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ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」などを務めたライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。

世界遺産「元離宮 二条城」の梅林。芳しい梅の香りが漂う城内。椿や早咲きの桜も

2022-03-16 | 歴史・史跡

「わ~いい香り~クンクン」ミモロの鼻がピクピク動くのは、世界遺産「元離宮 二条城」の梅林です。


「あれ?思ったより観光客いないね~」と言いながら、城内へ。


豪華絢爛な極彩色の彫刻が飾る重要文化財の唐門を通過。


さらに国宝の二の丸御殿の横をお庭を見ながら通過します。

このお庭は、寛永3年(1626)に後水尾天皇行幸に際し、小堀遠州が手がけたと言われるもの。

鶴と亀の島を配した書院造庭園です。

「ここは、何度も来てるの~今日は、梅林に行きたいんだ~」と先を急ぐミモロです。

現在修復中の本丸御殿の脇を通り、お濠を渡り進みます。


「もうすぐ梅林だね~もう甘い梅の香りがするもの…クンクン」さすが嗅覚に優れたネコ。風にのる梅の香りをいち早くキャッチ。

「ここにもしだれ梅がある小さいけど…」
梅林には、約100本のさまざまな種類の梅が植わっています。


今年は、本当に梅の開花が遅く、まだつぼみの枝も多数残っています。


「でも、いい香り~」ほとんど観光客がいないため、ミモロはゆっくり梅の香りを楽しみます。

マスク越しでも梅の香りは、ミモロの鼻に届き、その甘い香りが全身を包むよう。

また、梅と共に、椿の花もいろいろな種類が揃っているのです。


「あれ?もしかしてあれ早咲きの桜かな?」梅か桃かもしれませんが、ともかくピンクの花が青空に映えて、それは綺麗。


京都各所で楽しめる梅…もうすぐ桜も…「二条城」の桜の園も見事なので、「また来ようかな?」と思うミモロです。

神社仏閣とは異なる趣が楽しめる二条城です。

桜の時期は、ライトアップも楽しみに…
詳しくは「二条城」のホームページからどうぞ~


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江戸時代から知られる紅葉の名所大原「古知谷 阿弥陀寺」。境内に茂る楓の大木などが圧巻。

2021-11-24 | 歴史・史跡

「秋に一度来てみたかっったんだ~わ~やっぱり迫力ある~!」とミモロがいうのは、大原の「古知谷 阿弥陀寺」です。

紅葉の木々にすっぽり包まれたように、このお寺があるのです。

さて「古知谷 阿弥陀寺」は、大原「三千院」から若狭街道を少し北に進んだ山にあります。駐車場のそばの山門の脇には、大きな楓が茂ります。

「もうこれだけ見ても満足しちゃいそう~」というほど、見事な紅葉。

でも、ここで満足してはいけません。そこから、山道を約15分ほど登って本堂へ行きましょう。
ミモロは、昨年、まだ紅葉前の時期に、MKタクシーさんの案内でここを訪れています。その時、タクシーは、山道を登り、本堂の近くまで行くことができました。「一般車も、結構近くまで行けるんだよね」とミモロ。山道の上に一般車両用が数台駐車できるスペースがあります。

「でもすごく狭い道だから、対向車来ないように~」と、ミモロが傍らで祈る中、いっきに山道へとミモロカーを運転しました。
一般駐車場からも、まだ本堂までは距離があります。

でも、歩く先には、色づいた楓がミモロを待っています。

さて、「古知谷 阿弥陀寺」は、慶長14年(1609)に、弾誓上人が、念仏道場として開創。美濃に生まれた上人は、なんと9歳で自ら出家し、山奥で念仏三昧の修行を積まれること20余年。その後、諸国行脚の旅で、さらに修行を重ね、最後の修行の地としておいでになったのが、ここ京都大原の古知谷でした。はじめは岩穴に住み、念仏三昧の日々を過ごされますが、村人たちとのご縁により、寺を創建することに。ご本尊は、自ら草刈り鎌で刻んみ、ご自身の頭髪を植えられた尊像です。

それから4年後、弾誓上人は、巌窟に彫られた石の柩に生きながら入られ、即身仏になられます。今も、ミイラ仏としてそこに安置されているのだそう。

本堂までの道の両脇に茂る楓・・・ここには樹齢800年と言われる楓の老木をはじめ、300ほどの楓が江戸時代から山を彩り、その時代から紅葉の名所と言われていたとか。

「う~確かに木が大きい~」


石段を上がり到着した本堂前のお庭を拝見します。
「わ~ここもきれい~落ち着いた素敵なお庭だね~」とミモロ。


白砂と苔のよく手入れされた枯山水のお庭です。そこに秋は、楓が艶やかな色どりが包み込みます。


今回は、本堂に参拝した後、紅葉に浸ります。


再びお庭に出たミモロ…「わ~下にも楓が広がって見えるよ~」と、山の中腹から身を乗り出して、紅葉を眺めようとするミモロ。


見たい気持ちはわかるけど、落ちたら大変…もっと下がって~
「うん」というとミモロは、ちょっと後ずさり。


「ミモロちゃん、ありがとう。ここ来たかったの。本当に素晴らしい紅葉ね~」といっしょに行ったお友達も嬉しそう。


なかなか車がないと行きにくい場所ですが、京都バス「大原・小出石行」で「古知谷」下車徒歩25分です。
「ちょっと行きにくいけど、行く価値十分だよ~」


「江戸時代の人たちも、ここの紅葉楽しんでしょ?!わかるなぁ~」というミモロです。

*「古知谷 阿弥陀寺」京都市左京区大原古知平町83 ☎075-744-2048 拝観時間9:00~16:00 拝観料500円



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ついに到着「豊国廟」。500段を超す京都で一番キツイ石段。でも、そこには、絶景が広がります。

2021-09-15 | 歴史・史跡

「うわ~まだ石段続くんだ~」と、300段余りの石段を経て、さらにその先に続く200段ほどの急な石段の「豊国廟」。

伏見城で63歳で亡くなった秀吉が「自分の遺体は、京都の西を向く「阿弥陀ヶ峯」に葬るように」との遺言で、墓所となった「豊国廟」。以前から、そこには長い石段があると聞いていたミモロですが、目の前の急な石段にちょっと足がすくみます。

京都には、長い石段の場所がいくつもあります。例えば、一乗寺にある真言宗修験道の「狸谷山不動院」は250段、そして今年参拝した桃山の「明治天皇陵」は、230段、いずれも結構キツイと感じる段数ですが…ここは、なんとその倍の563段ともいわれます。

圧倒的な迫力では「明治天皇陵」には敵わないものの「さすが秀吉さま、京都で一番キツイ石段…」とミモロが思う場所に…。

まるで天まで続くで、すでに300段以上を上がって来た足には、かなりこたえるもの。
しかも足を休める踊り場もなく、手すりもありません。「ここで転んだら死んじゃうかも…」と、絶対に後ろを振り返らず、ただひたすら足元を見て、慎重に…。
「あ、キノコ生えてる~」「バッタもいるよ~」と、あくまでのんきなミモロ。
 
後ろ見てはダメよ…。先を見上げず、ただ前の石段だけを見て、一歩一歩…まさに無になれる時間です。

「やった~!フ~」ついに最上段に至りました。

(ミモロはマスクをしたままですが、私はマスクなしで…呼吸が乱れ、汗がにじみます)

「やっと着いた~」と、現れた大きな五輪塔。「ここが秀吉さまのお墓なんだ~」としばし乱れた息を整えつつ、見上げます。


この五輪塔は、実は、明治30年に建てられたもの。実は、秀吉の死後、その遺言から阿弥陀ヶ峯に造られた壮大な墓所「豊国社」は、豊臣家滅亡とともに、徳川家康の命令で、取り壊され、明治になって再興されたもの。

そもそもこの場所は、秀吉が西方浄土を思い、蘇りを祈願したものだとか。それを徹底的に破壊し、豊臣家の再興を阻止した家康。同じ敷地内にあった豊臣家ゆかりの寺院は、かつて秀吉が焼き討ちをした真言宗の根来寺の僧侶を迎え、現在「智積院」に…。京都に残る秀吉の栄華を駆逐することこそ、徳川家には欠かせないことだったのです。

江戸幕府の長きにわたり、徳川家は、京都の多くの神社仏閣の修復や建設に多額の資金を投入して貢献。でも、なぜか京都の人気は依然、秀吉に…。京都の町を整備し、また茶会などさまざまなイベントで、町衆を楽しませた秀吉。遠く江戸城に暮らし、管理だけして、徳川家のお金を出せば…という姿勢に京都に住まう人々は、公家も町衆も快く思っていなかったのではないかと思われます。

遠く伏見城や大坂城に思いを馳せるように聳える五輪塔。

秀吉にとって、京都は、最もゆかりが深い町なのではないでしょうか。

「わ~すごい~」と思わず声を上げるミモロ。


山の北側を見ると、そこに開ける眺望。

「わ~清水寺がよく見える…」おそらく清水寺の全景を眺める一番のスポットです。

この場所は、京都の周囲の山をめぐるトレイルにも当たります。

「ここから、ほかの山に歩けるんだ~」と、山歩きが好きな方には、おすすめ。

さぁ、そろそろ下りましょうか…。「うん~」と石段の前で躊躇するミモロ。
そう、下りの方が怖いのです。もし足を滑らせたら…ミモロは、後ろ向きで、下りてゆきました。
「絶対雨降りに来ちゃ、危険だよね~」と。そう、足を滑らせたら危ない…。
雪の日などはもってのほか…。
「やっぱり1度は、お参りしなくちゃね~。あ、どうしよう忘れ物上にしちゃった~」とミモロ。
え~そんな~「嘘だよ~」と舌をペロリ。その冗談はキツイ…。

「秀吉さまって、やっぱりすごいね~。実際、どういう人だったんだろ…会ってみたいなぁ~」とミモロ。
さまざまなドラマや映画などに描かれる秀吉。農民から天下人へ。やはりそれってすごい…

歴史上では、非常に短い間で終わった豊臣家。でもその歴史の残したインパクトは、すごいものがあります。

*「豊国廟」京都市東山区今熊野阿弥陀ヶ峯町 上まで行けるのは、朝から夕方まで。


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一度はお参りしたい豊臣秀吉が眠る「豊国廟」。京都を一望する阿弥陀ヶ峯へ

2021-09-14 | 歴史・史跡

「ついに挑戦しま~す」と、ミモロが訪れたのは、東山の阿弥陀ヶ峯にある「豊国廟」です。


ここは、豊臣秀吉の廟所。七条通から「京都女子大」の横を通り、その突き当りにあります。

ミモロが挑戦というのは、ここは、500段余りの石段が続く場所。なのでそれなりに覚悟が必要。

まずは駐車場で500円支払い、係の方に「お参りするなら、駐車場の奥の方に停めてください~。その方が近いから…」と親切なアドバイスをいただき、車をできるだけ高い場所へと運びます。
「わ~ここでも結構高いんだ~」と駐車場からの景色は、京都タワーや遠く淀の方まで見渡せる、なかなかのもの。
  

駐車場の一番奥は、京都女子大の小学校から大学まで通う生徒さんたちを乗せるバスがズラリ。


鳥居を過ぎると社務所があり、そこには、天下を取った秀吉の強運を授かるためのお守りなどが…


境内を見回すと、北の一角に五輪塔があります。「誰のだろう?」とミモロは、まずそこへ。

それは、秀頼の息子で、秀吉の孫になる国松のものと、秀吉の若き側室松の丸殿の供養塔だと伺いました。
小さな方が、国松公のお墓。大坂夏の陣の前に、京都に逃れたものの徳川勢に捕まり、8歳で六条河原で処刑されます。
豊臣家にとって、この国松は直系の男子。豊臣の血筋を絶つための斬首です。
「わ~8歳で殺されちゃったんだ~かわいそうすぎる~」とミモロ。

もちろん秀吉は、この孫の存在は知る由もありません。国松が生まれた頃には、すでに秀吉は亡くなっていますから。
「でも、おじいちゃんのそばで眠ってるんだ~」と静かに手を合わせるミモロです。

さぁ、山頂にある「豊国廟」に向かいましょう。


奥に進む前に、御志納金として100円をそばの御志納箱に納めるのですが…

お財布を開けると、「どうしよう~100円がない…」と慌てるミモロ。お財布には、500円玉のほかには、10円と1円玉しかありません。「おつり出ないよね~じゃ、500円納める」と、なんと5倍の金額を箱の中へ。いつもしっかり節約するミモロなのに。
「だって、秀吉さまは、大判振る舞いの方がお好きだと思う…ここで、100円納めなかったり、10円じゃ、秀吉さんに認められないよ」とキッパリ。確かに…。

「さぁ、頑張ろう!」とミモロは、目の前に続く長い石段に挑みます。


「でも、なんかこの石段、ほかで上った石段と違う…」と上りながら思ったミモロ。

よく見ると、石段の間隔が、1段ごと幅が広いものと狭いものが、組み合わされているのです。これにより、歩くのにリズムと安定感が生まれ、幾分上りやすい感じ…。そうは言っても、なかなか足に自信がないと、目の前に続く石段に圧倒されます。

約60段ごとに踊り場もあり、そこでしばし足を休めることも可能。
「あ、トカゲ~」途中、ミモロはいろいろなものに目を止めて、気分転換。

「ドングリも落ちてる~」と、まだまだ楽しそう…。


何度か、踊り場で休憩しながらも、気づけば、その石段を上り切ったミモロです。

「やった~到着!」と喜んだも束の間…「あれ?」なんと石畳の先にまた石段が見えるではありませんか~

「え~まだ石段あるの~???」としばし呆然。

というのは、目の前の石段は、今上って来たものより、さらに急で、しかも踊り場も一切なく、まさに天に続くような高さなのでした。ガ~ン



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[海の京都~舞鶴」へ。ミモロの夏の小旅行。⑤かつて旅館だった「松栄館」。東郷平八郎も贔屓に

2021-09-06 | 歴史・史跡

「ここにあの東郷平八郎もよく訪れたの…」と、ミモロが、じっと見つめるお部屋。それは現在「ホテル アマービレ舞鶴」の別館になっている「松栄館」の一室です。


ここ「松栄館」は、明治37年に開業した旅館の別館として建てられ、舞鶴に拠点を構える旧海軍の要人たちが会合や宴会などに利用したところです。


明治の趣を留める貴重な建造物のひとつです。
約500㎡の木造二階建てで、建物の随所に当時の匠たちの技を見ることができ、建築好きには、見逃せない場所。

この日、ミモロは、現在、この建物を管理する「ホテルアマービレ舞鶴」の総支配人さんに館内を案内していただくことに。


玄関で待ち合わせしたミモロ。「すごく立派な建物ですね~」と。
「はい、舞鶴の歴史とともに歩んだ建物で、戦後、ずっと使われなくて、荒れた状態だったんですが、舞鶴市および地元の有志の方々などとともに、修復、再開したんです」と総支配人さん。現在、管理しているホテルのオーナーさんの熱意もすごいものがあります。

エントランスから、アンティークの家具が迎え、「なんか明治時代に、タイムスリップしてる感じ~」とミモロ。


「では、まず2階にご案内しますね~」と、総支配人さんの後に続き、階段を上ります。

よく磨かれた階段…「いい木材使ってる~」と、がっしりとした木組みの階段。そこにも当時の大工さんの技の高さが…。

2階には、和室の部屋がいくつかあり、現在は、会食できるようにテーブルが配置されていますが、当時の配置はもちろん異なったもの。


「舞鶴は、冬寒いから、こたつとかあったかも…」と想像するミモロですが、ここは旧海軍の関係者が利用していた場所ですから、軍服のまま、炬燵というのは、ちょっと想像できません。

さて、ここの常連客だったという東郷平八郎。

薩摩出身で、なかなかイケメンだったとか…。
「あ、NHKのドラマ「坂の上の雲」では、東郷平八郎を渡哲也さんが演じたよね~」と、ミモロにとっては、そのイメージが強いよう。でも、ご本人も凛々しく、どこの赴任先でも、地元の芸者さんたちの憧れだったとか。

舞鶴に東郷平八郎が、赴任したのは明治34年(1901)。舞鶴に鎮守府が開庁し、その初代司令長官に任命されたとき。当時は海軍中将でまさに働き盛りの55歳。家族とともに、司令官官舎に暮らします。その司令官官舎は、一部洋館の和洋折衷の建物。東郷が暮らした後は、歴代の司令官官舎として終戦まで使われ、現在は、海上自衛隊が会議所として管理しています。
「そこも、いつか見学したい~」と思うミモロです。

話を戻して、東郷平八郎が舞鶴にいたのは、意外に短く2年間。明治36年、日露戦争開戦となる緊急事態に、東京に呼び戻され、その後、戦艦「三笠」を指揮し、旅順などでの戦いに挑みます。

日露戦争開戦直前の日々ながら、おそらく舞鶴での暮らしは、東郷にとって、比較的穏やかな時間だったのではないでしょうか。
風光明媚な港町、そして仕事場と家族との暮らしの場も近く、地元の人たちとも気軽に交流したと…。自分の娘も地元の小学校に通わせていたそう。

「ここから、港がみえるのかな?」と2階の窓から庭を見下ろします。


赤い絨毯が敷かれた廊下をトコトコ…次々にお部屋を拝見。


「立派な欄間だね~」それぞれの部屋には、見事な透かし彫りの欄間が見られます。


階段も複数あり、顧客が顔を合わせないような設計も…。
「なんかモダンな感じの雰囲気…」


本当に、当時の設計や施工を行った人たちの技術のすばらしさが至る所に…。

「こういう素晴らしい建造物が、保存されてよかったよね~」とつくづく実感。

昨日、アップしたブログには、ここの1階宴会場でのランチやディナーのお話をしました。


そう、ここでは、近代日本の食を物語る洋食の普及のために記された「海軍割烹術参考書」をもとに、再現されたさまざまな洋食が味わえるのです。


尚、現在、緊急事態宣言で、洋食レストランの営業には、変更があるので、確認が必須。

庭に面した場所で、のんびり味わう本場の洋食…。


「また、絶対に行くんだ~」と目を輝かすミモロ。「はい、お待ちしてますよ」と優しく見守る総支配人さん。

秋には、コロナ対策も方向に進み、再び予定されているといわれる「GO TOトラベルキャンペーン」。
「それを使って舞鶴に来たら、すごくお得かも…」とミモロ。
そんな秋が来るかは、未定ですが、ぜひ、京都から日帰りでも1泊でも、訪れたい舞鶴。
「まだ、行ったことがない場所、いろいろあるよ~」と。

「海の京都」へ、ぜひ~

*「松栄館」の詳しい情報はホームページで


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