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ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」などを務めたライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。

当日受付で参観できる京都御苑内の「京都仙洞御所」。青空と緑のコントラストが美しい景色に

2022-09-28 | 歴史・史跡

「わ~キレイな青空…秋だね~」とミモロが感激した景色は、京都の中心部「京都仙洞御所」でのこと。


「京都御苑」の東側に位置する「京都仙洞御所」は、皇位を退かれた天皇の御所。寛永7年(1630)に後水尾上皇の御所として造営されました。そのそばには、同時期に、徳川家から嫁ぎ皇后となった東福門院(和子)さまの女院御所も建てられたのです。

「ここのお庭、素敵なんだ~」と、四季折々、時間を見つけては見学に出かけるミモロです。この日も午後2時過ぎに前を通りかかったミモロ「あの~参観できますか?」と「京都仙洞御所」の入口にある受付用の仮設テントにいくと…
「はい、まだ大丈夫です。15:30からなら参観できますよ」と言われ、申し込むことに。

当日の参観申し込みは、通常11時。この日は、午後まで枠が埋まっていなかったよう。
でも、集合時間に行くと、
 
「もう、いっぱいになってる~よかった~申し込めて…」と。

当日申し込みの枠は、多くはありませんが、タイミングが良ければ、参観可能に。申し込んでから、他のところに出かけたり、ランチをして戻ってくるのが、ミモロスタイル。

参観は、参加者が全員そろって、ガイドさんの後に続き、参観コースを巡ります。

見学できるコースがあるのは、「仙洞御所」と英照皇太后(明治天皇の皇后)のお住まいだった「大宮御所」を併せた約10万㎡の広大な敷地内です。
見学には、1時間ほどかかります。

「さぁ、出発しましょう。みなさん、遅れないように…最後尾には、警備の方がいますから、その指示に従ってください~」と。
「は~い」

すごく詳しい案内を聞きながら、みんなでコースを巡ります。

「京都仙洞御所」は、何度も火災に遭い、創建当時の建物は焼失しています。

大正期に内部を洋風に改装した「大宮御所」。「京都迎賓館」ができるまで、京都にいらした皇族の方々が滞在なさっていました。
「あれ?なんか木が細くなってる~」とミモロ。以前あった紅梅が枯れて、新たな苗が植わっています。

「京都仙洞御所」参観は、お庭の美しさを見るのがポイント。

回遊式庭園の変化に富んだ景色を、ゆっくり見てゆきます。春は桜、初夏は藤、秋は紅葉が訪れる人を魅了する場所。

「あんまりゆっくりしていると、遅れちゃう…」と、すぐ後ろに警備の方の姿を見て、慌てて前に進むミモロです。

「あ、彼岸花だ~」

つい足を止めたくなる景色に出会うミモロです。

庭園の南に位置する茶亭の「酔花亭」は、書院をもつ建物。

池を一望する場所にあります。

州浜が続く、まるで海岸にいる心地にさせる景色…岸には、桜並木が続き、春の艶やかさには、感激したものです。
でも…
「あれ?桜の木が、少なくなってる~それに、州浜の石が黒っぽい…前はもっと白かったのに~」と、10年ほど前に初めて訪れて感激して以来、ここに来るのを楽しみにしていたミモロ。久しぶりに訪れたら、なんか景色が変わっています。

なんでもここ何年かで、桜が枯れてしまったそう。新たな苗を植えるかは、未定と。つまり、以前の桜並木はなくなってしまったのです。「う~残念…でも、初めて来る人は、こういうもんだって思うから、それなりに感激するね~」とあくまで冷静なミモロ。

広大な庭園の維持は、それは大変。専任の職員の方は2名ほどで、管理は、毎年、入札で請け負う業者を決めるそう。
参観料金は無料。「ここを維持する費用って、宮内庁が払うのかな?」とミモロ。「こういうところに税金使って欲しいかも…」と、税金を払ってないネコのミモロでした。

約1時間かけて廻った参観コースの最後は、明治17年(1884)に近衞家から献上された茶室「又新亭」です。

現在、修繕中でした。


「やっぱり仙洞御所の自然っていいよね~」というミモロ。

「秋の紅葉になったら、また来たいなぁ~」

そのころは、当日申し込みもすぐに満員になってしまうかも…
「そう、外国人観光客すごく増えたね~バスとか混んできたし~」と、コロナが落ち着き、ドッと外国人観光客が訪れはじめた京都です。

のんびり観光ができるのも、あとわずかかも…。静かな京都とも、いよいよお別れですね。


*「京都仙洞御所」の参観の詳しい情報はホームページからどうぞ

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京都旅におすすめの「京都御所」。年間を通じ公開されて、事前申し込みもいりません。(公開日確認必要)

2022-09-23 | 歴史・史跡

京都の秋を巡っているミモロ。「そうだ~久しぶりに行ってみよう~」と出かけたのは、「梨木神社」から西に向かった「京都御所」です。


周囲4キロの「京都御苑」の北西に位置し、まずは、御苑の中をひたすら歩きます。

環境庁が管理する「京都御苑」。そこには、自然がいっぱい。彼岸花が、いろいろな場所で鮮やかな花を見せています。

「あ、ここにも萩の花があるよ~」


ミモロは、林の中を走るのが大好き。「キャ~キャ~」と声を出しながら楽しそう…

なにしてるの?「あのね。サッカーのパスの練習~」と松ぼっくりをボールにして蹴っては、前に進みます。

丸くない松ぼっくり、思ったような場所に行かないのも面白さかも…。「京都御苑」の自然もここを訪れる楽しみで、秋が深まると紅葉なども楽しめます。

そうこうしているうちに、「京都御所」の西側に到着。

「京都御苑」内は、歩くか自分の自転車以外、移動手段はありません。なので、時間のゆとりをもって訪れたいもの。

「京都御所」の参観受付は、西の「清所門」です。年間を通じ、予約なしで無料で参観できます。

待つこともないので、時間が有効に使えます。

荷物チェックを受けて、中へ進みます。

平城京から平安京に移ったのは、延暦13年(794)のこと。当時の平安京の内裏は、今の場所より、西にありました。火災により内裏は移動し、元弘元年(1331)から明治2年(1869)までの約500年、ここが天皇のお住まいに…。

この場所に移ってからも、何度も火災に…。「昔の京都って、本当に火事多いんだよね~」とミモロ。落雷や火の不始末など、木造の建物は、あっという間に焼失し、何度も再建されることに…。そのため、京都にある歴史的木造建築のほとんどは江戸時代のものなのです。

「御車寄」の前を過ぎて、御所の南門の「建礼門」方向に進みます。そこから紫宸殿を拝見。

「紫宸殿」は、御所内で、最も格式が高い正殿。即位の礼など、歴代天皇の即位の礼などが執り行われます。
建物は、安政2年(1868)の造営。平安時代の建築様式で建てられています。「ここで、五箇条の御誓文発布したんだって~」とミモロ。

ミモロが「京都御苑」や「京都御所」などが好きなのは、まず広々としていること。

「さすが宮内庁…管理が行き届いて、すごく清々しい~」と東の門「建春門」の前で…

「ここね、雪の時に来ると、なんかゲレンデみたいなんだよ~雪だるま作りたいけど、それはダメだって…」とミモロ。

「京都御所」の内部を見ることはできませんが、そこに収められている調度品などは写真で見ることができます。
即位の礼で用いられる天皇の「高御座」と皇后の「御帳台」。
 

建物だけでなくお庭も立派!

自然の景色を写した「御池庭」。
「あの子、ここに住んでるのかな?いいね~」とのんびり過ごす鷺…。


南北約450m 東西約250mで、面積約11万㎡の「京都御所」。ゆっくりめぐると1時間以上は欲しいところ。


「ここに来るときは、歩きやすい靴で、かなり歩くことを覚悟で来ないとね…」

最後に売店へ。「ここだけでしか買えないものもあるんだよ~」


京都を訪れたら、いつか1度は参観したい場所です。

詳しくは「宮内庁参観案内」のホームページで。参観可能日や時間などが明記されています。

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[明治天皇御陵」。いつ訪れても、圧倒的なスケールに感激する御陵。

2022-09-18 | 歴史・史跡

「わ~」と言葉の次に、何も続かないお友達。ミモロは、ある日、東京のお友達を京都伏見桃山の「明治天皇御陵」に案内しました。


駐車場から、林の中の道を進むと、御陵の正面の石段が目の前に現れます。

230段の石段は、青い空に続くよう・・・その姿は、ピラミッドを思わせます。
御陵があるのは、約400年前、豊臣秀吉が隠居屋敷として築いた伏見城があった場所。

「明治天皇御陵って、行ったことある?」とお友達に聞くと、「ううん、ない…」とあまり興味がない様子。京都市内には、いくつも歴代天皇の御陵があり、そのイメージがあるのでしょう…「あのね~他の天皇御陵とスケールが違うんだよ」とミモロ。

ここに車で、あまり興味がなさそうだったお友達ですが、この石段を見た時、言葉を失うほど驚いたのでした。
「ね?すごいでしょ」とミモロ。「うん、すごい~」とお友達。

「さぁ、上るよ~」と、すでに4回目となるミモロは、ドンドン石段を上がります。

「え~ここ上がるんだ~」と躊躇するお友達…。「あのね。思ってるより、ずっと上りやすいんだよ」とミモロ。
そう、この石段は、20段くらいごとに、踊り場があり、石段の幅も十分あって、長い割に上りやすいのです。

「ちょっと前に、滋賀県の立木観音に行ったけど、そっちの方が大変だった~すごく長いんだもの…。また、東山の「豊国廟」の最後の部分の石段より、怖くないよ~」と、いろいろな石段を上がった経験があるミモロです。

「さぁ、着いた!」石段の上からは、西山方向の景色が一望できます。


ミモロ達が石段をゆっくり上がっているそばで、地元の方がトレーニングをしているのでしょう2往復目の石段登りをなさっていました。

堂々とした風格と威厳を漂わす「明治天皇御陵」

明治という、いろいろな面で勢いがあった日本。そのトップにいらした天皇の絶大がパワーを象徴する御陵です。

ミモロが御陵が好きなのは、どこを訪れても、いつも美しく整えられているから…。「さすが宮内庁…」常に掃き清められている景色は、日本らしさを感じさせます。

「参拝しようね~」とお友達と首を垂れるミモロ。


「どうぞ日本に暮らす民が、平和で、安らかな暮らしができますように、お力を貸してください」と祈ります。

参拝後、ミモロはお友達を「桃山陵墓監区事務所」へ案内します。そこには、以前、ミモロが集めた御陵印があるのです。

「へぇ、こういうのあるんだ~」とお友達。
木箱の中に、ずらりと並ぶ御陵印。ここには、第26代継体天皇をはじめ、桓武天皇、安徳天皇、醍醐天皇など、全29印が揃っています。

御陵印があるのは、京都は他に、「泉涌寺」に隣接する「月輪陵墓監区事務所」、大阪の「古市陵墓監区事務所」、奈良の「畝傍陵墓監区事務所」、そして東京の「多摩陵墓監区事務所」で、そこを回れば、神武天皇から昭和天皇まで124代の天皇の御陵印が揃います。

「ミモロが押してあげる~ブチュー」と全身の力を込めて明治天皇の御陵印を押印。


「さぁ、つぎは、明治天皇の后の昭憲皇太后の陵墓へ参拝しようね」と。

明治天皇の御陵の前を過ぎて、南へと向かいます。

さまざまな季節の木々が植わる昭憲皇太后の陵墓。


広大な陵墓エリア…さらに奥に進めば、桓武天皇の陵墓へと至ります。


「観光客って、ここにはあんまり来ないんだよね」といつも人の姿が少ない陵墓です。

*「桃山陵墓監区事務所」京都市伏見区桃山町古城山 8:30~17:00 日曜・祝日休み


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昭和2年のレトロ建築の「京都市役所」。新たな整備工事も進行中。地下と直接つながってます。

2022-06-01 | 歴史・史跡

ある日、ミモロは、町にお買い物に行ったついでに…河原町通と御池通の交差点にある「京都市役所」に立ち寄りました。

「ここの広場、いろんなイベントやるんだよね~」。改修工事も進み、ずっと工事中だった広場も元通り…。
町中にあり、周囲に塀などもない、開放的な市役所です。


大正14年(1925)に起工し、昭和2年(1927)に本庁舎東館、昭和6年(1931)に西館が完成。左右ほぼ対称で、中央に塔があるヨーロッパ調の建物です。設計は、武田五一を中心に行われました。

しばらく続いた改修工事…「建物のレトロな雰囲気はそのまま残して、地震に強い構造にしたんだって…」とどこかで聞いて来たミモロ。このところ地震が多い京都です。

内装にも雰囲気がある建物です。

買い物の途中で立ち寄ったのは、実は、新たな工事で、市庁舎と地下鉄東西線地下街が繋がって、ショッピングモールの地下から外に出ることなく、市役所に入れたのでした。

「へぇ、こういうスペースあるんだ~」とキョロキョロしながら進みます。

地下からエレベーターで、地上階へ。

「昔の建物って、使ってる建材が素敵だよね~」というミモロです。

用事がない限り立ち寄らないだろう市役所ですが、ここにはなかなか素敵なスペースがあり、だれでも利用できるのです。

「ここでひと休みできるね~」

ミモロは、大きな階段を上がって2階へ。


そこには、素敵なステンドグラスがあるのです。

京都の名所を描いたステンドグラスです。

「今の機能的な建造物もいいけど、こういうどこか装飾がある建物も素敵~」とレトロな建物が好きなミモロは興味津々。


照明器具も明るすぎないのがいいんです。


「ここでお歌うたったら、響いて、上手に聞こえるかも…」と言い出したミモロ。ダメ~静かにね…。


広い廊下をキョロキョロ…「どこにいるのか、わからなくなっちゃった~」


ともかく、ゆとりを感じるスペースで、「もっとみんな来て利用するといいのに~」と思うミモロです。


「屋上にお庭ができたんだよ~行ってみようよ~」と。でも残念ながら、この日は、すでに夕方近く、別の日に来ましょうね。


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赤胴ミモロが伝える「東の講道館、西の武徳殿」と呼ばれた日本武道の聖地「武徳殿」と「剣聖 内藤髙治先生顕彰碑」

2022-04-01 | 歴史・史跡

ミモロは、京都に暮らして興味を抱いたのは、「平安神宮」の北西にある「武徳殿」という建物です。「ここは、剣道や居合道、柔道などの日本武道を修練する場所なんだよ~」と、今回は、剣道着で登場です。「赤胴ミモロだよ~」と、すっかりその気になっています。

「武徳殿」は、明治28年(1895)に、平安遷都1100年の記念事業の時に造営された「平安神宮」と時を同じくして、「大日本武徳会」という日本武道の振興を図る会の演武場として建設計画が上がりました。そして明治32年(1899)に竣工。その後、武術教員養成所(のちの武道専門学校)も開設され、「東の講道館、西の武徳殿」と称される日本の武道の中心的存在になっていきます。

「すごい場所なんだよね~」と、そこに立つミモロは、鼻を膨らませます。

裳階付きの切り妻造りの和風な外観の格調高い佇まいは、伝統的和風建築をベースに、明治以降の洋風建築の影響も受けた「近代和風建築」で、設計は、京都府庁も手掛けた建築家、松室重光によるもの。


北側にある場所は、玉座といい、大正2年に増築。御簾が下がる一段高くなっていて「皇室の方がおいでになる時は、そこに座るらしいよ~」とミモロ。

でも、実はこの玉座と車寄せは、大正期になって増築されたものだそう。

高い天井、広々とした板の間で床材は、剣道などで踏み込んで大丈夫なように強くなっています。その周囲には、観覧席のように畳み敷のスペースが設けられています。
「おうちのフローリングの床とは、違うね~ドンドン踏んでも大丈夫!」とミモロ。


戦後「武徳殿」は、GHQに接収され、この広い床では、ダンスパーティーやバスケットの試合が行われたそう。天井近くには、薄っすらとバスケットゴールを設置した跡が残ります。


接収解除後は、警察学校や音楽学校などの学校施設として利用され、武道とは無縁になったと思いきや、音楽学校の移転の折、全日本剣道連盟・京都府剣道連盟が、その保存を京都市に要請。ついに保存されることに。今や、京都市指定の有形文化財であり、平成8年には、国の重要文化財になりました。

現在は、「京都市武道センター」の敷地の中央に位置し、市の管理になっています。


さて5月2日~5日は、ここで、演武会が行われます。これは国内外から錬士六段以上の人たちが集い、その修練の成果を披露するのです。つまり、この床に上がれること自体、すごいことなのです。
「ドキドキしちゃうね~でも、今日は、赤胴ミモロだもん!」と、今回リポーターを仰せつかったので、特別立たせていただくことに。この日のために用意した剣道着姿‥ミモロ、凛々しい!!!


さて、敷地の南側にある「武徳殿南門」は、なんと幕末の京都守護職の御用屋敷の門。


「開門~」というと、外から厚い扉を叩きます。

きっといろいろな人が、この門の前に立ったことでしょう。
すでに屋敷は、取り壊され、往時をしのぶのは、この門だけに…。

さらに、ここを訪れたら、ぜひ見逃せないのが、敷地の西に位置する大きな石碑です。
そこには、「剣聖 内藤髙治先生 顕彰碑」と刻まれています。


完成当時は、顕彰碑の周囲は、まるで日本庭園のようで、五月には、池には菖蒲が、周囲には、サツキが彩る、美しい庭園だったそう。

今も、日本庭園の面影は留めるものの…「あれ?今は、お池ないの?」と周囲をキョロキョロ見渡すミモロ。残念ながら、今は、水を流せなくなったのだとか。

ところで、なぜ、5月5日に演武会が開催されるかというと、実はこの日、明治後期から昭和初期まで、日本の剣道に尽力し、大御所的存在であった剣聖 内藤髙治先生の偉業を後世まで伝える顕彰碑が完成した日(昭和40年)。碑前祭と共に行うことになったのだそう。

「あの~内藤髙治先生って、どういう方なの?」と。え?!赤胴ミモロなのに知らないの??剣道をする人なら、ぜひ知っていて欲しい先生です。

では、京都と深いかかわりをもつ内藤髙治先生について、少しお話していきましょう。

*「武徳殿」京都市左京区聖護院円頓美町46-2 京都市武道センター内 敷地内には入れますが、武徳殿へは一般の見学はできません。

*内藤髙治先生のご遺徳を偲び、その御偉業の探求と教えを伝承することを目的とする「剣聖 内藤髙治先生を顕彰する会」の活動はFBからどうぞ。

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