消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.132 ペリー財閥

2007-07-16 19:03:18 | 対日工作員たちの人脈(福井日記)


 1994年1月の米国クリントン政権の国防長官に就任したウィリアム・ペリーは、日本をこじ開けたあのマシュー・ペリー提督の末裔である。ペリー一族は、巨大な富を蓄積して「ボストン財閥」を形成している。

 マシュー・ペリーよりも、米国では兄のオリバー・ハザード・ペリーの方が有名である。兄は英国と戦った米海軍の提督で、米国では、ペリー提督といえば、この兄を指す。



 兄のひ孫にアリスがいた。彼女がボストン上流階級のジョセフ・グルーに嫁ぐ。

 
グルーの親友がフランクリン・ルーズベルトである(グルーが2歳年上)。1931年の満州事変の翌年、グルーが日本大使として赴任し、三井・三菱財閥と接触する。中国における石油利権を狙っていたとされる。

 グルー一族のジェーン・グルーは、J.P.モルガン・ジュニアの妻である。

  弟のマシューの娘にキャロライン・ペリーがいた。

 
彼女が、オーガスト・ベルモントと結婚した。このオーガストこそ、ベルモント財閥、つまり、ボストン財閥を創始した初代オーガスト・ベルモントの父である。、

 初代ベルモント商会会長の父は、もともと、ドイツのロスチャイルド兄弟商会の社員であり、この商会の命令で、1837年、フランクフルトからニューヨークに派遣された。

 
その長子が、ベルモント商会を設立したのである。つまり、ベルモント商会の出自はロスチャイルド米国支店であった。ロスチャイルドの資金を使って、ベルモント商会は、企業買収を繰り返し、全米の金融機関を支配下に収めていった。

 ベルモント一族が飛躍したのは、ベルモント商会を設立した初代オリバー・ベルモントが、全米一の大富豪、バンダービルト家のウィリアム・バンダービルトの最初の妻、アルバと結婚したことによる。アルバは莫大な慰謝料をもらって、1895年にウィリアムと離婚し、ベルモント商会を創った初代オリバー・ベルモントと再婚したのである。

 バンダービルド一族には、「風と共に去りぬ」、「スター誕生」、「レベッカをプロデュース、つまり、投資したコーネリアス・バンダービルト・ホイットニーがいる。

  このアルバの娘が母の命令で嫁がされた先が、英国貴族、モルバラ公爵のチャールズ・スペンサー=チャーチル。英国首相、ウィンストン・チャーチルの従兄である。

 このモルバラ公爵の妹にリリアンがいた。

 
このリリアンが、セシル・グレンフェルに嫁ぐ。セシルのまた従兄がエドワード・グレンフェルである。

 エドワードは、モルガン・グレンフェル投資銀行(1909年)の創業者である。

 
エドワードは、イングランド銀行総裁の息子である。1900年、ロンドン・モルガン商会の支配人になった。

 さらに、1904年、モルガンでなく、ロスチャイルドの「パートナー」という高い地位を得た。

 つまり、モルガン・グレンフェル銀行は、モルガンとロスチャイルドとが合体したという歴史的に重要な意味をもつ。

 エドワードは、商船会社の買収に勤しむ。インターナショナル商船を買収、そして、あのタイタニック号を所有する英国のホワイトスター汽船を買収。1912年、処女航海のタイタニック号が氷山と衝突して沈没したのである。



 モルガン・グレンフェル銀行は、1989年にドイツ銀行によって買収された。ドイツ銀行が、企業買収を果敢にするようになった背後には、モルガン・グレンフェルの力があった。

 そして、英国首相・チャーチルの息子、ランドルフ・チャーチルの妻があの有名なパメラ・ディグビーである。

 パメラは、チャーチル首相の息子と離婚後、バンダービルドと同じ鉄道王、W.アベル・ハリマンと3度目の結婚をする。

 
ハリマンの死後、彼女は巨額の遺産を相続する。この彼女が、ロバート・ルービンと組んで、アーカンソー知事のビル・クリントンを大統領に押し立てたのである。

 彼女は、民主党全米議長としてクリントンの選挙戦を支え、クリントン政権下ではフランス大使を務めた。

 
ルービンは、クリントン政権下、財務長官を勤め、金融界の利益代表として、銀行・証券・保険の垣根を取っ払って、1998年「金融近代化法」を成立させて、今日の巨大なシティ・グループの出現に最大の貢献をしたのである。

 ベルモント財閥の、組織の一つ、ディロン・リード投資銀行の会長が、1988年のレーガン政権、89年からの父ブッシュ政権で財務長官を務めたニコラス・ブレイディーである。

 この財務長官の日本人嫌いは有名である。平気で日本人に対する軽蔑用語を乱発した人である。

 
ニコラスは、4代目のオーガスト・ベルモントに可愛がられて、4代目が経営していたリード銀行(1973年まで、4代目が10年間会長をしていた)の会長に指名されていた。

 ベルモント財閥は、代々長子相続で、長子は、必ず、オーガスト・ベルモントと名乗っていた。

 2代目は、30を超える企業の社長と重役を務めた。1904年には、ロスチャイルドと組んで、2代目は、米国最初の地下鉄、ニューヨーク地下鉄建設に出資した。野球の大リーグ、ニューヨーク・ジャイアンツの前身、メトロポリタン設立資金もベルモントの出資である。

 ため息が出てしまう。今回からこうした人脈を追う作業を行うコーナーを追加する。

  広瀬隆『アメリカの経済支配者たち』、『赤い楯』に依拠している。