消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(251) 新しい金融秩序への期待(196)金融資本主義と労働(7)

2009-12-19 07:38:34 | 野崎日記(新しい世界秩序)


◆国内法で世界を裁くアメリカ

  そして一昨日でしたか、中国の外務大臣がアメリカ国債を買う意思がある、という発言をしています。これは、ガイトナーのときもそうでしたが、サマーズが恫喝して、中国を為替操作国とするということを言ったのです。一ヶ月ほど前のことです。為替操作国にするというのはどういうことか。USTR(アメリカ通商代表局)という巨大な権限を持った組織があります。ここが日本を制裁しろという内容の報告を毎年三月に出します。一度、郵政民営化の話がひっくり返っていたのを小泉が必死になって盛り返したのは、あのとき、トヨタが血祭りにあげられるはずだったのです。USTRが「たすき掛け報復」といって、郵政を民営化できなかったら日本の一番強い産業である自動車をいじめるというものです。これが「世界貿易障壁報告」で、議会に報告されます。そうなると、スーパー三〇一条で制裁措置が取られます。あのときは郵政民営化でしたが、結局トヨタが怖いものだから、へなへなとなったんですね。

  一ヶ月ほど前、同じようなことが中国に対してあった。中国は元が安すぎる、高くしろという要求です。政府が元を操作しているとして、為替操作国認定ということをやったのです。ということは、中国製品の何が代表かわかりませんが、アメリカは制裁措置をするでしょう。ちなみに中国の工業製品のほとんどはウォルマートを通じて販売されています。だからそういう形で何かをしているのだろうと思うのですが、一昨日の段階で、中国側が国債を買うという意思表明をしたら、「貿易障壁報告」の為替操作国という表現が消えました。これが外交というものですよ。アメリカというのは、国内法で世界を裁くんですね。そういうなかで、中国はさすがにしたたかにやってきている。

  FRBとオバマとの関係、権力との関係は調べてみる必要があるというので、私は必死になってFRBの設立からずっと調べました。中央銀行ですが、これがあるから戦争をするんですね。戦費調達のときに国債発行をして引き受けさせる。イングランド銀行はまさにそうでした。それを「通貨安定のために」という経済学はダメです。戦争をする金がない=引き受けさせる=中央銀行を作ろうという、これが権力です。そういうときに国家権力ではなく民間を使うわけですから、それなりの見返りをしていくというのが金融の歴史でした。だから、ケインズはイングランド銀行が大嫌いなんですね。それで、こういうこともちょっと我々は勉強しておかなければいけないという意味で、FRB、バーナンキの動きは気になるところです。

◆ニューディールを上回る資金供給約束

 レジュメの二番目の「ニューディールを上回る資金供給約束」というところに記していますが、みなさん驚いてください、フランクリン・ローズベルトがニューディール政策で出したお金は四九億ドルです。国家資金から出した、ケインズ政策だと、伝説的に語られていますが、公的資金の額は四九億ドルです。貨幣価値は違うとしても、現在価値でも八〇〇億ドルには届かないものです。それが、今のオバマは三兆ドルです。

  そして何よりも言いたいのは、「グリーン・ニューディール」というけれど、アメリカにグリーン・ニューディールを遂行する技術がひとつでもあるのかと言いたくなります。たとえば石油。世界のもっとも美味しいところしか採っていなかったものだから、大陸棚まで掘る技術がアメリカにはない。だから、石油価格の暴騰というのは、アメリカに供給能力がないということなんです。それで、ロシアにいってしまう。鉄道にしても、新幹線を走らせてみせてほしいと言いたくなります。無理でしょう。自動車もご存じのようなものです。私が言いたいのは、金融で大もうけして、しかもアメリカの純利益の三〇%が金融がらみであるということです。こういう世界を放置している責任は為政者にあると思います。そのために、アメリカ人には英語とウォルマートのような安売り店しか就職先がないんだということですね。こういう社会ができてしまった。そして、ドルを基軸通貨だというけれど、気がつくと、ドルを基軸通貨にしているのは中国と日本だけだった。こういうことになって、アメリカは今、地獄の瀬戸際に立っているということを認識しておいていただきたい。それに対してオバマは何らかの有効な政策を打っているでしょうか? 私は打っていないように思います。

金融規制反対だったオバマ政権の経済閣僚


 三番目に、「規制緩和反対であったオバマ政権の経済閣僚」。ここはちょっと詳しく見ます。ロングターム・キャピタルマネジメント(LTCM)が一九九八年に破綻します。ここはノーベル賞学者を二人も抱えたところです。私はこの頃に京都大学の経済学部長だったのですが、京都からの金融工学の発信ということで、ノーベル賞の受賞者をお呼びしたんですよ。ところが、ノーベル賞ってものすごいんですね、とにかくお呼びするのに何千万円もかかるんです。お金がなくて学長に泣きついてもダメで、卒業生に頭を下げて資金を集めたのですが、東京と大阪で二回講演をやったときの聴衆が合計三千人です。

  ここでノーベル賞の悪口ですが、ノーベル経済学賞はスウェーデン銀行賞です。スウェーデン銀行がノーベルを記念して作った賞で、他のノーベル賞とは違うのです。だから、「銀行万歳」というような、新しい銀行業務を開発した連中が九年連続で受賞したんですね。論文の数が五つ。それでノーベル賞がもらえてしまうんです。私はクルーグマンはノーベル賞を断ると思ったんです。あれだけ悪口を言っていたから。ところが、受賞したんですね。案の定、それまでの『ニューヨーク・タイムズ』のコラムは本当に良かったのですが、全然ダメになりました。これにはどうも裏話があって、イギリスのブラウンが動いたらしいです。とたんに、あのクルーグマンがブラウン万歳になりました。だから、私はあれからもうクルーグマンは絶対読まなくなりました。

 話を戻しますと、ノーベル賞受賞者を二人も抱えたロングターム・キャピタルマネジメントが倒産した。これは大変だということで、このときにみんながお金を出し合ったのですが、お金を出さなかった唯一の銀行がありました。これがリーマン・ブラザーズです。だからリーマン・ブラザーズは殺されたのですね。そして、この号令をかけたのがルービンとサマーズだったのです。日本と同じで、いじめられるんです。そしてリーマン・ブラザーズがつぶれた。

   この一九九八年に、商品先物取引委員会のブルックスリー・ボーン委員長が金融規制の必要性を言明しました。この人が女性で、初めてチェアマンではなく「チェアパーソン」という言葉が使われました。この人が、こういう金融取引、特に先物を自由奔放に動かすことを認めれば、アメリカは絶対につぶれるというので、規制を立法化しようとしました。そのときに、グリーンスパン(前FRB議長)とルービン、サマーズ、この三人が委員長を呼びつけて、「財務省副長官室(当時のサマーズのところ)に十三人のアメリカを代表する金融実務家たちがいて、もしこの金融規制をやったらアメリカには大恐慌が来るだろうと彼らは言っている」、そう恫喝して規制導入を引っ込めさせたのです。引っ込めさせただけでなく、グリーンスパンとサマーズの連名で、デリバティブを政府管理下に置こうという動きに対して反対する報告書まで出しました。そして一九九九年、先ほども言ったように、ルービンが金融近代化法で何でもありということにしたのです。

 そして二〇〇〇年、商品先物近代化法ができて、商品先物は一切規制してはいけないということになった。このときの三悪人がそのままオバマ政権に入ったことを、私たちはなぜ重視しないのか。つまり債権の証券化、あるいはデリバティブ、レバレッジ、これはてこの原理ですね。さらに、投資銀行は投資内容を明らかにしなくてもよくて、格付け会社があるというのは本当にいいのだろうか。モノラインというのは保険会社のことですが、その経営はどの程度透明なのか。このような大問題に対して、オバマ政権はひとつでも切開できているでしょうか。まったくできていない。確実なのは、口先約束の破綻からくる経済の奈落です。約束を果たしたのちのハイパー・インフレーションの恐怖。それこそ本格的な恐慌の到来であろうと思います。