◆人々に雇用を与えるのが「オイコノミカ」
ご存じのように、エコノミーの語源というのはオイコノミカです。アリストテレスがこの言葉で、人々に雇用を与えるのが経済であるとしたわけです。先ほどアリストテレスの悪口を言いましたが、ここはすごいところです。ギリシャ人はお金のことをノミスマと言って、これはノモスの産物、社会的合意の産物です。金や銀がお金ではないのは、これは自然の産物だからで、取り替えるのは嫌だということができる。しかし、社会的にこれがお金だということを決めたら、みんなが受け取ることができる。そして具合が悪くなったら辞めたらいい。つまり、合理的な合意の産物ということで、お金のことをノミスマと呼ぶ。アリストテレスはこのようなことを言っています。それに感激して私は『ノミスマ』という本を書いているのですが、なんと出版社が情けなくて、宣伝文に「ノミマス」と書いちゃったんです(笑)。
アリストテレスがそこでもっと強調しているのは、論敵ターレスの話ですね。アリストテレスを嫌いだなあと思ったのはそのターレスの悪口を聞いてからなんですが、ターレスのほうがアリストテレスより遙かに優れた学者です。それをアリストテレスは貶めるんですね。ターレスという先生が、今年の夏は暑くなりそうだ、暑くなればオリーブがよく実るだろう、オリーブがよく実るからオリーブ油がたくさん作られるであろうと考えたというのです。そうするとオリーブの実を圧搾しなくてはならない。その圧搾機が飛ぶように売れるであろう。そう見越したターレスは、圧搾機のメーカーに対して、売るときには私に売ってほしいと口約束をして、それだけで一銭も払わなかった。果たしてターレス先生のいう通り、世の中がそういうことになった。みんなが機械を求めて走り回るときに、機械メーカーの人たちは、ターレス先生に売る約束をしているから他の人には売れない。ターレス先生は、そういうことなら売買契約を破ることになるのでといって、保証金を要求した。それで、一銭も使わずに莫大なお金を儲けた。そのツケはオリーブ油の値段に転嫁されて、これがアテネ市民を苦しめた。
アリストテレスは、このターレスの悪口をもとに、だから金儲けのための学問はダメなんだ、共同体に存在する人間がみんな自分の仕事を確保できるというように、つまり果樹園の経営と同じことをしなければならないんだと言うわけです。だから、経済学的なことをオイコノミカと名付けた。情けないことに、この言葉が日本に伝わってきたときに「家政学」と訳されてしまったのです。だから日本ではオイコノミカは家政学、家政学部の名前になってしまっています。
◆金儲けなんて一秒でできる
それで、実はターレスは全然そんなことを言っていないんですよ。ターレスというのはすごい人で、absent-minded professorという有名な言葉がありますね。ターレスは天文学者ですから、うわのそらで、日がな一日、空ばっかり見ていた。そして、蹴つまずいて池の中に落ちた。上の空で情けない、こんな大先生がこんなしょうもないことをするのかということで、近所のおばさんたちに笑われた。それで、うわのそらの学者、absent-minded professorの元祖がターレスです。
ターレスは、「属人的な金儲けなど、私は一秒でやってみせる。しかし人類にとって、人生にとって大事なことはそれじゃないんだ」ということを言ったのです。その、金儲けなんて一秒でという、その瞬間の話だけを取り出すから、私はアリストテレスやプラトンは大嫌いなんです。全体を見ることができないのですね。まあ、それはともかく、アリストテレスの金儲け批判自体は非常に正しいですね。デリバティブというのはまさにこれで、口約束です。その口約束で儲かる。ものすごく儲けた連中はそれで満足するかもしれないけれど、それ以外の連中はその膨大なツケを払わされる。これを紀元前のギリシャ哲学がすでに看破していたのはすごいことで、それで私は一冊の本を書いてしまったわけです。もう二十年ほど前の話ですが、そのときに批判したことがそのまま現在、増幅されて伝わったということです。それを覚えていた岩波新書が、あの本は面白かったから、現代版にして書いてくださいということで書いたのが『金融権力』です。
アメリカの金融権力は、日本経済をどのように変えてきたのか?
◆歴代大統領が語った金融権力への批判
レジュメの内容はあとの方で話しますので、しばらくはレジュメなしでしゃべらせて下さい。今日ここに来る前にやっとできた論文があって、少しその話をします。アメリカという国を理解するときに、現在(のアメリカ)で批判してはいけないだろうと私は思うのです。アメリカというのはやはり懐の深い社会で、今のアメリカを牛耳っている連中は、このわずか二、三十年を牛耳っているだけです。アメリカの本流というのはまったく別のところにあるということを言いたくて、それを今日、論文に書いて送ってきたところです。一つは労働金庫に、一つは信用組合連合会に送ったなかから、いくつかの内容を紹介させてください。みなさん、アレっと思われるかもしれません。
たとえば有名な一七七六年の独立宣言の起草者、第三代目大統領トーマス・ジェファーソンがこういうことを言って、中央銀行の設立を批判しています。「もしアメリカ人がともかく民間銀行に我々の通貨に対する支配権を認めてしまえば、最初はインフレーションを起こされ、次はデフレーションを起こされて、人から全ての財産が金融のほうに奪われていくであろう。子どもたちよ、その父たちが建国したこの大陸において、朝起きれば家なし子になってしまう。このように通貨発行権は銀行の手に奪われてしまったけれども、本来の所有者である我々米国民が通貨発行の権力を銀行から取り戻すべきである」。これがジェファーソンの言っていることです。
あるいは、エイブラハム・リンカーン。「北部の金融権力の方が南軍より強力な敵だ。私(リンカーン)の前には、南軍とならんで、それよりも強力な金融権力というものが後ろに控えている」。これが奴隷解放を行ったリンカーンの言葉なのです。
「金融権力は平和時には国民を餌食にするし、混乱期には国民をだますものである。金融権力は君主国家よりも専制的であり、独裁国家よりも横暴であり、官僚よりも独善的である。彼らは、彼らの手法を批判するか、彼の犯罪を暴こうとすると、全てのものを敵として論難し、社会から葬り去る。したがって金融権力の悪口をいうにはコソコソというしかない。」これが、ウッドロー・ウィルソンです。ロスチャイルドとかモルガンとか、そういう連中がFRBを作る、そのときに調印したのですが、彼は反対でした。それで、「私の人生で最悪の日である」と。これでアメリカはもうダメになるであろうと。
◆中央銀行は民間銀行の利益代表者
つまり私たちは間違っているんです。中央銀行というのは一つの中立な社会的権力で、あくどい民間銀行を取り締まるものだと思っています。そうじゃないんですよ。中央銀行は民間銀行の代表者、利益代表者なのであり、それが国家から独立するというと非常にかっこよく聞こえるけれども、今のアメリカを見ればわかるように、金融犯罪はアメリカから来たし、現在の金融危機はアメリカ発です。
では、オバマはアメリカの金融機構を変えるべく切開をやったかということです。さんざん悪さをして自ら傷ついてきて、つまり泥棒が空き巣に入って逃げるときに怪我をして、その怪我を治すためにどんどんお金を出している。空き巣に入ったとか犯罪を犯したとかいうことに対して、誰一人しょっぴかない。誰一人として捕まっていない。全世界にこれだけの悪影響を与えながら、アメリカ自身に自浄作用が働かないのはなぜかというと、中央銀行であるFRB(連邦準備銀行)が民間銀行の代表者であるという、ただそれだけのことなのです。そういったことに我々は全く気づいていない。中央銀行神話論が我々を支配している。
でも、肝心のアメリカでは、建国の父も金融権力に対する恐れというものを持っていた。実は、「金融権力」というのは私の発明した言葉ではありません。マネタリーパワーというのは、すでにジェファーソンが使っている言葉です。おそらく、オバマは火だるまになって早期退陣するでしょう。次に出てくる政権がどちらになるかわかりませんが、それがおそらく第二の本格的なブレトン=ウッズを作っていくだろうと、そこまでの展望で私は考えています。今回のように、ともかくお金をばらまいているのは、がん細胞を切開せずに、ただ血液や栄養を注入しているようなものです。がん細胞はもっと増殖するわけですから、結局、年末年始から来年にかけて、信じられないほどのハイパー・インフレーションが起こるでしょう。そのときに本格的な世界恐慌が来ると思います。そして、ヨーロッパを除いて世界の政権はひっくり返るだろうと思います。
話が飛びますが、今、ドルを支えているのは中国と日本だけです。財務省証券の保有は、中国が四分の一ぐらいで、日本が二〇%ぐらい。あわせてほぼ半分なんです。あとはBRICsとか、産油国が七~八%台、ロシアが四、五%です。並みいるヨーロッパの強国たちは、大体二、三%程度です。これでおわかりかと思いますが、「ドルがひっくり返れば世界がひっくり返る」と言っているのは日本だけです。ヨーロッパはドルがひっくり返ろうが関係ないんです。
そういう状況の中で、麻生さんは一五兆円を注ぎ込んだということで今度の選挙に打って出るのでしょうが、何もわかっていないのです。金融システムが傷ついた、お金を出す、そういうことで問題が解決されるはずがありません。ここを警告していかなければいけないのです。ところが、日本の論壇ではほとんどの方がそういう問題の立て方をしていない。この金融危機はいつ回復するだろうとか、株価はいつ頃回復するだろうかとか、情けなくなります。シティグループが業績回復できた、すごいと、今日はNHKが朝から大宣伝をやっていましたが、そういう問題ではありません。がん細胞を少しずつ摘出したのかということを考えるべきだと、私は思っています。