消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

須磨日記(4) 古代ギリシャ哲学(36) クレーター(4)

2008-06-26 23:34:56 | 古代ギリシャ哲学(須磨日記)



(三六)ガレンノス(ガレノス/ガレン)(Galen、129~200)。ギリシャの内科医・哲学者、マルクス・アウレリウス皇帝の侍医。医学、哲学、数学の研究。人体を解剖し、心臓を観察、脳や神経について実験(180頃)。ペストや狂犬病に病原菌があり、伝染するものであることを述べる。ヒポクラテスなどによって始められたギリシャ医学を完成させた人。「ガレノスの静脈の動脈瘤」。水頭症を持った子供又は青年の動脈と静脈の奇形について。



(三七)レーター  ゲミノス(ゲミヌス)(Geminus、?~70B.)。ギリシャの数学・天文学者。生涯については一切不明。.数学を二つに分類。一つは、純粋な数学で算術や幾何学を含む。もう一つは応用数学で、機械学、天文学、光学、測地学、正典学(canonics)とロジスティックス。スパイラル(渦線)、コンコイド、シッソイド疾走線を扱った幾何学を書いた。『天文学序説』『数学の原理(6巻)』。



(三八) ハンノ(Hanno、?~500B.)。古代ローマ カルタゴの航海者・探検家。ジブラルタル海峡を通って西アフリカの海岸まで航海した。



(三九)ハルパルス(Harpalus、?~460B.)ギリシャの天文学者。.足が不自由だった。皇帝のお金を持ち逃げしたらしい。



(四〇)ヘカタイオス(ヘカテウス)(Hecataeus、?~476B.)。ギリシャ、ミレトスの地理学者。



(四一)ヘリコン(Helicon、?~400B.)。ギリシャの天文・数学者、プラトンとエウドクソスの弟子。日食の予測。



(四二)ヘラクリトス(ヘラクリタス)(Heraclitus、544-484B)。ギリシャの哲学者。全ての根源は火であると考えた。この火が変化すると水に、水は土に、土から水に、さらに火へと変化すると説く。太陽の直径はわずか30cmに過ぎないと主張した。



(四三)ヘラクレス(ヘルクレス)(Hercules )。ギリシャ神話の超人的な力を備えた英雄。リッチョーリは紀元前1560年頃の実在の天文学者と考えた。



(四四)ヘロドトス(Herodotus、484-408B.)。ギリシャの歴史家、「歴史学の父」、歴史学の創始者。生涯、ギリシャ世界、北は黒海北岸、南はエジプト南端、東はバビロンなど各地の地理や習俗や歴史を調査・見聞を広めた。ペルシャ戦争を主題と
した『歴史』著



(四五)ヘシオドス(Hesiodus、?~735B.)。ギリシャの詩人。ボイオチヤ生まれの詩人で少年時代牧童。詩神ムウザ(Mousai)の示現により詩人になったと伝えられる。神々の系図『神々の起源』、『農業の詩』。



(四六)ヒッパルス(Hippalus、?~120)。ギリシャの航海者。アラビアからインドまで外洋を渡った。航海におけるモンスーンの重要性を発見。



(四七)ヒッパルコス(ヒッパルカス/ヒッパルクス)(Hipparchus、BC190-125頃)。ギリシャの天文学者。占星術の祖、地球を中心にした太陽系モデルの輪郭完成。球面三角法の創出。春分点の歳差運動(地球自転軸の首振り運動)を発見(乙女座のスピカの位置が過去の観測とは東にずれている)。最初の科学的な、1022の恒星カタログ編纂で星の明るさによる分類、経緯度を用いた座標の表現など、現在でも用いられている手法を生み出す。月までの距離38万kmをすでに測っていた。地球軌道が正円形でないこと、月の運動の不規則性などを発見。星の明るさ1等~6等の分類。弦の表、恒星表。太陽年の長さ。



(四八)ヒポクラテス(Hippocrates、460-377B.)。ギリシャの医者、医学の父。医師に高い倫理性と科学的客観性を重んじることを教えた。ヒポクラテス学派医師達によって、私たちの知っている医学の第一歩。彼らは迷信や魔術と手を切り体系的な観察によって生命機構の不調の原因を熱心に追求、医師が何よりも先に患者に責務を負っていることを宣言する一連の倫理原則を遵守。4種類の体液説(400BC頃)。ヒポクラテスの木→プラタナス(スズカケの木)の木の下で医師たちに医の道を説いた。アレクサンドルの医師によって集められた『ヒポクラテス全集』。



(四九)イカルス(イカロス/イーカロス)(Icarus)。ギリシャ神話。父ダイダロスとともにラビリュントス脱出のため、父発明の蝋付けの翼を身に付け、クレタ島から飛んだがあまりに高く飛んで太陽に接近、蝋が溶けて、イーカリオス海に墜落死。



(五〇)イシス(Isis)。エジプト神話。オシリス神の妻であり、ホルス神の母。 死者の内蔵を守る4人の保護女神の一人。頭上に王座をのせた女性あるいは牛の角をもち日輪をつけた女性として表現される。



(五一)ユリウス・シーザー(カエサル/ケーザル/ジュリアス・シーザー)(Julius Caesar 、100~44B.)。古代ローマ皇帝, ローマ暦をユリウス暦(旧太陽暦)に変え最初に広めた(102-44B)。リッチョーリはシーザーが暦を改定したことを評価して命名。『ガリア戦記』『内乱記』。



(五二)キディンヌ(キヂニー)(Kidinnu、?~343B.)。バビロニアの天文学者。二つの同じ月齢の間の平均期間(朔望月)は、29.530589日。僅か0..0005日、時間に直して432秒の違いでしかない。  
クレーター Leucippus レウキッポス(ロイキプス)   56    1970 29.1N/116.0W et Democritus:ギリシャ 哲学者(不明- 440B).原子理論、哲学的な不可分の究極粒子「原子」、運動を実現するもの「空虚」という。



(五三)ルキアノス(ルーシャン)(Lucian、125~190)。ギリシャの作家。シリア生まれ。小説家、詩人、軽妙なユーモアと痛烈な皮肉でエセ哲学者やエセ予言者、神秘主義者らをからかい罵倒した。古代ローマの皮肉屋にしてパロディスト。『ベラ・ヒストリア(本当の歴史)』著は、月への空想宇宙航海物語としては最古である。



(五四)ルクレテウス(ルクレチウス)(Lucretius、95-55B)。古代ローマの科学的な哲学者。.意識は死によって終わる。精神の不滅はない。詩で書かれた宇宙論『物の本性について』。      

 (以降の行論では、上記(四八)のヒポクラテスが重要になる。こ項も、他の項と同じく、「Monnlight―月世界からの報告」(http://www12.plala.or.jp/m-light/index.html)に依拠している。この項、続く)。

 


須磨日記(3) 古代ギリシャ哲学(35) クレーター(3)

2008-06-21 23:07:06 | 古代ギリシャ哲学(須磨日記)

(一八)ボエティウス(Boethius、480-524)。ギリシャの物理学者。ローマ帝国貴族。ローマ帝国最後の哲学者・著作家であり最初のスコラ哲学者。数学を四つの部門、算術・音楽・幾何学・天文学に分類、これらの四部門を「四科・クアドリウム」と呼ぶ。反逆罪に問われ処刑された。『算術提要』『哲学の慰め』。



(一九)カリッポス(カッリップス)(Calippus of Cyzicus、?~330B.)。ギリシャの哲学者。一年が.365.25日と、365日より回帰年に対する正確な値の発見。カリポス周期:太陽年と太陰年の公倍数76年の周期を作った。同心球形宇宙体系の理論。



(二〇)カタリナ(カタリーナ)(St. Catherine of Alexandria、?~307)。ギリシャ神学・哲学者。シエナ市の中心にはカタリナ大聖堂。十字軍を組織することを願い出た。



(二一)ケフェウス(Cepheus)。ギリシャ神話。エチオピアの王、天文学者、アンドロメダの父。ケフェウス座。



(二二)クレオメデス(Cleomedes、?~50B)。ギリシャの天文学者。屈折現象の研究、ストア派の天文学をまとめた普及書『天体の円運動理論』を残す。地平線付近での大気による屈折。



(二三)クレオストラトス(クレオストラタス)(Cleostratus、?~500B)。ギリシャの天文・哲学者。8年間に3回閏月をおく「8年法」を導入、アテネ暦(太陰・太陽暦)改良。



(二四) コノン(Conon、?~260B.)。ギリシャの天文学者。アルキメデスの友人、エジプトの日食記録を調べ暦を作成。プトレマイオス朝の宮廷に仕える。『かみのけ座』をつくる(ペレニケの髪:ペレニケはプトレマイオスⅢ世の妃)。



(二五)ダエダルス(ダイダルス/ダエダロス)(Daedalus)。ギリシャ神話のキャラクター。ギリシャの名工。日夜苦悶するパーシパエーの道ならぬ恋のために木製の牛を造った。パーシパエーは想いを遂げ、生まれたのが牛人ミーノータウロスでその牛人を閉じ込めるラビュリントス迷宮をも造る事に。



(二六)デモクリトス(Democritus、460-360B.)。ギリシャの天文・哲学・博物学者。原子論、実験・観察重視の姿勢、天の川は無数の星でつくられていることを提唱した初めての人。月の表面には高い山や深い谷がある。哲学的な不可分の究極粒子を「原子(アトム)」と呼び、このアトムは分割できず、いろいろな大きさ、形のもので発生することも消滅することもなく常に運動しており、それらの組み合わせや配列に従って、いろいろな物質を形成するものと考えた。運動を実現するものを「空虚(ケノン)」という。原子論は、古代ギリシャの初期唯物論の完成を示し、のちの物理学の礎を築いた(400BC頃)。



(二七)デモナックス(Demonax 、?~100B.)。人間的な善なるものすべてを蔑視し、あらゆる点において自由と自由な発言に身を委ねた。罪を犯すのが人間で、過ちを正すのが神や神々の如き人間であると考えた。



(二八)ディオニシウス(ディオニジウス/ディオニュシウス/ディオニシオス)(Dionysius 、A.D. 9-120)。ギリシャの天文・神学者。使徒パウロの最初のアテネの弟子。神の名前、神秘神学、天使の九階級および牧師の階層について。リッチョーリによると、彼はキリストが十字架に架けられたとき日食を観測。



(二九)ディオファントス(Diophantus、?~A.D.300)。ギリシャの数学者。代数の父。代数の方程式の解決策の、および整数論の研究。130の数学問題の収集研究。一次・二次方程式を解くための定理を確立。不定方程式、ディオファントス解析。



(三〇)エンデュミオン(エンディミオン)(Endymion)。ギリシャ神話の若い羊飼い、月の女神セレーネの冷たい心をひきつけた。女神がエンデュミオンにキスをすると永遠の眠りについた。



(三一) エピメニデス(パルメニデス)(Epimenides、?~596B.)。ギリシャの哲学・数学者。クレタ島の詩人、預言者。Epimenides Paradox。星々は火からできていると考えた。大地は球形で、宇宙をあらわす天球上のすべての点から等距離になるように釣り合っていると信じた。



(三二)エラトステネス(Eratosthenes、BC276-196頃)。ギリシャの天文・哲学・地理学者。アレキサンドリアの図書館長(BC240)。初めて地球の円周を46,250km程度(実際より15%過大)と測定した人。太陽までの距離と月までの距離を測定。「エラトステネスの球素数」を提案。 子午線の円弧。ナイル川の氾濫理由の解明。



(三三)ユークリッド(エウクレイデス/エウクリデス)(Euclides、?~300B.)。ギリシャの数学者。アレクサンドリアのアカデミーの創始者、ユークリッド幾何学の創始者。プラトンの弟子。ユークリッド幾何学『原論』(『幾何学原論』)と幾何光学の創始(光の直進、反射の法則:300BC頃)。「幾何学に王道なし」。『補助論』『図形分割論』『光学』。天文学では『諸現象』。



(三四)エウクテモン(エークテモン)(Euctemon、?~432B.)。ギリシャの天文学者。天気暦を編纂、星座は全て天気の変化との関連において示されており、みずがめ、わし、おおいぬ、かんむり、はくちょう、いるか、こと、オリオン、ペガスス、それとヒアデスとプレアデスの2星団が記されている。



(三五)エウドクソス(ユードクソス/エウドキアス)(Eudoxus、BC406(408)-355頃)。ギリシャの天文・数学者。プラトンの教えを受ける。天文学に数学的基礎を与えた最初の人。地球を中心とする同心天球説(後のアリストテレスの天動説)。惑星の運動を、中心を共有する球の集まりで説明しようとした。球面幾何学の創始。ユークリッドの比例論に基礎を与えた。『幾何学教科書5巻』。

                                   (この項、続く)

須磨日記(2) 古代ギリシャ哲学(34) クレーター(2)

2008-06-08 20:19:50 | 古代ギリシャ哲学(須磨日記)



(一一)アリスティルス( Aristillus、前二八〇年頃の人)。天文・哲学者。アレキサンドリア学派の初期天文学者。星のカタログOn fixed starsを発行。




(一二)アリストテレス(Aristoteles 、前三八三~三二二年)。天文・哲学者、.諸学問の基礎を作った。天動説;各惑星の属する天球が順番に層をなしている天動説を唱え、月より下の世界が土・水・空気・火の四元素からなり、月より上は完全な世界で第五元素エーテルでできている。真空を否定。物体は重いものほどその正しい位置に戻る性質が強いと考えた。従って、軽いものよりも重いものの方が落下速度が速いとした。天体は円運動、宇宙は球形で有限の大きさを持つと考え、同心球の理論を発展させた。地球は宇宙の中心にあって静止している。大地は平らではないという証明を与えた最初の人。地球の大きさを見積もった。月による火星の掩蔽を観測。動物分類、生物界の体系付け、発生学、四巻の『天体論』。四〇〇もの著書、現存五〇。



(一三)アルテミス(Artemis)。ギリシャ神話の女神。アポロン(太陽の神)の双子の妹。月の女神と狩りの女神。月の馬車を走らせている。



(一四)アトラス(Atlas)。ギリシャ神話に登場する巨人タイタン族の一人、地球の果てに立ち、肩で天空をささえている。



(一五)アウトリュコス(Autolycus、?~前三三〇年)。『運動する天体について』。球体の幾何学。エウドクソスが提唱した同心天球説にもとづいて天文学を論じた。著書『出没について』はアレクサンドリアの学校で使われ、後にアラビア語、ラテン語に訳された。



 (一六)アガタルキデス(Agatharchides、前一〇〇~一五〇年)。地理・哲学・歴史家・博物学者。.ピラミッドの底辺の長さの和が地球の外周を二四時間としたときの、五秒であるとした。多くの国々に関する地理的民族誌学。植物および動物(例えばウスバカゲロウ、サイ、キリン、巨大なヘビ等)の異常な種について記述。アラビアおよびアフリカ東部民族の生活様式記述。エチオピアの金鉱について。ナイル川の周期的な氾濫の現象について説明。



(一七)アグリッパ(Agrippa、?~後九二年)。天文・弁護士・神学・神秘学。Constructio magnaの中で月の動きから春分点のズレをチェックした。
 http://www12.plala.or.jp/m-light/Geograph/CraterA.htmlでは、アルファベットAを頭文字とする名前をもつクレーターを九〇個挙げている。そのうち、古代ギリシャ関連のものが上記のように一七個もある(他の頭文字についても、後で列挙する)。これはかなり高い数値であると見なせる。


  一七のうち八つは、ジョバンニ・バティスタ・ リッチョーリが名付けたものである。古代ギリシャだけでなく、中世までのギリシャ、中東まで広げるとリッチョーリは二六と、約三分の一ものクレーターの名付け親である。


 リッチョーリは、イエズス会にのメンバーで、自由落下物の加速度を計算した最初の人である。

 
著作に、Almagestum novum(1651)、Geographiae et hydrographiae reformatae libri(1661)、Astronomia reformata(1665)、Chronologia reformata(1669)、Tabula latitundinum et longitudinum(1689)等々がある。


 イエズス会の立場上、彼は、ポーランド人のコペルニクス(Copernicus、一四七三~一五四三年)の太陽中心説(heliocentric theory)に反対したが、それはポーズだけであったようだ。なぜなら、彼が発見した巨大な月のクレーターに「コペルニクス・クレーター」と銘々していることからそうしたことが推察される。



 クレーター名だけでなく、月に関する多くの用語は、彼と共同研究者のフランチェスコ・マリア・グリマルディに負うところが大きい。



  コペルニクスだけでなく、ケプラー(Kepler、一五七一~一六三〇年)やガリレオ等々、イエズス会の教義に反する理論を打ち出した大物たちの名を彼はクレーターに刻んだ(Giovanni Battista Riccioli, Wikipediaより)。
  (この稿続く)

(須磨日記(1))古代ギリシャ哲学(33)月のクレーター(Crater)(1)

2008-06-07 12:55:54 | 古代ギリシャ哲学(須磨日記)

 
 「消された伝統の復権」長い休眠、申し訳ありませんでした。勤務先の変更で環境適合に時間がかかったためです。これから再開します。

 いくつかのコーナーに分けて連載します。
 最初は「古代ギリシャ哲学」コーナー再開です。きちんとした理解を得るべく皆様のご支援をお願いします。再開第1回は「月のクレーター」ついてです。

 これまでの失敗に懲りて、一回分をA4で1~2枚に限定し、読者諸氏に気楽に読んでいただけるように工夫します。写真等は、ブログ編集部の尽力によります。本山美彦


  月のクレーター(Crater)(1)

 
 クレーター (Crater) とは、爆発や衝突によって作られる凹地のことである。広義のクレーターは、火山の火口や爆発事故・爆弾によって生じたものを総称し、狭義のクレーターは、隕石孔(いんせきこう)のことを指す。

 「古代ギリシャ哲学」の連載の再開を月のクレーターから始めたのは、クレーターが古代ギリシャ語であることによる。



 一六〇九年、ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei、一五六四年二月一五日~一六四二年一月八日)が、天体望遠鏡によって、月面に多数の円形の凹地を確認した。この地形をギリシア語のコップ、椀を意味する語からクレーターと命名した。

 月の大きなクレーターには、主に科学者の名前が付けられている。この習慣は、イタリアのジョバンニ・バティスタ・ リッチョーリ(Giovanni Battista Riccioli、一五九八年四月一七日~一六七一年六月二五日))とフランチェスコ・マリア・グリマルディ(Francesco Maria Grimaldi、一六一八年四月二日~一六六三年一二月二八日)から始まった。



 彼らは自分達が作成した月面図に月の北部のクレーターに古い時代の人物の名を、南部のクレーターに新しい時代の人物の名を命名して発表した(ウィキペディア「クレーター」より)。

 そして、古代ギリシャ哲学者たちの名前が数多く付けられている。
 アルファベット順に列記する。



(一)アレキサンドロス。あの大王。マケドニア王(前三五六~三二三年)。ヨーロッパ、アジア、アフリカにわたる大帝国を作った。バビロンで熱病に倒れ三二年の短い生涯を終えた。征服地にギリシャ人を移住させ、東西文化の融合を図った。そこから新しいヘレニズム文化が生まれた。



(二)アナクサゴラス(Anaxagoras前五〇〇~四二八年)。 天文・哲学者。.物質と精神を対立させた二元論。月は太陽光を反射し輝いている。日食と月食の正しい解釈。太陽は赤熱した巨大岩石、鉄の塊と主張し惑星も恒星も土の塊と説明した。惑星を神としていたギリシャ人の怒りを買い、追放され不敬罪で告発されたが後にアテネの権力者になるペリクレスに助けられた(後述予定)。月にも平野や山や谷があると考えた。天体の距離を、月、太陽、惑星、恒星の順で近いとした。万物はアトムによってできていると考えていた。



(三)アナクシマンドロス(Anaximandoros、前六一一~五四七年)。哲学・天文学者。ターレスの学説継承発展者。開いた宇宙、宇宙起源論と渦運動。月は地球の一九倍の大きさを持つ一つの輪である。それは、太陽と同じく、戦車の車輪のようなもので、その外輪は中空であり、火が満ちている。その輪には取っ手が二つあるふいごの穴のように、ひとつの口が開いている。日月食はその輪の回転によって生じるのである。宇宙は、大地は円盤状の板でまわりを空気が球形にとりかこみ、周囲を太陽・惑星・恒星が回る。半球ではない全球の宇宙を世界で初めて記述。



(四)アナクシメネス(Anaximenes、前五八五~五二八年)。天文学者。ターレスとアナクシマンドロス学説の継承発展者。万物の根元は空気であり、それが濃くなったり薄くなったりして変化することによって、全てのものが生じると考えた。地球は平らで、太陽、月、恒星は火からできており、恒星は透明な天球上に固定されているとした。また、惑星と恒星を区別した最初のギリシャ人。



(五)アポッロニオス(Apollonius、前二六五~一九〇年?)。古代ギリシャの三大数学者・幾何学者。「円錐曲線論」研究。太陽、月、惑星の運動を説明する為に周転円理論を初めて作る。惑星運動を周転円運動と離心円運動で取扱う。惑星は太陽の周囲をめぐり、太陽は地球のまわりを回ると考えた。天体の軌道。円錐曲線について八冊の論文はケプラーの時代になって天体軌道を記述するものとして重用。円周率はアルキメデスよりも正しい値を出したと云われる。



(六)アラトス(Aratus、前三一五~二四五年?)。天文学者・詩人。天文や気象の知識をまとめた『ファイノメナ』と いう長詩、星と四八星座のいくつかの神話との特徴の関係。特にペガサス、アンドロメダおよびプレイアデスなど多数の星座の記述が初めて登場する書物として重要。惑星運動・天球円・出没時刻・暦なども述べられている。ファイノメナはエウドクソ スの著作が基になっている。



(七)アルキメデス(Archimedes、前二八七~二一二年)。物理・数学・科学者・発明家。古今を通じての最大の数理科学者。てこの原理と重心の理論、アルキメデスの原理、反射鏡幾何学、重心概念、浮力原理、面積や体積の高度な理論、円周率計算、流体静力学。シラクサが陥落したときローマ兵に殺された。そのときまで数学の問題を解くのに熱中していたという。殺されるとき「わたしに足場を与えよ、地球を動かして見せるから。」と言ったという。



(八)アルキタス(Archytas、前四二八~三四七年?)。 数学者・哲学者・政治家、力学の父親。滑車の原理発見、比例理論、算術と等比数列を識別、立方体を二倍にする問題の解決策を発見。ねじと滑車の発明者。機械的な飛行の祖。



(九)アリアデウス(Ariadaeus、前三一〇~二三〇年?)。バビロンのマケドニア王年代学者。日月食に関するバビロニアのリストにある。アレクサンドロス大王の異父兄弟および後継者。



(一〇)アリスタルコス(Aristarchus、前三一〇~二三〇年?)。天文学者。.地動説、惑星の明るさの変化。コペルニクスより一八世紀も前に、太陽中心の宇宙を提唱し、地球は太陽のまわりを運動していると主張。日時計を使って夏至の日を正確に測定。また太陽と月の距離や大きさを、科学的方法で推定。月の視直径の変化を観測。半月時の月の形から太陽は月より二〇倍遠いと計算。さらに月食時の地球の影の大きさから、月の大きさを地球の三分の一と測定。月と太陽の見かけの大きさが等しいことから、太陽の大きさは地球の七倍と導く。太陽までの距離を四八〇万キロメートルと最初に求めた人。唯一の著作『太陽と月の大きさと距離について』。
 (「クレーターA」, http://www12.plata.or.jp/m-light/Geograph/CrtaerA.htmlより)。

 このような偉大な先行者たちが、正統派から排除されたギリシャ哲学の忌まわしい歴史の教訓を重視したい。このブログを「消された伝統の復権」と題した理由はここにある。(この「クレーター」コーナーは続く)