ゲーテは二十代半ばに「原ファウスト」を書き、41歳で「ファウスト断章」を発表(1790年)、さらに加筆して59歳の1808年「ファウスト第一部」を刊行しました。第二部はなんと82歳(死の前年)です。彼の一生は「ファウスト」のためにあったのでしょうか。
【ただいま読書中】『ファウスト 第一部』ゲーテ 著、 池内紀 訳、 集英社、1999年(2000年第3刷)、2200円(税別)
まず、座長、座付き作家、道化の3人が登場。どうやって小屋を客でいっぱいにしどうやって満場の喝采を得るかに知恵を絞ります。普通の芝居だったら一人で行なう口上を3人がかりで「開演前」と称して劇中劇のような形で行なってくれます。しかし3人の話はもつれます。詩人の魂とエンターテインメント、若さと老い、さらには観客に対する侮蔑まで。
何はともあれ、開幕です。
三人の天使の合唱をバックに、主とメフィストフェレスが賭をします。下界のファウストを“何とか”できるかどうか、の。……『失楽園』(ミルトン)で、神とルシファーがアダムとイブをゲームの駒のように扱う態度に私はあきれましたが、こういった「全能の神」が悪魔と馴れ合っている(「人間」で遊ぶ)という感覚は、近代のヨーロッパでは常識的なものだったんですかねえ。なんとなく冒瀆的に私には思えるのですが。
ファウストは当時の大学での学問(哲学、法学、医学、神学)を究めた大学者、そして欲求不満だけが残っていました。そこへメフィストフェレスが登場。手を変え品を変え、さまざまな手管で知的な誘惑を試みるメフィストを上手くあしらっているつもりだったファウストは、その過程で少しずつ自分自身の心の奥底を覗きこんでしまいます。上手く隠していたと思っていた自分の欲望に気づくのです。ついに二人は握手をします。条件は一つ。ファウストがつい「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」と言ったら賭けはファウストの負けです。もっとも、賭けだと思っているのはファウストで、メフィストフェレスは「契約」だと思っているようです。だから「血の署名をした紙切れ(契約書)」を求めます。ただ、契約にしては、条件はずいぶんアバウトだし期限も定められていません。もしもファウストがくだんのセリフを言わなければ、彼は不死を手に入れることになってしまいかねません。二人はその危うさがわかっているのでしょうか。
魔女の薬で若返り(さらに簡単に恋に落ちるような細工を受け)、ファウストはたまたますれ違ったマルガレーテと恋に落ちます(というか、恋に落ちたのはファウストで、メフィストフェレスがぶつぶつ言いながらいろいろ努力してマルガレーテの心をファウストに向けるようにします)。しかし二人の密会の場がマルガレーテの自宅で、隣で寝ている母親には睡眠薬を一服盛ってから、というのは、なかなか大胆です。その結果は、もちろん妊娠。そしてそれで罰せられるのは、マルガレーテです。ワルプルギスの夜の狂宴のあと、場面は牢獄へ。そこには嬰児殺しで捕えられ気が触れたマルガレーテが鎖につながれています。取り戻した若さに高揚し好き放題やってみたファウストの“犠牲者”ですが、ワルプルギスでのマルガレーテの幻影が「死」を暗示していたのに対し、現実の彼女は「罰」の姿になっています。この罰は、マルガレーテが受けているのでしょうか、それとも、ファウスト? たとえこのあとファウストがひどい目に遭うとしても、マルガレーテの扱いがひどいじゃないか、と思えます。『罪と罰』じゃないんですから。
こうして原作を読んでみると、手塚治虫の「ネオ・ファウスト」が傑作であることがよくわかります。「ファウスト」をいったいどんな咀嚼消化をしたら「ネオ・ファウスト」に翻案できるのか……あまり好きな言葉ではありませんが、「手塚治虫は天才だ」と言うしかないのでしょう。
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【ただいま読書中】『ファウスト 第一部』ゲーテ 著、 池内紀 訳、 集英社、1999年(2000年第3刷)、2200円(税別)
まず、座長、座付き作家、道化の3人が登場。どうやって小屋を客でいっぱいにしどうやって満場の喝采を得るかに知恵を絞ります。普通の芝居だったら一人で行なう口上を3人がかりで「開演前」と称して劇中劇のような形で行なってくれます。しかし3人の話はもつれます。詩人の魂とエンターテインメント、若さと老い、さらには観客に対する侮蔑まで。
何はともあれ、開幕です。
三人の天使の合唱をバックに、主とメフィストフェレスが賭をします。下界のファウストを“何とか”できるかどうか、の。……『失楽園』(ミルトン)で、神とルシファーがアダムとイブをゲームの駒のように扱う態度に私はあきれましたが、こういった「全能の神」が悪魔と馴れ合っている(「人間」で遊ぶ)という感覚は、近代のヨーロッパでは常識的なものだったんですかねえ。なんとなく冒瀆的に私には思えるのですが。
ファウストは当時の大学での学問(哲学、法学、医学、神学)を究めた大学者、そして欲求不満だけが残っていました。そこへメフィストフェレスが登場。手を変え品を変え、さまざまな手管で知的な誘惑を試みるメフィストを上手くあしらっているつもりだったファウストは、その過程で少しずつ自分自身の心の奥底を覗きこんでしまいます。上手く隠していたと思っていた自分の欲望に気づくのです。ついに二人は握手をします。条件は一つ。ファウストがつい「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」と言ったら賭けはファウストの負けです。もっとも、賭けだと思っているのはファウストで、メフィストフェレスは「契約」だと思っているようです。だから「血の署名をした紙切れ(契約書)」を求めます。ただ、契約にしては、条件はずいぶんアバウトだし期限も定められていません。もしもファウストがくだんのセリフを言わなければ、彼は不死を手に入れることになってしまいかねません。二人はその危うさがわかっているのでしょうか。
魔女の薬で若返り(さらに簡単に恋に落ちるような細工を受け)、ファウストはたまたますれ違ったマルガレーテと恋に落ちます(というか、恋に落ちたのはファウストで、メフィストフェレスがぶつぶつ言いながらいろいろ努力してマルガレーテの心をファウストに向けるようにします)。しかし二人の密会の場がマルガレーテの自宅で、隣で寝ている母親には睡眠薬を一服盛ってから、というのは、なかなか大胆です。その結果は、もちろん妊娠。そしてそれで罰せられるのは、マルガレーテです。ワルプルギスの夜の狂宴のあと、場面は牢獄へ。そこには嬰児殺しで捕えられ気が触れたマルガレーテが鎖につながれています。取り戻した若さに高揚し好き放題やってみたファウストの“犠牲者”ですが、ワルプルギスでのマルガレーテの幻影が「死」を暗示していたのに対し、現実の彼女は「罰」の姿になっています。この罰は、マルガレーテが受けているのでしょうか、それとも、ファウスト? たとえこのあとファウストがひどい目に遭うとしても、マルガレーテの扱いがひどいじゃないか、と思えます。『罪と罰』じゃないんですから。
こうして原作を読んでみると、手塚治虫の「ネオ・ファウスト」が傑作であることがよくわかります。「ファウスト」をいったいどんな咀嚼消化をしたら「ネオ・ファウスト」に翻案できるのか……あまり好きな言葉ではありませんが、「手塚治虫は天才だ」と言うしかないのでしょう。
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