消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No. 185 金融賭博とリスクの誤用

2007-10-23 13:40:45 | 格付け会社

                     
 ババ抜きゲームの破たん

 サブプライム問題がジャーナリズムをにぎわしている。しかし、なぜ、このことが世界を震え上がらせているのかについては、意外に説明されていない。

 これは、米国経済の停滞を招き、その余波で日本経済も不況に逆戻りするといった柔な次元の問題ではない。サブプライム騒動は、一九九〇年代に入ってからの米国による世界の金融支配がこれで終わることを示した事件である。

 問題の核心は、カード・ゲームにたとえれば、ババのカードをめぐるドタバタ劇にある。劇の中身は、ババを引いてしまったのではないかという恐怖心を、非常に多くの金融機関がもつようになってしまったことである。

 あいつはババをもっているはずだとお互いに疑心悪鬼になって、ババを含まない証券ですら売れなくなってしまったことである。そこで、ゲームを取り仕切る賭場の親分衆が、いままで聞いたこともない莫大なお金を賭場に流した。しかし、その金は、ババ抜きゲームでこびりついている疑心悪鬼を追い払うどころか、ますます強めただけであった。こんなに巨額のカネを親分衆が気前よくだすのは、相当に悪い情況に賭場はあるのだな。もうこんな賭場はご免だといって、石油や金(きん)といった商品先物(売り買いの約束)を扱う、別の、これまた大きな賭場に脱兎のごとく、火傷を負った博徒(ばくと)たちが逃げ込んでいる。

 賭博の親分中の親分である米国の取り仕切る賭け札のドルそのものが、もう嫌だといって、遠ざけられるようになってしまった。責任をとれと、これまで馬鹿にされてきたフランスやドイツの親分がドルの親分に喧嘩を吹きかけるようになった。博徒たちは、どうしょうかと立ちすくんでいる。

 博徒たちだけの問題ではない。博徒たちの狼狽が、素人衆の世界にまで迷惑をかけている。カネが正常に回らなくなってしまった。モノが売れなくなってしまった。ガソリンの価格が高騰した。原油高で生産に支障がきたし始めた。素人衆の生活そのものが脅かされるようになってしまった。これが、現在、世界を震えさせてサブプライム問題の真相である。


 金融賭博のおかしなルール

 一九九〇年代半ばから、賭博の主流が金融賭博になった。しかし、丁か半かといった単純にして公明正大な博打ではなくなっていた。やばいババをわざわざ引いて、それを高い値段で他の博徒に売るという内容に賭博は変わってしまった。

 金融ゲームでは、ババのことを「リスク」というカタカナ言葉で語る。ババをあえて引くことを「リスク・テイキング」(危険を冒すこと)という誇らしい行為であると吹聴されるようになってしまった。

 これは、リスクの意味の悪質なねじ曲げである。本来のリスク・テイキングとは、誰れも怖がって取ろうとしない恐いもの、下手をすれば自分の命を落としかねない危険なものであるが、もし、手に入れれば人類が苦しみから救済されるもの、それをとろうとする行為のことである。

 はじめて人の体に牛痘を植え付けるという恐ろしいことをしてくれたジェンナーがいたからこそ、私たちは天然痘の恐怖から逃れることができるようになった。リスク・テイキングとはそういうものである。

 ところが、金融博徒たちはリスクの悪質な誤用を意識的に行っている。たとえば、破産が確実な低所得の人にカネを目もくらむような高い利子で強引にカネを貸し付け、貸し付けを受けた人が差し出す借用証を他人に売りつける。このやばい借用証を、博徒が買うことをリスク・テイキングというのである。可哀想なのは、いずれ身ぐるみ剥がされる運命にあることを知らされず、高利でカネを借りた貧乏人である。貧乏人を犠牲にして高利を得ることが金融博徒たちにとっては、誇らしいリスク・テイキングなのである。

 金融博徒の世界では、「リターン」というこれまたカタカナ言葉が使われる。リターンとが「稼ぎ」のことである。やばい貸し付けをして高い金利を得ることに成功すれば、それがリターンという高い稼ぎになる。これが金融博徒たちがしきりに使う「ハイリスク・ハイリターン」という用語の意味である。

 やばい借用書を売買する世界が金融賭博である。借用書は証券と呼ばれる。やばいババを含んだ証券の価格は低い。しかし、高い稼ぎを得ることができる。

 重要なことは、金融商品と呼ばれる「証券化された取り立ての権利」の価格を決めるのは、含まれるババの多寡である。

 生産物では、その生産に要したコスト・プラス・若干の利益が価格を構成するが、金融商品はそうではない。危険な金融商品の価格は安く、安全な金融商品のそれは高い。

 変な価格設定である。こんな分かり難い価格など他にはないだろう。市場における需要と供給で価格が決められると教科書には書かれていても、金融商品にはそうした価格決定方式はない。

 いきおい、誰かが値決めする。それをプライス・メーカーという。そして、プライス・メーカーが価格を決める基準が格付け会社なのである。もし、格付け会社が、金融博徒たちを集める賭場設定者とつるんでいたらどうなるのか。壮大な詐欺である。そして、博徒たちの莫大な損失を、素人衆から集めた税金で埋め合わされるとしたら、世の中は一体どうなるのか。

 ここでも、サブプライム問題の怖さが人々に認識されたのである。ドタバタ劇の役者はこれで出揃った。


 役者たちとは

 ババは、住宅貸付専門会社が、支払いに問題のある個人に資金を貸し付けて住宅を買わし、そして高利で返済させることを保証した債権、つまり、「貸し付け債権」のことである。

 サブとは「下に位置する」という意味である。プライムとは「一流」という意味である。したがって、サブプライムとは、「一流ではない二、三流の」という意味になる。プライム・ローンに比べて、サブプライム・ローンは金利が高い。どうしても住宅が欲しい人に法外な金利で貸し付ける高利貸しがサブプライム・ローンの出し手である。

 ローン会社は、各種債権を組み合わせて証券に変える(証券化)。それを金融機関に売る。金融機関は、その証券にさらに別の債権を組み合わせた証券を新たに作る。それは、金融機関のお客さんに合わせて組み合わせる。それを「仕組み債」という。数百種類の各種債権が組み合わされたものが仕組み債である。

 この仕組み債を買うのが、ヘッジファンドという大金持ちを集めた会員制クラブである。

 
会員制クラブは、少数の金持ちしか入会できないし、誰が入会しているのかは世間には分からない。

 
サブプライム・ローンを仕組んだ証券は、米国だけで一兆ドルは超えている。米国のGDPの一〇分の一もの巨額である。

 ヘッジファンドの稼ぎは貧乏人が高利貸しに払うはずの利子である。そして、返済ができなくなった貧乏人たちが破産し始めた。リスクが本当の災害になった。世界に膨張していたファンドが悲鳴を挙げた。

 
この種の仕組み債は安全だと太鼓判を押していた格付け会社に非難が殺到していた。世界の膨大な証券の格付けは、米国の二社、欧州の一社が九〇%のシェアをもっている。

 過去、幾度も米国発の金融スキャンダルで、世界は泣かされてきた。スキャンダルには、つねに、格付け会社が噛んでいた。こともあろうに、日本の地方自治体が米国の格付け会社に地方債の格付け依頼をしたのが最近である。お目出度い日本人である。  


福井日記 No.184 短期資金供給の推移

2007-10-17 02:28:42 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年六月二二日。米証券四位のベア・スターンズが経営危機に陥った傘下のヘッジファンド二社を救済するために最大三二億ドル(約四〇〇〇億円)を拠出すると発表した。しかし、支援も空しく、七月に破綻した。

 二〇〇七年七月一〇日。米格付け会社が、サブプライム・ローンを担保とした債権の格付けを一斉に引き下げた。

 二〇〇七年七月一九日。FRBのバーナンキ議長がサブプライム・ローン関連の損失は最大限一〇〇〇億ドルになる可能性があると発表した。

 二〇〇七年七月二五日。野村ホールディングスが一~六月で七二六億円の損失を出したと発表した。

 二〇〇七年八月二日。IKBドイツ産業銀行が、傘下のファンドが損失を出したために、ドイツ政府系の復興金融公庫から支援を受けると発表した。

 二〇〇七年八月六日。二〇〇七年四月、米国の住宅ローン大手のニューセンチュリー・ファイナンスが、米連邦破産法第一一省(チャプター・イレブン)に基づく会社更正手続きを申請した。その後大手の破綻はなかったが、二〇〇七年八月六日になって、同業のアメリカン・ホーム・モーゲージ・インベストメント(AHM)が会社更生法の申請をした。AHMは全米一〇位の住宅ローン会社である。二〇〇六年末時点での同社の負債額は一七五億五八〇〇万ドル強あった(『讀賣新聞』二〇〇七年八月七日付)

 二〇〇七年八月八日。新生銀行が、サブプライム・ローン関連で三四億円の損失が発生したと発表した。

 二〇〇七年八月九日。フランス金融大手BNPパリバが、傘下の三つのヘッジファンドの営業停止を発表した。ファンドの資産価値を正確に計算できなくなったからであると同行は説明した。

 二〇〇七年八月九日。ECBは過去最大規模の約九五〇億ユーロ(約一五兆四〇〇〇億円)を供給した。ECBのこの放出額は、九・一一テロ直後の二〇〇一年九月一二日に実施した約七〇〇億ユーロの資金供給以来である。

 同日。ニューヨーク連銀を通じて、FRBは二四〇億ドル(約二兆九〇〇〇億円)を供給した。これは、二〇〇七年六月に短期金利が上昇したことから大量の資金供給を実施して以来である(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一〇日付)。

 二〇〇七年八月一〇日。ECBは約六一一億ユーロ(約九兆九〇〇〇億円)を供給した。これで、二日間で約一五六〇億ユーロ(約二五兆三〇〇〇億円)に達した。
 同日。二〇〇七年八月一〇日。FRBは三五〇億ドル(約四兆円)の資金を供給した。これで九日と一〇日の二日間で五九〇億ドル(約七兆円)の資金が市中に供給された(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一一日付)。

 同日。日銀が一兆円の資金を短期市場に一兆円を供給した。

 二〇〇七年八月一〇日。あおぞら銀行がサブプライム・ローン関連で四四億円の含み損が発生したと発表した。

 二〇〇七年八月一三日。米ゴールドマン・サックス、傘下のヘッジファンド支援で三〇億ドルの拠出を発表。

 二〇〇七年八月一四日。ECBは七七億ユーロ(約一・二兆円)の資金を供給した。緊急オペは四営業日連続であった(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一五日付)。

 二〇〇七年八月一五日。ECBは、五営業日ぶりに資金供給を行わなかった。ECBのジャンクロード・トリシェ総裁は、一四日の声明で、市場は正常化したと宣言した。

 二〇〇七年八月一五日。FRBは七〇億ドル(約八〇〇〇億円)を供給した。これで、八月九日以来のFRBによる資金供給は、総額七一〇億ドル(約八兆三〇〇〇億円)に上った(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一六日)。

 二〇〇七年八月一六日。FRBは一七〇億ドル(約一兆九五五〇億円)を供給した。これで、八月九日以来、総額八八〇億ドル(約一〇兆一二〇〇億円)に達した(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一七日付)。

 二〇〇七年八月一七日。FRBは公定歩合を年六・二五%から〇・五%引き下げて五・七五%にまで引き下げた。一六日に米連邦公開市場委員会(FOMC)が電話会議で決定したという(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二〇日付)。

 二〇〇七年八月二一日。FRBのベン・バーナンキ議長は、米上院銀行住宅都市委員会のクリストファー・ドッド委員長と会談し、金融市場の混乱を和らげるべく、「あらゆる措置を講じる」との認識で一致した。FRBは、同日、三七億五〇〇〇万ドル(約四二七五億円)の資金供給を行った。二〇日には三五億ドルを供給した。これで、九日以来の資金供給は総額で一〇一二億五〇〇〇万ドル(約一一兆五四二五億円)になった(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二二日付)。

 二〇〇七年八月二三日。日銀が公定歩合利上げを見送り。

 二〇〇七年八月三一日。渡辺喜美金融相は、「格付け会社について、透明性、公平性の観点を踏まえて、規制すべきか研究を開始する。まず実態をきちんと把握することが必要だ」と語った(『讀賣新聞』二〇〇七年八九月一日付)。

 二〇〇七年九月六日。ECBが利上げを見送り。

 二〇〇七年九月一四日。英国のノーザン・ロック銀行に取付騒ぎ発生。イングランド銀行(BOE)が政策金利五・七五%に上乗せした金利で、担保を取って緊急融資をすると発表。

 二〇〇七年九月一七日。ヘンリー・ポールソン米財務長官とアリステア・ダーリング英財務相が会見する。その後、現行預金保険制度の限度額三万五〇〇〇ポンド(約八〇〇万円)を超えた額で預金の全額保証をするとの声明を出した(『讀賣新聞』二〇〇七年九月一九日付)。 

 二〇〇七年九月一八日。FRBがフェデラルファンド(FF)金利を〇・五%引き下げた。それまでの年五・二五%が年四・七五%になったのである。FF金利の引き下げは四年三か月ぶりである。

 二〇〇七年九月一九日。日銀が利上げを見送り。

 二〇〇七年九月二四日。IMFが「国際金融の安定性」を発表。サブプライム・ローン関連の損失が最大二〇〇〇億ドル(約二三兆円)あるとの試算を発表。金融市場への影響を過小評価してはならないとの見方を示した。

 二〇〇七年九月二八日。サブプライム・ローンを手掛けていたインターネット専業銀行で総資産二五億ドル(約二九〇〇億円)のネットバンクが会社更生手続きの適用を申請し、米国では一四年ぶりの大きな金融破綻となった(『讀賣新聞』二〇〇七年一〇月五日付)。

 二〇〇七年一〇月一日。シティ・グループが七~九月決算で、前年同期比で純利益が約六割減少する見込みと発表。

 ベア・スターンズも七月に傘下のヘッジファンド破綻のために、六~八月期の前年同期比で純利益が約六割減少、従業員三一〇人を削減。同行は、ウォーレン・バフェットらと交渉し、買収してもらう可能性がある。

 モルガン・スタンレーも六~八月期の純利益が前年同期比で一七%減、約六〇〇人の削減へ。

 リーマン・ブラザーズ・ホールディングスは六~八月期の純利益が前年同期比で三%減、約一二〇〇人の削減。

 カントリーワイド・ファイナンシャルは二〇〇七年内に最大一万二〇〇〇人の削減。

 ドイツ銀行は七~九月期に約二二億ユーロ(約三六三〇億円)の損失計上見通し。

 ザクセン州立銀行は過大な証券化商品への投資で、資金調達が難しくなり、他のドイツの州立銀行に買収されることになった。

 スイスUSBは、七~九月期の税引き前利益で最大約七九〇億円の赤字見通し。経営幹部が辞任。

 ノーザン・ロックは複数企業から買収を打診されている(『讀賣新聞』二〇〇七年一〇月五日付)。

 二〇〇七年一〇月五日。米大手証券のメリルリンチは、一〇月二四日に発表する予定の第三・四半期(七~九月期)決算で、サブプライム・ローン関連で五五億ドル(約六四三五億円)の損失を計上する見通しになったと発表した。この損失額は、スイスの大手金融UBSがすでに発表した同期のブプライム関連の損失見通し、四〇億スイス・フラン(約四〇〇〇億円)を上回る(『讀賣新聞』二〇〇七年一〇月六日付)。

福井日記 No.183 金融の三角合併

2007-10-15 14:51:57 | 金融の倫理(福井日記)

 三角合併とは、二〇〇六年五月に施行された新しい会社法に盛り込まれた企業買収のやり方である。二〇〇七年五月に解禁された。

 企業を合併するとき、合併を仕掛ける側の企業が現金や自己の株式ではなく、自己の親企業の株式と合併される側の株式とを交換して企業合併を実現させる方法がそれである。それまでは、この方法は禁止されていた。これによって、株式の時価総額の大きい米国企業が、時価総額の小さい日本企業を買収しやすくなった。

 米大手金融グループのシティグループが三角合併方式によって、日興を完全に子会社化することで二〇〇七年一〇月二日に当事者間で合意を見た。日本初の三角合併である。二〇〇八年一月目処にシティ株と日興株が交換される予定である。

 シティグループは、二〇〇七年三月、日興と業務・資本提携を結んでいた。その後、シティグループは株式公開買い付け(TOB)によって、議決権比率で二〇〇七年一〇月二日時点で日興株の約六八%を保有していた。

 交換されるシティグループ株か一株で一七〇〇円相当と算定される。日興株はシティグループ一株につき、〇・三株の日興株と交換される。この合併によって、シティグループは約五三〇〇億円相当の株式が必要になるが、これをシティグループは新規発行株で賄うとされている。シティグループの完全子会社になった時点で日興は上場を廃止する。

 シティグループの日本上陸は、まさに虎視眈々という言葉がピッタリするほど用意周到かつ執拗なものであった。

 一九九八年六月、旧トラベラーズ・グループが日興証券と包括的業務提携を結んだ。この旧トラベラーズ・グループがシティグループになった。

 一九九九年二月、旧ソロモン・スミス・バーニー証券が日興ソロモン・スミス・バーニー証券を設立した。このスミス・バーニーもシティグループに統合された。したがって、日興ソロモンは日興シティグループ証券になった。

 二〇〇一年一〇月、この証券会社が持ち株会社に移行し、社名も日興コーディアルグループ(CG)に変更された。

 二〇〇四年九月、シティの富裕層部門が、法令違反で処分を受け、日本から撤退する。

 二〇〇六年一二月、日興CGで利益の不正計上が発覚し、有村純一社長と金子昌資会長が引責辞任した。

 二〇〇七年三月、シティが日興CGの公開買い付け(TOB)を発表、東証が日興CGの上場を維持する決定をした。

 そして、二〇〇七年四月、TOBが成立した。

 二〇〇七年八月、シティグループが日本での持ち株会社体制作りに着手、つまり、シティグループ株を買収対価とする日興CGの完全子会社化を提案した。

 二〇〇八年一〇月、当事者間で合意が成立した.

 以上が、簡単な経緯であるが、二〇〇七年三月の日興CG株の上場廃止阻止になにか、きな臭い臭いがするが、今回は触れないでおく。重要なことは、二〇〇七年五月の三角合併解禁を見極めた上で、四月のTOB、八月のシティ株対価の三角合併をシティグループが提案したことである。

 三角合併の障害は、合併が成立した後にある。外国の株式に馴染みのない日本の株主たちが、親企業の株を取得したとたんに売却する可能性が強いからである。売却されてしまえば、親会社の株価は下がってしまう。株主が一斉に同じ行動をとれば、株価は急落する。これは、「フローバック」(逆流)と呼ばれている。

 そうした怖れに備えて、シティグループは日本国内でシティ株を取引しやすいようにして、日本人のシティ株という外国株への違和感を取り除こうとしている。東京証券取引所にシティ株の上場を打診し、シティ株に馴染ませようとしているのである(『讀賣新聞』二〇〇七年一〇月九日)。

 日興を傘下に収めようとする動きは、シティグループだけではない。ゴールドマンサックスもシティグループの動きに連動している。

 日興CGの子会社に「シンプレクス・インベストメント・アドバイザー」という投資顧問会社がある。東証マザーズに上場している会社である。この子会社にゴールドマンサクウスがTOBを提案し、この子会社と親会社の日興CGはそれを受け入れると二〇〇七年一〇月五日に受け入れると発表した。TOB期間、二〇〇七年一〇月一二日から一一月八日まで、買い付け価格は一株当たり二一万五〇〇〇円で、発行済み株式総数の八〇%以上の取得が成立条件である(同紙同日)。

 オランダの大手金融ABNアムロも買収合戦の標的にされている。買収に名乗りを挙げていたのは、英国の大手銀行、バークレイズとやはり英国大手のロイヤル・バンク・オブ・スコットランドなど欧州の金融大手三社連合である。

 バークレイズは、二〇〇七年四月、総額約六七〇億ユーロ(約一一兆円)でABNアムロと買収の合意を得ていたが、その後、三社連合が約七二〇億ユーロ(約一一兆八〇〇〇億円)を提示して、交渉は白紙に戻り、二〇〇七年一〇月五日時点で、バークレイズは買収を断念すると発表した。三社連合による買収が成立すれば、金融機関の買収では世界史上最大規模のものになる。

 メガバンク時代が到来すると言われて久しいが、金融がますます、銀行・証券・保険の垣根と国境を取り払った巨大な金融グループに寡占化される流れになったことは確かである(資料は、『讀賣新聞』二〇〇七年一〇月六日付による)。 

福井日記 No.182 取り付け 金融の倫理

2007-10-13 03:50:11 | 金融の倫理(福井日記)

 古典的な銀行の取り付け騒ぎが、二〇〇七年九月一四日、英国の中堅銀行、ノーザン・ロックで起こった。同月一四日から一七日までに同行の全預金の八%に当たる二〇億ポンド以上の預金が引き出された。本店や支店の前で早朝から並ぶ預金引き出し者の姿がテレビで繰り返し流された。九月一八日の同行の株価は前週末比で四〇%以上も下落した。

 この銀行の設立は新しい。一九六五年に、住宅ローン専門会社として創業され、一九九七年に普通銀行に転換したが、収益の大半は住宅ローンが中心である。普通銀行に転換したとはいえ、住宅ローン専門会社のイメージが強く、他の銀行に比べて預金受け入れは少ない。短期金融市場と住宅ローン担保証券の発行に資金調達を依存している。通常の普通銀行は、資金調達に占める短期資金の比率は五〇%以下なのに、ノーザン銀行は七〇%超もあった。

 同行には、二〇〇七年夏前頃から金融不安説が流れていた。二〇〇六年一二月期の売上高は一〇億一六八〇万ポンドであり、税引き前利益は六億二六七〇万ポンドであった。発行株式の時価総額は英国の銀行の中では第八位を占めていた。

 同行のサブプライム・ローン関連投資は、総資産の〇・二四%にすぎない。同行の総資産一一三〇億ポンド中、サブプライム・ローン関連投資額は二億七五〇〇万ポンドしかなかった。

 しかし、同行の住宅ローン専門会社のイメージが禍いした。二〇〇七年七月以降、サブプライム・ローン不安を受けて、同行の短期資金調達が困難になっていた。そうしたことから、取付騒ぎは発生したのである。

 英国にも金融破綻に備えての預金保険制度がある。二〇〇〇ポンドまでは全額保証、それを超えて残る三万三〇〇〇万ポンドまでは九〇%保証、つまり、三万五〇〇〇万ポンド(約八〇〇万円)を限度とした預金払い戻し保証が付けられている。それ以上は保証されない。

 二〇〇七年八月一七日、アリステア・ダーリング英財務相は、取付騒ぎを沈静させるために、臨時的な措置として預金額の大きさにこだわらず、全額を保証すると発表した。

 
二〇〇七年八月一四日に取り付け騒ぎが発生したときには、中央銀行のイングランド銀行(BOE)ノーザン銀行に緊急融資を行うと発表したにもかかわらず、取付騒ぎは収まらなかった。

 BOEの同行への緊急融資は、政策金利の五・七五%に上積みした金利で、担保を取って行われた。

 英国には、銀行監督を担当する「金融サービス機構」(FSA)がある。この機構が、繰り返し、ノーザン銀行の支払い能力に問題はないとの声明を出している。しかし、なかなか取付騒ぎは沈静化しなかった(『讀賣新聞』二〇〇七年九月一九日付)。

 そして、二〇〇七年一〇月四日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』(電子版)の報じるところによれば、米投資ファンドのJCフラワーズとサーベラス・キャピタル・マネジメントの二社がノーザン・ロックの買収に名乗りを挙げたという。両ファンドには、一九九八年に破綻した日本長期信用銀行(現・新生銀行)日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の買収に関与した人たちをそれぞれ幹部にもっている。ノーザン・ロックに新株を低価格で発行させ、それをファンドが引き受けるという案が浮上している。

 サブプライム・ローン債権を組み込み、高利回りを追求する証券を「債務担保証券」(CDO)というが、米格付け会社が、このCDOの格付けを一斉に下げたことから、多くの金融機関の経営が悪化した。各種の債権をCDOが組み合わせていると表現したが、こうした表現は適切ではない。組み合わせの数は一つの証券化商品に一〇〇〇種類を超えることもあるからである。あまりにも組み合わせの数が多くなりすぎて、商品の正確な値決めができなくなってしまっている。売りつける方は、それが付け目なのであろう。

 こうした金融商品を買わされた金融機関は、損失覚悟で売却しようにも買い手がまったくつかず、塩漬けされてしまっているのである。

 二〇〇七年一〇月に一気に金利が上がるサブプライム・ローン残高は、過去最高の三一三億ドル(約三兆六八九〇億円)になる。焦げ付きが急増するのは必至である。しかも、FRBは二〇〇八年には焦げ付きがさらに増加すると見ている。

 M&A資金を賄うために発行されてきたコマーシャル・ペーパー(CP)も借り換えができなくなってしまっている。資金調達が困難になっているのである。

 欧米の三か月物金利が高止まりしている。欧州では、四・七%に張り付いている。二〇〇七年一〇月四日、ウィーンでECBの定例理事会が開かれたが、それまでの年四%の政策金利を維持すると発表された。金利据え置きは四か月連続となった。サブプライム・ローン問題による金融市場の安定化が最重要課題であるとの確認がなされた(『讀賣新聞』二〇〇七年一〇月五日)。

 ある新聞が、日本で成功した外国籍の若いベンチャー企業の成功者の話を掲載した。要約する。

 格差拡大が議論されているが、格差そのものの存在は容認すべきである。頑張れば皆が同じ結果を得るというのは幻想である。資本主義はそんなものではなく、本来的に格差を内包するものである。テレビのお茶の間番組でホリエモンや村上世彰氏らが血祭りに上げられたが、これはベンチャーで成功した人へのやっかみ半分である。資本主義の原動力は成長であり、ベンチャーというリスク・テイカーが富を売ることから生まれる格差は容認すべきである。リスクをとった人を叩き過ぎれば、誰もリスクをとらず、成長が生じなくなってしまう。

 経営者の報酬はもっと増やされるべきである。経営責任が昔より格段に厳しく問われるようになったからである。その意味でも企業の不祥事に役員が報酬を返上して免罪されるという日本の慣行はおかしい。

 日本人は努力しない人まで平等を唱えるようになってしまった。自ら勝ち取った平等ではなく外から与えられた平等なので、平等の意味を知らないのである。また清貧思想も問題である。正しい人は貧しくても清く生きるべきだという考え方ならまだいい。しかし、貧しい人、弱者の方が、清く正しいという考え方は間違っている。役所もマスコミもそうした主張に逆らえず、まるで中国で発生した文化大革命のようだ。

 ひとたび大事故が起これば全国の回転ドアが止められるという過剰反応を日本人はしてしまう。日本では経営者が小心になってしまっている。日本経済の活力が失われたのは、経営者が無難を求めたからである。

 日本は清貧ではなく、「清豊」を称賛すべきである。成果が報われる社会を作らないと優秀な人は海外に行ってしまい、海外からの優秀な人材も起用できない。格差を前向きに受け止め、弊害が生じれば福祉など別の方法で解決すべきである。


 読者諸氏はこの人の談話をどのように受け止めるのだろうか。私は、こうしたことを小さな成功者の豪語であると切り捨てる。当ブログを通じて、その理由を説明していきたい。

福井日記 No.181 サブプライム・ローン危機対策の不思議 

2007-10-12 23:47:04 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年八月に火がついたサブプライム・ローン危機には、これまでと違った二つの特徴があると、讀賣新聞本社主幹、岡部直明氏が指摘された(「通貨の守護神が震えた夏―ブラックマンデー二〇年(核心)」『『讀賣新聞』二〇〇七年八月二七日付)。

 一つは、サブプライム・ローンはそもそも米国の問題なのに、その問題で火がついたのは、震源地の米国ではなく、欧州であったことである。

 二つは、危機回避に真っ先に立ち上がったのが、米国のFRBではなくECBであったということである。これまで、世界の金融危機が発生すれば、米国がイニシアティブを取って国際協調を実現させてきた。二〇〇七年八月では米国ではなく欧州が最初の手を打ったのである。

 一つ目の特徴はきわめて重要である。米国の金融機関は、リスクを世界中に分散させてしまっている。米国内で生じた危機のすべてを米国に本拠を置く金融機関が処理するのではなく、危機発生に備えて、リスクを国際的に分散させているのである。

 金融業者にとって都合のいいことに、アジア通貨危機後の世界は、ドル神話に取り憑かれていた。自国の金融商品ではなく、米国の金融機関が顧客ごとに仕組んだ金融商品に群がったのである。アジア危機の後遺症の余波ではあろうが、米国の金融革新技術なるものへの神話的あこがれがあったとしか思われない。そうした諸外国の神話を利用して、意図していたか否かは不明であるが、結果的には危機発生時の負担を国際的に分散させてしまった。欧州がババをもっとも多く押し付けられたのである。米国発の危機が、今後も世界各地で発火することになり、米国金融当局のだらしない金融政策の尻ぬぐいを世界が実施しなければならないという事態が今後頻繁に生じるであろう。

 こうして、ドルへの信頼感は、今後、確実に失われていくであろう。
 二つ目の特徴は、ドルに並ぶユーロの強力な地位の国際的な認知を狙った欧州金融当局の決断であろう。この面で、フランス大蔵省国庫局長とフランス中央銀行総裁を歴任したトリシェECB総裁の決断を、フランスのサルコジ大統領が米国の格付け会社批判を展開することによって支持したのも、ユーロの地位上昇を狙った政治的なパーフォーマンスであったと見なせる。

 一九八七年一〇月一九日に有名なブラック・マンデーという世界的な株価の大暴落が起こった。米国の財務相とドイツ連銀との意見対立が表面化したことによって、不安に駆られた市場の動揺から発生したと言われている。このときは、就任したばかりのグリーンスパンによる即座の短期資金供与を国際協調で行うという積極果敢な行動によって、動揺を鎮めた。

 一九九八年にもロシア危機を契機としてLTCMが破綻した。この破綻によって、世界的な信用危機が発生するのではないかと懸念されたが、このときも、ニューヨーク連銀のマクドナー総裁が連銀内の一室に金融界の代表者たちを集めて、阿吽の呼吸で、民間銀行から破綻処理の費用を出させたという経緯があった。つまり、FRBが主導的役割をはたしたのである。

 ところが、二〇〇七年夏、最初の主導権はECBのトリシェ総裁であり、FRBのバーナンキ議長ではなかった。

 先の岡部直明氏は、バーナンキFRB議長の指導力に疑念を出されている。同議長は、独自の判断で機敏に危機に対応したのではなく、グリーンスパン前議長の腹心であったコーンFRB福議長や財務次官を務めたことのあるガイトナー・ニューヨーク連銀総裁などの「市場派人脈」につき動かされたと、岡部氏は観測されている。確かに、彼らの進言に従って、バーナンキ議長は、金融界と電話会議を開催したのかも知れない。

 リスクの国際的配当という面と並んで、サブプライム・ローン問題のもう一つの特徴を指摘しておきたい。レバリッジというプロが常用する危険な手段を素人までもが採用するようになったことである。

 サブプライム・ローンは、住宅ローンだけが証券化されているのではない、通貨に関するあらゆるデリバティブが顧客ごとに仕組まれている。

 二〇〇七年八月二八日、東京証券取引所の斉藤惇社長が、記者会見で、サブプライム・ローン問題へのECBの敏速な対応を高く評価した。資金供給が一日でも遅れてしまったら、問題が大きくなったと発言された。その上で、日銀の低金利政策のマイナス面を指摘した。

 「低金利政策はやむを得なかったが、世界に異常な(資金)の流動性をもたらし、サブプライム問題に影響した可能性は否定できない」(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二九日付)。

 事実、円キャリー取引によって、円からドルへの膨大な転換が行われて、サブプラウム・ローンなどの資金源になったのである。そして、サブプライム・ローン問題が深刻化することによって、円キャリー取引の逆流、つまり、ドル売り・円買いが生じた。借り入れていた円の返済が始まったのである。

 そして、円キャリー取引の逆流によって、急激な円高が進行し、外国為替証拠金取引(FX取引)をしていた個人投資家に大きな損失が出たのである。

 FX取引は、少ない元手で手軽に多額の外貨を売買できるという点で個人投資家に人気のある取引であった。この取引で何億円もの稼ぎをした主婦がマスコミにもて囃されていた。

 FX取引は、投資家が一定額の現金を証拠金として差し入れ、それを担保として証拠金の何倍もの外貨取引ができることが特徴で、四〇〇倍もの契約を結んでいる投資家もいる。

 例えば一ドルを一一〇円で買い、円安が進んで一二〇円で一ドルを売れば、手数料を無視して一〇円儲かる。わずか一〇円の儲けではあるが、証拠金の二〇倍の取引を行えば、儲けは二〇〇円になる。証拠金を一一〇万円、二〇倍契約の二二〇〇万円取引を行えば、二〇〇万円の儲けとなる。二二〇〇万円でドルを買えば、一ドル=一一〇円で、二万ドルを入手できる。一ドルが一二〇円のときにドルを円に換えると二四〇〇万円の円を調達できる。ここから借入金の二〇九〇万円を返済しても、証拠金一一〇万円を回収した上に二〇〇万円の儲けを手に入れることができるのである。逆に円高に振れて一〇〇円になってしまえば、二〇〇万円の損失になる。つまり、円安局面で利益が上がるというのが、主婦層の心を捕らえたワン・パターンの投機環境であった。

 円キャリー取引は、ゼロ金利の長期化によって、恒常的な現象になっていた。
 金融機関がこのFX取引を個人層に対して宣伝した。その結果、二〇〇七年三月期時点で証拠金が六一三三億円になった。これは二〇〇六年から六二%も増えた。契約口座数も九五%も増えて六四万件となった。円高に局面が変わるや否や、鳴り物入りで囃されたFX取引は際限なき奈良に落ち込んだ。

 二〇〇七年八月一七日、円キャリー取引の逆転が猛烈な勢いで生じた。同日、一ドルが一一一円にまで下がり、円高になった。これは一年二か月ぶりの水準であった。

 JPモルガン・チェース銀行の推定によれば、二〇〇七年八月一四~一七日にかけて、FX取引の損失額は二〇〇〇億~三〇〇〇億円にもなった。

 東京金融先物取引所も推定値を発表した。個人投資家によるドル購入額は、二〇〇七年七月二四日に約一五億六〇〇〇万ドルもあった。サブプライム・ローン問題が顕在化した八月二三日には、約八億七〇〇〇万ドルに減少した。四四%も減少したのである(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二九日付)。

 個人投資家が損失を出し続ければ、FX取引は追加的な証拠金が差し出されないかぎり継続できない。かくして、サブプライム・ローン問題の深刻化は、一般の投資家の破産を促したのである。レバリッジという誘惑が破綻したのである。

福井日記 No.180 短期化する金融

2007-10-11 01:32:01 | 金融の倫理(福井日記)

 金融市場が短期化している。長期金融自体が短期資金に依存するようになってしまった。サブプライム・ローン問題が深刻化したのも、本来が長期の金融であるべき住宅ローンが短期資金に依存するようになってしまった結果である。

 米国では、二〇〇七年に住宅ローン会社が相次いで倒産した。八月末までに九〇社が破綻に追い込まれ、四万人が解雇された。破綻の大きな原因として事業資金を返済期間一年以内の短期融資に依存しすぎたことが挙げられる。

 住宅ローンという長期の融資を行うのに、住宅ローン会社は、その資金を住宅ローン債権を担保にした銀行借入に頼ってきた。借り入れはほとんど一年未満のものであった。この担保価値が銀行に認められなくなり、銀行からの借り入れができなくなって、住宅ローン会社が倒産したのである。

 米国における民間住宅ローン会社の最大手にカントリーワイド・ファイナンンシャルという会社がある。手持ち現金約一一億ドルに対して、一年以内に返済しなければならない負債が約六〇〇億ドルもある。バック・オブ・アメリカが二〇億ドルの緊急融資を同社に与えたが、焼け石に水であった。

 ローン債権を担保に銀行から一年未満の資金を借り入れて、それを住宅ローンとして貸し付ける。その債権を担保にさらに、銀行から借り入れて、また住宅ローン貸付に回すという自転車操業を米国の住宅ローン会社は継続してきた。

 この短期資金による自転車操業に加えて、レバリッジに依存しすぎたことも住宅ローン会社が行き詰まった原因である。住宅ローン返済の焦げ付き、そのことによる不良債権の発生によっって、住宅ローン会社が行き詰まったのは確かであるが、そうした不良債権自体は大きくはない。債権全体に占める不良債権は、カントリーワイド・ファイナンシャルの場合、一%程度にすぎない。日本のバブル崩壊後、日本の銀行の不良債権比率が八%もあったことを考えると、米国の住宅ローン会社の不良債権比率は微々たるものである。

 わずか一%程度の不良債権によって、経営が行き詰まったは、ベバリッジ(梃子の原理)に依存してきたからである。少ない自己資金で大量のの借り入れ、大量のローン回転という営業戦略を採用してきたことが、短期資金が回転しなくなったときに、破綻を引き起こしたのである。

 ヘッジファンドがサブプライム・ローン関連で破綻したのも同じことである。ヘッジファンドも自己資金の一〇倍から二〇倍もの資金を借り入れていたのである(『讀賣新聞』(二〇〇七年八月二四日付)。

 短期資金が回らなくなったことで、米国ではM&Aも頓挫してしまっている。例えば、大手のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)というM&A業務を主体とするファンドがある。このKKR傘下の不動産取引会社が、自己の保有する住宅担保証券の値下がりで二〇〇七年八月一六日、二億四〇〇〇万ドルの損失を発生させた。KKR創設者のジョージ・ロバーツは、同社が資金調達面で困難な状態になっていることを説明した。このために、同社が手掛けていた米電力大手のTXUの買収が一頓挫してしまった。この買収額は約四五〇億ドルと言われているが、この資金調達ができなくなったのである。TXU幹部は、買収が実現しなければ会社を分割しなければならないと窮状を訴えている(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一七日付)。

 巨額のM&Aによって、米国の株価が押し上げられてきたと言える。しかし、いまにきてその資金が枯渇し、ファンドの破綻が相次いでいる。

 米国の住宅ローン貸付残高は約一〇兆ドル(約一二〇〇兆円)で、うち約六兆ドル(約七〇〇兆円)が小口に分けられて証券化されている。これが、すでに説明したように、住宅ローン担保証券と呼ばれている(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一一日付)。

 日本の銀行は、この小口化されたサブプライム・ローン債権を裏付けとして発行された証券を買っていた。三菱UFJフィナンシャル・グループが七月末時点で二八〇〇億円程度、三井住友フィナンシャル・グループが一〇〇〇億円、新生銀行が五九四億円(ただし、サブプライム・ローン以外の米住宅ローン関連を含めている)、みずほが五〇〇億円、あおぞら銀行が二一〇億円程度をサブプライム関連金融商品を購入している。

 三菱UFJフィナンシャル・グループは、二〇〇七年八月一四日、サブプライム・ローン関連の損失を発表した。関連の金融商品の価格下落で評価損は約五〇億円とされた。

 住友信託の発表も同じ日に行われた。投資残高は一三五億円、評価損は二億円であった。同行は、サブプライム・ローン関係のファンドにも一二三億円を投資していて、四億円の損失を出したと発表した(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一五日付)。

 三井住友は二〇〇七年第二・四半期(四~六月期)決算で数十億円の損失を計上した。みずほは七月末までにすべて売却したが、損失は六億円程度出している。日本の銀行は、格付けの高い金融商品しか購入していなかったために被害は軽微であったとされているが、それでも、野村ホールディングスは七二六億円もの損失を二〇〇七年前半期で出した。

 大和証券グループや日興コーディアル、大手生命保険会社は、サブプライム・ローン関連商品には投資していないとされている。金融機関自体が正確な数値の公表を渋っているからである。

 しかし、正確なことは分かっていない。あおぞら銀行は二〇〇七年六月末で四四億円の含み損を抱えたのに、実際に損失として計上したのは、大幅な価格下落があった商品だけに限定した七〇〇〇万円だけであった。損失額は今後大幅に膨らむ可能性がある。

 山本金融相は、二〇〇七年八月一〇日の記者会見で、日本には深刻な影響はないと言い切った(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一一日付)。

 米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(電子版)は、二〇〇七年八月一六日、フランスのサルコジ大統領が、ムーディーズ・インベスターズ・サービスなどの米格付け会社の調査をG7(先進七か国財務相・中央銀行総裁会議)に要請したと報じた。欧州委員会も同日、米格付け会社の金融機関や企業の信用力をどのようにして判定しているのかの調査に乗り出す方針であるとを発表した。サブプライム・ローンを担保にした証券を保有する投資家に含み損を抱えるリスクを警告するのがきわめて遅かったというのが、フランス大統領と欧州委員会の認識である。

 米国議会には、過剰な住宅融資を招いた責任をFRB前議長のグリーンスパンに帰する論調がある。

  議長就任二か月後の一九八七年一〇月のニューヨーク株式市場の大暴落で、世界同時株安を引き起こしたブラックマンデーのさい、素早く金融市場に巨額の資金を流して市場の混乱を防いだ実績がグリーンスパンにはある。しかし、ITバブル崩壊、同時テロ後に実施した相次ぐ利下げが世界中に金を氾濫させたという批判も同時に出されている。アラン・グリーンスパン在任期間は、一九八七年八月から二〇〇六年一月までのじつに一八年半という長期に及んだ。

 現在のベン・バーナンキFRB議長は、二〇〇六年二月に就任している。プリンストン大学経済学部長であった二〇〇二年にFRBに転身し、一九三〇年代の大恐慌やデフレに関する研究で成果を挙げている。中央銀行が目指す物価上昇率を明示して金利を調整するインフレ・ターゲット」論者として知られている。つまり、FRB時代には、米国がデフレに陥る可能性があることを警戒していた人である。金融緩和を促したという意味で、グリーンスパンの路線を継承していると見なすことができる(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二〇日付)。

 いずれにせよ、短期資金を湯水のように市中に供給するしか金融当局による政策実施ができないこと、長期金融ですら際限なく短期金融に置き換えられていることは、現在の金融システムを極めて脆いものにしている。新金融商品がそうした事態を招いた主犯である。

福井日記 No.179 夢と現金

2007-10-10 00:14:17 | 金融の倫理(福井日記)

 過去のデータから判断すれば失敗の可能性のある対象に投資することによって、大儲けしたいという心理が投資家にはあると、竹森俊平氏が、讀賣新聞に投稿されている(「投資家心理」(地球を読む)『讀賣新聞』二〇〇七年九月九日付)。氏の主張点の内容を私風にアレンジして紹介しておきたい。

 イチローになることは夢である。厳しいプロ野球で成功することは至難の業であり、普通のサラリーマンになる方が安全である。しかし、イチローになりたいと願う人がいる。ビル・ゲイツになろうと夢見る人がいる。そうした人が経営者にいて、その人の夢が経済を活性化させる要因となる。それが、「前例のない革新的ビジネス」と言われるものである。この革新的ビジネスという夢に投資する心理が投資家にはある。前例のない「不確実性」に人は夢を見る。しかし、夢は所詮、夢に終わる場合が多い。

 ここに問題がある。
 「『夢』と『危険』は本来盾の両面で、投資家の心理において『夢』は『危険』に変わることだ。気紛れな市場心理で経済は混乱する」。

  一九九六年、世界の投資家たちは東アジアに奇跡の成長の夢を見た。膨大なドルがこの地に流入した。ところが、翌年には投資家は夢を危険性の認識に変えた。一九九七年夏、一斉に膨大なドルが引き揚げた。タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国の五か国のGDPは、一年足らずの短期間に一一%も急激に減少した。資本逃避が東アジア経済を破壊した。

 そして、翌年夏、ロシアのデフォールト(対外債務支払い不履行)で投資家の夢はとどめを刺された。以後、投資家は、現金、つまり、ドルか、容易に現金化できる米国債に乗り換えるようになった。

 そして、安全なドルの母国、米国への投資がいいという心理状態に投資家は漂っていった。 自国への投資よりも、米国への投資に傾斜してしまったのである。そうした投資家心理を利用して、『危険』を『安全』に変える金融新技術、いや一種の錬金術」が生まれた。サブプライム・ローンがそれである。低い所得しかないからこそ、プライムではないサブプライム・ローンが組まれる。しかし、金融機関はローンの借り手の弁済能力についてろくに審査せずに融資し、融資総額という貸出債権を証券に変えて、投資銀行に売る。貸し倒れの危険性をローンの出し手が避け、証券の買い手も危険を分散化できるというのが、この証券化のミソである。

 しかし、それだけでは、弁済に問題があるサブプライム・ローンを担保とする証券を、投資銀行は転売できなくなる。そこで、安全な債券と組み合わせて新金融商品として投資家に転売される。そのさい、投資家というのは、乏しい資金しかもっていない個人の小口投資家を指す言葉ではない。何万ドルも動かせる富豪が出資するヘッジファンドがそれである。富豪はプロを自認するファンドマネジャーたちに自己の財産の運用を託す。ヘッジファンドが新金融商品を購入する。新金融商品は、多様な債券を組み合わせたものである。組み合わせによっては、格付け機関からトリプルAというもっとも安全であるというお墨付をもらえることもある。

 氏はこの投稿文では触れておられないが、もし、新金融商品を売り出す投資銀行と格付け会社がつるんでいたらどうなるのか。サブプライム・ローン問題の重要な責任の一端は、格付け会社が担うべきである。問題が深刻化するまで、格付け会社は危険極まりない新金融商品に高い格付けを与え続けていたからである。

 新金融商品が、トリプルAではない危険そのものであったことに気付いた投資家たちは、再度、現金を求めて右往左往するようになった。しかし、今度は、ドルという現金や容易にドルという現金に転換できる米国債を忌避し出した。ドルすら安全ではないということになってしまった。行き所のなくなった投機資金が向かうのは再生不能資源、枯渇可能性のある資源、具体的には原油・天然ガス・希少金属であろう。かくして、世界経済は、資源価格の高騰によるインフレーションと景気が停滞するスタグネーションとの同時進行があるスタグフレーションの再燃に見舞われるであろう。

 「経済学者はなぜ、一般投資家に『危険』を警告しなかったのか」。

 竹森俊平氏の文章をなぞりながら私見を述べてしまったが、氏のこの告発は強烈である。

 無謀な貸付から金融危機が引き起こされるとき、はじめのうちは、政府は、貸し手責任を追及し、借り手の保護に走る。サブプライム・ローン問題の初期の局面における米政府の政策がそうであった。最初は、住宅バブルにのめり込んだ金融機関を見る政府とマスコミの目は冷たかった。何も手を打たなかった。ようやく、二〇〇七年八月末に米政府が動いたが、米連邦住宅公社による信用保証の拡大といった借り手保護対策であった。金融機関に返済できそうにない借り手の返済期間を延ばしたり、債務の一部削減を金融機関に要請した。つまり、貸し手側の金融機関を救済するのではなく、貸した方が悪いとして金融機関の負担の下に借り手の救済を優先した。

 しかし、短期資金繰りが苦しくなった。ことは深刻化する一方であった。サブプライム・ローンの貸し手は、資金源として資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)発行をも利用していた。ローン貸し手のCPの担保資産はローンであった。住宅バブルの崩壊とともに、当然、担保価値は下がり、住宅ローンを担保とするABCPはまったく売れなくなってしまった。それは住宅購入ローンを減少させ、さらに住宅価格の下落に拍車がかかり、ローン返済を滞らせた。

 次第に、議会から不良債権買い取りの要請が大きくなった。ファニーメイなどの住宅ローン債権の買い取り枠拡大要請などがそれである。

 そして、ニューヨーク連銀は、公定歩合による貸し出しの担保にABCPを使うことを認めたしかし、それだけでは効果はないであろうと、読売新聞社の編集委員、太田康夫氏は指摘された。氏は、ニューヨーク連銀がABCPを買い入れることをしなければ、二〇〇二年時点の日本経済のようになると言う(「米サブプライム対策─日本と同じ」(ニュースの理由(わけ))『讀賣新聞』二〇〇七年九月一八日付)。貸し手に責任があるとして金融機関が抱えている不良債権の買い上げを政府機関が行わなければ、信用危機が深刻になってしまう。ABCP発行者は、確かに、バブルまみれの金融機関だが、事態は放置できないというのである。

 太田康夫氏によれば、バーナンキFRB議長には、プリンストン大学教授をしていた一九九九年に書かれた、日本政府の不良債権処理が生ぬるいと批判した論文「日本の金融政策、自ら招いた機能停止」があるという。

 サブプライム・ローン問題のあおりを受けて、住宅融資業務を中心とする英中堅銀行のノーザン・ロックが短期資金市場からの資金調達面で困難になった。そこで、二〇〇七年九月一四日、イングランド銀行(BOE)が、政策金利に一定の上乗せ金利を適用して必要な資金を同行に緊急融資をした。BOEは、一九九七年に政府から独立している。それ以来、BOEが民間金融機関に融資するのは初めてである。

福井日記 No.178 やはりドルは暴落する

2007-10-09 00:19:40 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年八月九日、BNPパリバのファンド凍結が発表されるや否や、欧州中央銀行(ECB)は、その日の午前中から、ただちに短期金融市場に公開市場操作(オペレーション)によって、短期資金を供給することにした。年利四%という政策金利で無制限に資金を供給すると発表したのである。

 事実、過去最大規模のオペレーションになった。その日の正午までに九四八億ユーロ(約一五兆円)という巨額の資金が短期金融市場に供給された。

 オペレーションとは、中央銀行が債券の売買を行うことによって、短期資金の金利を調整することである。

 日本では、日本銀行の金融政策決定会合がオペレーションの実施を決めている。日銀が民間銀行から国債や手形を買い入れる操作で資金供給を行うことを供給オペといい、逆に日銀が手持ちの国債などを売って民間銀行から短期資金を吸い上げることを吸収オペという。この操作は毎日行われている。日本では、「無担保コール翌日物金利」が代表的な短期金利で、サブプライム・ローン問題が深刻化した二〇〇七年八月時点でのこの金利は年〇・五%であった。日銀は、八月一〇日に一兆円の供給オペを実施した。

 米国では、FRBの指示で、ニューヨーク連邦準備銀行(Federal Reserve Bank of New York)が行う。米国の連邦準備制度(Federal Reserve System)は、一九一三年にできた制度で、全国を一二区に分け、各区の中央銀行として連邦準備銀行(Federal Reserve Bank)が置かれている。これら各区の中央銀行(連邦準備銀行)を監督するのが連邦準備理事会(Fedeeral Reserve Board)で、略してFRBと称される。Fedと言うとき、FRBを指す場合もあれば、連邦準備銀行を指す場合もある。

 ニューヨーク連銀は、ニューヨーク市マンハッタン(Manhattan)の金融街にある一四階建ての威風堂々たる建物で、一五世紀フィレンツェの富豪たちが住んでいた宮殿を模して建てられてと言われている。一九二四年に竣工している。建物の地下二四メートルに連邦準備銀行の金塊保存金庫がある。

 米国の短期金融市場の誘導目標金利がフェデラル・ファンド(FF)金利であり、二〇〇七年八月時点では、年五・五%に誘導していた。

 ニューヨーク連銀は、「レポ取引」を中心とする。これは、民間銀行がもつ米国債などを、売り戻し条件付で買い入れて資金供給を行う取引のことである。

 二〇〇七年八月九日にはニューヨーク連銀は二四〇億ドル(約二兆九〇〇〇億円)を短期金融市場に供給した。

 ヨーロッパでは、ECBの理事会が、通常では、週一回の定例金融調整と月一回の調整を行う。ECBの方針にヨーロッパ各国の中央銀行が従う。国債などの中央銀行による国債担保貸付によって行われる。二〇〇七年八月九日からの四営業日(開始日を含む実際に営業した四日間。カレンダーでの四日間とは異なる。この時の営業日は、九、一〇、一三、一四日、つまり、木、金、月、火曜日の四日間である)で実施された緊急オペでは総額約二一〇〇億ドル(約三三兆円)という巨額のものであった。

 短期金利を一定の水準に誘導するというのがオペレーションの役割であるが、金利水準を調整することと、機能する短期資金を供給することとは、まったく違う次元のものである。 

 短期資金が不足しているときには、この政策には一定の効果はあるが、市場が萎縮してしまっているときには、市中銀行が中央銀行から借りてくれない可能性がある。いわゆる流動性の罠である。

 金利が自由化されたことから、公定歩合が意味をなさなくなった。元々、公定歩合とは、中央銀行が資金不足に悩む民間銀行に資金を直接融資するときの金利である。

 
日本では、一九九四年に銀行の預金金利が自由化されて以来、預金など多くの金利が公定歩合に連動しなくなった。公定歩合の存在意義はほとんどなくなってしまったのである。それゆえに、一九九六年以降、日銀は金融政策の柱を短期金利の誘導目標に切り換えざるを得なくなった。

 ほとんどなくなったという意味は、様々な金利を決定する力は失ったが、少なくとも短期金利の上限を決定する力を公定歩合が保持しているということである。

 二〇〇七年八月の日本の公定歩合は、年〇・七五%であった。もし、短期金利が〇・七五%を超える水準になれば、金融機関はコールで短期資金を調達するよりも、公定歩合の〇・七五%で日銀から直接借り入れた方が得になる。つまり、公定歩合が短期金利の事実上の上限金利となっているのである。

 しかし、公定歩合を下げることによって、短期金利の上限をも引き下げようとする政策を発表しても、市場が萎縮してしまって、資金運用先を見失った金融機関は、中央銀行から資金を借りてくれない。実際に、米国ではそうした事態が八月一七日に発生した。

 この日、二〇〇一年の九・一一事件後に採用された公定歩合の緊急引き下げ以来、六年ぶりに緊急引き下げを行った。しかし、金融機関は、地区連銀からの借入を渋った。そこで、FRBのドナルド・コーン副議長とニューヨーク連銀のティモシー・ガイトナー総裁は、日米欧の大手銀行・証券会社の代表者たちに電話で、公定歩合でのニューヨーク連銀からの直接借入を要請した。八月二二日、シティ・グループなどの米大手四行が、それぞれ五億ドルずつ、計二〇億ドルを地区連銀から借り入れた。大手が借り入れることで資金繰り不安を解消し、パニックの蔓延を防いだのである。

 一九八〇年代後半から九〇年代初めにも不動産価格が急落し、貯蓄金融機関(S&L)が巨額の不良債権を抱えて相次いで破綻し、金融危機が発生した。このとき、米政府は一〇〇億ドル超もの巨額の資金を市中に供与して七四七のS&Lの破綻処理をした。一九九八年のLTCM破綻では、FRBが大手銀行・証券会社一四社に要請して、計三六億ドルを出資させて破綻処理費用に使った。計三回の利下げも実施した。二〇〇一年九月の同時テロで機能麻痺に陥った米経済を立て直すべく、FRBはECBや日銀と協力して協調利下げと資金供給を行ってきた。

 二〇〇七年もそうした過去の手段を使ったが、個別の金融機関の運営失敗によるものではなく、金融商品の仕組みそのものへの疑念から生じたものであるために、伝統的な金融政策によって、混乱が沈静するかどうかは疑問視されている(資料は、「サブプライム問題(下)」『讀賣新聞』二〇〇七年九月五日付を参照した)。

 二〇〇七年九月二一日、『フィナンシャル・タイムズ』「連銀はドル危機を自覚せよ」というタイトルの記事を掲載した("Fed must beware the dolar danger," Financial Times, 21st September,2007)。連銀が短期金利を下げても、これによるドル安を嫌って外国人投資家が米国の金融商品を買わなくなれば、国債が値下がりしてしまう。そうなれば、短期金利安・長期金利高となる。企業の長期資金調達が難しくなって、米国は激しい不況に見舞われ、それがドル暴落を引き起こすというシナリオがそこでは描かれた。

 モルガン・スタンレーのエコノミスト、スティーブン・ローチも「ドルの自由下落」という文をニューヨーク・タイムズに寄稿した("The Free-Falling Dollar," New York Times, Sept. 25, 2007) 。今後、ドル下落が急激に生じるだろう。消費の減少で不況が不可避である。それを察知した外国人はドル建て資産を買わなくなっている。米国の金融商品が売れなくなるだろう。こうした情況が何年も続き、ドルの大暴落を引き起こすだろうというのである(田中宇「米利下げが通貨多極化を誘発する?」二〇〇七年一〇月二日;http://tanakanews.com/)。

 世界からドルが米国に還流するのは、米国に豊富な投資機会があるからであり、ドルの信認はいささかも揺るいでいないと、米通貨当局は人々に信じ込ませてきた。しかし、当局が管理できるのは、短期金融市場だけである。長期金融を監理することなどできない。しかし、監理できない長期金融面で、国債の急激な価格低下によって、ドルは破綻する。米国の金融関係者が誇ってきた金融商品への信用失墜がそうした悲劇を招くのである。

福井日記 No.177 サブプライム・ローンのババ抜きゲーム

2007-10-08 01:15:31 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年八月一七日、FRBは、公定歩合を、それまでの年六・二五%から〇・五%下げて、年五・七五%にするという緊急利下げを発表した。公定歩合とは、連銀が金融機関に資金を貸し付ける際の基準金利である。

 公定歩合と似たものに、フェデラル・ファンド(FF)金利がある。フェデラル・ファンドとは、日本のコール市場に相当する短期金融市場の資金のことであり、FF金利が、米国では、短期金利の誘導目標値となっている。この日は五・二五%の水準で据え置かれた。FRBは、金融の混乱を防ぐと声明を出した。

 サブプライム・ローン騒動の特徴の一つに、世界的な金融混乱が生じながら、円がドルに対して高くなったことである。円高で輸出収益に打撃があると判断された輸出依存企業の株価もそれとともに大幅に下げた。わずか一日で、一〇%前後も関連企業の株価が下がった。東証一部の時価総額は二〇〇七年七月九日から八月一七日までの約一か月超の間に約九九兆円も吹き飛んだのである。

 二〇〇七年第三・四半期の日本の輸出企業の想定為替レートは一ドル=一一五円に設定されていた。トヨタは、一円の円高で年間三五〇億円の営業利益の減少になるという。八月一七日には一一一円まで円高が進んだことから、市場が大きく動揺したのも当然であった。この円高は、一年二か月ぶりであった。六月二二日には一二四円だったのだから、二〇日間で一二円も一気に円高になったのである。日経平均(二二五株)は七年四か月ぶりとなる下落幅であった。日経平均株価(二二五種)は、二〇〇七年七月九日の一万八二六一円九八銭から八月一七日には一万五二七三円六八銭にまで下がったのである。

 これは、低金利の円を借りて、別の通貨に転換し、それを株や為替市場で運用するという「円キャリー取引」の逆転が生じたことを意味している。借りた円を返すべく、円買いが進行していたのである。つまり、円を借りて、国際金融市場で運用する場がなくなり、とりあえず円は返却しておこうというのが、この時の円高なのであって、けっして日本経済の先行きを楽観することから生じた円高ではなかった。

 サブプライム・ローン残高は、一兆三〇〇〇億ドル程度であると言われている。ちなみに、米国の国内総生産(GDP)は一三兆ドル超である。誰がどれだけこの不良債権をもっているかが不明なために、信用不安が世界中に広まった。サブプライム・ローンという不良債権が証券化されたのは確かであるが、自分たちが購入した証券のうち、どれだけがサブプライム・ローンが含まれているのかが不明なまま、その証券が世界中に散らばってしまったのである。

 日本に関して言えば、株式市場の過半数が外国人によって取引されている。貯蓄から投資へと政府が旗を振っても庶民はついて行かないままである。株式が完全に投機市場になっていることを庶民は肌身で感じているからである(数値は、『讀賣新聞』二〇〇七年八月一八日付から得ている)。

 パニックは、フランスの大手金融機関のBNPパリバが、傘下の三つのファンドで相次いでいる解約を拒否・凍結したことから始まった。欧州時間の二〇〇七年八月九日午前八時のことである。

 この報が世界中を駆けめぐり、金融市場では短期資金の出し手がいなくなり、短期金融市場が麻痺した。そして、世界の株式市場は軒並み大幅な株安に見舞われた。各国通貨の為替相場も乱高下した。

 資金の返済期限が一年以内のものを短期金融市場という。それは、余剰資金をもつ銀行や事業会社が、決済資金を必要とするところに短期間融資する市場である。金融機関だけの市場をインターバンク(銀行間)といい、事業会社も参加する市場をオープン市場という。

 日本のインターバンク市場でもっとも代表的なものがコール市場である。呼べばすぐに返ってくるという意味で、そう命名されたのである。手形市場もこの市場を構成する。

 オープン市場には、優良企業が発行する約束手形であるコマーシャル・ペーパー(CP)や譲渡性預金(CD)などがある。

 米国でコール市場に当たるのがフェデラル・ファンド(FF)市場である。ヨーロッパでも銀行間で翌日返済するコール市場があり、そこで決まる金利を「イオニア金利」と呼んでいる。

 短期金融市場で短期資金の出し手がいなくなってしまうと、短期金融市場だけではなく、金融市場全体が麻痺してしまう。無数の銀行がインターバンク市場で結ばれているので、どこかの銀行が資金繰りに行き詰まって破綻してしまうと、連鎖的に破綻が広がる。そうなれば、世界中の金融システムが機能不全になる。こうした事態を避けるために、各国の中央銀行は、緊急時には、短期金融市場に資金を放出するのである。

 サブプライム・ローン問題が顕在化して、一時的に、銀行やファンドが金融市場で資金調達できなっていた。そこで、欧州中央銀行(ECB)と米連邦準備制度(FRB)、そして日本銀行が一週間の間に円換算で総額四〇兆円もの大規模な資金を短期金融市場に供給したのである。

 二〇〇七年八月になって、サブプライム・ローン問題が浮上し、ファンドの解約が相次いだ。解約に応じるために、ファンドは運用している資産を売却しようとしたが、買い手がつかなかった。つまり、証券の価格体系が麻痺してしまったのである。

 証券価格は格付け会社の指標によっている。しかし、高い格付けをされた証券が大きな損失を出すという事態が発生して、市場が格付け会社の指標を信じなくなってしまい、価格体系が麻痺し、取引が瞬時にして萎縮してしまったのである。

 米国のローン会社は、住宅購入者に融資したときに、住宅を担保にした住宅ローン担保証券(RMBS)を発行している。それを投資銀行などの金融機関がまず買い、それに自動車ローンなどを加味して債務担保証券(CDO)に加工する。このCDOを金融機関がファンドや銀行に売却するのである。

 背景には、膨大な資金が優良な貸付先を求めて動き回っているが、貸付先が不足して、資金過剰が発生しているという事情がある。ハイリスクだが高利回りを狙える証券化商品にファンドが殺到してしまったのである。

 最初は、ドイツの中堅銀行であるIKBドイツ産業銀行傘下のファンドがサブプライム・ローン関連で損失を出し、政府系の復興金融公庫(KfW)が救済に乗り出した。ドイツ連邦銀行のアクセル・ウェーバー総裁は二〇〇七年八月二日に、金融危機には発展しないと明言したのに、そのわずか一週間後にパリバ・ショックが起こったのである。

 CDOの期間はわずか一~三か月である。つまり、カード・ゲームのババである。このババは非常に高い収益をもいたらしてくれが、いつ破綻するかもしれないという非常に危険なものである。破綻する前に高い収益を得て、慌てて別の投機家に回すということを繰り返すために、こお種の証券は短期化せざるをえない。このわずか一~三か月という短期の資金循環が返済期間三〇年という住宅ローンの原資を構成しているのである。担保があるといってもそれは不動産であり、そうそう簡単には現金化できないものである。その意味において、過去の金融危機に比べて、サブプライム・ローンは質の悪いものであると言わねばならない。

 米国では二〇〇七年一~七月の短期間に九〇社以上の住宅ローン会社が破綻し、四万人もの従業員が解雇されたという。八月六日には、大手のアメリカン・ホーム・モーゲージ・インベストメントが破綻した。

 すでに説明したが、サブプライム・ローンは、プライム・ローンの下に三流の融資という意味である。

 
借り手の信用度の高いローンが、プライム・ローンで、年利六~八%の固定金利である。それより格付けの低いローンに「オルトA」、「ジャンボ」などがある。さらに格付けの低いのがサブプライム・ローンである。最初の二年間の金利はプライム・ローンよりも低く年利五~六%である。これが落とし穴である。過去に何度もクレジット・カードの返済に遅れるなど信用度の低い人をプライム・ローンよりも低い金利でつり、三年目からは年利七~一五%にも引き上げるのである。住宅価格が上昇していて、金利が低いときには、サブプライム・ローンは維持できたが、住宅バブルの崩壊、金利上昇に見舞われると返済できない人たちが続出することなど初めから分かっていたことである。しかし、証券化が繰り返されるなかで、それを購入したファンドや銀行はサブプライム・ローンがどの程度組み込まれているかが分からなくなってしまった。もはや、必要な人に流動性を供給するのが証券化の機能であるなどとは言えない情況下に昨今の最先端の金融は陥ってしまっていたのである。

 サブプライム・ショックの推移を日誌風に記しておこう。

 以上は、「検証・サブプライム問題(上)」『讀賣新聞』二〇〇七年九月四日付を参照した。

福井日記 No.176 金融商品取引法

2007-10-07 01:46:29 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年九月三〇日から金融商品取引法(金商法)が施行された。

  これまでは、株式や投資信託、金融先物など、各種金融商品は別々の法律で規制されてきた。そうした法律をまとめて一本化したのが、金融商品取引法である。そして、従来は規制の対象にならなかった投資ファンドにも法の網が被せられた。

 これまでの主要な関連法は、株式・投資信託・社債・国債・地方債を対象とする証券取引法、商品ファンドを対象とする商品ファンド法、抵当証券を対象とする抵当証券法、信託受益権を対象とする信託法、金融先物・外国為替証拠金取引・有価証券関連先物・オプションを対象とした金融先物取引法などであった。これらが、金融商品取引法に一本化されたのである。

 この法律は、儲けだけでなく損をすることもあるという説明責任を「金融取引業者」に課すことになったが、それよりも重要なことは、投資リスクのある金融商品を販売する業者は、「金融取引業者」としてすべて金融庁に登録か届け出の義務を負うという点にある。

 これまで、登録か届け出の義務がなかった投資ファンドも登録か届け出の義務を課せられる。これは重要である。

 
これまで、投資ファンドが登録や届け出の義務がなかったのは、これらファンドが民法上の組合や商法上の匿名組合なのの仕組みを使って組織されていたからである。つまり、暴れ回る投資ファンドを金融庁が監視しようとするものとしてこの新法を受け取ることが可能である。

 登録と届け出の差は、監視のきつさの差を意味する。二〇〇七年六月二五日のロイター電が、証券取引等監視委員会の説明を紹介している。それによれば、登録によって、内部管理体制や勧誘の適合性など幅広く規制すが、届け出では、虚偽表示や損失補填など最低限の規制に限定する。しかし、具体的な運用において、届け出ですむファンドには、法令違反の検査よりも「実態把握を重視する」(証券監視委証券検査課)という方針であるという。

 ただし、登録も届け出のいずれにも、年に一度の運用残高の報告を金融庁は求めるている。

  
金融庁によると、登録と届け出については、金商法の施行から六か月程度の猶予期間を設ける。さらに運用残高の報告は、早くても二〇〇八年三月末から始められる予定である。ただ、証券監視委も金融庁も、厳しすぎる検査・監督によって、外資系ファンドが国外に退出してしまうのは避けたい考えをもっている。そのためもあって、具体的な検査と監督の手法はまだ確定されていない。新法施行以降に登録・届け出の対象になるファンドの数は「いまの段階で想像もできない」(監督局)とするなど、当面は手探りの運用が続く見通しである(http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-26583220070625)。

 しかし、金商法の中身を見ると、ファンド監視としての力をこの法律がもっていないことに気付く。

 まず、取引業者が扱う顧客をプロとアマに分けられている。プロ向けのファンドは
規制を緩く、アマ向けは厳しくするという差異を設けてしまったのである。

 アマとは「一般投資家」のことであり、個人投資家とか中小企業を指す。そして、プロとは「特定投資家」のことを意味し、日常的に大量の取引をしている機関投資家や上場企業を指している。

 アマを対象とした取引には、アマの保護を手厚くするために、取引方法に徹底的な規制が加えられる。

  
たとえば、「三〇分程度の説明で契約した商品が、後でトラブルになったら行政処分の対象になる」という(『讀賣新聞』二〇〇七年九月二九日付)。リスクのある商品を販売するとき、値上がりしそうだとの勧誘をしただけで法律違反になる。説明時間もこれまでの二~三倍も取ることになるだろうと同紙は報じている。

 元本割れのリスクがあることも、金利などのプラス面と同じ大きさの文字を使わなければならない。金融機関が無料で配るボールペンなどの金融商品名が描かれておれば上記の規制が課せられる。

 そして、五〇人以上のアマが出資するファンドは、代表者名や連絡先を金融庁に届けなければならない。さらに、出資者が五〇〇〇人以上で、出資総額が一億円以上、そして出資額の半分以上を有価証券に投資しているファンドは、財務諸表や企業概要を盛り込んだ有価証券報告書を金融庁に毎年提出しなければならない。つまり、非常に厳しく監視されるのである。これは事実上の禁止措置である。つまり、雨後の筍のように輩出した弱小ファンドを整理淘汰する意味を、このことはもっている。

 これに対してプロが主として出資し、アマが五〇名未満であるファンド、つまりプロ向けファンドは、登録制よりも緩やかな届け出制だけですむ。しかも、プロ向けの金融商品の説明は大幅な簡略化を認める方針である。海外からの投資ファンドが逃げないようにする配慮から出された措置である。

 ただし、プロとアマの境界は非常に曖昧にされている。どうもこの当たりが新法の抜け穴になるようだ。プロなのに、希望すればアマになれるのである。

 
上場企業や地方公共団体はれっきとしたプロなのに、希望すればアマになれる。つまり、自分たちの投資物件の審査を厳しくしてリスクから逃れる手段として、このアマ化が利用される。

 逆に、純資産(総資産から総負債を差し引いた残り)が三億円を超えるアマは、取引年数が一年以上になればプロに移行できる。つまり、金持ちのアマ相手のファンドは、顧客をプロにすることも可能なのである。

 こうしたことから判断するかぎり、新法は、実質的には弱小ファンドの整理淘汰以外の効能をもちえないものであると言えるだろう。

 二〇〇四~二〇〇五年に貸出競争が演じられた米国のサイブプライム・ローンでは、支払い能力も確かめずに十分な説明のないまま融資が横行した。借り手には、リスクの説明などまったく行われず、ただ、不動産価格の上昇期待を吹き込まれただけであった。しかも、低所得者層が狙い打ちされた。ニューオーリンズに本拠を置いて、ローン地獄に喘ぐ人たちの支援活動を行っているACORNの調査によれば、住宅ローンのうちサブプライム・ローンの比率は、白人では二〇・四%であったのに、黒人では五五・三%、ヒスパニックは四六・六%である。

 おそらく、通常ローンが抑制され、サブプライム・ローンを奨励する勧誘が行われていたのであろう。米住宅都市開発省が、差別的融資の疑いをもって調査に入ったという(『日本経済新聞』二〇〇七年九月三〇日付)。

 こうした無謀な融資競争が行われたのは、ローン債権を証券化でき、ローン会社が返済停滞リスクをも投資ファンドに転売できたからに他ならない。その意味では、リスクの存在をこうした金融商品の購入者に詳しく説明することを義務付けた日本の新法は、時宜を得たものである。しかし、その真の意味は、過当競争の抑制にあると見なせるのである。