夕方、家路に向かって歩いていると、すれ違いざまに突然
「あ!山ちゃんのママ」と言う声がしました。
山ちゃんは、亡くなった息子の愛称でした。
思わず立ちどまり振り向くと、息子が小学校の時に好きだった
女の子のお母さんでした。
私は会釈をし、また歩き出したのですが、久し振りに呼ばれた
「山ちゃん」が、眠っていた悲しみを呼び起こしたように
ふいに来た悲しみに包まれてしまいました。
まだ、あったんだ、この悲しみが…
そう思った時、初女先生に言われた「何年経っても悲しいよね」
と言う言葉が思い出されました。
こういう悲しみが、すっかり消える日というのは、来るのだ
ろうか…
先日、テレビで「釜石の悲劇」という番組がありました。
釜石にボランティアで通い続けているYさんが、
「あの、釜石の奇跡のすぐ側に、釜石の悲劇があるんだよ」と
言ってましたが、いつも避難訓練で本当の避難所は遠いので
近くの防災センターに逃げる訓練をしていたら、実際に津波が
起きた時に、そこに推計244人が逃げ込み、30分後津波が引いた
時には、34人の人しか残らなかったそうです。
番組には、防災センターに園児と共に避難した先生のご主人が
出ていました。
園児は助かったのですが、先生はお腹の赤ちゃん共に
亡くなられたそうです。
その、先生は翌日から産休に入るので、その日が最後の出勤
だったそうです。
ご主人は、防災センターに行くと、奥さんと子供に会える
気がして、通い続けていましたが、その防災センターも
取り壊されてなくなりました。
3年経っても、ご主人は1日を生きるのが精一杯だと言って
ました。
その言葉を聞いた時、私もそうだったと思い出したのです。
深い悲しみと向き合っていると、くたくたになって
その日一日生きるのが精一杯なのです。
遺されるのは、もう嫌だから早く逝ってしまいたい。と
そんなことを願っていました。
初女先生に出会い、色んな方に支えて頂き、消えない悲しみは
あるけれど、それでも前を向いて歩いていけるように
なり、「大丈夫!」と思っていましたが、
ふいに呼ばれた「山ちゃんママ」に、涙が溢れてしまう
自分がまだいました…
「あ!山ちゃんのママ」と言う声がしました。
山ちゃんは、亡くなった息子の愛称でした。
思わず立ちどまり振り向くと、息子が小学校の時に好きだった
女の子のお母さんでした。
私は会釈をし、また歩き出したのですが、久し振りに呼ばれた
「山ちゃん」が、眠っていた悲しみを呼び起こしたように
ふいに来た悲しみに包まれてしまいました。
まだ、あったんだ、この悲しみが…
そう思った時、初女先生に言われた「何年経っても悲しいよね」
と言う言葉が思い出されました。
こういう悲しみが、すっかり消える日というのは、来るのだ
ろうか…
先日、テレビで「釜石の悲劇」という番組がありました。
釜石にボランティアで通い続けているYさんが、
「あの、釜石の奇跡のすぐ側に、釜石の悲劇があるんだよ」と
言ってましたが、いつも避難訓練で本当の避難所は遠いので
近くの防災センターに逃げる訓練をしていたら、実際に津波が
起きた時に、そこに推計244人が逃げ込み、30分後津波が引いた
時には、34人の人しか残らなかったそうです。
番組には、防災センターに園児と共に避難した先生のご主人が
出ていました。
園児は助かったのですが、先生はお腹の赤ちゃん共に
亡くなられたそうです。
その、先生は翌日から産休に入るので、その日が最後の出勤
だったそうです。
ご主人は、防災センターに行くと、奥さんと子供に会える
気がして、通い続けていましたが、その防災センターも
取り壊されてなくなりました。
3年経っても、ご主人は1日を生きるのが精一杯だと言って
ました。
その言葉を聞いた時、私もそうだったと思い出したのです。
深い悲しみと向き合っていると、くたくたになって
その日一日生きるのが精一杯なのです。
遺されるのは、もう嫌だから早く逝ってしまいたい。と
そんなことを願っていました。
初女先生に出会い、色んな方に支えて頂き、消えない悲しみは
あるけれど、それでも前を向いて歩いていけるように
なり、「大丈夫!」と思っていましたが、
ふいに呼ばれた「山ちゃんママ」に、涙が溢れてしまう
自分がまだいました…