消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.214 金融バブルを生んだ自由市場信仰

2008-01-18 06:53:21 | 格付け会社

 『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』(二〇〇七年一二月二一日付、International Herald Tribune, Dec. 21, 2007)にポール・クルーグマン(Paul Krugman)が、「何も見ずにバブルに突っ込んでしまった」(Blindly into the bubble)というエッセイを寄稿している。金融の自由市場という信仰がバブルを発生させたのであり、その点でのアラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)の罪は重いと断罪したのである。

 以下、クルーグマンのエッセイを紹介する。
 FRB議長のベン・バーナンケ(Ben Bernanke)が住宅金融産業について、「市場の規律がなくなっていたところもあり、適切な貸し出し手続きが損なわれた面もある」として、住宅金融に緩やかな規制を加える必要があると言った。これは暴れ回る馬を馬小屋に閉じ込めたいということであろうが、現実には、馬小屋から馬が脱出してしまい、馬小屋には暴れる馬がいなくなってしまっているのに、馬小屋の扉をバタンと閉めるようなものである(locking-the-barn-door-after-the-horse-is-gone)と、クルーグマンは揶揄する。

 こんなことで、「とてつもない大災害」(unmitigated disaster)を解決できるわけではない。数年前から進行していた「革新的な」(innovative)住宅金融ローンの爆発によって、米国は未曾有の危機に追いやられた。バーナンケは、率直に前任者のグリーンスパンを批判すべきである。グリーンスパンの在任中は、暴れ馬はまだ馬小屋の中にいた。このときに、グリーンスパンは、馬小屋の扉をバタンと閉ざすべきであった。住宅ローンが真っ盛りのまさにそのときにローン規制を発動すべきであった。住宅金融が崩壊してしまった後になって規制を行おうとしても時すでに遅しなのである。

 米国の住宅金融の方式を擁護する人たちは、ローン規制のなさがリスクを生むとしても、持ち家比率が高くなる利益の方が大きいとうそぶいている。グリーンスパン自身も新著でそのようなことを書いている。

 二〇〇四~二〇〇六年でいかがわしいサブプライム・ローンが隆盛を極めた。しかし、その間、持ち家比率が大きくなるどころか、その比率は二〇〇三年水準にまで下がった。いまや何百万人の人たちが元利支払いを滞らせている。
 おそらくは、ブッシュ政権のスタート時点よりも、ブッシュ政権の終わり時点の持ち家比率は低下しているであろう。

 バブルが進行している間、年々、何百万人もの人が支払い能力を超えるローンを組まされてきた。そして、不適切なトリプルAのラベルに欺されて投資家が莫大な資金をサブプライム関連の証券に投資させられてきた。おそらく、米国の一〇〇〇万世帯が自宅の価値以上の負債を抱えて行き詰まるだろう。投資家も四億ドル前後の損失に苦しむであろう。

 事態は、大恐慌以来最悪のものである。監督当局はどうしていたのか。彼らは自由市場信仰のイデオロギーに毒されていたのである。彼らは、何ごとにも拘束されない自由な資本主義を賛美していたのである。

 一九六三年にグリーンスパンは明言した。業者が自由に動き回れるようになれば、彼らは、危険な食料や薬、怪しげな証券や粗雑なビルディングを売りつけるようになるであろうという受け取り方は、「集産主義者」(collectivist)の神話である。グリーンスパンは言う。逆である。業者の「利己心」(self-interest)は、正直な取引を行い、良い品質の商品を作る人であるという評判を得たいというものであると。

 FRBのメンバーの中には、エドワード・グラムリッチ(Edward M. Gramlich)のように、欺くような融資行動を警戒する意見の持ち主もいた。しかし、グリーンスパンは、そうした警告を一切無視した。グリーンスパンの脳裏には、消費者に毒の入った玩具とか汚染された魚介類を売りつけるようなことは生じず、詐欺的な融資もあり得ないという意識しかなかった。

 社会の人々を守るのではなく、自己のイデオロギーをその上に置く通貨監督の責任者は、グリーンスパンだけではなかった。

 サブプライム・ローンが猛威を奮い始めた二〇〇三年六月、ある新聞が、銀行の規制緩和の是非をめぐる紙上討論を企画した。政府関係者からは五人が出席した。五人すべてが、程度の差はあれ、銀行規制強化論への攻撃を行った。中でも、貯蓄機関監督局(the Office of Thrift Supervision)のジェームズ・ギルラン(James Gilleran) の規制論に対する反感は強烈であった。まるで、チェーンソーを用いて、一群の規制強化論を刈り取ってしまう激しさであった。後の四人は、チェーンソーではなくて大鎌を使用する違いはあったが、規制強化論で摘み取る点では同じであった。

 討論会には、規制緩和のロビー活動をしている金融機関関係者が出席していた。しかし、消費者の立場から発言した人はゼロであった。

 この討論会があった二か月後、規制強化論を大鎌で摘み取る役割をはたしている通貨監督局(the Office of the Comptroller of the Currency)が、国法銀行(national banks)に関しては、消費者を怪しげな融資から保護するために銀行に課せられた州の規制を免除するということを決定した。ニューヨーク州が州民を融資の餌食になることから保護しようにも、それが許されなくなったのである。

 しかし、金融に関するあらゆることが悪化してしまった。人々は、いまや、自由市場が完全であるという考え方に疑問を抱くようになってきた。

 事態の悪化が表面化したとき、グリーンスパンは、救済に政府の出動を求めた。とにかく大量の資金を用意すること、金融危機に十分に対処できるだけの豊富な資金を政府が用意することの必要性を表明した。しかし、これは国民の血税ではないか。
 ただ、不思議なことに、二〇〇八年の大統領選挙戦において、民主党は住宅担保金融を支配している上記のようなイデオロギーを批判していない。このイデオロギーこそは、共和党の背骨を形成しているものである。したがって、共和党を攻撃するのに、これほど分かりやすいものはないのに、民主党は、このイデオロギーを攻撃していないのである。

 以上が、二〇〇七年一二月二一日に発表されたクルーグマンの金融自由化イデオロギー批判の大要である。

 クルーグマンの歯切れのよいエッセイをもう一つ紹介しておきたい。
 
例によって、クルーグマンらしい、いささかキザではあるが、しかし、小気味のよい論題をつけている。「まず返済を見直せ、業界の救済ではない」(Workout, not Bailout)というもので、『ニューヨーク・タイムズ』(二〇〇七年八月一七日付)に掲載された。

 住宅問題の混乱は、数か月どころか、数年は続くであろう。ウォール・ストリートからは、苦境に陥っているファンドを救済すべく、価値毀損で売れなくなってしまった住宅担保証券をFRBに買い取って欲しいという声が上がっている。しかし、それは、自業自得で倒産したエンロン(Enron)や  ワールドコム(WorldCom)を納税者の負担によって救済しろと要求することと同じ意味になる。住宅バブルは悪しき行動の当然の帰結である。

 エンロンやワールドコム事件では、会計事務所がスキャンダルにまみれた顧客の言いなりになっていることから生じた。住宅バブルの破裂も同じようにムーディーズ・インベスターズ・サービスなどの格付け会社が同じような役割をはたしてしまったのである。以前には、会計事務所が疑わしい損益報告書にお墨付きを与えていた。住宅バブルにおいては、格付け会社が怪しげな住宅担保証券にトリプルAという最上級の等級を与えたのである。

 誰が加害者か誰が被害者かを見定めるべきである。ローンの借り手がバブルの犠牲者なのである。

 ローンが証券化されていなかった昔なら、住宅ローン返済に困難をきたした債務者たちに対して、貸し付けた銀行は支払い条件の見直し(workout)を申し出ていた。債務者がデフォルトに陥ってしまうと、貸し付け側の銀行にも支払い停止の痛手とか、担保にとっていた住宅の再販売などのコストがかさむことを銀行側は考慮していたからである。

 しかし、いまでは、事情が異なる。住宅ローンという債権と、他の分野の債権とを合わせて、債権の束にして、その束が投資銀行に売却されるようになった。投資銀行は、その束を輪切りにして、輪切りにしたそれぞれにムーディーズやS&Pといった格付け会社から格付けをしてもらって、それを投資家に売るのである。格付け会社は、そうした輪切りの証券に喜んでトリプルAを与えた。その結果がいまである。誰もその証券を買わなくなってしまった。

 いまこそ、政府は住宅ローンを借り入れた何十万人を救済すべく、市場に介入すべきである。そして、返済の見直し(workout)を行うべきである。

 そのためにも法律家、金融の専門家、住宅を買い上げる政府機関等々が動員されるべきである。ローンを証券化したものを買い上げるべきではない。元々のローンを買い上げるべきである。大幅に値引いて。そうすれば債務者も支払いが楽になるであろう。それができなければ事態を放置してもよい。してはならないのは、証券を扱った機関から証券を買い上げることである。
 以上が、クルーグマンの主張である。至言である。

 サブプライム問題は、諸悪の根源が債権の証券化にあることを明らかにした。証券化は次の証券化を生み、さらに細かい証券化が続くという、長い連鎖を形成している。それは、サブプライム・ローンだけに止まらない。金融のグローバリズムの花形であるデリバティブのすべてに巣くらう宿痾が証券化、つまり、リスクの無限の転売なのである。

福井日記 No.213   米国の所得格差の拡大

2008-01-17 10:30:09 | 格付け会社

 二〇〇七年一二月二〇日、ロイターがカリフォルニア州のテント村を報じた。サブプライム・ローン問題がホームレスを生み出しつつあるというのである。ロサンゼルスのある鉄道駅の周辺にテント村が出現した。かつては、繁栄をしていた郊外においてである。

 二〇〇七年七月段階では、このテント村には、二〇人しか住んでいなかった。ところが、年末になると二〇〇人規模になった。住宅危機によって、持ち家を奪われた人たちである。抵当に入っていた持ち家を抵当に取られてしまった人たちが貸家を借りようとしても、家賃はとてつもなく高くて借りられない。やむなくテント村生活に辿り着いた人たちである。インランド・エンパイアーと呼ばれるカスケード山脈とロッキー山脈に囲まれた北西部は、かつての大恐慌時、難民が東部から押し寄せてきた地域である。テント村の増加は、その様子を描いたジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』の再来を思わされる。

 カリフォルニアでは、抵当で持ち家が取られてしまう件数は一年間で二倍になった。カルフォルニアだけで向こう二年以内に五〇万人が家を失うであろうと予測されている。二〇〇七年の最後の三か月、カリフォルニアでは八八世帯に一世帯が家を失った。これは全米で二番目に大きい数値である。

 カリフォルニアのサン・ベルナルディノ(San Bernardino)はとくにひどい。四三世帯に一世帯が家を奪われた。治安も極度に悪化し、盗みも横行するようになった(Ford, Dana。"Tent city in suburbs is cost of home crises," Reuters, 20 Dec. 2007)。

 米国では、二七〇〇万人(人口の一二%)の成人が二〇〇七~八年の冬の暖房費用を借金しなければならない。うち、二〇〇〇万人(人口の九%)はカードによる借金である。つまり、成人の五人に一人が冬を乗り切る暖房費を借金で賄わなければならないのである。しかも、二〇〇七年一二月七~九日にかけて、ある調査会社(GfK Roper Public Affairs & Media)が行った成人一〇〇四人への電話による無差別調査によれば、ほとんどの人が二〇〇八年には灯油とガソリン価格は二〇〇七年よりもはるかに高騰するであろうと予測している(Alternet: Blogs: PEEK: One in Five Americans Must Borrow to Heat Homes This Winter; p://www.alternet.org/blogs/peek/717071/)。

 そのカードであるが、カードでの支払い停止の増加率が二〇〇七年の一年間で一〇%を超えたとの調査結果が出ている。これは、サブプライム・ローン関係の環境悪化のせいである。

 
カードの三か月後引き落としは、二〇〇七年一〇月には、一年前より二六%も増え、一七三億ドルになった。引き落とせなかった金額も一八%増えて、九億六一〇〇万ドルになった。九〇日後の引き落としでは、支払い不能率はもっと高かった。一年前に比べて支払い不能が五〇%も増加してしまったのである。

 カード支払いができないということは、カード会社への債務が累積するということである。かつては、連邦破産法第七条を用いて、米国人はいとも簡単に自己破産していた。しかし、二〇〇五年に第一三条が強化されて、平均水準以上の所得のある人は、自己破産できなくなってしまった。二〇〇八年にもカード支払い不能者が激増するであろうと観測されている。米国の中西部、南部、そして西部の一部で失業者数が増加していて、米国人の借金地獄は底なしの気配を見せている("Amount of unpaid credit card bills is rising- Expets link increase that could threaten economy to housing crisis," Associated Press, Dec. 24, 2007; http://www.mscbc.msn.com/id/22379989/)。

 『ニューヨーク・タイムズ』二〇〇七年一二月一五日付によれば、二〇〇三~五年所得水準で全米のトップ一%の富豪の所得は、下位から二〇%まで(第五部位)の総所得を上回っていることが明らかになった。これは議会予算局(the Congressional Budget Office)の調査結果である。二〇〇五年、第五部位の総所得は三八三四億ドルであった。トップ一%は五二四八億ドルであった。第五部位よりも三七%も高かったのである。

 米国では富める者はますます富、貧しい者はますます貧しくなっている。上位一一〇万世帯の総所得は二〇〇五年で一兆八〇〇〇億ドルであった。これは全米の一八・一%を占める。二〇〇三年時点では一四・三%であったのだからこの二年間で所得格差が顕著になったことが分かる。課税額統計によっても、トップ一〇%、トップ一%、さらにはトップ〇・一%のいずれもが一九二八年以降でもっとも大きいシェアをもつにいたっている。トップ一%の所得の大半は証券投資から生まれている。これは二〇〇〇年の株価大暴落からの回復が大きく寄与したものである。しかも、二〇〇三年には、長期保有株の売却益(キャピタル・ゲイン)と受け取り配当額に対して減税措置を講じた。

 二〇〇三年以降、トップ一%の所得は、一人当たり平均で四二・六%、四六万五七〇〇ドル上昇した(Johnston, David Cay, "Report says that the Rich are getting richer faster, much faster," The New York Times, Dec. 15, 2007)。

 米国には貧民救済用の食糧バンクがある。ところが、二〇〇七年末には全米の食糧バンクで食糧調達が例年の三分の二にまで減少した。

 米国の巨大教会も貧民用に食糧配給施設をもっている。たとえば、シカゴのメガ・チャーチ、ユナイテッド・メソディスト教会では、信者からの野菜や果物の寄進が必要量を絶望的に下回った。全米で二五〇〇万人の人が十分な食事をとれないでいるという報告もある。ホームレスだけが飢えているのではない。満足な食糧にありつけない子供は全米で、九〇〇万人、老人は三〇〇万人いる。高額医療費に苦しんでいる人がほとんどである。高額の医療費のために必要な食糧を買えないのである。そして、食糧バンクに頼ろうとしても、肝心の食糧バンクで必要な食糧が不足しているのである。

 通常なら、食糧バンクと教会の配給施設は、政府による食糧交付と食糧企業からの寄進、および地元からの寄付に頼っていた。ところが、二〇〇七年には、食糧価格の異常な高騰で政府在庫も企業からの寄進も大きく減少してしまったのである。政府からの交付量は、二年前の半分以下になってしまった。

 米国政府は、二〇〇二年から緊急食糧援助計画(EFAP=Emergency Food Assistance Program)を年間一億四〇〇〇万ドルの予算で設立していた。ところが、食糧価格の高騰でこの程度の財政規模では必要な量の調達が難しくなったのである。

 
果物や野菜を調達すべく、予算を二億五〇〇〇万ドルに増額するという新しい農業法(farm bill)が提案されているが、ブッシュ大統領の拒否権で潰される公算が強い。

 食糧基準の改定も貧民用食糧不足の一因である。これまで、大農業会社が、食糧バンクに、へしゃげて売り物にならない缶詰を寄進していた。ところが、加工食材に関する高い基準や効率的な生産システムの開発によって、へしゃげた缶詰はほとんど出なくなってしまった。

 こうして米国の年末助け合い運動は惨憺たる結果に終わってしまったのである(Baker, Katie, "Food banks face 'critical shortage' over holidays," PBS, Dec. 21, 2007; http://rawstory.com/news/2007/Food_banks_face_critical_shortage_over_1221.html)。

福井日記 No.212 金融保証会社の寡占化

2008-01-16 23:27:05 | 格付け会社

 金融保証会社は、記述のように、モノラインと呼ばれている。

 現在の米国では四社の寡占体制にある。アンバッック(Ambac)、MBIA(Municipal Bond Insurance Association)、FGIC(Financial Guaranty Insurance Company)、FSA(Municipal Bond Insurance Association)がそれである。

 アンバックの前身である米国地方債保証会社(American Municipal Bond Assurance Corporation)が、一九七一年に設立されあたことから米国のモノラインは始まった。

 
同社は、民間の住宅ローン保険会社、MGICインベストメント・コープの子会社として設立されたものである。住宅ローン保険会社がローンの財源保証会社を設立できたことに、すでに、サブプライム・ローン問題の発生の萌芽を見てとれる。

 MGICは、一九五七年に設立された民間の住宅ローン会社の最大手である。住宅ローン保険会社は、銀行の個人に対する住宅ローンについて、借入者がデフォルトした場合に、その二五~三〇%の支払いを銀行に保証するというビジネスを行っている。銀行はこの保証に対して保険料を支払う。

 MBIAは一九七三年、FGICは一九八三年、FSAは一九八五年に設立された。

 
このように、モノラインの歴史は債権の証券化の誕生と軌を一にしている。

 モノラインは地方債の元本保証をすることから業務を始めた。モノラインによって元本が保証された債券を保証付債券という。一九八三年の地方債のうち、保証付債券は一〇%程度にすぎなかったが、一九九五年に四〇%、現在では五〇%を超えている。ABC・CDOも二〇%を超えている。CDOを対象にするようになったのは、一九八〇年代後半に入ってからである。また過去は多数のモノラインがあったが、一九九〇年代に相次いで合併劇があり、現在の四社の寡占体制が成立した。四社で市場の九〇%程度を占有している(日本政策投資銀行ニューヨーク駐在員事務所[2004]、二~五ページ)。

 重要なことは、債券に二つの格付けが存在することである。格付け会社による格付けとモノラインによる格付けである。上記、日本政策投資銀行は、格付け会社によってシングルAであった債券がモノラインからトリプルAに格付けしてもらったために、利払いが年利五・五五%から五・四%と下がり、大幅に発行体の調達コストが下がった自治体の事例を紹介している(日本政策投資銀行[2004]、九ページ)。

 モノラインによる保証は、債券の発行時にも、債券の転売時にも付けられる。金融用語では、債券の発行時の市場を「プライマリー市場」といい、債券を転売する流通市場のことを「セカンダリー市場」という。セカンダリー市場で、保証が付けられていない債券に対して新たに保証が付けられるケースも結構多い。

 モノラインが寡占化される原因は、格付け会社と監督当局にある。モノラインは、格付け会社から自身の営業内容についてトリプルAの格付けを得なければならない。しかし、格付け会社がモノラインに格付けを行うために評価する項目は、多岐に亘っていて、これらすべてをクリアすることは新規参入業者には難しい。トリプルAを得ることはとてつもなく難しいことなのである。同じことが監督当局についても言える。当局の要求基準を満たして事業免許を得ることは非常に難しい。こうして、モノラインの寡占化が進行する(同上、一四ページ)。

 S&Pの資料によれば(S&P[2004])、市場におけるシェアは、MBIAが三二%、アンバック二五%、FSA一七%、FGIC一二%であった(二〇〇四年時点)。日本の損保ジャパンも米国で活動している。米国におけるシェアは一%であった。損保ジャパンのモノライン部門は、正式には損害保険ジャパン・フィナンシアルギャランティーという。前身は、二〇〇〇年一一月、日本で最初のモノライン保険会社として認可された、安田火災フィナンシアルギャランティー損害保険である。二〇〇一年二月には、S&PによってトリプルAを与えられていたが、二〇〇四年にはダブルAマイナスに引き下げられた(日本政策投資銀行[2004]、四五ページ)。

 寡占化はともかく、これら大手モノラインがこれまた大手銀行の傘下にあるという利益相反の可能性をつねにはらんでいることに、保証付債券市場の危険性がある。

 アンバックは、上述のように、MGICによって設立され、一九八五年にシティバンクの傘下に入った。一九九一年に株式を公開し、主要株主はシティグループ、JPモルガン・チェースである。

 MBIAは、一九八六年に株式を公開し、ミューチュアル・ファンドの管理会社であるウェリントン・マネジメント・カンパニー(Wellington management Company)や年金基金が主要株主である。

 FGICは、一九八六年に株式を公開し、一九八九年にGEキャピタルに買収された。さらに、二〇〇三年住宅ローン保険会社のPMIグループに買収された。現在、株式の四〇%がPMIグループによって支配されている。

 FSAは、一九八九年に大手通信会社、メディアワン・グループ(MediaOne Group)の傘下に入り、その後、紆余曲折を経て、二〇〇〇年ヨーロッパの銀行、デキシア・グループ(Dexia Group)の一〇〇%子会社になっている。デキシア・グループは、一九九六年、フランスのクレディ・ローカル・ド・フランスとベルギーのクレディ・コムナル・ド・ベルギーの合併によって設立された銀行で公共ファイナンスに力点を置いている(日本政策投資銀行[2004]、一五~一六ページ)。

 モノラインの営業範囲は非常に広い。証券化されたものなら何にでも保証を与える。興味ある保証として国際サッカー連盟(FIFA)の証券に対するものがある。

 FIFAとは、言うまでもなく、サッカーのワールドカップを主催する組織である。FIFAは二〇〇六年のワールドカップのドイツ大会に備えて、一五のオフィシャル・スポンサーに対して、二〇〇三年から二〇〇六年にかけて行われる事前イベントや広告、共同開催に関する営業権(マーケッティング・ライト)を与えている。FIFAは、こうした営業権を付与することから得られるであろう売上げを原資産とした資産担保証券を二億六五〇〇万ドル、償還期限二〇〇六年で発行した。クレディ・スイス・ファースト・ボストン(Credit Suisse First Boston)がストラクチュアと債券を引き受けた。そうした債券に対してMBIAが金融保証をした。二〇〇四年六月のことである(日本政策投資銀行[2004]、四二ページ)。

福井日記 No.211 クレディット・デフォルト・スワップ(CDS)

2008-01-15 23:27:06 | 格付け会社

 クレジット・デフォルト・スワップ(CDS=Credit Default Swap)という新しく出てきた金融取引がある。証券の元本を保証することを申し出た会社に、保険料を支払って、元本保証の保険を掛けるという取引である。主として米国で発達した金融取引である。

 二〇〇〇年段階ではほとんど行われていなかった。保証額とは、証券の額面額のことである。保証額が市場の大きさを表す。二〇〇一年になって四〇〇〇億ドル、二〇〇二年二兆ドル、二〇〇三年四兆ドル、二〇〇四年五兆四四〇〇億ドルと急増している。サブプライム・ローンを裏付けとしたASB・CDOの隆盛と軌を一つにして発達したのである。

 SIVが売り出すCDOを保証対象とする場合が一般的である。一〇億円のCDOをSIVが売ろうとするとき、そのCDOにはすでに格付け会社からのトリプルAのお墨付きがあるのであるが、それでも、一〇〇%元本を投資家が入手できる保証はない。

 いかに、最上級の格付けのCDOであっても、事故があって、債務返済が滞り、CDO購入者は元本を手に入れられない可能性がある。この事故のことを業界用語で「イベント」という。債務返済の滞りのことを「デフォルト」という。このCDOの元本保証のことを「プロテクション」という。CDOが組成されている最初の債務返済者を「参照組織」という。元本を保証するとの申し出のことを「プロテクションの売り」という。

 多くの場合、金融保証会社がそうした申し出をする。SIVは、格付け会社の格付けに加えて、元本保証を付けて、より安全であると宣伝して、CDOを投資家に売りつける。CDOの購入者は、元本保証の保険に対して、保険料を支払う。保険料支払いに同意するということを、「プロテクションを買う」という。そして、保険料は、固定額である。この保険料のことを「プレミアム」という。債務返済ができなくなった理由が「クレディット・イベント」として「プロテクションの売り手」によって認定されれば、「プロテクションの買い手」は、「売り手」つまり、金融保証会社から元本の支払いを受ける。支払いを受けた「買い手」は対象となったCDOを「売り手」である金融会社に引き渡すことになっている。こうしたプロテクションの契約がCDSである。

 銀行には様々のリスクがある。リスクにさらされている資産のことを金融用語では、「リスク・エクスポージャー」という。融資の債務者に係わるリスク、保証したときの元々の債務者のリスク(原債務者リスク)、デリバティブ取引の相手方に係わるリスク(カウンターパーティ・リスク)、社債の発行体リスク、クレディット・デリバティブの参照組織のリスク、等々がリスク・エクスポージャーの例である。

 デリバティブ取引前からリスク・エクスポージャーはあった。しかし、デリバティブ取引の隆盛につれて、特定のリスクを避けることができても、それに付随する多数のリスクが発生することになってしまったのである。金利スワップなどの取引先相手の企業がデフォルトを起こした場合の損失も考慮に入れておかなければならない。そうしたカウンターパーティがもつリスク・エクスポージャーはとてつもなく大きくなっているのである。

 こうしたリスクは容易に減らせるものではない。多くの取引先が複雑に絡み合っているので、リスクが大きいからといって簡単に取引を切ることができない。信用リスク削減に向かえば、銀行の仲介機能そのものが低下し、銀行のビジネス機会を損なってしまうからである。銀行としては、顧客との取引残高を維持したままで、銀行が保有する取引先企業に係わる信用リスクを減らす方法をできるかぎり開発しようとする。

 それは、クレディット市場を利用することによって、信用リスクを引き受けてもいいという様々な投資家(信用リスクの引受主体)にリスクを再配分することである。

 信用リスク削減方法として以下のものがある。セカンダリー(流通)市場での売却、保証の取り付け、金融保険の取り付け、担保の取得、プロテクションの買い(クレディット・デリバティブ)、証券化、契約形態の変更、等々。

  ほとんどの銀行では、融資が大きな比重を占めている。こうした融資をリスクとの関わりで表現する用語が、「融資エクスポージャー」である。

 
融資という債権をセカンダリー市場に売却してしまうことも可能であるが、これは顧客との関係が切れることを意味しており、必ずしも得策ではない。保証を取り付けることに成功すれば、融資エクスポージャー自体のリスクは軽減する。融資の再契約(ロールオーバー)に際して、債権者が複数であるシンジケート・ローンに組み替えることも信用リスク削減の方法である。リスクを多数の債権者で共有するために、リスク対応力が強まるからである。

 そして、CDSや証券化が登場する。これは新たなリスクに投資したいという層を呼び込んでリスク・ヘッジ(リスク回避)を行うことができる手段である。とくに、CDSは、デリバティブ取引として契約書も定式化しており、取引コストも安価であるために、融資に限らず様々なエクスポージャーのリスク・ヘッジに利用し易い(中山貴司・河合祐子[2005]、二~三ページ)。

 クレディット・デリバティブに関する数値は、英国銀行協会(BBA)が隔年でデーターを公表している(BBA[2004])。それによれば、プロテクション取引は、銀行が圧倒的に第一位であり、以下証券会社、保険会社が続く(中山・河合[2005]、三ページより転載)。

 ここまでは、リスクを避けたい人や機関がCDSを買い、リスクを引き受ける金融保証会社がCDSを売るという証券の実際の売買に伴う現実の取引、つまり、「実需」取引である。問題が複雑になるのは、CDS自体が本体のCDSから離れて取引されるようになることである。

 よく、デリバティブという用語が使われる。「金融派生商品」として説明されているが、それだけではなんのことかは分からないであろう。デリバティブとは「本体から離れたもの」という意味である。

 
CDOはその最たるものである。住宅購入者が住宅をローンで購入する。このローンが本体である。このローンは元利を完済するまで払い続けなければならないものである。しかし、ローンを供与する会社は元利を受け取る権利を第三者に転売する。そうした権利を購入した銀行は、他のローン絡みの権利をも購入している。購入した多数の権利を一つの塊にして、信用度に応じて、その塊を輪切りにして証券化する。これがCDOである。こうなってしまえば、投資家が購入するCDOの元々の債務支払者が誰かはまったく分からなくなる。債務返済者という本体から離れたCDOが売買されるのである。これをデリバティブという。

 同じように、プロテクションの売り手はプレミアムを受け取る権利を得る。この権利がまた市場で売買される。

 
CDSと一口に言っても、CDSごとにプレミアムの内容が異なる。格付けと同じく、信用度の低いCDSは高いプレミアムを得る「ハイリスク・ハイリターン」構造をもつ。信用度の高いものは「ローリスク」である。加えて、金融保証会社自身が格付け会社による格付けの対象となっている。そうした格付けも流動的である。こうしたCDSをめぐる多様な条件の差がビジュネス・チャンスとなある。こうして、CDS自体が売買される。CDSはれっきとしたデリバティブとなり、取引市場が成立するのである。

 さて、整理しなければならない論点はこの一点にかかわる。新金融商品は、リスクに価格をつけてリスクを売買することによって、リスクを回避することができると宣伝されてきた。はたしてそうであろうか。リスク回避のためのリスク売買とは社会的なリスクを無限に大きくしてきたことではないのか。サブプライム・ローン問題とはそういうことが誰の目にも明らかになったことではないのか。

 住宅ローンを最初に供与したローン会社は、ローン債権を証券化することによって、将来の債務者のデフォルトというリスクを売ることに成功した。ローン債権を購入した銀行は、ローン業者からリスクを購入したが、これをCDOに組み直す。その際、NRSROとして認定されている信用の高い格付け会社のお墨付きと金融保証会社からの保証を取り付ける。そうした万全の備えをしてCDOを、傘下のSIVを通じて投資ファンドに売りつける。こうして、銀行は、リスクをファンドに転売できる。ファンドはファンドで、リスクとともに購入したCDOを顧客に売りつける。こうして、最初のローン会社からリスクを転売するごとにデリバティブという売買益を得る。確かに、リスクはつぎつぎと転売され、売ることに成功した機関はリスク回避を実現させている。そして、最終的に、ファンドの顧客である大富豪にリスクが転嫁される。しかし、大富豪は少々のリスクがあってもそれだけ大きなリターンを得ることができるので気にしない。こうして連鎖はメデタシ、メデタシとして集結する。連鎖の中の全員がウィン・ウィンと万々歳である。

 新しい金融商品は、こうして、リスクに価格を付け、リスクを売買できる金融工学の英知の産物だとしてこれまで賞賛の対象であった。

 しかし、これは、リスク回避の外観の下、はるかに深刻なリスクを生み出すことであった。最初のローンを組む当事者が、住宅購入者と住宅ローン会社だけの関係ならば、経済社会全体を危機に陥れるような深刻な危機は発生しなかったであろう。厳重な審査の上に住宅ローン会社はローンを供与する。もし、返済困難に陥れば、住宅はローン会社によって買い取られて転売される。ローン会社の資金も公的な資金が利用できればリスクに怯えることもない。少なくともかつての日本はそうであった。ローン返済に困難が生じたから日本経済全体が危機に陥れられることはなかった。

 にもかかわらず、「すべては民に」のスローガンによって、日本もまた米国並みになってしまった。サブプライム・ローン地獄は対岸の火事ではないのである。

 米国のサブプライム・ローン危機は、リスクを売買するビジネスの破綻にある。破綻はいろいろなところから生じる。まず、米国人が貯蓄をしてこなかったというところから破綻が生じた。米国は大いなるカジノに化していた。世界から高収入を求めて遊休資金が米国内に殺到してきた。滔々たる資金流入によって、米国は低金利状態が続いた。これが住宅ブームに火を点けた。ろくな審査もせずにローンが組まれた。CDOやCDSが未曾有の規模で大きくなった。外国から流入する資金の運用先に困っていたいた銀行がCDOに飛びついた。格付け会社は、膨大な額で発行されるCDOの格付け手数料でこれまた未曾有の収益を上げていた。ファンドが競ってCDOを求めた。そもそも支払い能力に難のあるサブプライムに多くの機関が「ハイリターン」を求めて殺到した。ゲームの参加者たちは、眼前のボロ儲けに幻惑されて危険性を意識する人たちはほとんどいなかった。

 きっかけは、外国からの資金の流れに変調ができたことである。ユーロが強くなるにつれて、膨大な外国資金が米国を迂回するようになった。米国の金融当局も経済の過熱化を恐れて長期間続いていた低金利政策の変更を行うようになった。高金利がサブプライム・ローンを直撃した。そもそもサブプライム・ローンとは、三〇年ローンのうち、最初の二年間は低金利、三年目から高金利にするという約束で成り立つものであった。ローンを支払っていた人は三年目で高金利を支払わなければならなくなるとローンの借り換えを行っていた。取得していた住宅価格が上昇していて、借り換えが容易にできていた。

 金利上昇がこのサイクルを破壊した。借り換えが高金利によって有利ではなくなった。借り換えずに三年目に入るととてつもない高い金利を支払わなくてはならなくなる。勢い、延滞が目立ち始めた。

 危ないと判断した末端の大富豪たちが、ファンドから新規のABC・CDOの購入を止めた。止めたどころか、通常三か月期間の投資額を回収し、新たな投資は取りやめになった。ファンドは、投資家からの資金回収圧力に対応すべく、SIVからの新規CDO購入を止め、手持ちのCDOの換金に走った。CDOが値崩れ始めた。まず、SIVが音を上げた。急いで、SIVの親会社である銀行が、救済に乗り出した。手持ちのCDOが値崩れしてしまっているので、救済資金を得るべく優良株から手放さざるを得なかった。株価が大幅に下落した。米国の株式市場の大混乱を目にした外国の投資家たちが米国から資金を引き揚げ始めた。

 銀行にローン債権を買ってもらっていたローン会社にとって、そうしたルートを通じる資金調達が途絶した。CDOの期限は通常三か月である。そもそも三か月という非常に短期の資金で三〇年もの長期間の住宅ローンを賄っているという米国の住宅金融に基本的な欠陥がある。この致命的な欠陥が証券化の行き詰まりによって如実に露呈してしまった。

 ローン会社自身が経営破綻し出したので、住宅取得者たちは、借り換えができず、サブプライムのもっとも困難な三年目以降の高金利払いにますます行き詰まるようになってしまった。いまでは、住宅の担保流れによって、米国でも青テントが氾濫している。人々がホームレスになってしまったのである。

 銀行は、保有しているCDOの価値毀損によって、資本不足に陥り、身売りによる大合併以外に生き残ることができなくなってしまった。ファンドは顧客を失い、新金融商品ビジネスから撤退せざるをえなくなった。証券会社は経営に行き詰まった。金融保証会社は元本保証の契約によって経営に破綻をきたす寸前にある。そして、SIVはタックス・ヘイブンという税金逃避地、オフショアで組織されているために、どの程度の損失があるのかが不明である。銀行自身が、SIVとの取引をオフバランスにしているので、余計に実態が分からない。

 こうして、金融ゲームに参加しているすべての機関が疑心暗鬼となり、資本主義経済の根底を形成している信用の連鎖が切断されてしまったのである。

 リスクが転売によって回避されたのではない。リスクの転売というリスク・ビジネスがいたるところでリスクを増幅させ、増幅されたリスクがオリジナルな本体に逆襲してきているのである。サブプライム・ローン問題とは、リスク・ビジネスの終焉を意味する。

福井日記 No.210 モノライン

2008-01-14 21:25:02 | 格付け会社

 サブプライムローン関連の保有証券の評価損を計上した金融機関が、相次いで資本不足に陥り、資本増強を急いでいる。

 メリルリンチは、二〇〇七年一二月二四日にシンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングス(TEM)と米資産運用会社デービス・セレクテッド・アドバイザーズから最大六二億ドルの出資を受け入れると発表した。シティグループ、モルガン・スタンレー、UBSなども、湾岸地域やアジアの国家投資ファンドから資本注入を受けている。

  しかし、投資銀行のベアー・スターンズ(BS)は深刻である。ベアーは、二〇〇七年九~一一月期決算で一九億ドルの評価損を計上、損益で八億五四〇〇万ドルの赤字となった。シンガポールのテマセク・ホールディングスからの資本を受け入れようとしたが合意には至らなかった。近い将来、同社は訴訟に見舞われる可能性があり、大幅なディスカウント価格で株式を売却しなければならない情況にまで追い込まれている。 

 そして、資本不足は、金融保証関連の会社を直撃している。金融保証関連の会社とは、住宅ローン保証会社と金融保証会社である。住宅ローン保証会社は、文字通り、住宅ローンが焦げ付いたときに、元本を保証する会社である。顧客は、ローンを供与する銀行である。

 金融保証会社は、後述するが、金融機関が保有するCDOの元本を保証する会社である。金融保証関連の会社は、デフォルト(債務不履行)の増加に伴い、保証能力を小さくしてしまう。

 住宅ローン保証会社のシークリフ・キャピタルは、二〇〇七年末に、同社株の市場価格が簿価を下回って資本不足に陥った。増資を含む資本増強策の採用に踏み切らなければならなくなっている。

 二〇〇七年七~九月期に一〇億ドルの赤字を計上した金融保証会社のACAキャピタル・ホールディングス(ACAH)も、二〇〇七年末、保証能力の低下を理由にS&Pによって、格付けを投機的等級に格下げされたhttp://jp.reuters.com/article/companyNews/idPnJS80744520071228)。

 金融保証会社(Financial Guarantor)は、「モノライン」(monoline)と呼ばれている。

 
正しくは、「モノライン保険会社」(monoline insurer)である。これは、金融保証会社が地方債や資産担保証券(Asset-Backed Securities=ABS)などの金融債という単一の分野しか対象にしていないことからくる用語である。

 自動車保険、火災保険、傷害保険、生命保険等、複数の保険業務を扱う生命保険会社と損害保険会社は、モノライン保険会社との対比で「マルチライン保険会社」(multiline insurer)と呼ばれている。

 米モノライン業界団体には、一二社が加盟している。保証額は、二〇〇七年末時点で二兆二〇〇〇億ドル(約二四二兆円)という巨額のものである。保証額の二六%が、証券化商品である(http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/zaimu/index.cfm?i=2007121700318b5)。

  サブプライム・ローンを組み込んだ住宅ローン担保証券(RMBS)や債務担保証券(CDO)を複雑に組み込んだ金融商品の元本保証を行うことによって、ここ数年間は業績を大きく野伸ばしていた金融保険会社も、金融市場の混乱で支払い義務が急増して、一転して巨額の損失を出している。

 建前としては、金融保証会社は、格付け会社から高い格付けを得た金融債のみを扱っていたことになっている。しかし、金融保証会社が元本を保証しているという事実が、金融債の格付けを高くしたという面もある。金融保証会社も格付け会社による格付けの対象になっている。金融保証会社の格付けが下げられてしまうと、対象証券の価値急落は避けれないことになる。すでに、金融保証会社大手のMBIAは、ムーディーーズによって格下げ対象にされてしまった(http://www.business-s/kinyu-page/news/200712070017a.nwc)。

  危機に瀕している金融保証会社は、米国だけのものに限らない。日本の損保会社も被害を受ける可能性が否定できないのである。二〇〇七年一一月二〇日、損保ジャパンは、保証しているサブプライム・ローン関連証券が二四〇〇億円であり、これら証券価格が値下がりすれば将来三〇〇億円程度の保険金支払いがでる可能性があると発表した。ただし、同社は、「格付けの高い証券化商品だけを引き受けており、保険金支払いが発生するリスクはそれほど大きくはない」としている。

 同社によれば、特定目的会社(SIV)と同社は契約していて、金融商品の価格が下落したときには、同社が投資家に元本を保証することになっている(http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/071120/fnc0711202349021-nl.htm)。

 二〇〇七年一一月二〇日、損保ジャパンも含めて日本の大手損保六社が二〇〇七年九月中間連結決算を発表したが、サブプライム・ローン関係の損失を計上したのは、二五二億円の損失を出した「あいおい損保」と一四億円のミレアホールディングスの二社だけであった。あいおい損保は一一五四億円のサブプライム関連証券を保有している。損失を計上していないが、東京海上日動火災二六九億円のサブプライム関連証券を保有していることが分かった。

 さらにミレアホールディングスは、一六二億円の保険引受残高があることを発表した。

  損保ジャパン
は、サブプライム関連の証券を保有してはいないものの、保険引受額が損保ジャパンは、サブプライム関連の証券を保有していないが、保険引受額が、二四〇〇億円と突出して大きいことがこの発表で明らかになった。さらに、最大限三〇〇億円の保険支払いがある可能性を発表したのもこの決算においてであった(http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20071121mh02.htm)。

 三〇〇万円の保険支払いということがマスコミにクローズアップされたことから、損保ジャパンは、二〇〇七年一一月二七日付けで、「米国サブプライムローンに関する当社への影響について」を同社ホームページに掲載して、同社はサブプライム関連証券を一切保有していないと明言し、保険支払いもこれまで事故は発生していず、支払いの可能性があっても、三〇〇億円程度であると弁明した。

 しかし、同社が保証しているCDOは、直近でトリプルAが二八・八%、ダブルAが四二・七%、シングルAが一七・七%、トリプルBが一〇・八%であるという。支払いの可能性がこのトリプルBであるとしたのであろうが、現実にはトリプルAが一挙にトリプルCに格下げされた例もあり、実際には予断を許さないものである。

  例えば、二〇〇七年八月二二日、S&Pは、スイスのヘッジファンド、アベンディス・グループが運用するファンド、ゴールデン・キーの発行する証券を最上級のトリプルAからトリプルCへと一気に一七ノッチ(段階)も引き下げたのであるhttp://gl-.sakura.ne.jp/katsu-investor/stock/0204/000181.html)。 

福井日記 No.209 スーパーシニアの格付けのまやかし

2008-01-13 08:55:16 | 格付け会社

 二〇〇七年一〇月三〇日、米大手証券メリルリンチのオニール会長兼CEO(最高経営責任者)がサブプライム・ローン関連で巨額の損失を出した責任をとって辞任し、同年一一月八日には、米最大大手金融シティグループのチャールズ・プリンス会長兼CEO最高経営責任者が辞任した。シティグループの場合、後任の会長がなかなか決まらず、後任が決まるまでの期間、元米財務長官のルービン経営執行委員会委員長が会長代行を務めた。

 シティグループは、同じく、サブプライム・ローン関連で多額の損失を計上することになった。二〇〇七年七~九月で約六五億ドルの保有債券の評価損を計上したが、さらに評価損の拡大や資本増強などが取り沙汰されて株価下落に歯止めがかかっていない。

 シティグループは、傘下の日興コーディアルを株式交換による三角合併で完全子会社化する方針で、二〇〇七年一〇月二九日、東京証券取引所から上場承認されたばかりであった(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/6917/)。

 HSBCホールディングスは、傘下の二つのSIV(Structured Investment Viehcle=仕組物投資ファンド) を徐々に解散し、これらSIVが保有していたモーゲージ債などの資産四五〇億ドル(約四兆九〇〇〇億円)を同社のバランスシートに計上すると発表した。その直後、同社株は売り浴びせられた。

 シティグループも、同社傘下の七つのSIVの総資産額八三〇億ドルのうち、四一〇億ドルを時間をかけて同社のバランスシートに移すことを決めたと『ウォールストリート・ジャーナル』紙(Wall Street Journal, November 36, 2007)が報じた。

 同社のサブプライム・ローン関連投資は、八八〇億ドル(約九兆五〇〇〇億円)で世界第二の規模である。二〇〇七年上半期時点では、第一の規模は、住宅ローン取り次ぎサービス最大手カントリーワイド・フィナンシアル・サービスの一二六〇億ドル(約一三兆六〇〇〇億円)であった。この会社もいまでは経営難に陥っている。

 シティグループが、サブプライム・ローン関連証券の保有を増加させたのは、住宅ローン取り次ぎサービス大手のAMCモーゲージ・サービスを買収したことによる。AMCモーゲージ・サービスは四五〇億ドル(約四兆九〇〇〇億円)のサブプライム・ローン関連証券を保有していた。この資産が増えたために、シティグループは上記八八〇億ドルのサブプライム・ローン関連証券を保有してしまったのである。

 しかし、サブプライム・ローン債券を担保にした債務担保証券(CDO)の評価損は大きく、シティグループは、二〇〇七年第三・四半期(七~九月期)に三五億ドル(約四〇〇〇億円)の評価損を処理し、さらに、第四・四半期にも八〇億~一一〇億ドル(約九〇〇〇億~一兆二〇〇〇億円)の評価損処理を行ったようである。さらに、二〇〇八年第二・四半期でも一五〇億ドル(約一兆六〇〇〇億円)の損失が見込まれるのではないかとゴールドマンサックス証券はシティグループの損失額を想定している。

 シティグループの人員整理は苛烈なものであった。二〇〇七年四月時点で、同社は全従業員の約五%に相当する一万七〇〇〇人もの人員削減を発表していたが、二〇〇七年一一月二六日には、その三倍の四万五〇〇〇人を削減することになりそうであるとCNBCテレビで報じられた。

 同社株は、二〇〇七年に四五%、ダウ工業株三〇種平均の中でワースト一であった。

 米大手金融機関、シティグループや、バンクオブアメリカ、JPモルガン・チェースという三行が中心となって、SIV救済のための銀行救済基金(スーパーファンド)を作る動きが二〇〇七年後半に出た。

 正式には、「マスター・リクィディティ・エンハンスマント・コンデュイット」(Master Liquidity Enhansment Conduit=M-LEC)と呼ばれるもので
、一〇〇〇億ドル(約一〇兆八〇〇〇億円)の資金を傘下金融機関から集め、SIVの劣化した資産を買い集め、三年後には再び売り戻すという計画である。すでに、二〇〇七年時点で一〇の金融機関から約六〇〇億ドル(約六兆五〇〇〇億円)を集めていた。しかし、HSBCなどはこれに参加せず、自力でSIVに保有している証券を処理しようとしていて、実際に同ファンドが動き出す前に、すでにSIVの資産はなくなってしまっていて、手遅れである可能性が高まってきた。

 米国の大手金融機関が設立しているSIVは三〇社ほどある。SIVは、ABCPという資産担保コマーシャル・ペーパーという短期の債券を起債して短期資金を市場から短期資金を低コストで調達して、モーゲージ(住宅ローン)や企業の売掛金を担保にした高利回り債券に投資する。大手金融機関がSIVを利用する理由は、税金逃避地(タックス・ヘイブン)に特別目的会社というSIVを設立し、そこを通して資金運用すれば、投資内容を秘密にすることができるし、税を逃れることができるからである。

 しかし、二〇〇七年八月には、クレジット市場が混乱し、SIVがABCPを発行しても、サブプライム・ローン関連での損失が明らかになったSIVのCPを買う投資家はいない。このために、SIVは、過去に発行したABCPの償還資金を調達できなくなってしまった。やむなく、SIVは保有しているモーゲージ債などを売却しなければならなくなった(http://www.gci-klug.jp/masutani/11/27/hsbc.php)。SIVに保有されている証券額の大きさは不明である。損失がどこまで増えるのかが分からないために、サブプライム・ローン問題は、底なし沼に落ち込んでしまったのである。

 シティグループは、二〇〇七年一一月、アブダビ投資庁(ADIA)から七五億ドル(約八〇〇〇億円)の出資を取り付けた。これは、シティグループの株式の四・九%に相当する。しかし、すでに、七五億ドルは失われていて、この程度の資金注入では、シティグループが苦境から脱する可能性は小さい。

 繰り返しになるが、サブプライム・ローン問題の深刻さは、金融機関が自社の損失額の全貌を明らかにしていないことに現れている。全貌を明らかにすれば、まず、その金融機関は取り付けに遭い倒産してしまうからである。

 メリルリンチのCDO償却額を見よう。同社は、二〇〇七年七~九月期にABS・CDOと他のサブプライム関連で七九億ドル(約九〇〇〇億円)の償却を行った。ABS(Asset-Backed Securities)というのは資産担保証券と訳され、債権を証券化したものである。RMBS(Residential Mortgage-Backed Securities=住宅ローン担保証券)もABSの一つである。各種ABSを束ねて証券化し、それをさらに、輪切りにしてデフォールト率ごとに分けて販売する証券がCDO(Collateralized Debt Obligation=債務担保証券)である。CDOは、有価証券担保の証券なので、ABSに含まれない部分も出てくる。したがって、ABS関連のCDOであることを明示するためにもABS・CDOという表現が行われる。

 各種CDOの格付けを行うのが、格付け会社である。トリプルAの格付けを得たCDOはスーパーシニアと呼ばれる。そのスーパーシニアがさらに危険度に応じて格付けされる。もっとも安全なものがハイ・グレード、つぎにメザニン、最後にCDOスクエアードと続く。しかし、ここに、奇妙なトリックがある。言葉の正しい意味では、ハイ・グレードがトリプルA、メザニンがダブルA、CDOスクエアードはBランクである。ところが、そもそもは低い格付けであるはずなのに、金融工学の計算からすれば、返済の優先順位が高いと判断されて、メザニンにもCDスクエアードにもトリプルAに格付けされるものが出てくる。このトリプルAに格付けされたメザニン、CDOスクエアードがスーパーシニアとして編入されるのである。

 これは、CDS(Credit Default Swap)というシステムを利用するところからきている。債権が債務不履行になったときに備えて、金融機関は金融保証会社に保証料を支払う。いざというときに、金融保証会社が債務者に代わって支払うという約束である。本来は、格付けの低いCDOが、トリプルAの格付けのある金融保証会社による支払い約束によって、格付けが一挙にトリプルAになってしまうのである。リスクが大きいからリターンは大きい。しかし、そのリスクを保険会社が引き受けてくれるので、投資家にはリスクゼロとなる。安心して危険なCDOを購入した投資家は、突然、格付け会社による格付けの引き下げに見舞われたのである。このような仕組みで新たに算定されたものがABX指数である。こうした魔術のような格付けをした格付け会社の責任は重い。

 メリルリンチが行った償却額七九億というのは、年間利益の三割、株主資本の二割に相当する。メリルリンチのABS・CDOは二〇〇七年第三・四半期で一五二億ドルあった。うち、スーパーシニアは一四二億ドルである。スーパーシニアのうち、ハイ・グレードが八三億ドル、メザニンが五三億ドル、CDOスクエアードが六億ドルであった。スーパーシニアに含まれていないABS・CDOは一〇億ドルであった。また、ABS・CDOではないが、サブプライム関連証券が五七億ドルあった。つまり、ABS・CDOとそれ以外のサブプライム関連証券の合計が二〇九億ドルであった。

 総証券二〇九億ドルのうち、七九億ドルが償却されたのだから、償却率は三八%という大きなものになった。ABS・CDOの償却率は四五%、うちスーパーシニアは二九%であった。当然だが、格付けの低い証券ほど償却率が高かった。もっとも大きいのはCDOスクエアードの五七%、スーパーシニアではないCDOは五二%であっった。そして、格付けが高くなるほど、償却率は小さくなる。メザイニン三七%、ハイ・グレード一九%であった。

 このように大きな償却がなされたのは、格付け会社による格付けが突然に大きく引き下げられたからである。

 しかし、これほどの大きな償却があっても、これはオンバランスに限ったものであり、SIVに運用させているCDOについては、償却の対象になっていない。

 メリルリンチが保有しているCDOのほとんどはスーパーシニアである。しかし、IMF推計によれば、発行されたCDO総額は約一兆一〇〇〇億ドルであり、うち、サブプライム関連は七〇〇〇億ドル、さらにそのうち四〇〇〇億ドルがスーパーシニア以外のCDOである。メリルリンチは、スーパーシニアのみを保有している。他の大手金融機関も同様であろう。とすれば、スーパーシニア以外のメザニン以下のCDOは、大手金融機関以外のヘッジファンド、中小銀行、機関投資家、保険会社によって保有されていることになる。この市場価格の下落率が非常に大きいのである(大中道康浩「サブプライム問題」、Economist Column, 二〇〇七年一一月一六日、第七号)。

 こうしたCDOの多くが無価値となってしまった時の金融危機はとてつもなく大きなものになるだろう。

 格付け会社の格付けの急激な変更によって、CDOの価値破損が急激に進行している。二〇〇七年一一月一三日、JPモルガン・チェースが、損失の程度を発表した。CDOの基となっている住宅ローン担保債権の格付け引き下げによって、スーパーシニア分類のCDO二八本のうち、八本がジャンク級になってしまったというのである。これは、二〇〇七年一〇月半ばの格付け会社による格付けの引き下げがかつてないほどの大規模なものだったからである。

 JPモルガンのABS・CDOは、約六八五〇億ドルで、うち、三二二〇億ドルがスーパーシニアであった。ところが、二〇〇六年に組成されたスーパーシニアのCDOは、額面に対して二〇~七〇%も、割り引いて取り引きされるだろうと同社は観測している(http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=infoseek_jp&sid=aEY7UHN75p21)。

 もはやCDO市場は崩壊してしまっているのである。 

福井日記 No.208 格付け会社改革の試み

2008-01-10 15:11:19 | 格付け会社
 米大手証券メリルリンチのスタンレー・オニール会長、米最大の金融グループシティグループのチャールズ・プリンス会長が相次いで辞任したのは、サブプライム・ローン関連の投資で大きな損失を出したことの責任をとったものである。

 金融危機が生じるたびに格付け会社が誤った格付けをしていたとして非難される。二〇〇七年に大騒ぎとなったサブプライムローン問題のときもそうであった。

 
ムーディーズ、S&P、フィッチなどの指導的な格付け会社がサブプライム・モーゲージ市場の悪化に迅速な対応をしなかったとして批判された。加えて、格付け会社が証券の発行体から格付け手数料をとっているために、顧客におもねて、不十分な分析しかせず、実体よりも高い格付けを行ってきたのではないかとの疑念も出されている。

  サブプライム・ローンに基づく住宅ローンを担保とした証券は、「住宅担保証券」(RMBS)と呼ばれる。そしてこのRMBSを裏付けにし、他の担保証券をも加えてさらに証券化されたものが「債務担保証券」(CDO)である。

 このCDOの格付けが甘すぎたことが投資家に損失を与えたという批判に対して、格付け会社側は、格付けが甘かったから問題が発生したのではなく、地価の下落や想定を上回るほどの規模で債務返済の延滞が広がったために、証券化商品に流動性が急激に低下した結果、証券化商品の価格下落が進行したのであって、格付け会社側は、証券の信用度を格付けしただけであり、流動性の高低を格付けに織り込んだわけではないという弁明を繰り返したのみである。

 米国では、格付けの仕方、格付け会社による著しい寡占状態、格付け相手から手数料をとることの利益相反の問題は、過去幾度も論議されてきた。

 二〇〇一年末から翌二〇〇二年にかけて、エンロン、ワールドコムなどの不正会計事件を契機に、格付け会社は正しく格付けしているのかの疑問が噴出した。これを受けて、二〇〇二年七月に成立したサーベンス・オクスレー法には、SECが格付け会社に関する調査報告書を大統領と議会に提出する義務が明示された(同法、七〇二条(b))。さらに、同年一一月、SECは、NRSROに関する公聴会を開催し、二〇〇三年一月に調査報告書を提出した。格付け会社の役割、利益相反、参入障壁などの調査結果が盛り込まれた報告書であった。二〇〇五年四月に同じ内容のものが公表されている(SEC[2005a])。

 さらに、SECは、同年三月、NRSROに関する「コンセプト・リリース」を公表した。コンセプト・リリースとは、ものごとを判定する基準を公表することである。NRSROは継続させるとした上で、判定プロセスと監督方法の説明がそこでは行われた。

 そして、二〇〇四年一二月、「証券監督者国際機構」(IOSCO)が、格付け会社の自主的行為規範を提示した。IOSCOは、米日欧の証券監督当局で作っている国際的機関である。そこでは、格付けの質の向上、格付け会社の独立性の確保、利益相反排除、非公開情報を悪用することの防止、等々が守られるべき原則として提示された。

 二〇〇五年四月、SECは、上述の、格付け会社の定義に関する規則案を公表した(SEC[2005a])。

 これによって、NRSROに関する手直しが検討されることになった。NRSROとして認知を内定する通知は、「ノーアクション・レター」と呼ばれる。このノーアクション・レターを得るためには、「全国的に認知されている」ことが条件になっていたが、これは、事実上の参入障壁になっていた。NRSRO認定を受けていない格付け会社は、全国的に認知されない。認知されていないので、NRSROの認定が得られないというジレンマに立っていた。二〇〇五年時点でのNRSROは、古参のS&P、ムーディーズ、フィッチの他に、ドミニオン・ボンド・レーティング・サービス(DBRS)、A・M・ベストを加えた五社体制であった。DBRSは、二〇〇三年二月に、A・M・ベストは二〇〇五年三月に認定されたのである。

 二〇〇五年の規則案では、「全国的に認知されている」という文言に代えて、「金融市場で一般に受け入れられている」という文言が用いられ、さらに、一部の業種、一部の地域で受け入れられている会社も認定対象になった。

 また、格付け会社が複数の業務を兼営している企業の一部門であるかぎり、利益相反問題、非公開情報の悪用問題などが生じる危険性があるとの認識が打ち出された。

 ノーアクション・レターの提出は、これまでは期限を定められていなかった。DBRSは約二年もかかった("Rating Agency is chosen - Dominion Bond is named by SEC to join Moody's Standard & Poor's, Fitch," Wall Street Journal, February 25, 2003)。イーガン・ジョーンズ(Egan-Jones)という格付け会社は、一九九八年にNRSRO認定の申請をしたがまだ認定されていない。レース・フィナンシアル・コープ(Lace Financial Corp.)は一九九二年に申請したが、二〇〇〇年に拒絶された("After early criticism, will Rating Agencies beat heat?" American Banker, January 2, 2003)。

 二〇〇五年四月(SEC[2005a])のリリースでは、申請からレターの回答までを九〇日間を目途としたことによって、認定審査機関を大きく短縮した。

 このリリースの内容を法制化すべく、SECは、二〇〇五年六月六日に法案の枠組み案を提示した(SEC[2005b]。これは、ポール・カンジョルスキー下院議員の要請に基づくものであった。

 まず、格付け会社に対する監督・検査の権限がSECに付与されること、RSROを含むすべての格付け会社はSECに登録されること、格付けの質を向上させ、非公開情報の悪用を防止する義務を格付け会社は負うこと、格付け会社は記録を保持し、業務内容をSECに報告すること、SECは必要ならば行政・民事手続きをもつこと、一九三四年の証券取引法を改正して、登録格付け会社への調査権限や規制制定の権限がSECに与えられること、等々がSEC案であった。SECの案は、NRSROの制度を維持しようとするものであった。

 SEC案に対抗して、二〇〇六年六月二〇日、マイケル・フィッツパトリック下院議員が「二〇〇五年格付け機関複占緩和法案」(Credit Rating Agebcy Duopoly Relief Act of 2005; HR2990)を提出した。

 
これは、NRSROの廃止を謳ったものである。NRSROが格付け会社の「上位二社の寡占体制」(Duopoly)を作り出しているのに、SEC案では、むしろ、NRSROを強化しようとしているとフィッツパトリックは批判する。

 フィッツパトリック案では、「全国的に認知された(Recognized)格付け機関」は、「全国的に登録された(Registered)格付け機関」に替えられる。さらに、利益相反を防止するために、格付け会社の投資顧問業務を廃止させるとした。

 NRSROが参入障壁になっているのか、そうではないのか、NRSROが格付けの質を高めているのか、そうではないのかが、これら法案をめぐる二〇〇五年六月二九日の「下院金融サービス委員会」の「資本市場・保険・政府後援企業小委員会」での公聴会の中心的な論点であった(野村亜紀子[2005]、四一ページ)。

 そして、二〇〇六年九月には、「格付け機関改革法」(the Credit Rating Agency Reform Act)が成立した。それは、NRSROの存続を明記したが、SECにNRSROの認定基準を明確にする義務を課した。SECは、米国で営業するすべての格付け会社を登録させる。日本の格付け会社もSECに登録され、SECの監督を受けることになった(大崎貞和「サブプライム問題きっかけに関心呼ぶ格付け機関のあり方」、http://special.reuters.co.jp/contents/insight/index_article.html?storyID=2007-11-09)。

 NRSROの認定は、これまでのSECのスタッフによるものではなく委員会が行うことになった。ただし、格付け方法に関しては、業界の自主的な決定に委ね、SECは関与できないものとされた。

 この法律を補完するものとして二〇〇七年六月、SECは、「NRSROに登録されている格付け機関の監督」(Oversight of Credit Rating Agencies Registered as Nationally Recognized Statttical Rating organizations)という新ルールを公表した。

 それでも、格付け会社に対する批判は鎮まっていない。そうした批判の高まりを受けて、二〇〇七年九月二六日、米上院銀行委員会は、公聴会を開き、SECのコックス委員長の証言を求めた。コックス委員長は、サブプライム・モーゲージ関連の証券発行体と引受会社が格付け会社に不当な影響を与えたのではないかという問題について、SECで調査していると証言した。また、コックス委員長は、格付け会社が業務を遂行する上で、利益相反の問題を避けるために決められていた規定を遵守していたかも調査中であると証言した。そして、「調査では、住宅ローン担保証券を市場に提供する上での格付け会社の役割が、これら企業の厚生である能力を低下させたかどうかが明らかになる見通し」だと断言した。もってまわった言い方ではあるが、格付け会社が不正を行わなかったのかをSECは調査していると言ったのである(http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJAPAN-28077320070927)。

 上述のIOSCOが、格付け会社の規制強化をめぐる専門チームを結成し、二〇〇八年二月に調査報告をまとめるとの見通しであることを、コックス委員長が来日して、二〇〇七年一一月九日に明らかにした。ただし、SECとしては、格付け会社に対する新たな規制については、「いまの段階では考えていない」と記者会見で語った(http://www.shikoku-np.co.jp/national/economy/article.aspx?id=20071109000190)。問題はなにも解決していないのである。



福井日記 No.207 債権の証券化が格付けの条件

2008-01-08 04:41:15 | 格付け会社


 格付けされるためには、債務が証券化されて、人から人に転売されるような形になっていることが重要である。証券を購入する人は、多くの場合、発行者のことをよく知らない。いわんや、新興国の国債となると、購入者は、発行国の信用についてほとんど知っていない。このようなときに、購入者が頼りにするのは、格付け会社の判定である。

 こうした条件を作り出したのが、ブレイディー・プランによる債務の証券化である。

  一九九〇年代、メキシコ政府のドル建て国債を大量に購入していた米国の銀行は、メキシコ政府によるデフォールトを受けて、米国の銀行は大打撃を受けた。メキシコのデフォールトが米銀を追い込み、そのことが米国のみならず世界に金融危機をもたらす可能を大きくしていた。

 ブレイディは、米銀の対メキシコ・ドル建て債権(保有しているメキシコ国債)をさらに細かくして、額面以下(ほとんど一〇分の一以下)の価格でメキシコに進出したがっておいる企業に転売させるという「債務の証券化」という手法を採用した。企業は、手に入れた証券をメキシコ政府に渡す、メキシコ政府は、それをドル建ての額面相当の自国通貨のペソで買い取る。

 ただし、自国通貨で買い取るといっても、実際にペソを現金で企業に支払うわけではない。メキシコ政府が支配しているメキシコ国内の企業の株式と交換するのである。多くの場合、国営企業の株式が渡される。国富の切り売りである。メキシコに進出したい外国の企業がこのシステムを利用する。

 不良債権化してしまった手持ちのメキシコ国債を別の証券に組み替えて第三者に転売しようとする米銀が依拠したのが、格付け会社による格付けであった。ここに、新興国の国債が、格付け会社の格付け対象になったのである。

 「債務の証券化」、「債務の株式化」として有名になったこのブレイディ・プランに沿ってメキシコに進出した企業の一つに三菱自動車があった。

 当時、日本の自動車メーカーは、対米輸出自主規制の枠をはめられて苦しんでいた。日本からの洪水のように押し寄せる自動車輸入に苦しめられていた米国内の自動車メーカーの意を受けた米国政府の思惑に配慮して、暗黙裏に日本の自動車業界が「自主的に」決定したのが対米自動車輸出規制であった。

 こうした制約を破るべく、三菱自動車は、メキシコに工場進出し、メキシコ法人としてメキシコ政府から認可を得るという戦略にでた。メキシコの現地法人による対米輸出なら、メキシコ政府に対米債務を支払わせたい米国政府は、メキシコによる対米輸出を禁止できなかった。

 こうして、三菱自動車は、日本車の対米輸出自主規制の枠を軽減させることに成功したのである。ブレイディ・プランは、世界に進出しようとしていた日本の企業をうまく利用しのであった。

 格付け業界は、事実上上位三社の寡占体制であって、格付けの競争などほとんど行われていない。

 にもかかわらず、上位三社は、事実上、公的な機関として、企業の生き死にを左右する閻魔大王のような権力を保持しているのである。

 二〇〇一年一二月に破綻したエンロンに対する格付けは、倒産の四日前のS&Pの格付けはBBBであった。これは、投資適格のランクである。その高い格付けの企業が一瞬にして倒産した。格付け会社の判定は正しいのかとの疑問が一斉に吹き出したのも当然であった。

 そして、二〇〇二年三月二〇日、「上院政府問題委員会」(Committee on Government Affairs)において、格付け会社に関する公聴会が開催された。「格付け機関を格付けする─エンロンと格付け機関」というのが委員会のテーマであった。そこでは、格付け会社の寡占体制や、事実上政府機関に準じているのに、格付け会社はキチンとした説明責任がはたしていないといった批判が続出した。

 そうした批判を受けてSECのコミッショナー、アイザック・ハットンが、SECで二つの点の検討を行うと委員会に約束した。

 二点というのは、①SECによるNRSROの制定が、特定の格付け会社の市場への影響量を強めているのではないか。それはどの程度のものか、②NRSROに指定されている格付け会社をSECはどのように監督すればよいのか、であった。

 しかし、その約束ははたされなかった。基本的にはなにも変わらず、格付け会社が下す格付けは、単なる一会社の判断にすぎず、特定の証券への投資を勧告したものではないとして、格付け会社が誤った判断をしても、一民間会社の一つの見解に過ぎないとして、判断の誤りを糾弾されることから免罪されてきたのがこれまでの経緯である。

 一九八三年には、ワシントン州の原子力発電会社、WPPSSの倒産があった。一九九四年には、オレンジ・カウンティの破綻があった。いずれも、破綻直前まで、格付け会社は高い格付けを与えていたのである。この事件は、提訴にまで発展したが、結局は、格付け会社の責任は問われなかった(浅見唯弘「[2002]、五ページ)。格付け会社を規制したり監督を強化したりする方向にSECは進めなかったのである。

 それにしても、すでに二〇〇一年時点での格付け会社の寡占化は、異常なものであった。二〇〇一年時点での世界での格付け会社の総収入は二一億ドルあった。うち、上位三社が九三%も占めていたのである。この時点では、S&Pが一位、ムーディーズが二位、フィッチが三位であった。収入において、S&Pは、四一%のシェアで八億七〇〇〇万ドル、ムーディーズは三八%の七億九七〇〇万ドル、フィッチは一四%の三億二〇〇万ドルであった。世界の証券がわずか三社によって格付けされていた。市場経済とは多数の競争者が競い合っているというイメージで理解されている。しかし、証券投資の世界では、無数の投資者が二人、せいぜい三人の閻魔大王の判定に従って、極楽行きか地獄行きかを決定されてしまのである。

 しかも、ABS(アセット・バックド・セキュリティーズ)、ストラクチュアード・フィナンス・クレディット・デリバレィブ)などが、証券投資の大きな部分を占めるようになる。これがまた権威ある格付けを待っている。

 加えて、二〇〇六年末、それまでのバーゼル協定Ⅰがバーゼル協定Ⅱに変更された。国際的に展開する銀行は、保有資産の時価評価だけでなく、格付けを内部で行い、自己資本をつねに査定しておかなければならなくなったのである。格付けを内部で行うとされても、実際には、各銀行は外部の格付け会社に保有資産の格付けを依頼することになるだろう。

 こうして、格付け会社の需要は飛躍的に高まる。しかし、それによって、現在の金融システムが安定するようになったと言えるのであろうか。繰り返し世界を襲う金融危機の起こる頻度は、金融自由化が行われる以前に比べて高くなっているのではないだろうか。

 二〇〇〇年九月、アジア開発銀行(ADB=Asian Development Bank)が支援して一三の格付け会社からなる「アジア格付け機関協会」(ACRAA=Association of Credit Rating Agencies in Asia)が成立した。これらが、米系閻魔大王の寡占化を食い破る日はいつになるのだろうか。


 引用文献


浅見唯弘「[2002]、「格付けシステムの問題点は何か─日本国債の格付け論争を考えるー」、
     『Newsletter』、No. 4、九月二日号、国際通貨研究所。『国際金融』第一〇九
     〇号、二〇〇二年八月に収録。


福井日記 No.206 国債の格付け

2008-01-04 22:19:23 | 格付け会社


 「格付け」とは、「専門機関が企業の経営状態を分析し、債務の元利の返済能力を簡単な記号で表示する」ものである。

  民間企業が対象になるが、国債を発行する各国の政府もまた、格付けされるようになってきた。この政府に対する格付けを「ソブリン格付け」という。それは、その政府が発行した国債の元利支払い能力の評定のことである。ソブリン(sovereign)とは、「独立国、主権」という意味である。

 「ソブリン格付け」は、企業の格付けよりも難しい。格付けの主たる判断材料は、過去の倒産データである。財務状況と債務不履行の確率を、過去のデータよって計算し、それを参考にして格付けが行われている。しかし、こうした分析が行われるのは、民間企業に関してのものに限られる。

 ところが、国の場合、企業ほど財務情報が公開されておらず、実態がつかみにくい。また、企業と違って、国の債務不履行の事例は少なく、統計処理による格付けを行いにくい。戦後に関しては、日本を含めて先進国政府が債務不履行を起こした事例は、皆無である。

 そのこともあって、ソブリン格付けに関する説明責任を、格付け会社の多くは、はたしてこなかった。

 
例えば、二〇〇二年四月、財務省の黒田財務官が、ムーディーズ、S&P、フィッチという三大格付け会社に説明を求める文書を提出した。フィッチというのは、SECから、NRSROとして認知されていた格付け機関の一つであるが、他の二社と違って、パリ証券取引所に上場するフランスの企業、フィマラック(Fimalac)の子会社であり、本拠を、ロンドンとニューヨークに置いている。

 これら三社は、一九九八年以来、二〇〇二年まで一貫して日本国債の格付けを下げてきた。二〇〇二年五月三一日には、米国の格付け会社ムーディーズが、日本国債の格付けを、Aa3から、A2に引き下げた。ムーディーズは、引き下げの前から、日本国債の格下げの予告をしており、これに対し、日本の財務省が意見書を出していたのである。ムーディーズが、日本の国債を、アフリカのボツワナ並みだとしたとしてジャーナリズムが面白可笑しくはやし立てた。

 二〇〇二年五月末時点での、格付け会社による日本国債の格付けについては、日本の格付け会社の格付投資情報センターと日本格付研究所は、最高格付けであるAAA(トリプル・エー)を与えたが、ムーディーズは上述のように、格下げし、S&Pも、AAからAAーに格下げしたのである。米国の二社は、日本の国債の格付けを先進国では最低のランクに落としたのである。

 そして、同年六月八日、S&Pは、このまま放っておくと、日本国債の格付けはまだまだ下がり、BBになると警告した。S&Pの格付けは、すでに説明したが、AAA、AA+、 AA 、AA- 、A+ 、A 、A- 、BBB+ 、BBB、BBB- までが投資適格であり、ここから下位が投機的なものである。以下、BB+ 、BB、BB- 、B+ 、B、B- 、CCC+ 、CCC、CCC- 、CC、C、D である。各ランクで一段下がることを一ノッチ(notch)下がるという。BBまで下がるということは、日本の国債は投機的なノッチにまで下げられるという意味である。まさに、日本の国債は、ジャンクボンド並みになるということである。AA-  からBBになることは、八ノッチも下げられるということである。これに対して、日本の財務省が怒ったのも無理からぬことであった((石川秀樹「よくわかる経済」、http://www.allabout.co.jp/career/economyabc/closeup/CU20020622A/index.htm)。

 黒田財務官の文書は、日本国債の格付けが低すぎること、さらなる格付けには根拠を欠くこと、そもそも、格付け会社の国債格付けの基準が不明であるので、明確に基準を提示してほしいというものであった。回答したのは、フィッチのみであった。

 正式の政府機関の公開質問状に対して他の二社は回答しなかった。それぞれのウェブ・サイトで触れられてはいるが、フィッチの正式の回答を含めて、黒田財務官の質問にキチンと答えたものではなく、国債格付けの根拠は提示されないままであった。

 国際通貨研究所専務理事であった浅見唯弘は、こうした格付け会社の姿勢に対して以下五点にわたる苦言を提起された。

 (一)格付け機関は公器である。公器によるソブリン格付けは市場に大きな影響を与えるので、格付けの根拠を明示すべきである。財務省が書簡を公開しているのだから、格付け機関も回答を公開すべきである。

 (二)政府の債務には、自国通貨建てのものと外貨建てのものがある。通常、返済が困難に陥るのは、外貨建て債務である。外貨は、自国通貨増発で対応できないものだからである。つまり、自国通貨建て債務は、自国内での増税や通貨増発で返済できるものである。にもかかわらず、二〇〇二年五月のムーデーズは、日本政府が保証した外貨建て債務よりも、自国通貨建て国債のランクを四ノッチも低くしたのである。外貨建て政府保証債はAa1、国債はA2とされた。通常と異なる判定をしたことの真意をムーディーズは明らかにしていない。

 (三)マクロ経済面で、日本の財政赤字だけが重視されすぎている。しかし、日本はG7の中でもっとも低い租税負担率にあるので、国債償還に回せるの徴税能力がまだある。この点を格付け米系格付け三社は考慮に入れていない。

 (四)財政面のみを重視するのではなく、総合的なマクロ経済指標で日本を評価するべきである。

 (五)ムーディーズは、国債格付け以外に、国に関する「カントリー・シーリング」という格付けを導入している。二〇〇二年五月時点の日本の国債はA2という低いものであったが、カントリー・シーリングは外国通貨建て政府保証債と同じAa1であった。その上で、日本の企業は国債のランキングを上限(シーリング)とするのではなく、それを超えてもよい。しかし、カントリー・リスクを超えてはならないとしたのである。これまでは、国債のランキングが企業のシーリングであったのだから、カントリー・シーリングが国債のランキングよりも高くなれば、国債のシーリングを超えて企業のランキングが存在できるようにした。しかし、なんのためにそのようなことをしなければならないのか。国債、カントリー・シーリング、企業格付け間の複雑な関係をムーディーズは明確にできていない(浅見唯弘「[2002]、三ページ)。

 この最後の五つ目のの指摘は重要である。

 
もしも、格付け会社とM&A専門の投資ファンドが連携してしまうと、狙った企業の吸収合併が容易になる。日本の企業を買い漁ろうとすれば、格付け会社がまず日本のカントリー・シーリングを下げ、国債の格付けを引き下げればよい。これらの格付けの引き下げによって、日本の企業の格付けランキングが軒並み下がり、それとともに、それら企業の株価も下がる。株式交換による買収がそれによって容易になる。過去、日本で、韓国で、そうした事態の発生をみた。


 格付け会社は、国債の格付けの基準を公表していないし、たとえ相手の国家機関からの抗議があっても格付け会社は無視できる。自分たちの格付けは、単なる私的意見にすぎないとうそぶけるのである。


 引用文献


浅見唯弘「[2002]、「格付けシステムの問題点は何か─日本国債の格付け論争を考えるー」、
     『Newsletter』、No. 4、九月二日号、国際通貨研究所


福井日記 No.205 米国政府が推し進めた格付け会社の寡占体制

2008-01-03 21:09:01 | 格付け会社

 保有する証券の暴落で倒産の憂き目にあった銀行が輩出してしまった大恐慌の苦い経験から、米国政府は銀行が保有できる証券に条件を付けるようになった。

 米国には、通貨監督局(OCC=the U.S. Office of the Comptroller of the Currency)という部局がある。財務省の一部局で、国法銀行を監督する任務をもつ。この部局が、一九三一年に証券保有の条件を設定した。BBB以上の格付けを得た証券は、額面ないしは簿価でバランスシートに計上してもよいが、その水準に満たない証券については、市場価格価格で評価し直して、損失額をバランスシートに記載しなければならないというものであった(Cantor & Packer[1994], p. 6)。

 一九三六年、通貨監督局は、さらに証券保有規制を強化した。二つの格付け会社によってBBB以上の評価を得られなかった証券の保有を銀行に禁じたのである。これは、非常に厳しい規制であった。当時、一九七五種類の債券があったが、うち、八九一種類がBBBに満たなかったからである。以降、ジャンクボンド保有が許可されるようになった一九七〇年代までのほぼ四〇年間、銀行が保有できる証券の条件は厳しく規制されたのである。こういう状況下では、格付け会社の活躍の場は狭く、会社自体も地味な存在であった。

 一九七五年、SEC(証券取引委員会=the U.S. Securities and Exchange Commission)は、「純資本ルール」(the net-capital rule)という新たな制度を導入した。証券会社が扱う証券の一定額を準備資金として維持しなければならないという制度がそれである(Rule 15c3-1)。

 
証券のデフォールトに備えて、十分な自己資金を準備しておくことが義務づけられたのである。この準備資金のことを「ヘアカット」(haircut)という。ところが、NRSROとして認可された格付け会社の少なくとも二社から投資適格とされた証券については、準備資金を置かなくてもよいという優遇措置が導入されたのである。

 このNRSROが曲者である。「米国において広く認知された格付け機関」(Nationally Recognized Statistical Rating Organizations)がフルネームであるが、NRSROとして格付け会社を認める基準は、明確な法律によって定められたものではない。一九七五年になって突然にSECによって言い出された栄誉ある組織の呼称である。全米において格付けぶりが広く承認され、投資家、起債者、市場において長らく信頼されている格付け会社がNRSROとしてSECによって認定される。

 これは一種の詐欺である。全米で広く知られ、長年にわたる信頼を得るということが認定基準ならまず新参社は排除されてしまう。結局は、上位三社の寡占状態にならざるを得ない。証券会社は、自社で扱う証券をNRSROの二社で高い評価を得ることによって優遇措置を受けることができるのなら、わざわざNRSRO以外の格付け会社の評価を乞う必要はない。結局、自己資本規制の法律は、NRSROの寡占化を固定してしまったものである(Edward, Ben[1994], pp. 26-27)。

  三兆ドルにもなろうかというMMF(Money Market Fund)のほぼすべては、NRSROとして認定された格付け会社の格付けに従って運用されている。

 しかも、格付け会社は、起債者に関する情報を、一般の投資家よりもはるかに早く詳細に得ることができる上に、その情報を外部に漏らさなくても当局から何らのおとがめもない。格付け会社は、当局の指導対象にはなっていないのである(浅見唯弘[2002])。

 そして、SECは、NRSROとして認定する明確な条件を公表していない。かつて、フィッチ(Fitch Investors Service)の問い合わせに対して、認定されるには、十分な財政的裏付けと十分なスタッフを必要とするとSECが回答したことがある。しかし、何をもって「十分な」のかについての体的な指標はまったく示さなれなかった(Sinclair[2005], p. 44)。

 一九八〇年代初め頃には、NRSROとして認定されていたのは、七つあった。しかし、格付け会社の合併によって、一九九〇年代に入るとムーディーズ、S&P、フィッチの三つだけになった。

 そして二〇〇三年、カナダのDBRS(Dominion Bond Rating Service)が認可された。一九九四年のNAFTA(北米自由貿易協定、North American Free Trade Agreement)の発効によって、カナダの証券は、SECの認可をわざわざ得なくても、自由に米国内で発売することができるようになったのであるが、BDRSがNRSROとして認可されなかったので、米国で売買されるカナダの証券は、米国の証券に比して不利であった。同社は、懸命になってNRSROとして認可されるようにSECに要請し、二〇〇三年に認可を得た。

 二〇〇五年、A・M・ベスト(A. M. Best Company)が認可された。この会社は、保険会社の格付けに評判を得ていたものである。

 そして、二〇〇七年九月二四日日本の二つの格付け会社がNRSROとして認可された。格付投資情報センター(R&I=Rating and Investment Information, Inc.)と日本格付研究所(JCR=Japan Credit Rating Agency, Ltd.)である

 二〇〇七年時点で、NRSROとしてSECから認可されているのは、以上の七社である。 

 SECによるNRSROの認可は、SECのスタッフが当該会社に送付する「ノー・アクション・レター」(No Action Letter)によって示される。

  「ノー・アクション」とは、当該会社がNRSROとして公に活動することを「妨げない」という意味である。ノー・アクション・レターには、、「SECのスタッフは、当該会社に反対するように強いることを勧告しないであろう」(the SEC staff will not recommend enforcement action against that entity)という、まことに曖昧な表現の文章が付加される。

  日本人の多くは、日本語と違って英語は曖昧な表現をせず、ずばりと事柄を示す言語であると受け取っているが、事実はそうではない。英語もまた、何を言っているのか不明な表現が結構多用しているのである。

 この「ノー・アクション・レター」は、当該会社だけにではなく、一般にも公開される。他の会社が参考にできるようにするためである。

 正式に申請があった後に、正式に認定するという手続きを踏む前に行われるのが、このノーアクション・レターの制度である

  格付け会社が、自社にNRSROとしての資格があるかどうかをまずSECに問い合わせる。それに基づいて、SECが調査し、資格があるか否かを回答する。認可をしてもよいというサインが、ノー・アクション・レターである。その手続きの後で、当該会社は正式にSECに認可を同社の二〇〇七年九月二五日付ニューズ・リリース、http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2007/2007win08.html)。JCRもまったく同じ日時であった(同社の二〇〇七年九月二五日付レポート&トピックスhttp://www.jcr.co.jp/top_cont/report_desc.php?no=07d0688)。


 ただし、ノーアクション・レターの作成には期限が定められていない、審査基準も明確ではない。

 日本の二社の認可は、二〇〇六年九月に成立した米国の「格付会社改革法」(the Credit rating Agency Reform Act of 2006)と同法を補完する二〇〇七年六月に定められた「NRSRO格付け会社の監督」(Oversight of Credit Rating Agencies Registered as Nationally Recognized Statistical Rating Organization)の新ルールに基づいたものである。同法は、利益相反(conflicts of interest)の防止を重視し、審査もSECのスタッフではなく、外部委員をも加えた委員会方式で行うことを定めた。そして、既存のNRSRO認定会社も、新たに申請をしなければならなかった。SECは、新規申請を多くの格付け会社に呼びかけたのである。

 北米とフランス勢で占められていたNRSROに日本の二社が初めて認可されたことの意味は何なのかが分かるにはまだしばらくの時間が必要となるであろうが、少なくとも、四社が追加認定されたからといって、格付け会社間の競争が進展するとは思われない。既存の大手格付け会社が寡占体制を守ろうとしているからである。

 一九九四年八月、SECは、NRSRO認可手続きにおける「基準の公表」(concept release)と委員会方式を提案していた。しかし、これに大手が反対し、SECの改革案は頓挫した(SEC[1994])。SECは、格付け方法にも基準を設定しようとしたが、S&Pもムーディーズも、格付けの手法は格付け会社独自のものにしておかれるべきであり、ケース・バイ・ケースで処理されるべきだとして強力に反対した(S&P[1995]; Moody's[1995])。

 SECは、一九九七年にも「一九三四年証券取引法」(the Securities Exchange Act of 1934)を改正して、NRSRO認可手続きの明確化を図ったが、これもうやむやな扱い方をされて論議が沙汰止みになった(Sinclair[2005], p. 45)。


 そして、二〇〇一年と二〇〇二年、エンロン事件によって、格付け会社批判が沸騰し、現在まで続いているのである。