アメリカには17年(とか13年)周期で大発生するセミがいるそうです。その間の年には全然出てこない。ちょっと気になったのは「本当に17年(13年)」なのか、です。たとえば実は34年セミで、半数ずつが丁度都合良く羽化している、ということはないでしょうか。さすがにこれはちょっと都合良すぎる仮定とは思いますが。さらに、もしもこのセミが、1/17ずつ毎年羽化していたら「毎年セミが出る」わけで「17年」ということばは出てこなかったわけです。
ところで日本のセミは、毎年鳴いていますが、彼らの生涯サイクルは何年なんでしょうねえ。人工飼育をするくらいしかその年数を正確に決定できる方法を思いつかなかったのですが、そんな研究をどこかでやっているのかな?
【ただいま読書中】『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節 著、 講談社現代新書1918、2007年、720円(税別)
「狐や狸に化かされる」は、昔話では定番です。狐には霊力がある、とされたから、お稲荷さんのお使いにもなっているし、安倍晴明の母親が狐だ、という話が伝えられることにもなったのでしょう。ところがそういった「フィクション」ではなくて「実話」として「キツネに化かされた」話は田舎で根強く語り伝えられていました。ではいつから日本人はキツネにだまされなくなったのでしょう? 各地でのフィールド調査によって著者はそれを「1965年前後」と同定してしまいます。意外と最近です。
では「1965年(昭和40年)」とはどんな年だったのでしょうか。
著者はフィールド調査で「なぜ1965年以降、人はキツネにだまされなくなったと思うか?」という質問をするようになりました。その答えの集積から、その時期に「日本人」に大きな変化があったことが浮かび上がってきます。
1950年の朝鮮戦争で日本は特需に沸き、50年代半ばに経済成長がはっきり統計に表われてきました。ただしそれは都会の話です。経済成長が農村に染みてきたのはそれから数年以上後のことでした。「高度成長期」とは「経済(成長)」が「神」になった時代でした。したがってそれまでの神(自然)の使いであったキツネはその霊力を失ってしまったのです。
さらに「科学」の普及があります。戦前の反動で「科学一辺倒」となってしまった風潮の中、「キツネにだまされること」は、「当然のこと」から「非科学的な迷信」になってしまったのです。
マスメディアの普及を言う人もいます。特にテレビは影響力が大きく、旧来の人のコミュニケーションの形を変えてしまいました。それまでの日本人が持っていた自然および人との濃密な関係が希薄となっていったのです。
進学率の上昇・死生観の変化・自然観の変化を言う人もいます。
ここまでは「人間の変化」でした。それに対して「キツネの変化」を言う人もいます。森林環境の変化(1956年からの「拡大造林」)によって、いかにも人をだましそうな老狐の棲息が困難になってしまったのです。
ここで著者は不思議なことを言い始めます。「日本人にはキツネにだまされる能力があった」と。著者が注目するのは、かつて地域共同体にあった(そして1960年代頃に消滅していった)様々な「通過儀礼」です。そこに見られるのは、自然と共同体に対する共鳴で、それが失われることによって人はキツネにだまされることができなくなっていった、だから「キツネにだまされた話」が消滅したと言うのです。
さらに話は大きくなります。「歴史」の構造について、ショーペンハウエルやファイヤアーベントが引用されますが、要するに「記録」に残される「歴史」が歴史のすべてではなくて、個人の記憶レベルの話もまた「歴史」の一部のはずです。(「個人の歴史」で考えたらわかりやすいでしょう。「自伝」「履歴書」に書かれたものだけが「私の歴史」ではないですよね? そういった「記録」には書けないもの・書かないもの・自分の記憶からさえ消滅しているもの、すべてが「私の歴史」です)
日本人は近代化することによって、いわば文化的に以前とは違う“パラダイム”に生きるようになってしまいました。当然“それ以前”のことは理解できません。「キツネにだまされた話」は“自分のこと”ではないのです。したがって本書も実は「記憶の話」ではなくて、すでに「記録」になってしまっています。ただそれを読む者に“それ以前の記憶”があれば、記録は記憶に再変換され、さらに次の世代に“物語られる”ことが可能となります。私自身、キツネに化かされた記憶はありませんが、その時代の匂いは覚えています。だから子どもたちに語ってみることにしましょう。「むかしむかし、あるところに……」