えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・非計画的計画

2019年10月12日 | コラム
 十二時がタイムリミットだとJRが公示していた。「どうしても」という予定がかぶっていた。台風の前の日、職場の席を立って給湯室のそばの掃除用具入れのドアを開けて電話する。階層によってはとっぱらわれてしまったが、ここはまだドアがある。白い陶器の流し台があるものの、畳一畳ほどの余裕がある空間で昔、私の勤め先のフロアが改装される前はよく昼寝をしていた。明かりがセンサー式に変わりドアが外されていなければ、今もドアを閉めれば真っ暗になるそこを愛用していたかもしれない。ともかくこのビルの中で電話をしている姿を見られたくなければ、非常階段の踊り場よりは少なくともこちらの方が安心できる。ドアから声が漏れ聞こえてもまず、まあ開けられないだろう。

 予定を聞くと明日のことはわからない、と受付の女性が答えた。時計は11時半で、インターネット上ではだいたいの企業が明日の予定を提出している。「今まで突然のキャンセルを行ったことはなく、上のほうの指示を待っているところです」初めて出くわす緊急時の組織はどこも似たような状況らしい。またかけなおします、と時間を告げて電話を切った。壁にもたれてじっとしていたので、センサーライトはとうに消え真っ暗な中で話を終えた。電話から耳を離すとぱっと明かりがつく。ドアの外からは昼食に出かけるらしい男性の声が、土曜日の台風の勢いを茶化しながら聞こえてきた。しばらくして折り返しの電話が、三十分の繰り上げを連絡した。予定を逃すと平日、朝はまだ交通機関が止まらない予定を勘案して朝一番の予約を入れた。風雨よりもその先に取得できる休みの数の不安にその時はさいなまれていた。

 帰宅してこまごまを済ませて目覚めると、窓の奥の雨戸がふるえている。少しだけ玄関を開けると文字通り滝のような雨がアスファルトを乱暴に叩いていた。公園のケヤキの梢が揺れている。最近は心を入れ替えてひとなみに災害の時の仕事をさせなくなった会社ならば迷わず行かないと決めていたが、こればかりは「どうしても」外せない。電車はまだ動いていたので、雨合羽を着込み小学生以来のテルテル坊主のかたちになって駅へ向かった。用事は滞りなく済み、眠れないほど気にかけていた帰りの電車もそれなりに乗り込む人たちに紛れて拍子抜けするほどあっさりと帰宅した。往復する車窓から見える河は午前中既に川岸を飛び越えて、高く盛られた堤防のほうを目指していた。駅に着く。雨合羽を着る。周りは買い物袋のビニールを抱えたり、サンダル履きにビニール傘だったり、長靴にTシャツの楽し気な少女だったりと、テルテル坊主は誰もいなかった。風もなく、テルテル坊主は吹き飛ばされずにスニーカーとジーンズの裾だけをびしょぬれにして帰宅する。

 外を風が過ぎてゆく。上陸までは五時間を切った。

 明日のことはわからない。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ・迷子の一杯 | トップ | ・急ぎの願い »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

コラム」カテゴリの最新記事