◆高い貯蓄率と長期の融資
さて、話を進めます。少なくとも儲かる産業は我々消費者相手で、儲からない産業は素材産業という前提で話をさせていただきます。日本が「もはや戦後ではない」ところに来て、アメリカが日本イジメを始めたわけです。少なくとも一九八〇年代からそうなった。それまでは輸出規制とか自主規制とか、そういうことでしたが、ルービンが財務長官になった瞬間にはっきりと路線が決まりました。それ以前のレーガン政権のときにも細々とはあったものの、ルービンが旗を振るやいなや明確になったのが、金融自由化です。私がルービンを憎むのはそこなんです。とにかく日本は護送船団方式である。これをやめろと。
みなさんご存じのように、日本人というのはタンス預金をしないで銀行に預けるんですね。預けたら安心なんです。その証拠に、ゼロ金利時代にも日本の銀行預金が増えています。悲しいというか。これは実はものすごく大きな意味がありますが、経済学では説明できません。世界にない日本語として「奥様」という言葉があります。ワイフでもない、ベターハーフでもない、ハニーでもない奥様です。つまり、家の台所にじっとおられて、財布のヒモを握って、亭主の財布もぐっと握って、そしてゴハンの切り盛りをすると同時にお金の切り盛りもしている。その奥さんが家計の実権を握っているから、日本は貯蓄率が高いのです。今の若い人のように、夫婦が分に応じてお金を出すというようになったら、貯蓄率が激減するでしょうね。そういう背景があるのですが、ともかく、日本は固定的に銀行にお金を預けてきた。これが日本の企業の強さなんです。
日本の銀行が企業にお金を貸す。返そうとすると、返さないで下さい、金利だけ払ってくださったら結構ですというので、銀行に勤めた連中は、貸付係になったら出世コースでした。そして、自分がパナソニックを育てたんだぞとか、サンヨーをここまでにしたのは俺だぞということが、銀行の誇りだったのです。今の金融界は何ですか。とにかくどんどこ株を売って、三日持ったら怒られるんです。早く売りなさいとかね。要するに、大体三日、四日持つのがアナリストで、何十年かけて企業を育て上げてみせるという気概は、今の金融界にはまったくありません。少なくとも日本の金融界はそういった形で奥様から大事なお金を預かって、それが取り返されずに預けっぱなしで、しかも金利はどこでも一緒で固定されていますから、優先的に流したい企業にどんどん融資していったのです。利子も固定されているわけですから、この産業なら儲かる・儲からないではなくて、この産業を育成するんだという方向にお金が流れていった。私は、このことが日本の経済成長の非常に大きな秘密であろうと思います。
◆BIS規制導入の真意
さらに、経営者も今にしてみたら偉かったですよね。大体労務担当重役が社長になりました。怖い労働組合の幹部と喧嘩ばかりして、何回も胃を切ってきて、その論功行賞で社長になったのですから、その社長さんたちはそうむやみに人を切らない。今は財務屋ばっかりです。財務屋は労働者をコストとしてしか意識していないのです。だから労働者の首を切ればいいと考える。もっとひどいことには、コンサルタントという悪い人種が増えました。このコンサルタントの多くが、ゴールドマン・サックスなどの外資系です。この連中は、短期的に成果をあげるためには最もコストのかかる労働者の賃金カットが一番いいと勧めます。それで、キャッシュフローが良くなりましたと言う。結局角を矯めて牛を殺すことを平気でやってしまっている。ちなみに、郵政民営化のコンサルタントはゴールドマン・サックスです。ゴールドマン・サックスは住友銀行と仲がよろしいのです。その住友銀行と某金融担当大臣は非常に仲が良かったわけです。だから、郵政民営化後、新会社の社長さんが住友から来るのは既定コースだったのです。
要するに、日本の経済成長の秘密にアメリカが気づいたんですね。アメリカが日本に負ける理由は何かというときに、それは日本の巨大な金融、銀行集団であると。これを叩きつぶせということになってきたのです。理論なんて後で来るんです。まず日本の銀行をつぶせ、つぶす理論を作れということなのです。それが何かというと、日本の銀行は他人様のお金である短期の債務を長期の融資に回している。ここを突かれたんですね。つまり自己資本ではないということです。それで、融資競争をやめさせるために、自己資本の一二.五倍という上限を決めたのです。これがBIS規制で、資産のうち自己資本の比率が八%以上なくてはいけないということです。一二.五倍以内というのと八%以上というのは同じことなのですが、耳から響くすごさが違うんです。