本稿は、宮崎政則氏のご論考(宮崎[2007])を紹介する形で、日本における資源外交の不在を憂うものである。
2007年「世界企業10傑」(the Economist, 1st of September, 2007)によると、1位エクソン・モービル、2位GE、3位と4位に中国企業が顔を出している。3位は中国商工銀行、4位はペトロチャイナであった。石油関連では、8位がロイヤルダッチ・シェル、9位がプーチン・カンパニーのガスプロムであった。
かつてセブンスターズと恐れられていた1970年代の欧米メジャーの凋落は著しく、世界10傑には、1位のエクソン・モービルと8位のロイヤルダッチ・シェルの2つしか入っていない。しかも、この2社が保有する鉱区の石油埋蔵量は全世界の3%程度しかない。かつてと異なり、外国資本による鉱区所有は困難になっているので、保有鉱区がこの3%という小ささはやむを得ないのだが、それでは、流通支配はどうかと見ると、なんと10%程度しかないのである。これは、無数の新興石油会社が台頭してきたことの帰結である。
そして、中国とロシアの国有メジャーが世界的大企業にまで躍進してしまった(宮崎[2007]、192ページ)。
スーダンの状況も様変わりを見せている。戦乱で困難の極みに達していると思いきや、大変な経済成長を実現させているのである。Los Anzels Times(August 27, 2007)は、米国から「テロ支援国家」と呼ばれているスーダンの首都ハルツームの5つ星ホテル、「アル・サロム・ロタナ・ホテル」のプールサイドで中国系豪商のくつろぐ姿を撮影している。
スーダンは、おかしなことに、経済制裁を受けた96年から経済が躍進し、2006年には13%もの経済成長をしてしまった。これは、同国への外国からの投資はわずか10年足らずで4倍以上になったことによる。
中でも、中国は、スーダンの石油施設に70億ドルを投じたとされている。20万人が虐殺され、「世界最大の人道危機」で苦しんでいるはずのスーダン(首都、ハルツーム)の独裁政権に対して、中国は、武器を援助し続けている。西側陣営はこれに反発し、北京オリンピックのボイコット運動も起こっている(同、193ページ)。
中国の旺盛な資源需要は、これまで、中国の人権問題に先鋭な批判を繰り返していたオーストラリアの態度をも変えさせた。
2007年時点で、オーストラリア産の鉄鉱石の40%が中国に輸出されている。しかも、2003年から2007年までに中国向け輸出は3~4倍に増大した。中国は、87年から2007年までに合計100億ドルにも及ぶ鉄鉱石をオーストラリア西部から輸入した。
東部のシドニーやメルボルンが不況、西部が好況になったのも、中国の対オーストラリア投資が、重要な要因である。西部に進出した中国の鉄鋼会社の数は、2007年時点で12社あった。2007年9月、胡錦濤がAPEC会議のついでにバース近郊の鉄鉱石採掘現場を訪れたときには、大歓迎を受けた。
このAPEC会議の直前、中国国有企業のペトロチャイナが、490億ドルに達する2つの協定をオーストラリアの企業と結んだ。
1つは、オーストラリア最大の資源開発企業であるウッドサイド社とのLNGの共同開発である。これは、2013年から開始され、中国向けの生産が行われる。
2つは、3つの巨大LNG基地を建設する協定である。江蘇省、河北省の唐山、遼寧省の大連に建設される予定である。この建設にオーストラリア企業が参加することになった。2010年の完成予定である。天然ガスはイランから25年の長期契約で輸入されることになっている(同、193ページ)。
天然ガスのパイプライン建設にも中国は邁進している。トルクメニスタンからカザフスタン、そして、中国新彊ウィグル自治区を経由して広州につながる全長7000キロメートルのガスパイプラインの敷設工事が決まり、2008年に着工する。すでに、カザフスタン─新彊ウィグル─上海のガスパイプラインは完成している(同、193ページ)。
北朝鮮とは、実質的に経済交流係を中国は深めている。米国は資源探査衛星を使って、北朝鮮に膨大なウラン資源が埋蔵されていることを確認した模様であるが、中国は、すでに、石炭、鉄鉱石、レアメタルの鉱山開発権利を確保している。ラジン、ソンボンの港湾改修工事も中国企業が行っている。これは日本海の出口である(同、194ページ)。
中国が石油輸入を開始したのは、1993年からである。中国は、国有石油会社を3つもっている。ペトロチャイナ、シノペック、CNOOC(中国海洋石油)がそれである。しかし、遅れて国際石油開発に参入した中国に残されている良好な鉱区は少なかった。ミサイルを売って、サウジアラビア、イラン、イラク、ベネズエラ、ボリビア、ブラジルに鉱区を確保した。サウジアラビアを除いて、これら諸国が、ベネズエラのチャベス大統領を先頭に反米の大合唱をしているのである(同、194ページ)。
ただし、政治的にはともかく、経済的にもこれら諸国が米国から離れるようなことはないだろう。むしろ、冷戦時代と同じく、これら諸国は、中国と米国とを競争させることによって、経済交渉を有利に進めようとしているだけのことである可能性がきわめて高い。
アフリカもまた、資源争奪戦の主たる戦場になってきた。Time(June 11, 2007)は、アフリカは、もはや暗黒大陸ではなく、資源大国、ペトロ大陸になった書いた。中国の石油輸入に占めるスーダンのシェアは8%で、イランの12%に次ぐ大きさである。スーダンでの中国企業の石油採掘量は日量50万バレルで、その3分の2が中国に向けられている。
現在、アフリカで479か所で石油井が掘られている。5億ドルが新開発事業に投じられている。まだ3万個所も開発可能な井戸があるという(International Herald Tribune, May 24, 2007、同、195ページ)。
米国も、アフリカに注目するようになった。ロシア、中央アジアのナショナリズムの台頭と、中東の混乱から、米国は本格的にアフリカの油田開発に積極的になっている。
北海油田やメキシコ湾に匹敵する可能性のある東アフリカ、つまり、ケニアからマダガスカルまでの海底資源は、まだ未開発である。そして、ウガンダとマダガスカルで膨大な石油埋蔵が確認された。マダガスカルの石油は、2007年夏から採掘が開始され、推定埋蔵量は100億バレルである。
タンザニアでも、ガスが確認された。ロイヤルダッチ・シェルは、タンザニアの自治区であるザンジバルの海底油田が開発可能と判断した。ただし、輸送面で困難であるとの認識も示した。欧米資本は、建設しやすいナイジェリア、アルジェリア、アンゴラなど少数の地域にのみインフラ建設を行ってきたに過ぎず、それ以外の地域には、欧米資本は進出していなかったのである。これが、未開発地域におけるパイプライン建設ラッシュにつながった。
エクソン・モービルは、ウガンダのアルベルト湖近くで2009年から石油の採掘を開始した。コンゴでは、カナダのヘリティジ石油と英国のタロー石油が軽油を生産している。タロー石油は、20億ドルを投じて、内陸部のウガンダからケニアのモンパサ港までの1300キロメートルのパイプライン建設を計画している。
タンザニア沿海部では、ブラジルの国有企業「ペトロブラス」とノルウェーの「スタットオイル」、「アミネックス」(欧米多国籍企業)が進出している(同、196ページ)。
2007年3月、タンザニアでアフリカ石油開発サミットが開催され、石油探査計画が検討された。その会議では、中国がもっとも積極的であったという。
2007年4月、エチオピアの石油探査基地で74名が反政府ゲリラによって殺された。うち、9名が中国人技術者であった。それでも、シノペッックは引き揚げていない。この基地には、4兆立方フィートのガスが確認済みである。周囲には、英国の「ホワイトナイル」、マレーシアの「ペトロナス」、スウェーデンの「ルンディンペトロ」等々の石油採掘会社がひしめいている。その多くが、エチオピアのオガデン地方で活動している。北京とアジスアベバには直行便がある(同、196ページ)。
ナイジェリアの首都ラゴスにも、ドバイ経由による北京からの便がある。ナイジェリアには5万人の中国人が住み、中国語新聞も発行されている。
中国政府は、2006年秋には、アフリカ53か国から42人の国家元首を含む1700人も招待した「中国.アフリカ.サミット」という巨大イベント開催した。胡錦濤主席と温家宝首相は、手分けして、アフリカ諸国を歴訪した。2007年時点で、中国は、46か国に大使館を設置している。ちなみに、日本はアフリカでは、24か国にしか大使館を設置していない。
ナイジェリアは中国にとってアフリカで第2位の貿易相手国である。2006年4月、オバサンジョ前政権との間で、「戦略的パートナーシップ」の覚え書きが交わされた。中国が結んだ高いレベルの覚え書きとしてはアフリカで最初である。
2001年には、両国間の貿易は、10億ドル未満であったものが、2002年20億ドル、2006年30億ドルとなった。石油以外の品目では4倍以上にもなった。
これまで、ナイジェリアは、欧米メジャーとの関係を重視して、中国との石油契約をしなかった。しかし、武装ゲリラに襲撃されて生産が半減し、メジャーも撤退の気配を見せている。その間隙を縫ったのが中国のペトロチャイナであった。同社は、2005年に8億ドルの契約をナイジェリア政府と交わした。2006年には、CNOOCが40億ドルの鉱区開発権をナイジェリア政府と交わしている。
中国はナイジェリアに5億ドルの貿易信用枠設定して、水力発電所建設、製油施設改修など7つのプロジェクト契約を結んだ(同、196ページ)。さらに、中国政府は、ナイジェリア前国防相が保有していた海底油田鉱区を買い取った。また、日量11万バレルを精製できるカドナ精油所をも買収しようとしている。ただし、後者の取引は、前政権の汚職絡みで裁判中である(同、197ページ)。
中国政府は、ナイジェリア政府に「レッキー自由貿易地区」の設置をもちかけている。150平方キロメートルの敷地に50億ドル投資予定である。2006年5月に大枠の内容が発表された。この自由貿易地区では、3万人の雇用が期待されている。
ただし、これまでの実績からすれば、ナイジェリアで設立された中国の繊維企業は労働者も中国から連れてきたので、現地雇用を増やさなかった。それどころか、ナイジェリアの民族系繊維企業は65社が倒産、15万人がレイオフ(米国ジェームズタウン財団発行のChina Brief, May 31, 2007)されてしまった。そのせいもあって、現地住民の間では、反中国感情が大きくなっている。アンゴラ、アルジェリア、南ア、ボツワナでも同様である。ウリという港町では中国人の自動車に爆弾がしかけられ、これは、中国人への警告であるとの犯行声明が出された。「われわれの命と生活を守る資源を中国が盗もうとしている」というのが声明の内容であった(Financial Times, 1st of May, 2006)。
米国はナイジェリアにおける人身売買や少女売春などの人権問題を糾弾している。シェブロンは相次ぐ武装襲撃.誘拐に悲鳴を上げて逃げ出そうとしている。そうした状況下で、中国政府が、ナイジェリア政府に武器供与、軍事技術供与を続けているのであ(同、197ページ)。
中国の石油政策が、ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領の反米姿勢を支えている。南米の反米路線が、世界の新らしい多極化の幕開けを告げるものか、単なる援助を受ける額を増やすための、冷戦時代に見られた駆け引きの再現に過ぎないのかは、まだ不明である。しかし、チャベスの反米キャンペーンが、南米諸国の人々の共感を呼んでいる事実は無視できない。
米国の石油輸入の12%はベネズエラからのものである。チャベスは、200億ドルを投じて、ブラジルへのパイプラインを建設中である。チャベスは、自分になびくニカラグア、ボリビアなどの周辺国に年間60億ドル程度の援助をしている。その額は、米国の40億ドルよりも大きい。
チャベスは、南米反米同盟を創設しようとし、チリ、アルゼンチンにもパイプライン建設を計画中である。ボリビアでは、モラリスが大統領になるや否や、石油とガスの国有化を宣言してしまった。エクアドル政府は、自国内で操業しているオキシデンタル石油に対して、石油代金が値上がりすれば自動的に増税することを通告した。
南米諸国における反米路線を修正させるべく、米国は懸命になっている。2007年3月8日から14日まで、ブッシュ大統領は、いまでは、親米政権をもつペルーはもとより、ブラジル、ウルグアイ、コロンビア、グアテマラ、メキシコを歴訪した。
同時期に、チャベスは、アルゼンチン、ボリビア、ニカラグア、ジャマイカ、ハイチを歴訪して反米を叫んで拍手を得た(同、198ページ)。
チャベスは、自らをマオイスト(毛沢東主義者)であると広言するほど、自らの反米の姿勢への支援を中国の保守路線に仰いでいる。北京を4回訪問している。
チャベスは、国内ガソリン価格をリッター20セント、つまり24円程度の低さに抑さえているように、ベネズエラの福祉を充実させている。しかし、新油田の開発費用に石油受け取り代金を回していないので、いつかは、石油収入の落ち込みはあると思われる。このときが、チャベス大統領の退陣のときなのであろう(同、197ページ)。
ただし、南米では、反米感情と並んで反中感情も同時に高まっている。ブラジルでは、資源だけを買い、中国製品で溢れさせている中国の政策への非難が高まっている。コロンビアでも、中国繊維が溢れ、中国からの繊維製品が2001年から5倍になった。コロンビアには、数年以内に国内繊維産業が壊滅するのではないかとの恐怖がある(Bloomberg News, April 3, 2007)。コロンビアでは、過去3年間で綿糸製品工場から1万4000人が解雇された。これは先進国での原産地割当枠を潜り抜けるための中国系企業の進出の結果である(同、198ページ)。
グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、ドミニカの中米6か国はCAFTAを米国と結んでいる。繊維製品をこれら諸国から米国に輸出するさいに、数量、特恵面で優遇されるという特別枠が米国から供与されている。にもかかわらず、これら6か国の米国での繊維繊維販売額は、低下し続けている。14億ドルあったこともあったのに、2006年時点では8億5000万ドルに低下している。中国製品に押されているのである(同、199ページ)。こうして、国内の企業との関連からこれら諸国の反中感情は高まっている。
中国は、中央アジア5か国にもすでに地歩を築いてしまっている。これら5か国は、いずれも、イスラム諸国である。豊富な地下資源に恵まれているために、これら諸国は世界中から熱い視線を向けられている。トルクメニスタンはガス、カザフスタンは石油、ウズベキスタンはガスとレアメタル、タジキスタンはレアメタル、キルギスもレアメタルを武器としている。そして、これら諸国は、中国を主役とする「上海協力機構」に参加している。
たとえば、カザフスタンにおいて、中国は、武器輸出と引き替えにすでに利権を確保している。カザフスタンと新彊ウィグル自治区との間の鉄道も90年に再開されたほどである(同、199ページ)。
日本は、やっと2007年5月に、初めてカザフスタン詣をしたにすぎない。それほど、日本は、この地における資源争奪戦への参加面で大幅な遅れをとっっている。カザフスタンが世界第2をウランを埋蔵しているからである。日本は、原子炉建設の見返りにウランを確保しようとしている。
東芝が、自社の保有すウェスティングハウス(WH)株の10%をカザフスタン国営原子力事業会社「カザトムプロム」に譲渡し、そこで原発を作り、見返りにウランを得ようというのである(同、199ページ)。さらに、東芝は丸紅からカザフスタンのウラン鉱山権利を取得した。カザフスタン南部のハラサン鉱区である。これには、東京電力、中部電力、東北電力も参加している。これで、2014年から40年間ウランを取得できるという。これは、日本の精錬ウラン原料需要の25%が賄える分量である(同、200ページ)。
中国は、イランに近いパキスタン南部の寒村、グアダールを大規模な港に変えようとしている。中東原油の中継地にしようとしているのである。
この港の近くには、米軍のディエゴ・ガルシャ海軍基地があるので、米国側を苛立たせている。しかし、現地の開発工事に従事する中国人たちの不道徳な行状が、現地の敬虔なイスラム教徒たちをもっと苛立たせている。2007年イスラマバードで、「赤いモスク」に立てこもる数百人がパキスタン政府から殺害されるという事件があったが、殺害された宗教家たちは、中国人への反発、そして、中国と結託して企業利潤の奴隷になっている政治的指導者への反発から蜂起したものであった(同、201ページ)。
資源争奪戦を注視するとき、否が応でも、日本の存在がゼロに近いことに気付かざるを得ない。マレーシアは、石油会社のペトロナスを躍進させている。ベトンムも、沖合海底油田開発に懸命になっている。ミャンマーも、中国からの援助で沿海の海底油田開発に着手している。カンボジアとミャンマーの沖合に海底油田が発見されたのである。バングラデシュの沖合にも海底油田が発見された。
そうした動きの中で、中国が着々と地歩を固めている。しかるに、日本は世界から買うだけで、資源に関しては、受け身の姿勢しかとれないでいる(同、201ページ)。
引用文献
宮崎政弘[2007]、「アフリカ.南米、2大陸を蹂躙する中国エネルギー戦略」『諸君!』2007
年11月号。