消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(258) オバマ現象の解剖(3) インペリウム(3)

2009-12-31 21:11:24 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 二 権力を動かす力

 本書第二章の「おわりに」において、ゴールドマン・サックスの華麗な人脈を紹介しているので、それと重複しない形でゴールドマン・サックスが英米の権力機構に送り込んだエリートたちを列挙したい。

 財務長官ガイトナー(Timothy Geitner)の首席補佐官(Chief of Staff)、マーク・パターソン(Mark Patterson)。国務長官ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)の経済顧問(Economic Adviser)、ロバート・ホーマツ(Robert Hormats)。CFTC(商品先物取引委員会=Commodity Futures Trading Commission)議長(Chairman)、ガリー・ゲンスラー(Gary Gensler)。ブッシュ政権下の経済・実業・農業担当国務次官(Under Secretary for Economic, Business, and Agricultural Affairs)、ロイビン・ジェフリー(Rueben Jeffery)。NYSE(ニューヨーク証券取引所=New York Stock Exchange)元CEOのジョン・タイン(John Thain)、現CEOのダンカン・ニーダーアウワー(Duncan Niederauer)。SEC是正勧告部門主任(chief operating officer of the SEC's enforcement division)、アダム・ストーク(Adam Storch)。ゴールドマン・サックスが雇っているロビイストのマイケル・ペーズ(Michael Paese)は米下院金融委員会議長(Chariman of the House Financial Services Committee)のバーニー・フランク(Baney Frank)のスタッフとして働いている。

 こうした人脈は英国にも強力な根を張っている。政界入りする前にシティにおけるゴールドマン・サックスで働いていた大物として以下の人がある。

 英大蔵大臣(Chancellor)、ダーリング(Alistair Darling)。彼の右腕のイングランド銀行総裁(Governor of the Bank of England)、キング(Mervyn King)。ロンドン証券取引所(London Stock Exchange)CEO、ザビエル・ロレット(Xavier Rolet)。FSA(英金融サービス機構=Financial Services Authority)COE、ヘクター・ハンツ(Hector Sants)(4)。

 ゴールドマン・サックスのチーフ・エコノミストのガビン・デービス(Gavyn Davies)の妻は、ゴードン・ブラウン(Gordon Brown)首相の特別顧問であるスー・ナイ(Sue Nye)である。デービスは、ブレアー(Tony Blair)政権下でBBCの会長を務めた。デービスのあとのゴールドマン・サックスのチーフ・エコノミスト、デビッド・ウォルトン(David Walton)は、イングランド銀行の金融政策委員会(Monetary Policy Committee)に席を得ている。二〇一二年の夏期ロンドン・オリンピック運営委員会(London Olympic Games Organising Committee)を牛耳るポール・ダイトン(Paul Daighton)もゴールドマン・サックスで活躍していた人である。

 まさに、ゴールドマン・サックスとはガバメント・サックス(Government Sachs)である(Arlidge[2009])。こうした政治権力への人脈形成が、他行より有利に営業できる条件をゴールドマン・サックスが得ているであろうと、推測することは間違いではないだろう。

 二〇〇八年、ノーザン・ロック(Northern Rock)を売却するに当たって、ブラウン首相はアドバイザーにゴールドマン・サックスを起用した。

 先述のコラムニストのソーキンは、『大き過ぎて潰せない』という著作を出している(Sorkin[2009b])。ソーキンによれば、ゴールドマン・サックスは政界に送り込んだ元自行幹部をあらゆる機会を通じて利用しているという。リーマン破綻後のブッシュ政権の対投資銀行政策を探るべく、会長のブランクファインが当時の財務長官ポールソンに接触した。二〇〇八年六月、ロシアにおいてのゴルバチョフ(Mikhail Gorbchev)との夕食会であった。ポールソンは、政界入りしてからは、ゴールドマン・サックス行員とは接触しないことを公言していたので、ゴールドマン・サックス幹部たちは、米国内で公然とポールソンから情報をとることができなかった。ところが、ゴールドマン・サックスの理事たちがモスクワでゴルバチョフと会食をしていたときに、ポールソンは偶然を装ってその席に立ち寄った。おそらくは仕組まれた田舎芝居であったのだろう。その席で、ゴールドマン・サックスの幹部たちは、ポールソンにベア・スターンズのように投資銀行の破綻があるのか否か、それは救済されるのか否かの質問をした。彼らは、リーマン破綻放置の可能性をそこで知り得た可能性がある。あるいは、リーマンを潰す相談をしたのかも知れない。

 その二、三か月後、AIG救済問題が浮上した。電話記録によれば、ポールソンは六日間で二四回もブランクファインに電話している。そして、実際にAIGは救済され、ゴールドマン・サックスは上記のように、AIGへの投資額のほとんどを公的資金によって回収できたのである(Sorkin[2009b])。

 あらゆる金融取引がゴールドマン・サックスを結節点として進行している。重要な情報も政治家を通じてゴールドマン・サックスの幹部に入ってくる。インサイダー取引とはいわないまでも、正確で豊富な情報が、ゴールドマン・サックスの地位を不動のものにしているのである。

 しかし、ゴールドマン・サックスはつねにその貪欲さのゆえに人々の憤怒の標的にされている。カネに耽溺することを英語で"addiction"というが、なんと、ゴールドマン・サックス・インターナショナルCEOでロンドン・オフィス代表のマイケル・S・シャーウッド. (Michael S. Sherwood)が誇らしげにこの言葉を出した。シャーウッドは、「カネへの耽溺」を恥とするのではなく、人を駆り立てる熱情という意味で使っている。本書「はしがき」でも述べたように、彼は豪華ヨットの帆走を楽しむのではなく、ただ何台も所有したことを誇示するためにだけ次々と豪華ヨットを買い換えた。

 彼のカネへの耽溺ぶりは、二〇〇九年一一月にも示された。彼は、この月、ストックオプション(自社株購入権)行使と株式売却によって九七〇万ドルの利益を得た。ゴールドマン・サックスの発表によれば、シャーウッドは二〇〇九年一一月一三~一九日の五営業日で、一〇万八一二五株についてストックオプションを行使した。彼は、ゴールドマン株を八二・八七五ドルないし九一・六一ドルと、二〇〇九年一一月の株価の約半分の水準で購入し、その後、一七四・〇三~一七八・〇五ドルの価格レンジで売却することができた。ゴールドマン・サックスは、二〇〇九年一~九月期に過去最高益を計上し、株価は年初来で二倍余りに上昇していた。シャーウッドによる株式売却は、米国など各国の監督当局が幹部報酬を企業の業績に連動させる報酬制度を検討する中で実施されたのである(http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920008&sid=a05ENxzFHiC0)。

 シャーウッドには、不評がつきまとう。にもかかわらず、その強引なカネ儲けによって、ゴールドマン・サックスは彼をCEOとして遇しているのである。

 二〇〇六年六月、BAA(英国空港会社=British Airports Authority Ltd.)がスペインのインフラ会社、フェロビアル(Ferrovial)率いる買収コンソーシアムに一〇三億ポンドで買収された。フェロビアルは、他のインフラ・ファンドと同様に、安定した収入が見込まれる空港を格好の投資物件と考えて、レバレッジで余剰資金が溢れていた信用市場の絶頂期にBAAを買収したのである。しかし、未曾有の世界経済の低迷による航空需要の大幅減少で、この目論見が狂うと同時に信用市場の崩壊で資金調達(負債の借り換え)にゆき詰まり、再度売却先を探している(http://www.japan.phocuswright.com/.)。

 買収の攻防戦で、BAA側は、ゴールドマン・サックスのロンドン・オフィスに防衛を依頼した。しかし、シャーウッドは、防衛するどころか、自らBAA買収に乗り出し、英国人の顰蹙を買ったのである。あわてて、米国の本社からポールソン会長がロンドン・オフィスを叱り飛ばす文書を出したという経緯がある。シャーウッドは結局、買収戦から手を引き、BAAはスペイン側に買収されてしまった(Arlidge[2009])。

 ゴールドマン・サックスのロンドン・オフィスは、二〇〇六年、インドの鉄鋼王、ラクシミ・ミタル(Lakshmi Mittal)によるヨーロッパの鉄鋼会社、アルセロール(Arcelor)買収に荷担した。敵対的買収額は一七〇億ポンドであった。これもヨーロッパ人による憤激の対象になった。

 高額報酬への批判に対しても、シャーウッドは、英国国教会の権威に頼って、防衛している。英国で著名なグリフィス卿(Lord Brian Griffiths)による弁護がそれである。グリフィスは、一九八五~一九九〇年のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)の経済顧問、イングランド銀行理事、敬虔なクリスチャンとして、英国国教会大司教(Archbishop of Canterbury)のランバス・ファンド(Lambeth Fund)の委託者である。そのグリフィスが二〇〇九年一〇月、セント・ポール寺院(St Paul's Cathedral)で、高額のボーナスを出さねば、有能な金融マンたちはスイスやアジアに逃げてしまうであろうとシャーウッドを露骨に防衛したのである(Arlidge[2009])。

 危機の最中の二〇〇八年でも、総帥のブランクファインは一〇〇万ドルのボーナスをせしめた。高級住宅街セントラル・パーク・ウェスト(Central Park West)に三〇〇〇万ドルのアパートを所有し、ニューヨークのエリートたちの行楽地であるハンプトンズ(Hamptons)に六五〇〇平方フィートの屋敷を構えている。まさに、カネが成功の証なのである。

 こうした貪欲さが、米英を超えて、いまや中国に入り込もうとしている。これが、米中融合時代であり、オバマ時代である。


野崎日記(257) アバマ現象の解剖(2) インペリウム(2)

2009-12-30 01:58:45 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 序章 金融のインペリウム


 はじめに


 インペリウム(imperium)という言葉は、あとで説明するように、「自己の規範を世界に設定する支配力」という意味である。新自由主義的金融の自由化とは、まさに「帝国」である米国が世界に押し付けたインペリウムの発露であった。

 権力批判を次々に映像化して、世界中の良心を鼓舞してきた映画監督のマイケル・ムーア(Michael Moore)が、またも問題作『資本主義-ある愛の物語』(Capitalism; a love story、日本では、『キャピタリズム-マネーは踊る』)が二〇〇九年九月末に米国で封切られた。日本では二〇一〇年一月に全国で封切られた。

 いまの金融資本主義体制は「私たちがとるべき生活スタイルなのか?」と問うこの映画は、破綻の危機から脱するために納税者の膨大なカネが注がれながら、そのじつ、ちゃっかりと法外な高額の報酬をかすめとるウォール街の投資銀行幹部がいて、他方に空前の高さにまで上昇した失業率に怯えている市民がいるという現代資本主義の構図に激しい怒りをぶつけたものである。強欲(avaritia)は、カトリック教神学においては七つの大罪(seven deadly sins)の一つである(1)。

 ウォール街の「強欲」が人々を滅ぼす。強欲の権化はゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)であるとムーアは息巻く。こうした強欲は、ブッシュ(George Walker Bush)政権時代の財務長官、ヘンリー・ポールソン(Henry Merritt "Hank" Paulson)をはじめ、主としてゴールドマン・サックスの強力な人脈に支えられた米国のエリートたちの中で腐臭を放ってきたものである。

 ムーアは訴える。資本主義は悪の制度で、その本質はネズミ講である。金融資本は、民主主義を形骸化させる。議会と行政が金融資本に寄生する。大手報道機関もまた大罪を犯している。彼らは、問題の本質から目を背け、弱者に責任を転嫁することで権力に擦り寄っている。市民は、金融資本が作り上げた制度によって「略奪」されてきた。

 ムーアは、金融資本が法律を自分たちに有利に変えて、庶民の生活を苦しめているという。いつもの突撃レポーターの姿を借りて、笑いに包みながらこの構図を暴いていく。銀行に公的資金を注入する法案がどのようにして可決されたのか、その資金=税金がどこに消えたのかのかを説明し、最後に、犯人を大投資銀行と特定して、ウォール街に「犯罪現場」を示す黄色いテープを巻いて映像を終える。

 ムーアは正しい。金融人脈が世界中に強欲の大罪を広めている。米国から英国に飛び火し、さらに、近年では中国のエリートたちを虜にするようになった。本書のテーマ、『オバマ現象の解剖-金融人脈と米中融合』は、まさにムーアの映画のテーマと重なる。

 一 強欲が人生の成功の証になった倫理の喪失

 ゴールドマン・サックスは「レインメーカーの中のレインメーヵー」(rainmaker's rainmaker)と呼ばれている(Arlidge[2009]; http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/us_and_americas/article6907681.ece

(2)。 ただし、ゴールドマン・サックスは規模的には世界最大ではない。ICBC(中国工商銀行=Industrial and Commercial Bank of China)はゴールドマン・サックスの一一倍もの従業員を抱えている。資産規模も最大ではない。HSBC(香港上海銀行=Hong Kong and Shanghai Banking Corporation)の資産二兆四〇〇〇億ドルに対して、ゴールドマン・サックスは一兆ドルしかない。発行株式時価総額にしても、HSBCが二〇一〇億ドルであるのに、ゴールドマン・サックスは九五〇億ドルという規模である。

 にもかかわらず、収益率は抜群に高い。報酬も他行よりもはるかに図抜けた高額である。本書の「はしがき」でも書いたが、同行CEO(最高経営責任者=Chief  Exective Officer)のロイド・ブランクファイン(Lloyd Blankfein)が得た二〇〇七年の報酬額は六八〇万ドル(約六一億円)もあり、ウォール街では第一位であった。さらに、ストックオプションとして、ゴールドマン・サックス株を時価で五億ドル程度を付与された。二〇〇九年はこの史上最高額をさらに高めた。他の幹部クラスでも一五〇~二五〇万ドルを得た。行員一人当たりが稼ぎ出した純利益は二二万二〇〇〇ドルであった。報酬ではなく純利益であるので、数値上はそれほど大きくは出ていないが、それでも、ライバルのJPモルガン・チェース(JP Morgan Chase)のほぼ一・七倍もある。二〇〇九年第二・四半期の純益は三四億ドルとこれも、四半期としては史上最高であった。二〇〇九年には全従業員に総額二〇〇億ドルを支払った。

 高い純益の背景には政府の支援があった。損失が公的支援で相殺されたのである。

 まず、ゴールドマン・サックスは、TARP(不良資産買取プログラム=Troubled Asset Relief Program)に基づいて一〇〇億ドルの救済資金を政府から得た。さらに、米政府はAIG(American International Group)救済に九〇〇億ドルも注ぎ込んだ。そのうち、一三〇億ドルがゴールドマン・サックスの懐に入ったのである。ゴールドマン・サックスは、AIGのプロテクション(protection)を二〇〇億ドルも購入していた。それが回収されたのである(http://www.indiadaily.com/editorial/20548.asp)。
 プロテクションというのは保有する社債が、発行銀行の破綻によって無価値となっても、AIGが責任を持ってその社債価値を保証する(買い戻す)という契約である。これが、近年よくマスコミに登場するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ=Credit Default Swap)である。クレジットというのは支払い情況、デフォルトというは、その情況に問題が生じること。スワップというのは、デフォルトが生じないと判断する保険会社側がプロテクションを売り、デフォルトを恐れる社債保有者側がそのプロテクションを買う、つまり、デフォルトは生じないという判断と、生じるかも知れないという判断とが交換されるということである。

 ところが、このCDSには制度上の重大な欠陥がある。社債の現物を保有していないのに、プロテクションが買えるということである。本来、プロテクションの購入とは、自己が保有する企業社債が無価値になることを恐れて、その場合に価値通りに社債を引き取ってくれるという約束で保険会社が売るプロテクションを買うことである。ところが、社債を保有していないのにプロテクションが買われる。これは投機である。実際にデフォルトが生じると、プロテクションの買い手は、保険会社から社債価値分の保証を受ける。プロテクションの保険料を支払ってはいるが、それをはるかに上回る保証を獲得することができるのである。社債が保有されないのだから社債価値の満額支払いはないが、少なくとも六〇%程度の価値が支払われるという約束である。

 具体的には、GMをめぐる投機である。GMがデフォルトがあると予測する投資家たちがGM社債のプロテクションを買いまくる。GMの倒産はあり得ないと判断する保険会社はプロテクションを売りまくる。AIG参加の数多くの子会社(CDS関連の保険会社をモノラインという)はプロテクションを売りまくった。二〇〇七年末でのCDS総額は六二・二兆ドルもあった(http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnTK814206420080416)。その判断が間違った。つまり、デフォルトが急増したことによって、AIGの子会社が破綻し、親会社のAIGも破綻の淵に立たされたのである。

 二〇〇八年九月二一日、ゴールドマン・サックスは、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)と並んで、FRB(連邦準備制度理事会=(Board of Governors of the Federal Reserve System,、または Federal Reserve Board)の八〇年の歴史で初めて、投資銀行から商業銀行に模様替えして、FRBの資金投与を受けた。投資銀行のままなら、FRBの資金供与を受けられないきまりであったからである(http://j.peopledaily.com.cn/94470/94639/6504216.html)。

 このことについて、ゴールドマン・サックス会長のブランクファインは、カネが欲しいから商業銀行に模様替えしたのではなく、SEC(証券取引委員会=U.S. Securities and Exchange Commission )よりも厳しい監督をしてくれるから、FRBの傘下に入ったと語っている。ベア・スターンズ(Bear Stearns)、リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)の破綻によって、投資銀行の監督機関であるSECへの市場の信頼が揺らいだので、より透明性を確保するためにFRBに従うことにしたというのである。同時に、公的資金供与がなければ、ゴールドマン・サックスは倒産したのではないかという質問者にたいして、「金融組織が破綻すれば、私たちのビジネスも破綻します。しかし、信じてもらいたい、そうなれば、あなたも他の人も破綻してしまうのです」と答えた。質問したアーリッジは、劇作家のデビッド・ヘア(David Hare)(3)の批評を引き合いに出して、強欲こそが人々を破壊してしまうのにとつぶやいている(Arlidge[2009])。

 破綻防止のために、公的資金の注入を受けながら、それを返済してしまったのち、ゴールドマン・サックスの二〇〇九年のボーナス総額が二三〇億ドルになり、第二・四半期に年末ボーナス用に一一四億ドルを積み増したと報道されたとき、ブランクファインは別にやましいことではなく、当然お措置だと開き直った。このことについて、『ニューヨーク・タイムズ』(New York Times)紙のコラムニストのアンドリュー・ソーキン(Andrew Ross Sorkin)は激しく非難した。負のスパイラルを食い止めるために、ゴールドマン・サックスをはじめとしたウォール街の金融機関の救済を多くの人々が祈っていた。しかし、銀行が自分の足で立つようになったいま、人々はもう一度、銀行が破綻してしまうことを望むようになっている」とブランクファインを強く非難した(Sorkin[2009a])。

 ちなみに、ゴールドマン・サックスの投資規模は非常に大きい。一日、一兆ドルを動かす。うち、現金は一六四〇億ドルである(Arlidge[2009])。


野崎日記(256) オバマ現象の解剖(1) インペリウム(1)

2009-12-26 00:43:36 | 野崎日記(新しい世界秩序)
 二〇〇九年末に封切られたマイケル・ムーアの話題作『資本主義、ある愛の物語』によって、ゴールドマン・サックスのあまりにも巧妙な錬金術に世界の注目が集まるようになった。マンハッタン、ブロード街八五番地のゴールドマン・サックス本店前に乗りつけたムーアは、「米国人のカネを返せ」と叫んだ。

 ゴールドマン・サックスには悪罵の数々が投げかけられている。「経済ゴロツキ」、[ハゲタカ資本」、「泥棒男爵」等々。中でも強烈なものは、米誌『ローリング・ストーン』が描いた風刺画である。酷薄な人間の仮面を被った吸血烏賊がカネの匂いを嗅ぎ当てて、血を吸うごとく、カネを人々から吸い上げるという構図である。烏賊は、もちろん、ゴールドマン・サックスである。

 古今東西、金融は厳しく取り締まられてきた。なんであれ、それを手に入れたいという欲望はある。しかし、モノに対する欲望には上限がある。いくら高級車が好きでも、ひとりで何百台と所有できるものではない。高級ワインに目がないといったところで、何万本も飲めるわけではない。もうこれ以上は要らないという欲望の限界がモノにはある。

 ところが、カネに対する欲望は無限に大きい。限度がない。一〇〇万円を手に入れた人は、さらに一〇〇〇万円が欲しくなる。それを実現すれば次には一億円、そして一〇〇〇億円、一兆円と、それこそ自足することがない。

 そもそも、カネ儲けのできる人や組織には第一級の情報が入ってくる。カネ儲けは情報が一般化する前に投資することによって可能になる。当たるも八卦、あたらぬも八卦の世界にカネ儲けはない。必ず、儲かるという確かで最新の情報に基づいて投資はおこなわれる。上限のないカネへの欲望が、買占めや価格操作によって、経済社会の安全を脅かす。そうした投機が横行すれば、失業者が続出し、社会は破壊される。だからこそ、アリストテレスのいう社会的合意の産物としての「ノミスマ」(貨幣)論が、オイコノミカ(経済学)の基礎に据えつけられたのである。それは貨幣を社会的に制御することであった。

 市場は、あらゆる産業に平等な条件を与えているのではない。この点の認識がとくに重要である。まず、玄人向けの産業は利益が薄い。鉄鋼業は膨大な設備と従業員を抱えなければならない。生産に擁する固定費は莫大である。固定とは売上高にかかわらず必要となるコストのことである。変動費にしても原料高が製品コストを直撃する。

 ところが、鉄鋼の買い手は素人ではない。業界のコストを正確に理解している玄人としての巨大寡占体が買い手である。鉄鋼企業の販売価格は、巨大な力を振るう買い手との長期間にわたる交渉の末にやっと、そこそこの薄利を上乗せされたものに圧縮させられてしまう。つまり、最終需要先を持たない鉄鋼などの素材産業は儲からない。

 それに対して、素人相手の産業の利益は大きい。素人は正確な生産コストを知らないからである。しかも、素人はこれでもかこれでもかと打たれるコマーシャルに心を奪われる。まるでファッション服を求めるように、新製品に飛びつく。このことは、テレビ・コマーシャルの出し手を見てもすぐさま理解できることである。鉄や造船などのコマーシャルにお目にかかることはきわめて稀である。だからこそ、寡占ないしは独占体は最終需要に照準を合わせた消費財に成立する。たとえば、鉛筆、歯磨粉、洗剤、ピアノ。ほとんどの人は上位二社程度しか名前を想いう浮かべることができない。正確な価格を素人である消費者が知らないからこそ、こうした寡占体が成立する。

 正確な価格を知らしめないで営業する典型例が投資銀行である。彼らが売りまくった金融商品、とくに証券化された金融商品には市場価格が付いていない。その多くは市場から付けられたものではなく、投資銀行が顧客のために見繕い、自社の計算式によってはじき出された人為的価格である。いきおい、ブームが投資会社によって煽られる。

 ブームとはバブルである。ブーム時に投資銀行は、証券化された金融商品を高値で顧客に売りつけて膨大な利益を得る。そのうち、様々な顧客情報を総合することによって、投資銀行はバブルが弾けるという読みを持つようになる。投資銀行は、今度は、売りつけた金融商品の空売りに出る。空売りとは、売るべき金融商品を顧客から手数料を出して借り、借りた金融商品を使って売り浴びせることである。金融商品の価格が十分に下がった段階で現物を買い戻し、それを借りた相手に返却すれば、高値で売り、安値で買い戻すのだから差益が出る。つまり、投資銀行は、バブル時にも、バブル破裂時にも、利益を出すことができるのである。

 そして、金融機関がそのような方向に向えば、社会のカネは雇用拡大のための生産的投資ではなく、激しい価格変動がある金融商品売買に集中するようになる。いきおい、社会の資本は、投機化して、生産の縮小、雇用の減少をきたしてしまう。その意味において、バブルを煽ったのも、バブルを破裂させたのも、投資銀行であったと断定してもよい。金融の自由化とは雇用の拡大に向う義務を免除されて、自由に投機に耽ることができるという体制整備のことである。

 投機は、しかし、必ず失敗する。しかし、失敗によって大打撃を受けて、競争相手の投資銀行が撤退してしまえば、公的資金の注入を受けて生き延びることができた投資銀行は、次の飛躍のチャンスを掴むことになる。

 実際には、ゴールドマン・サックスの被害は小さかった。にもかかわらず、同行は、他の甚大な損失を出した金融機関と同額の公的資金の注入を受けた。注入を受けただけなく、AIGへの投資額二〇〇億ドルのうち、一三〇億ドルの補償を政府から与えられた。

 二〇〇九年の世界恐慌前夜にもかかわらず、ゴールドマン・サックスの従業員三万人の一人当たり平均報酬は七〇万ドルもあった。会長のブランクファインの二〇〇七年のボーナスは六八〇〇万ドルもあり、ゴールドマン・サックス株を五億ドル程度付与されていた。そして、二〇〇九年の第二・四半期(四~六月期)の利益は三四億ドルであり、ボーナス分として二〇〇億ドルを別途積み立てているとの観測が流れた。二〇〇億ドルとは、一ドル=九〇円で換算すれば一・八兆円もの巨額である。そして、会長は二〇〇七年を上回るそれこそ史上空前の巨額ボーナスを支給されることになる。

 ゴールドマン・サックスは、二〇〇八年のTARP(不良資産買取政策)によって、米政府から一〇〇億ドルもの公的資金注入を受けた。二〇〇九年に二三%もの利子をつけて返済したので、なにも遠慮は要らないとの判断なのであろうが、この巨額のボーナスがムーアによる「カネを返せ」という映像を生み出したのである。

 投資銀行は、よしんば破綻しても政府からの支援を受けないという条件で、営業内容の一切を金融監督当局に報告する義務を免除されてきた。

 ところが、現実に破綻の恐怖が生じると、FRBからの公的資金による救済を受けたのである。約束違反である。もともと投資銀行は、商業銀行のようにFRBの監督下にはなかった。SECの指揮下にあった。ところが、FRBは投資銀行を救済するために、FRB八〇年の歴史の中で初めて、投資銀行を銀行持ち株会社にして商業銀行的位置付けをした。事実上は、投資銀行業務を禁止されたのではなく、その業務を継続できるのに、組織上だけで商業銀行として模様替えさせられたのである。公的資金融資のための苦肉の策であったことはいうまでもない。

 サブプライム・ローン危機前よりも、膨大な財政出動によって市中を駈けめぐるカネの量が桁違いに増えている。しかも、最大のライバルであるリーマン・ブラザーズとベア・スターンズが市場から消えた。メリル・リンチも残っているが、メリルは青息吐息で、昔日の面影もなく、ライバルといえるのはモルガン・スタンレー一行である。こうして、オールドマン・サックスは、以前にも増して投資銀行業務を活発に展開できるようになったのである。ゴールドマン・サックスが空前の利益を確保できたのは、米政府が規制についてなにもせず、カネのみ惜しみなく市場に供給した結果にほかならない。

 二〇〇八年のサブプライム・ローン問題が深刻化することをいち早く見抜いていたのは、ゴールドマン・サックスであった。ゴールドマン・サックスの自己資本投資部門は、サブプライム関係の金融商品の先物売りに相場を張っていたのである。自行の証券部門がサブプライム・ローン関連金融商品の販売を手掛ける一方で、投資部門はそれら金融商品の値下がりを見込んで先物売りに相場を張っていたのである。投資部門は、結果的に大儲けした。ことの当否はともかく、ゴールドマン・サックスの損失は、投資部門の儲けによって、サブプライム・ローン関連における損失は他行に比べて驚くほど軽微であった。二〇〇八年のサブプライム・ローン関連の損失は一七億ドルしかなかった。他行、たとえば、UBSは五八〇億ドルも損失を出していたのである。にもかかわらず、ゴールドマン・サックスは、他行と横並びの一〇〇億ドルの公的資金注入を受け入れた。

 こうした経緯がありながら、ゴールドマン・サックスは、二〇〇九年に高収益を挙げ、高い報酬を幹部に支払った。幹部級である同行のパートナーは大きく四つの階層に編成されている。もっとも低いランクは「バンキング」パートナーで三五〇万ドルの年収である。その上は「トレーディング」パートナーで七〇〇~一〇〇〇万ドル、さらにその上が理事クラスの一五〇〇~二五〇〇万ドル、そして、経営陣が天文学的報酬を得るのである。二〇〇八年で一〇〇万ドル以上の報酬を得た人は九五三人いた。

 ゴールドマン・サックスをはじめ、米国の投資銀行界では、高給をとることが成功の証であり、豪勢な消費が顕示される。まさに、金儲けに耽溺している。

 たとえば、ロンドン店の総裁、マイケル・シャーウッドは、豪華なヨットを五隻も買い換えた。それは帆走が目的ではなく、ただ所有することに喜びを持つと誇らしげに語っている。その一つのライオンハートと名付けられたヨットは二〇八フィート、三二〇万ポンド(四七億円)もした。

 ただし、勤務条件は非常に厳しい。休暇はほとんどとれない。年に数日あるかないかである。毎年三~五%の従業員が首になる。平均勤続年数は八年程度と非常に短い。従業員の多くは四〇歳までに退職する。他人を蹴落として生き残ることが自己目的となり誇りとなる。金融の肥大化は、人々の精神を確実に貧しくさせている。カネを集める吸血鬼の顔付きになるまで人々が堕落する(数値については、Times Online, November 8, 2009より)。

 この連載は、切り捨てられている普通の人々の悲しみが社会変革の梃子になることを願いつつ、倫理なき金融のおぞましさ、そして、中国もそうした金銭的強欲の弊に染まりつつあるという恐怖に駆られて、オバマ現象、メガ・チャーチ現象、レフトビハンド現象を描いた。

野崎日記(255) 新しい金融秩序時代への期待(200) 倫理なき金融経済(2)

2009-12-23 07:59:59 | 野崎日記(新しい世界秩序)

 具体的には健康保険制度がそうです。健康保険制度も日本のように国民皆保険制度にするのではなく、バウチャー制です。バウチャーという優先券を国家が国民に配る。バウチャーを持って国民が好きな医者にかかれば、そこに自由競争がある。

 今のアメリカの医療保険は民間がやっていますので、実際には選択権はありません。その人の保険料によってかかれる医者が左右されています。何よりも病気にかかっている人は保険に入ることができません。これがアメリカの医療保険制度のたいへんなマイナスです。アメリカでは日本型の国民皆保険をナチス型というのです。オバマは、ナチス型はだめだと言ったので、結局バウチャー制になっていきます。

  大きな政府への鞍替えのために、3兆ドルをばらまくという方向に舵を切りました。実はハミルトン・プロジェクトのメンバーが大挙してオバマ政権に入閣しています。こういうことに私は危機感を感じます。

 アメリカ政府は、目も眩むような巨額の公的資金を供与しました。それでも銀行の経営者たちの高額所得はまったく減っていません。AIGでとてつもなく高いボーナスをもらってすぐ辞めてしまって、注ぎ込んだ公的資金がどのように出ていったのか調査が何もありません。資金供与した銀行が「そんなことを言うならお金を返す」という恫喝をしても何らの手を打つことができません。公的資金供与は、とにかく金融を助けるということです。アメリカ政府が破たんさせたのは結局リーマン・ブラザースだけです。これが史上最大の倒産劇です。GMが倒産しても史上4位くらいで、リーマン・ブラザースは突出して大きいのです。

 日本の野村証券がリーマン・ブラザースを買収した背景には何かあると思われます。リーマン・ブラザースが傘下に押さえたクーンレーブ商会という会社は、日露戦争の戦費を1社で支えました。戦費をロンドンで起債しても誰も買ってくれなかったのですが、そのときにクーンレーブ商会が買ってくれたのです。その恩義で日本は2回もこの会社の代表、シフを叙勲しています。そのクーンレーブを支配したリーマン・ブラザースを野村が支えたのは、経済的打算を超えた国家的意志が働いたと思います。

 かつてはアメリカの政治家は金融に対する反感を持っていました。トーマス・ジェファーソンは、次のように言っています。「民間銀行にわれわれの通貨発行権を認めてしまえば、 最初はインフレーションによって、その後はデフレーションによって、人々から財産が奪われるだろう。子どもたちは、建国してくれたその国において孤児になってしまうだろう。今われわれがやらなければならないのは、通貨発行権を銀行の手から奪い返し、本来の所有者である国民に返還することである」。これが国家紙幣です。

 ドルのことをグリーンパックと言いますが、実は違います。グリーンパックはリンカーンが作った国家紙幣です。リンカーンは南北戦争のときに民間銀行が国債を誰も買ってくれなかったので、怒ってグリーンパックという国家紙幣を作ったのです。どちらかと言うと北部の銀行はイギリス側だったので、リンカーンは必死なって闘わなければなりませんでした。リンカーンはそれでこんなきつい言葉を残しています。「南軍と並んで金融権力という敵がいる」と。

 日本人は穏やかな国民性を持っていますので、金融マンに対する攻撃がありませんが、アメリカではウォール街を背広姿で歩いていると、「お前たちがアメリカをつぶしたんだ」と石が投げられるといいます。

 私は恐慌という言葉は使いませんが、今ほどアメリカで国家と国民と金融界と産業界がバラバラになった時代はなかっただろうと思います。オバマは何もしていません。アメリカの落ち込みを救済するために、八百長的な粉飾決算をやって、6四半期ぶりに黒字になったから大丈夫だと言うのですが、これからが本番だろうと思います。まず、貸し渋りが露骨に進行しています。企業倒産がこれから増えるでしょう。

 日本はアメリカのバブルのおかげで成り立っていました。内需拡大論をかなりアメリカから言われて、国も地方自治体も公債を発行して必死になって公共事業をやり、バブルを作ってしまいました。今度は小泉内閣になってから、公共事業の見直しということで、バッサリと予算を削減しました。悲鳴を上げた金融界はアメリカに救いを求めました。世界でもっとも貯蓄率の高い、1500兆円という日本の資金がアメリカに流れました。10年にわたるゼロ金利政策があり、FX為替取引やエンキャリトレードという形でものすごい金額のお金がアメリカに流れて行って、アメリカのバブルを煽りました。中国もこういう形でアメリカのバブルを煽った。アメリカは借金体質になり、お金を日本と中国が注ぐものだから、いくらでも借金ができました。

 その借金目当ての産業がアメリカに輸出していくわけです。内需拡大論のときは、日本の輸出はGDPの8%ありました。これがバブル最高期の2008年7月には20%です。自動車生産にしても、日本の国内需要の50%を上回る輸出がアメリカに行っています。現在、アメリカを大きな顧客としていた自動車、弱電、家電が危機に陥るのも無理はないと思います。

 もう一度日本の戦後直後のことを思い出していただきたい。日本の再生はそこに帰るしかないのだろうと思います。

 護送船団方式という言葉が悪いのであって、棲み分けという言葉を使えばいいのです。マーケットというものは、みんなに平等に作用するものではありません。儲かる産業と儲からない産業が露骨に区別されています。いくら鉄鋼業が世界最高の技術を持っていても、その買い手は自動車です。自動車会社は1円でも安く調達するために資材課を持っていて、世界の薄板の値段が分かります。だから自動車の薄板の交渉は半年がかりです。ですから、いくら新日鉄が世界一の技術を持っていても、8%の利益が精一杯になります。こういうところを一斉に競争させたらどうなるかというと、鉄鋼業、造船、アルミなどに貼り付けられた銀行は経営が成り立つはずがありません。そのために、日本は、これらの産業に日本長期銀行や日本工業銀行などの政府系の銀行を貼り付けていたのです。農業はもちろん農林中金、中小企業には相互銀行、町工場には信用金庫や信用組合など、非常にきめの細かい金融機関の棲み分けをしていて、1行たりとも銀行の倒産はなかったと言いたいのです。そして日本の銀行は一生懸命に自分のお客さんを育ててきました。

 1945年の敗戦の頃、日本は世界でもっとも貧しかったと思います。何も食うものがなかったので、この時期に生まれた年齢の日本人は、平均身長が落ちています。それが何と11年後には世界5大工業国家に復帰しました。まず製造業からやって行こう、そのためには金融を取り締まろうということで、銀行には泣いてもらっていました。とにかく製造業に力を入れました。

 政府の審議員はほとんどがマルキストで、アメリカ帰りの新自由主義者は1人もいませんでした。しかも、労働組合が弱いから、官僚たちが利益の半分は労働者に回せとなりました。その心は正しいのです。ケインズも、賃金は一定水準に保持されていなければならないのであって、それがなくなれば資本主義は終わりだ、と言っています。あるいはW・S・ルイスというノーベル賞受賞者も、「賃金が高い国が高度成長するのであって、高度成長したから賃金が高いのではない。賃金は社会的要件なのだ」と指摘しています。

 現在、中学・高校卒の子どもたちの非正規比率は70%です。これを財界の大御所たち、トヨタ、キャノンなどが率先してやりました。このために購買力がなくなっていくわけですから、日本の資本主義は歯止めなく落ち込んでいくだろうと思います。このようにアメリカ、日本は悲惨なことになります。ヨーロッパはその点は少し救われていくでしょう。

 GMの幹部が、「年金や医療のコストをどんどん削ることによって、トヨタと同じ賃金水準になれば、GMの復活がありうるだろう」と言っています。トヨタは世界でもっとも賃金水準が低い、ということをGMの幹部が言っているのです。

 そういう意味では、資本主義は「100年ぶりの危機」ではなくて、「200年ぶりの危機」だと思います。200年前は、あのJ・S・ミルですら、労働者の労働運動をなだめるために、利潤の適度の配分という意味で、社会主義という言葉を使っていたのです。そういう方向で資本主義は一定の安定をみていました。

 激しい労働運動に対して、社会福祉的な国家になることによって、一定の歯止めをかけられたのです。これで高度成長を成し遂げた。今はそれと逆に掠奪的原始資本主義に戻ってしまいました。

 高度成長時代の1960年代には、上位0.2%の人が社会全体の賃金の2%をもらっていました。それが2008年には7%を超しました。つまり格差社会が経済恐慌を生むのであって、むしろ中間層が多い方が高度成長時代なのです。

 経済学とは、欲望をいかに制御するかということがポイントだったはずです。米をいくら好きだからといって何十杯も食べるわけにいかない。ところが、お金だけは制限がない。お金を自由にしてしまったら、儲かるところにしか資本が動いて行かない。儲かるところは金が金を生む。金が金を求めるという世界にはしてはいけなかったのです。だから、お金の取り締まりは当たり前です。それが、フリードマンが出てきて、20年ですべてひっくり返りました。

 そういうときにわけわれがしなければならないことは明らかです。金を統制しろ。余った金は産業活動とわれわれの雇用を生み出す方向に持って行け。金持ちには累進税をかけろ。こういうことをしなければ資本主義社会は破壊されると思います。私は、今ならまだ修正がきくと思っています。

 国民からすれば、大事な国民のお金をみんなの雇用を守るために流して行くことです。具体的な提案としては、私たちが預けたお金が中小企業の雇用を確保するために使われていくことを監視したうえで、地元の信用組合や信用金庫にお金を預け直そう。預金者たちは預けた自己責任を持とう。1970年代初期のアメリカでは、地元の人たちの雇用の確保に銀行が役立ったかどうかを、免許更新のメルクマールにしていました。今はお金の儲かる銀行が良い銀行となっています。この発想は完全に逆転させなければならないと思います。

 今回の危機を招いたのは経済学者の責任です。経済学者がいつの間にか「マーケット万歳」、「マーケットはお金のことだけ」となってしまいました。このような状況を見直して、高度成長時代には日本のシステムは非常にしっかりしていた、ということをもう一度思い起こすべきだと思います。

野崎日記(254) 新しい金融秩序への期待(199) 倫理なき金融経済(1)

2009-12-22 07:54:43 | 野崎日記(新しい世界秩序)

 アメリカでは、サマーズが国家経済会議のトップに就任しました。サマーズはゴールドマン・サックスで1時間1500万円の講演料を40回以上続けています。アメリカの金融危機ではゴールドマン・サックスがいちばんの問題会社なのに、金融を取り締まる総責任者がそこから多額の報酬を得ているところに、非常に恐ろしいものを感じます。連邦準備銀行こそが監査の対象となるべきだ、という議論も出てきました。
オバマ大統領は、国家経済会議に対抗するような形で経済回復諮問会議をつくっています。サマーズやガイトナーなど規制緩和を推し進めてきた人たちを入閣させておいて、市場を規制しなければならないと言っている人たちには別の組織をつくるという点に、オバマの経済政策のダッチロールが現れています。

  ウォール街というと、ほとんどはゴールドマン・サックスです。アメリカの金融政策はゴールドマン・サックスに牛耳られていると言っても過言ではありません。財務長官が二代続けてゴールドマン・サックスから出ています。結局、アメリカでは業界関連の大臣は業界から出すのです。すべてが順調に行っているときなら良いけれど、業界のお灸をすえなければならないときに、果たしてそれで良いのか、となります。

   世界を騒がせている金融危機は、一言で言って貸し手責任の不在ということです。日本の銀行の場合は貸した相手が焦げ付いてはたいへんなので、貸すことに大きな責任を持って、貸し先の企業を立て直します。アメリカ的なモデルはこれを否定しました。正しいのは直接金融だということで、貸した場合にそれを証券化して、転売した瞬間に貸し手責任はなくなります。金融工学を駆使して世界に売りまくる。貸し手責任が不在で、証券化した後に誰に責任があるのか分からないという状態が一般化してしまったことに問題があります。本来なら、怪しげな金融商品を作った責任者、そういう商品を売った人たちを逮捕しなければなりません。立派な金融犯罪です。しかし、張本人は誰一人逮捕されていません。ゴールドマン・サックスは自らのいろいろな金融商品を持っていますが、時価会計で完全に凍結しています。それで黒字になったというけれども、こんな粉飾決算が平気で通っていく現在のウォール街の堕落ぶりは目を覆うばかりです。

  3兆ドルを超すものすごく多くの公的資金が注がれています。歴史上これだけ「大きな国家」はありませんでした。「小さな国家」を主張していた人たちが「大きな国家」にぶらさがっています。この結果、空前のハイパーインフレーションになると思います。火が着きそうなのが国際大豆相場で、ガソリン価格もおかしい。投機資金が復活して、それがさまざまな資源に向かいます。

  アメリカ国債の半分近くを中国と日本が持っています。中国がものすごい勢いで米国債を買っています。そのためにオバマ政権は中国のいいなりです。

  少なくとも金融が自由化される前は、アメリカの銀行の倒産はほとんどありませんでした。1933年のグラス・スティーガル法により、銀行・証券・保険を同時には経営できなくなりました。この3つをいっしょにしていたために1929年の金融恐慌が起きたので、これらの垣根をきちんと分けたわけです。ところが、1999年にこのグラス・スティーガル法が廃止され、シティバンク、トラベラーズ、ソロモンブラザースが統合されてシティグループになったのです。

  ルービンは財務長官を辞めてすぐにシティグループの代表取締役会長に就任し、シティグループの救済資金をオバマからせしめます。このようなことがいつまでも続いているときに、果たしてアメリカ当局が金融機関を取り締まるのが可能なのかという絶望感が、世界を支配していくだろうと思います。もうアメリカと心中するのは嫌だという国がたくさん増えてくるでしょう。人脈から見てあまりに露骨な金融業界と政府との馴れ合いを、オバマ政権は果たして切開できるのか疑問です。

  マーケットウォッチという組織は、もっとも警戒すべき実務家の1位にルービンを挙げています。ビジネス界で倫理のない10人の中にサマーズ、グリーンスパンなども入っています。実はデリバティブがアメリカ経済のみならず世界経済を破壊するということを、先物市場のブルックスレー・ボーンという人が言ったことがありました。市場の規制の必要性を説いたのですが、そのときにグリーンスパン、ルービン、サマーズがウォール街の主な人たちを自分の執務室に呼んで、ボーンを威嚇しました。規制案は結局、撤回されました。

  1929年の大恐慌では、銀行と証券と保険が入り組んで、お互いに足を引っ張り合ったから金融恐慌が起きました。それで枠をつくって、アメリカも60年間安定してきました。それを再び1929年に戻してしまった瞬間にこんなことになってしまったのだから、何をしなければならないかは明らかなのです。この明らかなことに、アメリカの現政権は何一つ手を打てていません。

  ブルッキング研究所というシンクタンクが2006年4月にハミルトン・プロジェクトを立ち上げます。このこけら落としのときに、2番目にルービンが演説するのですが、最初の演説をオバマ氏がしてこのプロジェクトを絶賛します。まだ上院議員1期目です。それも1期目の2年で辞めている。ルービンは専門家だから、ウォール街がいずれひっくり返ることは分かっています。そのときに市場規制論者が出てきては困るので、時間をかけてオバマを説得したのではないかと思います。ルービンはクリントン政権のときにも、クリントンのNAFTA反対論を翻意させています。今回またもオバマに規制強化を言わせないために工作したのです。

  建国の父のアレクサンダー・ハミルトンはフェデラリスト、連邦主義者です。中央政府がもっとも強力で、州政府は力を落とさなければならない。中央政府が作る銀行に権力を持たせて州法銀行は廃止していく。これに対して、トーマス・ジェファーソンは共和主義者のリパブリカンで、州が大事で北部の金融はむしろ取り締まれという主張でした。この対立がアメリカ建国以来ずっとあったのです。リパブリカンは民主党、フェデラリストは共和党の流れです。民主党つまりリパブリカンの政権の中に、フェデラリストのハミルトンを持ってきたところにルービンの狙いがあります。連邦準備銀行の権限強化という方向を目指しているのだろうと思います。

  ミッシングマーケットという謎のような言葉があります。ミッシングリングから取ってきています。類人猿から人間が進化したといってもあまりに格差があるから、類人猿と人間との間に何かがあるはずだが、それはまだ見つかっていない。それがミッシングリングです。宗教国家アメリカではミッシングリングという言葉はタブーです。タブーであるミッシングリングにあやかったミッシングマーケットとは何か。たとえば環境問題はマーケットと合わないと言われているけれども、環境とマーケットを合わせるためには、排出量の取引を新しく作ったら良いではないか。こういう新しいマーケットを作れば、市場原理を守ることができる。市場原理の理想と現実のギャップを埋めるために、国家が作りだすマーケットがある。これがミッシングマーケットになっていきます。

野崎日記(253) 新しい金融秩序への期待(198)金融資本主義と労働(9)

2009-12-21 06:45:10 | 野崎日記(新しい世界秩序)

職場の人権09年04月本山美彦先生リプライ
(伊藤正純先生のコメントを受けたあとのリプライ)


◆お金には欲望の限界がない

 これは思想闘争の問題なのですが、私が金融について言うときには、金融の場合は欲望に制限がないということが根底にあるわけです。いくらご飯が好きで、米の値段が五分の一、六分の一になったといって、ご飯を五杯、六杯と食べるわけではないし、ビールが十円になったからといって十本も二十本も飲めるわけではない。つまり、モノには欲望の限界があるんですね。しかし、お金は限界がない。初めは千円でもほしい。そのうち一万円、一億円、十億円、百億円、一兆円という形で、とにかくお金には欲望の限界がない。よくバフェットのようなお金持ちは寄付金を出して慈善団体を作るといいますが、あれは嘘で、慈善団体にお金を出したら税金が安くなるだけのこと。慈善家がお金儲けをしているわけではないのです。いずれにしても、人類社会は無制限に欲望を解放してはいけないという当たり前のことです。だから私は金融が嫌いなんです。

◆背景にある集団的意識への恐れ

 二番目に、なぜ多くの人が新自由主義に負けたかということについては、深い意味はありません。なぜ橋下徹大阪府知事が選挙に勝ったのでしょうか。その思想がすごかったからでしょうか。そうではなくて、テレビに出まくるからですよ。宮崎の知事もそうだし、今度の千葉もそうです。つまり、我々が弱体化しているんです。それだけのことで、深刻にとらえることはない。

  ただ、新自由主義が出てきた背景は見ておかなければならない。アメリカの保守主義者にとって怖いのはやはりソビエトであり、中国であり、あるいは各国の労働組合です。つまり、集団的感覚というのか、センスというのか、階級意識、あるいは帰属意識、こういったものは怖いわけですよ。これらを一切切り捨てるには、合理的個人、つまり個人はばらばらに切り離されていて、自由のために生きていく、あらゆる社会的統制から自由なんだというのが都合がよい。これが若者の心をとらえてしまったのは確かです。というのは、我々もそうですけれど、左翼ほど権力志向はないですよ。新自由主義が多くの人の心をとらえたのは、こうした左翼運動に携わっている連中がそこに逃げ込んだんであろうということです。もともとの生まれは保守の連中ではなくて、正統派マルクス主義からあぶれた連中が新自由主義に行った、そのチャンスをマスコミが上手につかんだということが大事です。

◆構造的権力の分析が必要

 実は、新自由主義とかR&D、システム分析とかオペレーショナル・リサーチとか複雑系とかゲームの理論とか、これは全部アメリカのランド研究所発です。アメリカのノーベル賞はほとんどランド研究所です。どういうことかというと、ランド研究所で勉強したからノーベル賞をもらったのではなくて、この連中をノーベル賞にしようとランド研究所が選んだ。たとえば日本のレコード大賞で、大賞を取った人がみんな偉いと思いますか? なぜ京都大学はノーベル賞が多いのか。簡単なことなんです、東大に比べて推薦の仕方がうまいし人脈をつかんでいるからで、一定レベルより上の人のことなんて絶対素人にはわかりませんよ。やっぱり選考委員をつかむということが大事なんですね。ノーベル賞を取るために懸命になってランド研究所がやったわけで、思想統制というか発信というか、そこに共鳴させるために、いろいろなメディアを使っていくのです。

  フォックステレビなんかひどいですよ。マードック(フォックスを含むメディア・コングロマリットの経営者)はどんなことをやっているかというと、BBCまで支配したのです。日本の朝日放送まで買収しようとした。それから、日本の民間衛星にも出資しています。そういう連中が一丸となって世界を支配しようとしているときに、彼らを否定するようなことを言う人間がメディアに出ていけると思いますか? これが権力なんです。私はこれを構造的権力と呼んでいます。こういったものの分析なしに、単純にイデオロギーだけで優劣をつけてはいけないのです。もしイデオロギーをいうのなら、集団の怖さを訴えてきた連中、つまり左翼陣営からこぼれおちた連中たちと、これは使えるというのでメディアが使ったんだという、その構造を分析する必要があると思っています。

 今の新自由主義のえげつなさをについては、アメリカというのは、歴史上こんな大きな国家はありません。ローマ帝国もこれほど大きくなかっただろうというぐらいです。これだけのお金をどんどん使って「小さな国家」と言った連中は今何か一言発言すべきですよ。「我々の思想とは正反対で、こういう国家にしがみついてはいけない」と、一人ぐらい言ってごらんなさい、と思います。小さな国家を唱える連中が今なにも発言していないということから、彼らの人品の卑しさがわかるでしょう。つまり、彼らが言っているのは、ただ怖い敵を叩きつぶすということです。ソビエトが怖かったからソビエトを叩きつぶすんだと。次に怖いのはEUの結束です。その次に怖いのは労働組合なんです。労働組合は民間を全部つぶしたのに、残っているのは公務員である。ならば公務員をつぶせと、橋下知事が公務員の悪口を言ったら、みんながわーっと支持したりするんです。このようにメンタルなところが煽られていく構造を分析しなければいけない。人品卑しい連中がマスコミを闊歩しているということを見ても、我々が洗脳されていくということがわかります。

◆いつのまにか変質した金融工学

 金融工学についても、ちょっと説明させてください。ニュートン的力学というのか、初期値が与えられたら目的に到達するかというと、ロケットにしても人工衛星にしても、誤差がありますよね。その誤差というのは、計算が間違っているのではなくて、そもそも世の中には誤差があるんだということです。その誤差がどの程度のところで広がるのか落ち着くのか、これが実は金融工学なんです。その金融工学が、本当に情けないことにリスクの転嫁に使われてしまった。ものすごく大きかったリスクが転嫁されるという、それだけのことになってしまった。金融工学の本当のすごさは、単純な数学的合理性に対して、そうじゃない、不合理な姿が常態なんだということを言ったところにあります。

  我々も初めは憧れたんですよ。私は金融工学そのものはすごく評価しているんです。ただし、今の金融工学に携わっている連中は全然ダメだというように思います。いつのまにか、本当に信じられないほどの給料をもらうようになっていって、大学教授でも、正直言って勉強のできない人がいっぱい教授になっていって、金融工学が変質しました。本来の金融工学の原点に戻ってほしいんですね。つまり、すべてが合理的にニュートン的力学のようにはいかないという、その発見ですね。ロケットなんて、あんなに不確実なところに飛んでいくわけで、絶対に命中するわけではないんです。人工衛星の成功確率は半分以下です。そういったことを計算していく分野だったのに、いつのまにか、的確にここでリスクはヘッジできますというようなことに変質してしまっている。金融工学の本来のところに戻っていけば、そうではないことに気づいていけると思います。

◆新たな経済学への展望

 コメントで、伊藤先生が非常に細かく議論をまとめてくださったことに感謝します。とにかく経済学が狭すぎるんですね。いろいろな分野の人たちと言葉を共通にしながら推し進めていくということをやっていかなければいけないんです。

 もし私がマルクスの本を読まなくて、官製の「マルクスとはこういうものだ」という本しか読まなかったら、おっかないことになりますよ。アメリカの高等教育はものすごく分厚い、そういう本を一週間で読めというものです。一週間で読みましたというマゾヒスティックな気持ちを醸し出すことで、私は勉強したという気持ちになって、批判的精神がすべて奪われていくんです。だからアメリカの教育は基本的に間違っていると思います。

 ちょっとここで宣伝させてください。定年後に京大の大学院を出た、もと大企業の重役さんが『マルクスの株式会社論と未来社会』(中野嘉彦著、ナカニシヤ出版)という本を出します。会社勤めをした人も、マルクスの株式会社論に注目したことにひとつの流れを感じますね。マルクスは次の時代を拓くものとして株式会社を見ているのです。資本による収奪だけでなく、現体制から次の段階にいくというときに、株式会社というのは会員クラブですからね。私たちは株を買うことによって運命共同体になりますということですから、マルクス的な自覚した個人のひとつの連合体という形であることは確かでしょう。これまでのマルクス主義者が間違っていたのは、「所有」というのは国家による所有という思い込みです。スターリニズム的な所有でなく、所有と占有の違いとか、個体とアソシエーションの違いとか、そういうことが平田市民社会論で切り開かれたのですから、私たちはこういったことを勉強しなくてはなりません。そのエッセンスがここにあるので、ぜひお読みください。

 それともうひとつ、京大出版会から今出ている『災害社会』という本があります。書いたのは川崎一朗という人で、この人は地震の専門家です。私はこの本の帯に推薦文を書いています。要するに理系の地震学も、経済学などと連携しなければいけない、現在の災害というのは技術ではなく思想の問題なんだということが出ています。二冊とも私に関わりのある本ですが、時代がこういったことを要求しているのだ、ということがわかっていただけると思います。


野崎日記(252) 新しい金融秩序への期待(197)金融資本主義と労働(8)

2009-12-20 00:42:05 | 野崎日記(新しい世界秩序)


◆本当の内需の上に立った経済政策が必要

 アメリカの悪口をさんざん申し上げましたが、ご存じのように、アメリカはまだ労働組合が強い。我が日本は情けないことにまったくだめです。こういうときに、実は、この金融危機の被害はアメリカより日本のほうが大きい。日本の産業界はいつのまにか、本業の経営数値しか発表しなくなりました。実際は、金融のほうが利益ははるかに大きいのですが、トヨタなどは発表しなくなった。発表すると過去の金融収益を全部出さないといけなくなるから、結局、本業だけしか出せないのです。日本の経済政策の失敗は、とにかく内需が全然ダメだというときに、せっかく内需拡大の機運が生じてきたのに、アメリカのバブルにおんぶに抱っこしていた。それも、安かろう、というだけでアメリカに売っていた。これがドイツと違うところです。ドイツは価格に関係なく自分たちの技術製品で売っていけますが、日本は安いということだけ。だから、中国やベトナムに進出して、そこで安く作って向こうにもっていく。この仕組みが破綻したわけです。ちなみに小泉政権ができる直前には、日本のGDPにしめる輸出移動はわずか八%でした。ところが去年は一三%で、五ポイントも上昇しています。その分のメッキが剥がれたのです。だから今、大騒ぎをしているのです。

 今、大事なことは、本当の内需は何なのか、我々が一番必要とする製品は何なのかということです。そういうことの上で積み重ねる経済政策が必要なのです。

  昨日、私がテレビをみていて大変腹が立ったのは、出演していた与謝野さん(経済財政・金融担当相)が「経済問題はたいしたことはない、いつか回復する、大事なことはソマリアへの派兵であり、国の形である」と言ったことです。金融の最高責任者、与謝野さんがこういうことを言うとは。ケインズは、「新古典派の連中たちは、今の嵐はいつか治まる、景気は回復するという。たしかに治まるであろう。そのときに我々は全員死んでいる」と言いました。そんなことすら知らずに金融担当大臣をやっているのかということです。ケインズはイングランド銀行の悪口をあれだけ言っておいて、自分の出身の大蔵省をもちあげてきた。そのことの意味をわかっているのかと言いたくなります。何も知らない連中がそうやって権力を握り、金融や経済に自立回復力があると言う。私はないと思います。それまでに我々の国はガタガタになっていると思います。

◆お金は地域経済に融資する金融機関に預けよう

 考えてみてください。前の昭和恐慌のときは、私の父親もそうでしたが、田舎に逃げ帰ったのです。とにかくそこで食べさせてもらえた。あのときには農業があったけれども、今はないんです。保険もない。クビを切られた瞬間に全てを失うのです。こういう社会に耐久力があると思いますか。今、大事なことは耐久力を作り出していくことです。そして、それが何なのかということを懸命になってやらなければいけない。金融は、私たちの働き口を保障してくれるところに預けましょう。信用金庫に、労働金庫に預けましょう。労働金庫はそもそもストライキをするときの資金を供給するために作られたものでした。なぜそれがデリバティブをやるのか。そういう形で、とにかく原点に戻って、お金は大銀行に預けるのではなくて、近くの銀行に預け、地域の経済に融資してもらう。そういうことをやるべきです。

   実はケネディはそれをやったんです。ケネディは州法銀行の免許を更新するときに、地元産業をどの程度育成したかをチェックポイントにしたんです。それからFRBに反対して、政府紙幣を出しています。今の政府紙幣論議は間違っているのですが、少なくともケネディはFRBにケンカをふっかけました。そして地元の産業をどうするのかということで、政府は懸命に動いたんです。そういう意味では、ケネディの経済政策を今もう一度見直すべきだと私は思っています。

 いろいろなことを話しましたが、私が立てている問題の一つひとつは、すべて議論されていません。こういうことであります。今回の金融危機というのは、経営者が自分の部下たちのやっている営業内容を知らないということです。知ろうともしなかった。これが現代の経済社会の問題点です。トップに立つ者は、自分のやっている営業内容をすべてわかるべきです。私たちにあくどい金融商品を売りつけた連中はもうみんな辞めています。訴訟を起こそうにも相手がいない。経営者は「知りませんでした、任せていました」で終わりなんです。良心的な経済学者はもっと結集して、勉強会を開きましょう。相互交流できるような出版物を出しましょう。東大(名誉教授)の伊藤誠と私が代表になり、来月からそういう雑誌『変革のアソシエ』を出します。みなさんと知識の共有をしたいと思っています。ぜひご協力をお願いします。


野崎日記(251) 新しい金融秩序への期待(196)金融資本主義と労働(7)

2009-12-19 07:38:34 | 野崎日記(新しい世界秩序)


◆国内法で世界を裁くアメリカ

  そして一昨日でしたか、中国の外務大臣がアメリカ国債を買う意思がある、という発言をしています。これは、ガイトナーのときもそうでしたが、サマーズが恫喝して、中国を為替操作国とするということを言ったのです。一ヶ月ほど前のことです。為替操作国にするというのはどういうことか。USTR(アメリカ通商代表局)という巨大な権限を持った組織があります。ここが日本を制裁しろという内容の報告を毎年三月に出します。一度、郵政民営化の話がひっくり返っていたのを小泉が必死になって盛り返したのは、あのとき、トヨタが血祭りにあげられるはずだったのです。USTRが「たすき掛け報復」といって、郵政を民営化できなかったら日本の一番強い産業である自動車をいじめるというものです。これが「世界貿易障壁報告」で、議会に報告されます。そうなると、スーパー三〇一条で制裁措置が取られます。あのときは郵政民営化でしたが、結局トヨタが怖いものだから、へなへなとなったんですね。

  一ヶ月ほど前、同じようなことが中国に対してあった。中国は元が安すぎる、高くしろという要求です。政府が元を操作しているとして、為替操作国認定ということをやったのです。ということは、中国製品の何が代表かわかりませんが、アメリカは制裁措置をするでしょう。ちなみに中国の工業製品のほとんどはウォルマートを通じて販売されています。だからそういう形で何かをしているのだろうと思うのですが、一昨日の段階で、中国側が国債を買うという意思表明をしたら、「貿易障壁報告」の為替操作国という表現が消えました。これが外交というものですよ。アメリカというのは、国内法で世界を裁くんですね。そういうなかで、中国はさすがにしたたかにやってきている。

  FRBとオバマとの関係、権力との関係は調べてみる必要があるというので、私は必死になってFRBの設立からずっと調べました。中央銀行ですが、これがあるから戦争をするんですね。戦費調達のときに国債発行をして引き受けさせる。イングランド銀行はまさにそうでした。それを「通貨安定のために」という経済学はダメです。戦争をする金がない=引き受けさせる=中央銀行を作ろうという、これが権力です。そういうときに国家権力ではなく民間を使うわけですから、それなりの見返りをしていくというのが金融の歴史でした。だから、ケインズはイングランド銀行が大嫌いなんですね。それで、こういうこともちょっと我々は勉強しておかなければいけないという意味で、FRB、バーナンキの動きは気になるところです。

◆ニューディールを上回る資金供給約束

 レジュメの二番目の「ニューディールを上回る資金供給約束」というところに記していますが、みなさん驚いてください、フランクリン・ローズベルトがニューディール政策で出したお金は四九億ドルです。国家資金から出した、ケインズ政策だと、伝説的に語られていますが、公的資金の額は四九億ドルです。貨幣価値は違うとしても、現在価値でも八〇〇億ドルには届かないものです。それが、今のオバマは三兆ドルです。

  そして何よりも言いたいのは、「グリーン・ニューディール」というけれど、アメリカにグリーン・ニューディールを遂行する技術がひとつでもあるのかと言いたくなります。たとえば石油。世界のもっとも美味しいところしか採っていなかったものだから、大陸棚まで掘る技術がアメリカにはない。だから、石油価格の暴騰というのは、アメリカに供給能力がないということなんです。それで、ロシアにいってしまう。鉄道にしても、新幹線を走らせてみせてほしいと言いたくなります。無理でしょう。自動車もご存じのようなものです。私が言いたいのは、金融で大もうけして、しかもアメリカの純利益の三〇%が金融がらみであるということです。こういう世界を放置している責任は為政者にあると思います。そのために、アメリカ人には英語とウォルマートのような安売り店しか就職先がないんだということですね。こういう社会ができてしまった。そして、ドルを基軸通貨だというけれど、気がつくと、ドルを基軸通貨にしているのは中国と日本だけだった。こういうことになって、アメリカは今、地獄の瀬戸際に立っているということを認識しておいていただきたい。それに対してオバマは何らかの有効な政策を打っているでしょうか? 私は打っていないように思います。

金融規制反対だったオバマ政権の経済閣僚


 三番目に、「規制緩和反対であったオバマ政権の経済閣僚」。ここはちょっと詳しく見ます。ロングターム・キャピタルマネジメント(LTCM)が一九九八年に破綻します。ここはノーベル賞学者を二人も抱えたところです。私はこの頃に京都大学の経済学部長だったのですが、京都からの金融工学の発信ということで、ノーベル賞の受賞者をお呼びしたんですよ。ところが、ノーベル賞ってものすごいんですね、とにかくお呼びするのに何千万円もかかるんです。お金がなくて学長に泣きついてもダメで、卒業生に頭を下げて資金を集めたのですが、東京と大阪で二回講演をやったときの聴衆が合計三千人です。

  ここでノーベル賞の悪口ですが、ノーベル経済学賞はスウェーデン銀行賞です。スウェーデン銀行がノーベルを記念して作った賞で、他のノーベル賞とは違うのです。だから、「銀行万歳」というような、新しい銀行業務を開発した連中が九年連続で受賞したんですね。論文の数が五つ。それでノーベル賞がもらえてしまうんです。私はクルーグマンはノーベル賞を断ると思ったんです。あれだけ悪口を言っていたから。ところが、受賞したんですね。案の定、それまでの『ニューヨーク・タイムズ』のコラムは本当に良かったのですが、全然ダメになりました。これにはどうも裏話があって、イギリスのブラウンが動いたらしいです。とたんに、あのクルーグマンがブラウン万歳になりました。だから、私はあれからもうクルーグマンは絶対読まなくなりました。

 話を戻しますと、ノーベル賞受賞者を二人も抱えたロングターム・キャピタルマネジメントが倒産した。これは大変だということで、このときにみんながお金を出し合ったのですが、お金を出さなかった唯一の銀行がありました。これがリーマン・ブラザーズです。だからリーマン・ブラザーズは殺されたのですね。そして、この号令をかけたのがルービンとサマーズだったのです。日本と同じで、いじめられるんです。そしてリーマン・ブラザーズがつぶれた。

   この一九九八年に、商品先物取引委員会のブルックスリー・ボーン委員長が金融規制の必要性を言明しました。この人が女性で、初めてチェアマンではなく「チェアパーソン」という言葉が使われました。この人が、こういう金融取引、特に先物を自由奔放に動かすことを認めれば、アメリカは絶対につぶれるというので、規制を立法化しようとしました。そのときに、グリーンスパン(前FRB議長)とルービン、サマーズ、この三人が委員長を呼びつけて、「財務省副長官室(当時のサマーズのところ)に十三人のアメリカを代表する金融実務家たちがいて、もしこの金融規制をやったらアメリカには大恐慌が来るだろうと彼らは言っている」、そう恫喝して規制導入を引っ込めさせたのです。引っ込めさせただけでなく、グリーンスパンとサマーズの連名で、デリバティブを政府管理下に置こうという動きに対して反対する報告書まで出しました。そして一九九九年、先ほども言ったように、ルービンが金融近代化法で何でもありということにしたのです。

 そして二〇〇〇年、商品先物近代化法ができて、商品先物は一切規制してはいけないということになった。このときの三悪人がそのままオバマ政権に入ったことを、私たちはなぜ重視しないのか。つまり債権の証券化、あるいはデリバティブ、レバレッジ、これはてこの原理ですね。さらに、投資銀行は投資内容を明らかにしなくてもよくて、格付け会社があるというのは本当にいいのだろうか。モノラインというのは保険会社のことですが、その経営はどの程度透明なのか。このような大問題に対して、オバマ政権はひとつでも切開できているでしょうか。まったくできていない。確実なのは、口先約束の破綻からくる経済の奈落です。約束を果たしたのちのハイパー・インフレーションの恐怖。それこそ本格的な恐慌の到来であろうと思います。


野崎日記(250) 新しい金融秩序への期待(195)金融資本主義と労働(6)

2009-12-18 07:35:00 | 野崎日記(新しい世界秩序)


◆モラルなき貸し手責任の放棄

 つまり民営化というのは、誰がどれだけということの一切を明かさずにすむ分野を作っていこうというスローガンなんです。これを投資銀行という方向へもっていったのです。投資銀行の手法は何かというと、あらゆることに投資をすることができる。具体的には、資源に投資することができる。今、投資信託会社で、ゴールドマン・サックスとAIGの二つが世界の資源、原油とかプラチナとか金、そういったものの商品インデックスを作っています。これを上場させていって、素人のおばさんたちに売りつけていくのです。だから投機というのは、石油が上がった、これは投機だというときに、専門家が二、三%で、圧倒的多数の九〇数%は素人だということです。素人を呼び込むことによって専門家はすっと逃げることができて、あとで失敗するのは絶対素人なんですね。

  これがゴールドマン・サックスとAIGなんですよ。この二つのインデックスは廃止されましたか?逆に言えば、二つしかないんです。こういったところに投資銀行が出てくるわけです。もともとAIGなんて保険会社ですから、そんな投機行為をやったらいけないのです。ところが、先ほど申しましたルービンが一九九九年の金融近代化法によって、こういうことが可能になったということです。

  投資銀行の一番の大きな問題は何かといったら、秘密裏に動くことができるし、動かすお金もわからないことです。それは、おそらくケイマン諸島で組織されている子会社でやっています。サブプライムそのものが問題なのではないのです。つまり、お金を貸した時に、従来の金融のモラルは「貸した限りは返してもらう」という貸し手責任でした。そのためには担保の価値を必死になって調べる。これが金融の責任です。ところが今は、貸した権利、受け取る権利、これを証券化するのです。一つずつ個別に証券化していくとランキングが分かる。それでは困るので、大体千ぐらいの会社を集めて、それを一つに束ねて大きな証券にする。そして輪切りにして、ランキングを作っていきます。たとえば京都人はお金をもっているけれど気が小さいから良い方を出そうかとか、大阪人はギャンブル好きだからこっちのほうを出そうかとか、本当にそんなものです。これが仕組み債なんです。一番まずい商品を買わされたのが私の勤めている大学です。

◆ギャンブルに巻き込まれる素人たち

  仕組み債というのはそういうもので、ここに加担したのが、格付け会社と保険会社です。格付け会社は勝手に格付けをする。しかも手数料を取って。儲けの四〇%は手数料です。こんなことが認可されていいのでしょうか。もう一つは保険会社。ここは会社がひっくり返ったらお金を払いますと。たとえばGMがひっくり返るかどうか、これを英語は怖いですよ、クレジット・イベントと呼ぶのです。GMがつぶれると思う人はこの指とまれと、そこで掛け金が動くんです。AIGは、GMはつぶれないと見ていますから、つぶれないという保険を売りまくります。一方、つぶれるぞと思う連中は、とにかく早くつぶすことによって早くGMからお金をもらおうという、そのせめぎ合いが今のGMです。

  リストラをしない限りお金は出さないというのは、何を言っているのでしょうか。リストラというのは首切りでしょう。首切りするとお金を渡すというのはどういうことか。結局そういうギャンブルゲームにAIGが手を染めて、そのギャンブルの一番大きな対象がGMになっているのです。だからいち早くAIGは国有化されましたが、GMが倒産するかしないかというところで、ものすごく株が下がってしまって、それでもまだ決着していない。

  オバマ政権は積極果敢に三兆ドルのお金を瞬時に出した。その貸し手責任が果たされないまま、証券化されて売られていく。そして株を買わされるのは何も知らない人たち。だから、震源地のアメリカは何一つ傷ついていないのです。我が日本は傷ついている。いっぱい買わされた地方銀行が、これからはっきりします。三月期決算が出て五月危機が出てきます。不動産や建築会社の倒産はこれからが本番です。つまり、何も知らない連中に売りつけられたその証券は、マーケットで価格をつけられた証券ではありません。マーケットから買ったものではなく、顔色を見て押しつけられたものです。買い取ってくれといっても、買い取る義務はありません。そういう倫理なき時代に入っているのだということです。

  そういう倫理なき時代に入っているなかで、ゴールドマン・サックスをどうするんだ、AIGをどうするのかというときに、一番親分のサマーズがそこからお金をもらっているというのは、もう小沢さんの比じゃないですよ。ものすごいことです。こういうことで全く検察も動かないというのが、アメリカの体質です。これは日本の新聞だから載らないのであって、アメリカでは『ウォールストリート・ジャーナル』にこれが載ります。大変なデモがこれから起こりますよ。こういう社会で、オバマは何もできない大統領でしょう。

金融権力に対して、どのように抗していくのか?


◆米国には使える公的資金はない

   ここからレジュメに入ります。最初の「アメリカには使える公的資金はない」というのはどういうことかというと、サマーズは今、NEC(国家経済会議)の委員長ですが、サマーズをオバマが呼んだのは、FRB(連邦準備銀行)の議長になってくれということでした。これは大きいですよ。バーナンキという議長がちゃんといるのです。このバーナンキがもうひとつ気に入らない、共和党であると。だからサマーズになってくれと言ったときに、どういういきさつかわかりませんが、サマーズは議長になりませんでした。とたんに、バーナンキはことあるごとにオバマにケンカをふっかけます。お金を渡すと口約束で言いますが、じゃあそれだけの国債をFRBが引き受けたのかというと、私が調べた段階では、引き受けていない。「引き受けることを検討している」なんです。検討しているということは、引き受けていない。

  そしてもうお金を執行しなければなりません。どうするのかというときにわかるでしょう。なぜ、麻生さんが外国首脳として最初にホワイトハウスに呼ばれるのでしょうか。しかもコソコソと秘密裏に会談しました。麻生さんは「日本の鉄道を買え」と言ったということですが、そんなことでコソコソすることはないでしょう。これは外交文書と一緒で、三十年後に真相がわかります。でもおそらくは、先ほど言ったように、アメリカの国債の四分の一は中国、五分の一が日本で、この二国が大事ということです。アメリカ国内でなく、世界に買わせていくというのが、まずオバマの戦略であると言いたいのです。


野崎日記(249) 新しい金融秩序への期待(194)金融資本主義と労働(5)

2009-12-17 07:31:18 | 野崎日記(新しい世界秩序)


◆格付け会社による金融機関の選別

 その時に本当に規制に従っているか、判定をする怖い格付け会社が、ご存じのように、ムーディーズでありS&Pです。そして、こともあろうにSEC(証券取引委員会)は、ムーディーズとS&P、そしてフィッチという三つをレーティング・カンパニーとして認可し、その三つしか認可していないところの格付けを受けない限りアメリカで商売することは許さないとしたのです。なんて屈辱的な、と思うんですね。金融論の講座の案内を見るたび、本を見るたびに、腹が立って破っていました。まったく理論で世の中が成り立つんじゃないんですよ。あのときになぜ、金融の専門家は怒らなかったのかと思います。自己資本なんて見たこともないし、我々はそれまでは、住友銀行はものすごく預金があってすごいなあ、と思っていた。日本の地方銀行の預金に比べたら、シティバンクって小さいなとか、そんな話をしていたのですよ。銀行の評価は預金の大きさだったのです。ところが、本当に大事なのは自己資本だということから、銀行はガタガタになってきたんですね。

 レーティング・カンパニーというのは本当はレーティング・エージェンシーです。金儲けしているじゃないかということで、私はカンパニーと呼んでいるのですが。実を言うと、世界最高のお金儲けの名人、ウォーレン・バフェットという男がいます。世界一の大金持ちです。アメリカのお金持ちは皆さんが想像する以上にすごいです。アメリカ上位四〇〇人のお金持ちは、アメリカ人三億人の半分、一億五千万人分と匹敵するお金を持っています。たった四〇〇人です。ウォーレン・バフェットにしても、ビル・ゲイツにしても、全米のサラリーマン全体の給料より多く稼いでいる。これがアメリカンドリームです。アメリカの賃金分布はロングテールで、一番ビリのところがずーっと長く、無限に長く伸びていくのがロングテールです。そして、トップの一〇〇人ぐらいがアメリカの全資産を持っている。これを数学で表してみろというのです。最近の経済学は、数学で表せるもの以外はモデルにしないですね。それは本当に情けないです。事実を見るのではなく、事実を加工して見ている。そんな情けない学問に経済学は堕落しています。

 話を戻しますと、その大金持ちのウォーレン=バフェットはムーディーズの株式の一六%を持っています。だからムーディーズの社員たちは、自分が出世したかったら、親分のウォーレン=バフェットがどこに投資しているかを見て、その投資先にトリプルAを出すのは当たり前なんです。S&Pは、マグローヒルズの一〇〇%子会社です。こんなのが透明な経済かと言いたくなります。

◆「投資銀行」は銀行ではない

 結局、我々は必死になって貸しはがしをやり、護送船団方式をやめて、ヨーイドンで金融自由化をやりました。その結果、最も儲からないところに張りつけられた金融からひっくり返るのは、火を見るよりも明らかです。日本長期信用銀行、あるいは日本興業銀行という、基幹産業に張りつけられたところが真っ先にひっくり返りました。サラ金を相手にするような、よりいかがわしい銀行が発展していきました。当たり前のことなんです。こんなことは自由化する前にわからなければいけません。政治家はわからなくても、経済学者はわからないといけないのです。それを、金融の自由化は素晴らしい、少なくとも一部のところにお金が滞留しないで非常に効率的に循環すると言っていました。お金が効率的に循環したことが一度でもあるのかと言いたくなります。これをやってしまったということです。

 腹が立つのは次からです。日本人はなぜこんなに真面目なのかと思います。「BIS規制、はい、クリアします」とやって、この十年間どれだけ苦しんできたか。失われた十年はそれですよ。そして我々が郵便貯金に逃げ込んだとき、それまでの郵貯まで民営化されました。

 それで、実はアメリカ自身、BIS規制はクソ食らえなのです。自分たちは投資銀行を育成したいのですね。これを進めたのがルービンです。つまり、BIS規制はもうどうしようもない。それにこだわるよりも、BIS規制から離れた分野を作っていこうということで、投資銀行を育成してきました。投資銀行はinvestment bankですから、我々は銀行だと思っていますが、これははっきり言って証券会社です。それをわざわざインベストメント・バンクと呼んだところにアメリカのすごさがあります。そうか、銀行かということになる。そしてゴールドマン・サックスと住友銀行とが比較されるのです。住友銀行は預金銀行です。ゴールドマン・サックスは投資銀行です。初めから違うんです。ヨーイドンで競争したとき、いかに日本の銀行の足腰が弱いかということになる。それを素人が言うのならいいですが、専門家が言うのです。このことは何回も『東洋経済』に投稿しましたが、一度も載せてくれませんでした。

◆民営化の意味は「部外者立入り禁止」

 このような経緯のなかで作られた新しい概念が「民営化」なんです。これについても騙されているのではないですか。公の仕事よりも民の仕事のほうが良いというのは、決定的な間違いです。公、パブリックというのは我々のことを言うのです。我々が預金を預けている。銀行がひっくり返ったら、我々はなけなしの金を預けているわけですから、路頭に迷う。そのパブリックなものをきちんと管理するためには、当局に対してディスクロージャーさせなければならない。そうすることによって、当局は金融機関の動きをチェックすることができる。これがパブリックなんです。だから株式の公開というとき、パブリック・オファーというのです。力の弱い公の人間たち、これがパブリックなんです。

 民営化とは何かというと、「ニンジャ・ローン」というのが非常に上手な命名で、これに象徴されています。アメリカ人たちは、サブプライムローンなんてわけのわからない呼び方でなく、ニンジャ・ローンという言葉を多用していたんですよ。どういうことかというと、民営化というのは「プライベート・オンリー」ということなのです。ここからは部外者立入り禁止という意味合いでのプライベートです。これが民営化なのです。つまり、当局の規制を一切受けない分野を作っていこうということです。

 たとえば、ヘッジファンドは当局の規制を一切受けません。誰がどれだけのお金を出資していて、人数は何人か、一切当局に報告する必要はありません。ちなみに村上ファンドで、福井日銀総裁が出資者に入っていることをバラしたある参議院議員は、私の教え子です。しかし、一千万円でファンドに入れると思いますか? ファンドの制限は大体五〇人以内です。ペラペラしゃべる人間はファンドに入ってはいけないんです。年間三〇%の配当を出すのですから、そのためには悪いことをするわけです。悪いことをするためには秘密を共有しなければなりません。ですから、人数が制限されます。ということは、一人あたり、ものすごい額のお金がないといけません。
ブッシュのオヤジさんが、ある巨大ファンドのアジア担当重役になったんですね。そのファンドは9.11のテロのときに、ビン・ラディン一族をアメリカに集めて投資相談をしていたんです。武器弾薬のすごく大きなファンドほとんどの出資者はビン・ラディン一族です。だから、オサマ・ビン・ラディンは絶対に捕まらないと思います。彼のおかげでアメリカはどれほど得をしているか。このあたりのことは広瀬隆の本を読んでください(笑)。