徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

大晦日夜、ケルン中央駅における女性襲撃多発。性犯罪に関する刑法改正及び難民法の厳格化が議論に

2016年01月10日 | 社会

日本ではほとんど報道されていないようですが、現在ドイツでは大晦日夜にケルン中央駅周辺で多数起きた女性襲撃事件で騒然となっています。警察やドイツの報道をまとめてここに紹介します。

事件の概要

ドイツの大晦日と言えば、年越し花火・年越しパーティーで街頭は賑わうもので、パリの同時多発テロから間もなくということで今年は特にテロが警戒されていましたが、ドイツではベルギーやフランスのように催し物自体が中止になることはありませんでした。ケルンではベルリンのブランデンブルク門前のように主催者のいる「年越しパーティー」があったわけではないのですが、ケルン中央駅前のブレンツラウアー広場に1000人以上の若い酔っぱらった(恐らく)難民の男性たちが集まり、人ごみの中で花火を打ち上げたり、爆竹を投げたりしていたことが確認されています。そのうちの何人かが(詳細は不明)2-3人から10人くらいのグループに分かれて女性たちにまとわりついたり、痴漢行為を働いたり、囲い込んで痴漢行為の末に、バッグを奪ったりしたようです。1月10日現在で、ケルン警察には516件の被害届が出されており、うち40%程度が性犯罪に分類できるとのことです。大晦日・元旦の襲撃事件のための捜査班は人員が増加され、現在100人以上の捜査官が動員されているようです。そして、事件を目撃した人たちの証言や、被害届けをまだ出していない人は今からでも被害届を出すように呼びかけています。
参照記事:1月9日付けのケルン警察プレスリリース

人が多く集まるところでは、盗難や傷害事件やセクハラも起こるものですが、ケルン中央駅周辺で一晩で起きた犯罪はこれまでにない規模だそうです。例えばミュンヘンで毎年催されているオクトーバーフェスト(10月のビール祭り)は2週間続きますが、2015年度のオクトーバーフェスト期間中に起きたセクハラ・性犯罪の被害届は20件、バッグや貴重品の盗難は399件だったそうです。ちなみに2014年度の盗難被害届は404件だったそうなので、難民を去年大量に受け入れたこととは関係がなさそうです。いずれにせよ、オクトーバーフェストの2週間で届け出られた犯罪件数とケルンの一晩で起きて届け出られた犯罪件数の規模がほぼ同じで、しかも性犯罪の割合はミュンヘンの5%弱に対してケルンの40%は異例と言えるでしょう。
大晦日夜にケルン中央駅周辺に動員されていた連邦警察官の内部報告によると、状況は既に12月31日の22:45の時点で既に緊迫しており、多くの通行人から殴り合いや盗難やセクハラの報告を受けていたそうです。加害者に移民の割合が非常に高かったこともその時点で注目されていたようです。にもかかわらず、警察上層部は漸く1月4日になって記者会見を開き、大晦日・元旦の状況を報告しました。セクハラの被害届は1月1日になってから入って来たとも主張し、また加害者にアフリカ系やアラブ系が圧倒的に多かったことを伏せていました。警察上層部の報告には複数の実際に動員されていた警察官たちが事実に反していると指摘しています。
また、警察が事件現場に駆け付けようとするところを爆竹などで狙われたり、囲まれる等の公務執行妨害に合い、一時的に被害者の救助や犯人たちの追跡や事情聴取が不可能だったということも報告されています。また容疑者を一時的に拘束したものの容疑者搬送車の不足により1時間以上待っても搬送車が回されてこなかったので容疑者を解放してしまったとか、留置所の容量オーバーで逮捕者を収容できなかったということも報告されています。更に、職質を受けた難民の一人が難民パスを警察官の目の前で破いて「お前たちは俺に何にもできない。こんな紙など明日新しく取に行けばいい」と言った件や「俺はシリア人だ。お前たちは俺を親切に扱わなければいけない。メルケルさんが俺を招待してくれたんだ!」と違う一人が発言したことが警察内部報告で明らかになっています。同報告書には「あまりにも多くの通報が同時に入って来たために全ての出来事を確認することなどとてもできなかった」という警察の力不足が記されていました。
ドイツ連邦警察組合会長代理のエルンスト・ヴァルター氏とのインタヴューでは、「大晦日には例年よりも多くの警察官が警備にあたっていたとはいえ、このようなエスカレーションは予期できなかった」、「このような予想外のエスカレーションがあった場合には連邦警察の予備人員が派遣されて来るが、今回は2000人ほどの連邦警察官が難民対策のために南部の国境に駆り出されていて予備人員の派遣が叶わなかった」と警察の事情を説明しました。

参照記事:
ツァイト・オンライン、1月5日付の記事「ケルンで何が起こったか
ツァイト・オンライン、1月7日付の記事「ケルン警察官らは警察の公式発表とは異なる証言をする
ARDブレンプンクト、1月7日のニュース
ケルナー・シュタットアンツァイガー、1月7日付の記事「大晦日の襲撃事件についての警察報告は驚愕させる
シュピーゲル、1月8日付の記事「大晦日の襲撃:ケルンでは誰が容疑者なのか」 

セクハラ犯罪容疑者のうち名前も分かっているのは、上述の1月5日付の記事によれば、連邦警察の方では32人、うち22人が難民申請者。州警察の方では19人とのことです。
ZDFホイテの1月8日付の記事では、容疑者の名前は31人知られており、アルジェリア人9人、モロッコ人8人、イラン人5人、シリア人4人、そしてイラク人、セルビア人、アメリカ人それぞれ一人ずつ。ドイツ人は2人。うち18人は難民申請者として内務省に登録されている、となっています。ただの盗難容疑者なのかセクハラを含む盗難容疑者なのかで分類に揺れがあるのかも知れません。

またハンブルクやシュトゥットゥガルトでも似たような事件がケルンほどの規模ではないにせよ報告されています。


政治的反応

警察上層部の事件に関する公式発表が遅れたことと、1月1日の時点で「状況は改善された」という誤情報を出したことで批判が高まり、ノルトライン・ヴェストファーレン州内相ラルフ・イエーガー氏は1月8日にケルン警察長官であるヴォルフガング・アルバース氏を退役処分にすることを決定しました。 しかしイエーガー内相自身にも野党から辞任が求められています。対応が遅すぎ、事件から1週間も事件に関する情報の錯綜を許してしまったことや事件を過小評価していたこと、更にケルン中央駅周辺に限らず、ノルトライン・ヴェストファーレン州内の他の場所もいわゆる「ノー・ゴー・エリア(無法地帯)」が存在することが辞任請求の理由として挙げられています。今後暫くは州政府・州議会の議論が続くことでしょう。
ドイツ連邦警察組合会長のライナー・ヴェント氏は1月6日のZDFの昼のニュース(mittagsmagazin)で、今回のケルンの同時多発襲撃事件で犯人たちが有罪判決を受ける可能性はかなり低いことを指摘しています。裁判官の犯罪の証拠に対する要求水準が非常に高いため、今回のような犯人が同時に大量に居て、確実な証言や証拠を揃えるのが非常に困難であることがその理由です。去年の10月にもケルンで「サラフィー主義者に反対するフリガン(HogeSa=Hooligans gegen Salafisten)」たちが暴動を起こし、警備にあたっていた警察官たちが事態を掌握するまでにかなりの時間を要し、50人の警察官が負傷した事件があり、その時も警察の人員不足が問題になっていました。今回の件でも、警備戦略の良し悪し以前に人員の圧倒的な不足がアグレッシブな集団暴力に対応することを不可能にしているため、ヴェント氏は1年前から出している人員増強の要求を改めて強調しました。彼は1月8日のZDFの夜のニュース(heute journal)で人員増強ばかりでなく、警察官の装備としてボディーカムを全国で導入するように求めました。現在ボディーカムはヘッセン州やハンブルクなどで導入あるいはテスト期間中で、犯罪の証拠を確保するのにある程度貢献しているとのことです。今までのところ個人情報保護法関連で全国一律導入には至りませんでしたが、この事件を機にボディーカム一律導入に一気に向かうものと見られています。
同ニュース番組では更にドイツ刑事警察官同盟代表のリュディガー・トゥスト氏もインタヴューされて、ケルンには数年前から北アフリカ系の移民たちによるスリ・車強盗・空き巣などの犯罪行為が頻発していることを指摘しています。 この犯罪グループはケルン中央駅周辺だけでなく、町中でかなり組織立って暴力的に犯罪に及んでいるとのことです。そして、彼らの一部が難民臨時収容所に入り込み、来たばかりの(つまり難民申請手続きが終わるまで無為に時間を過ごすしかない)難民たちをスカウトしに行ってるそうです。問題は彼らの犯す犯罪に対する刑罰が軽すぎることや、裁判所の判断が遅いことなどにより、逮捕されても短期間で釈放されてしまうことにあります。このためトゥスト氏は司法当局の改革を求めています。

連邦政府側では性犯罪に関する刑法改正(法相・家族相)と難民法厳格化(首相・内相など)の二つの方向性で議論されています。

刑法改正の目的は女性を性犯罪からよりよく守れるようにするためで、2011年に公示されたイスタンブール協定をドイツ国内法に反映させるものです。現行法(刑法177条)では被害者が暴力によって性行為を強要された場合でないと「強姦罪」が成立せず、弱みを握られたり、脅迫されたりして不本意な性行為を強要された場合は強姦ではなくなってしまうという矛盾があります。イスタンブール協定ではヨーロッパ42か国が加盟していますが、それに従えば「合意の上ではない性的行為は全て刑罰の対象である」ことが定められています。なぜ4年間もそれが国内法に反映されずに放置されたのか疑問ですが、ケルンの多発襲撃事件を機に年内の刑法改正を真剣に検討するとのことです。私は法相が引責辞任するべきではないかと思うのですが…

ケルンの事件で多くの移民・難民(不法滞在者も含む)が関わっていたということなので、当然難民法の改正も議論になっています。まずメルケル首相が開放的な難民政策によってこのような犯罪多発を招いたという批判にさらされていますので、「優しい顔」をし続けることはできず、「犯罪を犯した難民は客として迎え入れられる権利を失う」と公言しました。ジーグマー・ガブリエル経済・エネルギー相は「有罪判決を受けた外国人を祖国へ強制送還し、そこで禁固刑の執行を受けることが国際法的に可能か審査すべきだ」と言っています。ドイツ納税者が外国人犯罪者の禁固刑の費用を負担するべきではないということと、祖国で禁固刑を受ける方がドイツでのそれよりも抑止力が高いというのが理由です。それに対してドメジエール内相は「犯罪者を刑が執行されないと分かり切っている国へ送還するのはナンセンスだ。外国人犯罪者は法治国家の厳しさをここで体感すべきだ」という意見です。彼は上述のボディーカムを含むビデオ監視の強化も求めています。
いずれにせよ、現行法では外国人犯罪者は3年以上の禁固刑判決が出た場合でないと祖国送還処分にできないことになっています。この基準を厳格化し、もっと短期の禁固刑判決で、執行猶予がついている場合でも祖国送還処分ができる方向性で法改正を行うことに関しては連立与党であるキリスト教民主主義同盟(CDU)・キリスト教社会主義同盟(CSU)・ドイツ社会民主党(SPD)の見解が一致しているようです。とは言え法案として具体化する過程で意見が割れることはまず確実でしょう。

また祖国で生命の危機にさらされる可能性のある亡命者やジュネーブ協定の定義するところの難民を祖国送還にするのはヨーロッパ人権協定によって禁止されています。従って有罪となった難民認定者の認定を取り消したり、難民認定申請者の申請を拒否することは可能であっても、強制送還はできず、滞在を容認するしかありません。

難民政策に関しても議論が過熱していますが、CSU党首兼バイエルン州首相であるホルスト・ゼーホーファー氏が要求するような「年間難民受け入れ数の上限を20万人に設定する」案はマインツで1月8-9日に行われたCDU・CSU非公開党会議で否決されました。難民政策の原則はヨーロッパ全体で解決を目指すべきで、ドイツ単独で上限を決めたりはしないというもので、メルケル首相はその原則を維持する姿勢をみせました。ケルンの事件を受けて、新たに執行猶予付きの有罪判決を受けた難民の祖国送還もマインツ宣言に盛り込まれました。それでも党内での批判は強まっているようです。

参照記事:
ターゲスシャウ、1月8日付の記事「何人かは客の権利を失った
ターゲスシャウ、1月9日付の記事「ノルトライン・ヴェストファーレン州内相イエーガーに批判集中」 
ツァイト・オンライン、1月9日付の記事 「シュヴェージヒ(連邦家族相)は性犯罪に関する刑法の改正を求める
ZDFホイテ、1月9日付の記事「CDUは難民政策の原則を固持」 


世論の反応とデモ

ケルンの事件は難民排斥を主張するペギーダをはじめとする右翼グループにとっては格好の「証拠」となっており、更なる扇動のネタにされているのは一番分かり易い反応ですが、これまで難民に対して歓迎しないまでもさほど気にもかけていなかったりした人たちの中でも不安を喚起しましたし、難民歓迎だった人たちの中にも少し考え方を変えた人もいたでしょう。自由でオープンな社会を望む人たちはこの事件で難民排斥派が力を増して、世論が極端に傾くことを警戒し、一部の犯罪者のせいで本当に庇護を必要としている難民たちが十羽一絡げに不当に扱われることのないように注意を喚起しています。また今回は性犯罪が多発したこともあり、フェミニスト団体なども激しく反応しています。

1月9日はまさにその3グループがケルンで同時にデモ行進をオーガナイズしました。ペギーダ・ノルトライン・ヴェストファーレン州支部を初めとする右翼団体の難民排斥デモには約1700人参加しましたが、数百メートルと行かないうちに警察によってデモ中止勧告を受けて解散させられました。参加者の中に約800人の「サラフィー主義者に反対するフリガン」メンバーがおり、爆竹花火を点火したり、ビール瓶を投げたりなどの暴走があり、警察官3人とジャーナリスト1人が負傷する事態になったからです。警察側は放水車を投入し、個別にはコショウスプレーを使ってデモ解散にあたりました。このドイツ産フリガンたちと大晦日に大量に集まって様々な犯罪を犯した難民・移民男性たちとの違いが私にはさっぱり分かりません。国籍以外には何の違いもない暴力的輩ではないですか。

難民排斥反対デモ「Pegidaによる極右的大衆扇動主義に反対する集会」をオーガナイズしたのは「極右に反対するケルン同盟」で、こちらの参加者は約1300人とのことでした。こちらの方は完全に「平和的なデモ」でした。

更にケルン中央駅脇のケルン大聖堂に向かう階段には約1000人の女性たちが集まって、男性暴力に対する抗議行動を行いました。

ケルンの事件は右翼グループの動員には適してますが、それ以外の多数の一般人を集めるには問題の焦点がはっきりしないという難点があります。宗教の問題なのか、イスラムの問題なのか、国籍の問題なのか、民族の問題なのか、文化的特徴の問題なのか、治安の問題なのか、法治国家の問題なのか、人権問題なのか、性暴力の問題なのかそれとも反右翼であることが重要なのか。多角的な問題に単純な解答はありません。それゆえに一般人を多く集めるのが難しいという側面もあります。

参照記事:
ターゲスシャウ、1月9日付の記事「開始間もなく解散」 
ライニッシェ・ポスト、1月9日付の記事「もはや大晦日の夜のことだけではなくなっている」 

このデモ参加者の人数だけを見てもケルンの空気の変化が分かります。2015年の秋にはケルン市内の難民排斥反対・難民歓迎デモの参加者は1万人規模でした。しかし土曜日のデモには、他のこういう類のデモでも見かけるようなハードコアの参加者が大半を占めていたようです。もちろん、参加しなかった人たちの中には単に暴力事件などに巻き込まれるのを怖れて参加しなかっただけの人たちもいるでしょう。でも少し考えを変えたり、少なくともこれほどの犯罪集中したケルンの事件直後に公に難民歓迎を掲げる気分になれなかったという人たちも多かったのではないでしょうか。私自身も難民申請希望者(18歳―35歳)の男女比が8対2(2015年8月時点の統計)で若い男性が圧倒的に多いことを鑑みると、諸手を挙げて歓迎する気にはなれません。また、難民臨時収容所におけるレイプの多発で犠牲となっている難民女性たちのことを考えると、やはり若い男性の単身あるいは(男性のみの)グループでの流入にはより厳しい規制が必要なのではないかと思います。とはいえ危険なルートに耐えられるのはやはり若い男性でもあるので、若い父親あるいは若い息子が先にヨーロッパへ行き、後から家族を呼び寄せるケースも少なくありません。それを家族を残しておけるならそれほど切羽詰まってないから庇護を必要とする難民ではないと見るか否か判断が難しいところです。今後はこの家族呼び寄せも待ち時間を長くする等で条件を厳しくする法改正が行われる可能性もあります。 トルコとの合意により、多少EU国境の警備が厳格になったので、ドイツへの入国者数は1日あたり5000人以上(ピーク時は1万人規模)から3000人くらいに減少していますが、流れは依然として存在しているので、問題は今後も深刻化すると予想されます。拙ブログ『難民危機~ドイツ亡命法厳格化本日連邦議会で可決』で紹介したドイツの亡命法改定内容も実際に効力を発揮するのは殆どが今年からです。祖国送還処分だけは以前よりは早くそして頻繁に実施されているようですが、それ以外は今後の様子を見なければいけませんし、特別予算に関しては既に全然足りないという批判が各州から噴出しています。
EU内で昨年秋に再配分が合意されていた12万人の難民たちも現在までに移送が実施されたのは数百人程度です。EU内でメルケル首相が望むようなヨーロッパ的解決策が合意に至る可能性は残念ながら非常に少ないと思われます。