友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

雄大な冬の山々

2010年01月08日 18時37分56秒 | Weblog
 もうすぐ午後5時になる。夕焼けが随分長くなった。西の空を見ると残念ながら山並みに雲がかかっているけれど、その雲の上に浮ぶはぐれ雲に夕日が当たり、金色に輝いてきれいだ。太陽が沈む辺りに御在所山がある。その向こうは滋賀県さらに南は奈良県である。我が家からは鈴鹿山脈や養老山脈、そして窪みを挟んで伊吹山が見え、さらに北には徳山ダムのある能郷白山(権現山)その右に滝波山などが見える。

 今朝は空気が澄んでいて、御在所山が青空にくっきりと輝いていた。冬の山々は雪を被っているから一段ときれいだ。御在所山の山頂付近はきっと樹氷ができているだろう。余りにも山々がきれいだったので、写真に撮ってメールで送ろうとしたけれど、ケイタイでは遠い山々はただの線でしかない。望遠カメラで写してみたけれど、やはり人間の目のように雄大な景色を再現することは出来ない。

 テレビニュースが、日本の調査捕鯨に対して、過激な環境保護団体が船ごと体当たりしてくる様子を放映していた。なんという野蛮で恥知らずな行為か、日本の船団は銃器を持って守れ。そんな声が上がっても不思議ではない映像だった。現に今日の朝日新聞は『天声人語』で、近く公開される記録映画「オーシャンズ」を引き合いに出し、「人は海の衰弱に無頓着すぎた。調査捕鯨への無法行為などは、本当の危機を見えにくくするだけだ」と非難している。

 それでも私には、捕鯨に反対する人々がいるのになぜ調査捕鯨を続けるのか理解できない。捕鯨をしなければ日本人は生きていけないというわけでもないし、捕獲したクジラの肉を誰がどのように処理しているのかもわからない。クジラがどうしても日本には必要だとは思えない。けれどもあの映像を見れば、日本の調査捕鯨船団に対してなんという卑劣な行為を行なう連中だと誰もが思う。それも「本当の危機を見にくく」していないだろうか。

 喫茶店に3組の男女がいた。70代のふたりは店に入ってきた時から全く会話がなかった。男は「コーヒー2つ」とは言ったけれど、女には何一つ話さなかった。やがて、コーヒーを飲み終わるとまた黙って店を出て行った。残された女はしばらくして立ち上がり会計を済ませて店を出た。50代後半の男と40代の女はとても楽しいそうに会話が弾んでいた。「今度の連休に実家に帰るんだけど、あなたも一緒に来る?」と女が嬉しそうにとびっきり高い声で男に話しかけた。男は「えっー」と素っ頓狂な声を上げた。「冗談よ。冗談に決まってるでしょう」と女が言い、笑っていた。店を出ると別々の車で別々の方向へ行ってしまった。30代の男女はべったりと身体を寄せ合っているのに、別々の週刊誌を読み、時々ぼそぼそと話すだけだ。嬉しそうでもなければ不機嫌という訳でもない。

 人間のやることは分からない。本当は分らないというよりもどういう人間でありたいかということかもしれない。もうすぐ6時になる。すっかり暗くなり、冷えてきた。明日はNPO「おたすけ」でポン菓子作りだ。寒いのはイヤだなー。
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