沖縄を考える

ブログを使用しての種々の論考

詩352 日本という国  11

2012年04月06日 08時18分25秒 | 政治論
 この国が、沖縄琉球島嶼に対し持続的に行っている「沖縄含め日本列島の防護」という看板付き軍事展開は、沖縄現地で実行しようとしている軍事施設新増設の方針が放棄されない限り(沖縄での軍事的拡大方針の否定)、この国が沖縄に対して繰り返してきた歴史的蛮行(島津侵攻、琉球処分、沖縄捨石作戦)の基本的継続的実践以外の何者でもないことは、沖縄県民が広く知っていることであり、この意味で沖縄県民は、このたびの、北朝鮮人工衛星発射事案に対する軍事的想定に基づく自衛隊の迎撃模擬訓練=琉球弧への継続的配備アリバイつくりに対しては、各関係行政府の長が容認するなかでも決して許容しないのであり、北朝鮮がいかなる国かは別として、この日本という国が沖縄に対してしてきた、している、するだろう一切の、他府県との差別的特殊な国家施策を国家的な犯罪行為(人権侵害、憲法違反)と断じて憚らない意見に集結していることを表明する。沖縄は、二度と、太平洋戦争における「沖縄戦」が有する国家犯罪実質を再現させはしないし、「本土の防波堤」にも「捨石」にもなりようがないし、日米軍事同盟の有する基地展開が意味するあらゆる戦争準備、発進の実践行為を受容しない気組みとなっている。一方この国の為政者、でなく官僚が、おそらく琉球処分という行政措置以来連綿と繰り返してきた「沖縄差別」の本質は、ひとつには明治維新で成し遂げた「近代化」のアジア的優越性誇示、脱アジア入ヨーロッパ感性助長、といったエリート意識の偏頗な逆上の結果培うことになった人民乖離の基本思潮に基づく病的な民衆侮蔑本性にほかならない。我々は過大なヒロイズムを希求しないが、痩せ細ったガンジーの「非暴力不服従」に無限の信頼を寄せる。この国の官僚が近代化以降この国に齎した人民背反の錯誤に満ち満ちた一切の愚行を徹底的に検証糾弾し、彼らによって蒙った同じ被害民の轍を踏まないために強いられる覚悟を確認せざるを得ない。即ち、今回の自衛隊戦時業務命令行為の一切を、アメリカ、ブッシュのイラク「大量破壊兵器」詐欺軍事行為並に後付で言い訳させないためにも、これらを憲法9条違背行動と認定し広く公論に付し、もって国際司法的是正輿論を惹起する大規模な抗議行動を実践すべきと思量する。当然ながら当方はソクラテス的現実に直面している日本国の実情についても承知しているが、非力な人民の立場にあってはいかなる不明瞭な国家行為も決して憲法上の保証なしには認容できない「不可知論」状態であることを、為政者外務防衛各担当たちは認識しておく責任がある。(中断)