徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:本谷有希子著、『異類婚姻譚』(講談社)~芥川賞受賞作

2016年03月04日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

本谷有希子著「異類婚姻譚」(講談社)は2015年度の芥川賞受賞作品、ということで読んでみました。

この本には「異類婚姻譚」の他、「犬たち」、「トモ子のバームクーヘン」、「藁の夫」の4編が収録されています。

【異類婚姻譚】

主人公サンちゃん(専業主婦)が結婚生活や近所づきあい、弟との関係などの日常生活を淡々と語るのですが、夫が人の形をだんだん取らなくなって人間以外に見えたり、自分が夫に食べられるかのように感じたり、認識の仕方が実にシュールです。主人公始め全ての登場人物の名前がフルネームではなく、カタカナ表記の名だけなのも、主人公の認識する世界の現実感の無さを強めているように思います。サンちゃん本人もだんだん夫と同化していくように人ではなくなっていく感じがして、結婚生活になんとなく危機感を抱いています。こんなふうにしか夫婦関係を捉えられないなんて気の毒に思えてきます。自分も夫も人間として認知できないなんて、何かの精神疾患患者の世界観なのでは、と思わずにはいられない程違和感があり、個人的に全然共感できません。まるでダリのぐにゃりと歪んだ時計のあるシュールな世界を見せられたような気分です。

【犬たち】

知り合いが祖父から相続したという山小屋にこもって黙々と仕事をする人嫌いな主人公。山小屋には何十匹もの真っ白な犬が出入りしていて、「私」はこの犬たちと一緒に散歩したりするのを日課としています。この犬たちはエサは要求しない。

山小屋の生活に必要なものは麓の街まで車で下りて調達するのですが、なぜかこの街には犬が一匹もいない。街の警官は「犬を見かけたら知らせるように」と言う。理由は「人が行方不明になっている」。因果関係は不明。取りあえず、「私」は真っ白な犬たちのことは黙っておき、そのまま山小屋での生活を送り、そして誰もいなくなった、という奇妙な話。SFのようなファンタジーのような。なんとなく腑に落ちない読後感は、その昔に読んだ筒井康隆のショートショートに通じるものがあるように思います。

【トモ子のバームクーヘン】

主人公トモ子は専業主婦で、夫、子供二人と猫一匹と暮らしています。彼女も現実認識にズレがあります。思い出の写真が他人事のように思えたり、夫や子供や飼い猫が急に別の生き物と入れ替わってしまったように思えたり。日常的な非日常さ加減は「異類婚姻譚」の世界観と共通しているように思います。ただ、こちらはダリというよりムンクの叫びのようなイメージに近いような気がします。

【藁の夫】

主人公トモ子と藁でできた夫との生活が描かれています。この「藁」が何の暗喩なのか分かりません。買って1か月しか経ってない夫のBMWをトモ子が不注意で傷つけてしまったことで夫が不機嫌をあらわに文句を言い、それに呼応するように藁の隙間から小さな楽器がばらばらとこぼれ出して来る、という描写が想像すると妙におかしくて、面白いと思いました。

「彼の外に出てしまった楽器と、この残ったかすかすの藁の、どちらが自分の夫なんだろう。」と疑問に思うトモ子さん。「気づくと、太陽の下に干したタオルのように愛おしかった彼の匂いが、家畜に出される飼料の臭いに変わっていた。」と、急に夫が嫌になってしまったようです。それで「藁に火をつけたらどうなるか」と想像してしまうあたり、随分嫌悪感を抱いてしまったようです。

それにしても、なぜ「藁」?

4編ともそれなりに読めましたが、この作家の他の作品を読む気にはなれませんね。

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