消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(257) アバマ現象の解剖(2) インペリウム(2)

2009-12-30 01:58:45 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 序章 金融のインペリウム


 はじめに


 インペリウム(imperium)という言葉は、あとで説明するように、「自己の規範を世界に設定する支配力」という意味である。新自由主義的金融の自由化とは、まさに「帝国」である米国が世界に押し付けたインペリウムの発露であった。

 権力批判を次々に映像化して、世界中の良心を鼓舞してきた映画監督のマイケル・ムーア(Michael Moore)が、またも問題作『資本主義-ある愛の物語』(Capitalism; a love story、日本では、『キャピタリズム-マネーは踊る』)が二〇〇九年九月末に米国で封切られた。日本では二〇一〇年一月に全国で封切られた。

 いまの金融資本主義体制は「私たちがとるべき生活スタイルなのか?」と問うこの映画は、破綻の危機から脱するために納税者の膨大なカネが注がれながら、そのじつ、ちゃっかりと法外な高額の報酬をかすめとるウォール街の投資銀行幹部がいて、他方に空前の高さにまで上昇した失業率に怯えている市民がいるという現代資本主義の構図に激しい怒りをぶつけたものである。強欲(avaritia)は、カトリック教神学においては七つの大罪(seven deadly sins)の一つである(1)。

 ウォール街の「強欲」が人々を滅ぼす。強欲の権化はゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)であるとムーアは息巻く。こうした強欲は、ブッシュ(George Walker Bush)政権時代の財務長官、ヘンリー・ポールソン(Henry Merritt "Hank" Paulson)をはじめ、主としてゴールドマン・サックスの強力な人脈に支えられた米国のエリートたちの中で腐臭を放ってきたものである。

 ムーアは訴える。資本主義は悪の制度で、その本質はネズミ講である。金融資本は、民主主義を形骸化させる。議会と行政が金融資本に寄生する。大手報道機関もまた大罪を犯している。彼らは、問題の本質から目を背け、弱者に責任を転嫁することで権力に擦り寄っている。市民は、金融資本が作り上げた制度によって「略奪」されてきた。

 ムーアは、金融資本が法律を自分たちに有利に変えて、庶民の生活を苦しめているという。いつもの突撃レポーターの姿を借りて、笑いに包みながらこの構図を暴いていく。銀行に公的資金を注入する法案がどのようにして可決されたのか、その資金=税金がどこに消えたのかのかを説明し、最後に、犯人を大投資銀行と特定して、ウォール街に「犯罪現場」を示す黄色いテープを巻いて映像を終える。

 ムーアは正しい。金融人脈が世界中に強欲の大罪を広めている。米国から英国に飛び火し、さらに、近年では中国のエリートたちを虜にするようになった。本書のテーマ、『オバマ現象の解剖-金融人脈と米中融合』は、まさにムーアの映画のテーマと重なる。

 一 強欲が人生の成功の証になった倫理の喪失

 ゴールドマン・サックスは「レインメーカーの中のレインメーヵー」(rainmaker's rainmaker)と呼ばれている(Arlidge[2009]; http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/us_and_americas/article6907681.ece

(2)。 ただし、ゴールドマン・サックスは規模的には世界最大ではない。ICBC(中国工商銀行=Industrial and Commercial Bank of China)はゴールドマン・サックスの一一倍もの従業員を抱えている。資産規模も最大ではない。HSBC(香港上海銀行=Hong Kong and Shanghai Banking Corporation)の資産二兆四〇〇〇億ドルに対して、ゴールドマン・サックスは一兆ドルしかない。発行株式時価総額にしても、HSBCが二〇一〇億ドルであるのに、ゴールドマン・サックスは九五〇億ドルという規模である。

 にもかかわらず、収益率は抜群に高い。報酬も他行よりもはるかに図抜けた高額である。本書の「はしがき」でも書いたが、同行CEO(最高経営責任者=Chief  Exective Officer)のロイド・ブランクファイン(Lloyd Blankfein)が得た二〇〇七年の報酬額は六八〇万ドル(約六一億円)もあり、ウォール街では第一位であった。さらに、ストックオプションとして、ゴールドマン・サックス株を時価で五億ドル程度を付与された。二〇〇九年はこの史上最高額をさらに高めた。他の幹部クラスでも一五〇~二五〇万ドルを得た。行員一人当たりが稼ぎ出した純利益は二二万二〇〇〇ドルであった。報酬ではなく純利益であるので、数値上はそれほど大きくは出ていないが、それでも、ライバルのJPモルガン・チェース(JP Morgan Chase)のほぼ一・七倍もある。二〇〇九年第二・四半期の純益は三四億ドルとこれも、四半期としては史上最高であった。二〇〇九年には全従業員に総額二〇〇億ドルを支払った。

 高い純益の背景には政府の支援があった。損失が公的支援で相殺されたのである。

 まず、ゴールドマン・サックスは、TARP(不良資産買取プログラム=Troubled Asset Relief Program)に基づいて一〇〇億ドルの救済資金を政府から得た。さらに、米政府はAIG(American International Group)救済に九〇〇億ドルも注ぎ込んだ。そのうち、一三〇億ドルがゴールドマン・サックスの懐に入ったのである。ゴールドマン・サックスは、AIGのプロテクション(protection)を二〇〇億ドルも購入していた。それが回収されたのである(http://www.indiadaily.com/editorial/20548.asp)。
 プロテクションというのは保有する社債が、発行銀行の破綻によって無価値となっても、AIGが責任を持ってその社債価値を保証する(買い戻す)という契約である。これが、近年よくマスコミに登場するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ=Credit Default Swap)である。クレジットというのは支払い情況、デフォルトというは、その情況に問題が生じること。スワップというのは、デフォルトが生じないと判断する保険会社側がプロテクションを売り、デフォルトを恐れる社債保有者側がそのプロテクションを買う、つまり、デフォルトは生じないという判断と、生じるかも知れないという判断とが交換されるということである。

 ところが、このCDSには制度上の重大な欠陥がある。社債の現物を保有していないのに、プロテクションが買えるということである。本来、プロテクションの購入とは、自己が保有する企業社債が無価値になることを恐れて、その場合に価値通りに社債を引き取ってくれるという約束で保険会社が売るプロテクションを買うことである。ところが、社債を保有していないのにプロテクションが買われる。これは投機である。実際にデフォルトが生じると、プロテクションの買い手は、保険会社から社債価値分の保証を受ける。プロテクションの保険料を支払ってはいるが、それをはるかに上回る保証を獲得することができるのである。社債が保有されないのだから社債価値の満額支払いはないが、少なくとも六〇%程度の価値が支払われるという約束である。

 具体的には、GMをめぐる投機である。GMがデフォルトがあると予測する投資家たちがGM社債のプロテクションを買いまくる。GMの倒産はあり得ないと判断する保険会社はプロテクションを売りまくる。AIG参加の数多くの子会社(CDS関連の保険会社をモノラインという)はプロテクションを売りまくった。二〇〇七年末でのCDS総額は六二・二兆ドルもあった(http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnTK814206420080416)。その判断が間違った。つまり、デフォルトが急増したことによって、AIGの子会社が破綻し、親会社のAIGも破綻の淵に立たされたのである。

 二〇〇八年九月二一日、ゴールドマン・サックスは、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)と並んで、FRB(連邦準備制度理事会=(Board of Governors of the Federal Reserve System,、または Federal Reserve Board)の八〇年の歴史で初めて、投資銀行から商業銀行に模様替えして、FRBの資金投与を受けた。投資銀行のままなら、FRBの資金供与を受けられないきまりであったからである(http://j.peopledaily.com.cn/94470/94639/6504216.html)。

 このことについて、ゴールドマン・サックス会長のブランクファインは、カネが欲しいから商業銀行に模様替えしたのではなく、SEC(証券取引委員会=U.S. Securities and Exchange Commission )よりも厳しい監督をしてくれるから、FRBの傘下に入ったと語っている。ベア・スターンズ(Bear Stearns)、リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)の破綻によって、投資銀行の監督機関であるSECへの市場の信頼が揺らいだので、より透明性を確保するためにFRBに従うことにしたというのである。同時に、公的資金供与がなければ、ゴールドマン・サックスは倒産したのではないかという質問者にたいして、「金融組織が破綻すれば、私たちのビジネスも破綻します。しかし、信じてもらいたい、そうなれば、あなたも他の人も破綻してしまうのです」と答えた。質問したアーリッジは、劇作家のデビッド・ヘア(David Hare)(3)の批評を引き合いに出して、強欲こそが人々を破壊してしまうのにとつぶやいている(Arlidge[2009])。

 破綻防止のために、公的資金の注入を受けながら、それを返済してしまったのち、ゴールドマン・サックスの二〇〇九年のボーナス総額が二三〇億ドルになり、第二・四半期に年末ボーナス用に一一四億ドルを積み増したと報道されたとき、ブランクファインは別にやましいことではなく、当然お措置だと開き直った。このことについて、『ニューヨーク・タイムズ』(New York Times)紙のコラムニストのアンドリュー・ソーキン(Andrew Ross Sorkin)は激しく非難した。負のスパイラルを食い止めるために、ゴールドマン・サックスをはじめとしたウォール街の金融機関の救済を多くの人々が祈っていた。しかし、銀行が自分の足で立つようになったいま、人々はもう一度、銀行が破綻してしまうことを望むようになっている」とブランクファインを強く非難した(Sorkin[2009a])。

 ちなみに、ゴールドマン・サックスの投資規模は非常に大きい。一日、一兆ドルを動かす。うち、現金は一六四〇億ドルである(Arlidge[2009])。


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