【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

国境の海

2011-08-22 18:53:14 | Weblog

 昔「李ライン」というのがあって、そこを越えた日本漁船はよく韓国に拿捕されていました。まだ「200海里」がなかった時代で、良く言えば「経済水域のさきがけ」ということになるのでしょう。北の方でも日本漁船はよくソ連に拿捕されていました。
 子供時代によくそういったニュースを聞いて「これは敗戦国の宿命か」なんて私は思っていました。もちろん敗戦の影響も大でしょうが、基本は古典的な国境紛争ですよね。漁船はいわば「外交の道具」。戦争に発展しなくて良かった、と思うことにしましょうか。

【ただいま読書中】『密漁の海で』本田良一 著、 凱風社、2004年、2500円(税別)

 「北方領土」での物語です。ただ著者は最初に宣言します。「これは悪役、悪人の登場しない物語なのです」と。
 敗戦後、日本漁船はしばしば“境界線”を越境しました。ソ連の警備艇に見逃してもらうために、様々な物品を積んでいましたが、ソ連はそのうちに「情報」を求めるようになります。新聞・雑誌・名簿・電話帳・警察や自衛隊の施設情報・幹部の情報・右翼団体について……「レポ船」の誕生です。朝鮮戦争の勃発と同時にレポ船の活動も活発となります。ソ連からのスパイの上陸やその支援船の拿捕もありました。さらにその上空では、米ソの飛行機の交戦もありました。“北方領土”はホットな“国境地帯”だったのです。「拿捕保険」には私は思わず笑ってしまいました。中古漁船が買える程度のお金がおりるのだそうです。ただし漁具までは間に合いませんから、結局大損ではあるのですが。
 話はベトナム戦争へ。反戦米兵の脱出路は根室にありました。ソ連との“ルート”は生きていたのです。レポ船は、ソ連への情報提供の見返りに安全操業の保証をとりつけ、そのついでに米兵もソ連警備艇に届けていました。しかしソ連は、スパイに二重スパイがいるように、レポ船にも公安の手先がいるはずと疑心暗鬼です。逆に、ソ連に認められて「レポ御殿」を建てた人もいます。
 レポ船に対する感情は様々です。「国を売って自分が儲けている」というネガティブなのもあれば「国境のこちら側の資源がその分保護される」「とにかくサカナを持ってきてくれたら、市場(と地元経済)が潤う」というポジティブなのもあります。
 ソ連のアフガニスタン侵攻(1979年末)の頃、日本ではレポ船についに公安のメスが入りました。しかし、自供したレポ船の船主たちには、こんどはソ連からの報復(拿捕、罰金、抑留)が待っていました。また、公安にも「ソ連の情報が欲しい」という事情もありました。なんというか、どこもかしこも「持ちつ持たれつ」の世界です。今世紀になって有名になった「機密費」が、このレポ船関連にも大量に流れたのではないか、という疑いもあるそうです。そして警察が摘発する(そして新聞で騒がれる)のは基本的に「ソ連に切られたレポ船」になります。日本にとっても利用価値がなくなったからでしょう。
 やがてレポ船は姿を消します。その代わりに「国境の海」で幅を利かすようになったのが「特攻船」でした。2~5トンの小型強化プラスチック船体に200馬力の船外機二機を装備し、国境を侵犯して獲物をごっそりとり、ソ連警備艇に発見されても40~50ノットの高速で逃げ切る船です(日本警備艇に発見された場合はソ連側に逃げます)。特攻船の最大勢力は、暴力団(1980年の国勢調査で人口4万2881人の根室に、7つの暴力団組織の事務所がありました)。配下の暴力団員や不良漁民を乗せて荒稼ぎをしていました。もちろんその活動は、海上だけではなくて陸上でも活発です。摘発されないために様々な活動を行なっていました。もっとも、摘発されても略式起訴で罰金1万円が“相場”だったのですが。レポ船と同じく、特攻船に対する評価も割れます。そのうち、近く(歯舞諸島)の獲物は取りつくされ、「もっと遠く」「もっと早く」と特攻船は“進化”をします。ソ連は苛立ちます。水産の問題だけではなくて、日本政府が主張する「日本の海」で日本の漁船が漁をして何が悪い、という政治的な主張も感じていたのです。実際、日本外務省の対ソ強硬派は、特攻船を放任する方針でした。事態が変ったのは、91年のゴルバチョフ訪日でした。外務省は「日ソの信頼関係の構築」を迫られたのです。かくして、特攻船壊滅作戦が開始されます。その結果は、カニの流通量の激減でした(同時に、外務省の内紛が深刻化します)。
 情勢はさらに変ります。ソ連の崩壊で、北方4島のロシア人たちはモスクワに見捨てられます。自活の道は、日本に漁獲物を売るルートの開発でした。それを受けたのが、特攻船の漁獲を扱っていた業者です。物語はつながっていくのです。そこからさらにムネオスキャンダルにまで。

 本書には興味深い文章があります。「外務省も、水産庁・道も「領土問題は重要である」という認識では一致していた。しかし、その先の考え方は大きく異なっていた。重要だから、外務省は半歩たりとも譲れない、と考えていたが、水産庁・道は現実に領土問題がすぐに解決できないのであれば国益を侵さないぎりぎりの範囲で、漁民が生きていく道を探るべきではないか、と思っていた。このギャップはいまも基本的に変っていない」
 中央と出先と、国民との「距離」によって問題のとらえ方や考え方が違ってくる、ということなのでしょう。そしてそれは、たとえば今の原発事故に対する態度にも如実に表われているように私には思えます。
 本書は「密漁の海」についての本ですが、実は「日本」の構造についての本でもあります。北の海に興味がなくても「日本」に興味があったら、一読の価値はあります。「昔の話」ではなくて「今にそのままつながる話」なのですから。