徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:楠原佑介著、『この地名が危ない 大地震・大津波があなたの町を襲う』(幻冬舎新書)

2016年01月24日 | 書評ーその他

楠原佑介の「この地名が危ない」を読んだのはもう2・3週間前のことですが、なかなかためになる本なので、ちょっとご紹介させていただきます。

日本は言わずもがなですが、災害列島です。地震、津波、火山、台風、土砂崩れなどなど。同じ場所が災害に合う頻度は何十年、百年、あるいは何百年に一度のことでしょうが、その災害の記憶が地名に残されていることが多々あります。市町村合併や観光開発などで地名変更され、次々に古い地名が消えつつある今こそ、その地名の意味を考える必要があるのではないでしょうか。

以下は目次です。

序章 原発は津波常襲地に建設された

1章 地名が教えていた東日本大津波

  1. 「名取」は津波痕跡地名だった
  2. 女川・小名浜も津波痕跡地名だった
  3. 旧国名「石城」を巡る災害史
  4. ケセン(気仙)地名の謎が解けた
  5. 迷走する地名問題

2章 地名は災害の記録である

  1. 平成十六年、新潟県中越地震
  2. 芋川は「埋もれる川」だった
  3. 華麗に変身した『濁川』
  4. 「妙見」に託した故人の祈り
  5. 薬師信仰と「十二神」信仰

3章 災害にはキーワード地名がある

  1. 阪神・淡路大震災はナダ地名が予言していた
  2. アハ(暴)は地震痕跡地名だ
  3. 石は現れ、岩は流されない
  4. 石が動く、大地が揺らぐ
  5. 危険地名の「加賀」になぜ原発が立地する

4章 災害危険地帯の地名を検証する

  1. 「湘南」は大丈夫か
  2. 遠州灘沿岸は津波の常襲地帯だ
  3. 土佐の高知は大丈夫か?
  4. 隠れた断層を教える古代の群・郷名

5章 〈最大都市圏〉怪しい地名を検証する

  1. 〈東京首都圏〉都心直下・湾岸沖に活断層が眠る
  2. 〈京阪神〉大阪の弱点は「水の都」ということ
  3. 〈中京圏〉名古屋も津波の危険性がある

 

さて、反原発の方は特に序章の「原発は津波常襲地に建設された」が気になるところなのではないでしょうか?
序章では福島第一原発とそこから120キロ離れた宮城県牡鹿郡女川町にある女川原発の想定津波高の違いが指摘されています。福島原発は5.7m、女川原発は9.1mです。その違いはどこから来るのか、著者は次のように書いています。

原子力開発関係者の面々には、「女川など三陸海岸では津波は異様に巨大化するが、福島県浜通りなどの長汀海岸ではそんなに大きくはならない」という誤った確信があった、としか考えられない。こうした態度は、津波というものの実態に目をつむり、自然の脅威を軽視あるいは無視したものと言うしかない。
原子力といえば最先端の科学であり、最新鋭の技術を総動員しなければ制御できない分野であるはずだった。ところが津波という最も恐るべき自然現象に対し、俗世間並みの誤解と無理解のまま対処しようとした―――そこに今回の福島第一原発が破綻した最大の要因があると思われてならない。

 そして、福一の立地する「浪江」町も福島第二原発の立地するところの大字「波倉」も津波痕跡地名であることが指摘されています。「浪」あるいは「波」と津波の関連性は言わずもがなですが、「倉(蔵)」の方も実は危ない地名の代表格で、動詞クル(刳)が名詞化し、「地面が抉られたような地形(刳られた地)」を意味しています。つまり「波倉」とはまさに「波の刳った土地」をさすので、そんな危険地に原発を建設するなどもっての外、というわけです。もっとも、建設予定だったころならともかく、建ってしまっているものをいまさらどうこう言ってもどうにもなりませんが。今となっては、早急に廃炉にし、危ない使用済み核燃料をより安全と思われる場所に移す以外有りません。日本にそんな「安全な場所」などあるわけありませんが。

「倉」地名で有名なのは神奈川県の鎌倉。例の「イイクニ(1192)作ろう鎌倉幕府」の鎌倉です。こちらも津波によって「釜状に刳られた地=カマクラ」を意味し、鎌倉時代の13世紀の100年間に7回も地震・津波に襲われた記録が残っています。幕府の立地としては最低の選択だったようですね。

このように探っていくと、当て字で隠れてしまっている地名本来の意味が明らかになるわけです。この本では特に災害由来の地名を集めて解説されています。「簡潔で読みやすい」文章とは言えませんが(少し脱線が目立つので)、興味深い一冊です。


書評: 菅原高標女著、『更級日記』(角川ソフィア文庫、ビギナーズ・クラシックス)

2016年01月24日 | 書評―古典

清少納言の「枕草子」に続き、菅原高標女「更級日記」を同じビギナーズ・クラシックスシリーズで読みました。日本の古典文学を代表する女流作家なのに、どちらも本名が分からないのは残念なことですね。父の菅原高標は菅原道真の5代目、母は「蜻蛉日記」の作者である藤原道綱母の異母妹、ということで菅原高標女はなかなかのインテリ家庭で育ったようです。父の赴任先である上総の国で10-13歳の間過ごし、その間に継母や姉から今はやりの物語(源氏物語など)を断片的に聞いて、その物語をいつか読みたいと強く願うところから日記が始まります。やがて父の任期終了で京に上ることになり、上総の国から京までの3か月の大旅行の様子が日記に記されています。当時女性がそんな旅をすることなどあり得なかったので、彼女の天地のひっくり返るような感動とかが生き生きと伝わってきます。

そしてこの彼女、京に着くなり、家人は引っ越しの片づけに大わらわだというのに、お母さんに物語が読みたいとねだるんですね。これ、すごく気持ちが分かります。私も本の虫なもので。ただ私は人にねだるわけではなく、自分で勝手に買い込んでくるわけですが。とにかくお母さんのおかげで早速いくつかの本が手に入り夢中になって読んだ、と菅原嬢はのたまうわけです。

でも源氏物語など断片的で、話が見えないので、一度最初から最後まで全部読みたいと切に望む菅原嬢。うん、うん、そうだよね、とうなずく私。

この菅原嬢はこと文学に関しては縁故に恵まれていたようで、なんとおば様から源氏物語全巻といくつかの現在では散逸してしまっている物語をプレゼントされたのです! 彼女はそれこそ昼も夜もなく自室に引きこもって物語を読みふけったそうで。またしても、うん、そうだよね、一気読みするよね!とうなずいている私。

菅原嬢は光源氏のような男性が現れることを夢見、また浮舟のように愛し隠され儚くなりたいと願ってましたが、そこはまあ現実になるわけでもなく、彼女も後年反省するわけです。だんだん信心深くなってきて、何それの夢を見た、とかいう段になってくると、さすがに共感できなくなってきますが、日記と言うだけあって、気取ったところもお堅いところもなく、彼女の願いや喜びや悲しみや迷いなどがかなりストレートに書かれていて、人としての親しみを覚えます。それと比べると、清少納言の「枕草子」は【上から目線】の感じが強いように思えます。

原文の方で、おや?と思ったのは、自分の子供のことを「幼き人々」と言っていたり、姉のことを「姉なる人」、兄弟のことを「はらからなる人々」、夫のことを「児(ちご)どもの親なる人」と言っていること。この「人(人々)」の用法はなんでしょう? 分からなくはないのですが、不思議な感じがします。

この本も、段ごとに現代語訳・原文・注釈という風に構成されていて、古文が苦手な人でも原文に触れつつ意味が分かるようになっています。

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書評:藤原道綱母著、『蜻蛉日記』(角川ソフィア文庫、ビギナーズ・クラッシクス)

書評:谷知子編、『百人一首』(角川ソフィア文庫)&あんの秀子著、『ちはやと覚える百人一首(早覚え版)』

書評:大友茫人編、『徒然草・方丈記』(ちくま文庫)

書評:清少納言著、『枕草子』(角川ソフィア文庫、ビギナーズ・クラシックス)