫たちがそうした行動を取る理由を巧みに探り出す。時には爪が刺さるほどのひっかき傷を負いながら「これが僕の仕事です」と、穏やかに優しく、決して怯まずに接する。すると問題の大方は猫ではなく人間が猫に与える環境や態度であることが明らかになる。

 たとえば主人以外には誰彼構わず襲いかかる猫は、主人がまるで犬と遊ぶかのように大声を出したり猫をもみくちゃにしたりと猫の嫌いな方法で接するために人が苦手になり、部屋のあちこちにマーキングする猫には猫専用の遊び道具どころか決まった寝床や爪とぎすらなく、自分だけの場所を作るための不安からマーキングを繰り返すことが人間のジャクソンの口から解説される。猫と人間の問題を一通り整理すると、ジャクソンは人間へ「宿題」を出す。「宿題」は人間側が積極的に行動を改善するための具体的な手掛かりで、素直に従う飼い主もいればそうでない飼い主もいる。二週間後に様子を見て「宿題」を添削し、さらなる「宿題」を出して二週間後に最後の訪問を行う。アメリカらしさを感じるのは、ジャクソンを招く猫の飼い主の殆どが「問題を起こす猫を「ジャクソンが」どうにかしてくれる」と考えていることで、彼が来ればその日に猫が大人しくなるよい子になると思っていた、と真顔で語る飼い主には一周回って怖さを覚えた。

 白猫のカルヴィンは十三年もの長い間飼い主のアンブリーンを噛みつきと引っかきで悩ませていた。無論ジャクソンへも牙をむき、様子を見るために着た防護服の上からでもわかるほど強く彼を噛みつき、餌を見せられれば食べるが食べ終えればすぐに噛みつき、と、ジャクソンからしても「性質に問題があり」と言わしめた。けれども彼は猫に問題があると聞いてどことなくホッとした様子の飼い主へすかさず「あなたがカルヴィンの乱暴を問題視せず、猫を寝室から締め出しもしないことが一番の問題だ」とくぎを刺す。一度目の訪問後、彼女は「宿題」をほとんどこなさないことをやんわりとだが強く責められ、唯一行った投薬治療で落ち着いたカルヴィンへジャクソンが正しい接し方を懇々と説明したことでやっと自分が猫の問題であることを自覚する。ジャクソンの胸元には時々仏像のペンダントがぶら下がっており、彼も仏教徒を名乗っているが、毎回キャラクターの濃い飼い主(ある意味番組の最大の見どころだ)を猫のための人間へと改心させる様子は教師よりも僧侶のような辛抱強さと忍耐にあふれている。余談だが猫用の向精神薬があることと、その方法の選択が一般的であることはこの番組で知った。人間とは違う形で猫たちの心は複雑らしい。

 心を入れ替えた飼い主の献身によりカルヴィンは寝床で丸まる猫らしい落ち着きを取り戻し、ジャクソンが触れても爪ではなく鼻でこつんと彼の手に挨拶するほどの安定を手に入れた。飼い主もともに穏やかな心で猫を摘まむように撫でている姿を、目を細めてジャクソンが見つめている。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ・『雨月物語』『現代百物語... | トップ | ・『マカリーポン』雑感 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

コラム」カテゴリの最新記事