友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

男の本音

2007年12月20日 23時12分16秒 | Weblog
 北陸への車の中で、一人の女性が新聞に出ていたという記事を話題にしていた。不能に陥っていた男が恥を忍んで医者に行き、治療してもらってできるようになり、とてもうれしかったという内容だった。その女性は「男の人って、ヘンなことを気にするのね。そこまでして奥さんを喜ばせたかったのか、他の女の人か知らんけど、ようやるね」と一人で大笑いしていた。周りの女性は皆さん亭主持ちで、その女性だけが早くにご主人を亡くされていたのだが、誰もこの話題に乗らなかった。男どもも笑っているだけだった。私は「そりゃ―当たり前ですよ」と言いたかったが、車を運転していたので黙っていた。

 男たちはできることならば最後まで「現役」でありたいと願っていると私は思う。しかし、肉体の老化には勝てないし、糖尿病だったり高血圧だったりして、いつの間にかできなくなる。それがどれほど男の「男としての価値」を傷つけることになるか、先輩たちが話していたし、詩人の金子光晴もそんな詩やエッセイを書いていた。男はいつまでも「男としての価値」にこだわる馬鹿げた生き物なのだと私は思う。それを笑ってしまわれては、同じ男として「余りにも男を知らないですよ」と言いたかった。

 別の宴席で、私の友だちが12年間も「友だち以上恋人未満」の関係を維持していることが話題になった。男女の間では「友だち以上恋人未満」であり続けることはできないというのがみんなの見解だった。私もそう思うけれど、中学の時から彼を知っているので、正真正銘、彼は12年間「友だち以上恋人未満」を続けてきたと思う。人を傷つけることができないし、自分も傷つくことを人一倍恐れる人だからだ。しかし今、彼は「死への妄想」に取り付かれ、男の本音が顔を見せている。彼女に「恋人以上」であって欲しいのだ。

 「素直な気持ちになったらいいじゃーないですか」。宴席で私よりも若い男が言う。彼は一人暮らしをしているように聞いていたが、最近「食事の用意をしてくれる」人ができたようだ。一人で食べている時には決してない、幸せな充実感があるようだ。そういう出会いが会って本当によかったと思う。結婚できない事情があるなら、ともに生活するだけでもよいではないだろうか。私の知り合いにも、一人になってから一緒に暮らしているカップルもいるし、別々の生活の場を持ちながら時々食事したり旅行したりしているカップルもいる。

 老いてから好きな人ができることは難しい面もあるだろうが、賢く切り抜けていく面もある。老いらくの恋は成就しない。恋の終着点が結婚ならばなおさらである。嫌になって別れるというよりも、死を意識してあるいは死の妄想から、相手を遠ざけてしまう。そうなれば、恋は年齢に関係なく悲しいものといえる。けれども、もう一人の友だちのように、好きな人ができたことで浮かれている人もいる。私は終わりが来るまで楽しめばよいと思う。

 早く元気になって欲しいのでここで、友だちが作った短歌を2つ掲載しておこう。
  旅しててここも見せたい来てみたい 思うことは君のことばかり
  旅に来て君のことばかり思う悲しさ 二人旅などあるはずもなく
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