懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

日本茅葺紀行 NO,324 京都市左京区広河原

2016年10月31日 | 日本茅葺紀行
美山町から広河原を抜け花背峠から京都へ抜ける。晩秋の紅葉の中を走る。
広河原には日本の故郷のような茅葺民家が残る。
残してほしい風景のひとつである。
雨や霧が多く乾燥しないのであろう、茅葺の屋根が苔むしていた。緑が美しい。

フィルムカメラでしか撮影していない。
もう一度デジタルカメラで撮影したいものだ。
フィルムではデジタルの画質にはとうてい勝てない。






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呪いのジャクソン5

2016年10月31日 | 日記
日本シリーズは広島カープの抑え陣の四球やデッドボール、制球力の無さでぶち壊しになった。どれも勝てる試合だったのにがっくり来た人も多いと思う。

中でもジャクソン投手の投球だ。ジャクソンの五ッのミスを呪いのジャクソン5と名付けた。
ジャクソン5はジャクソン兄弟の人気音楽グループ、一時期マイケルジャクソンもメンバーだった。

ジャクソンが出てくるたびに負ける広島に「参ったまいったマイケルジャクソン」と言いたくなった。

広島、緒方監督の成功体験のワンパターン作戦にナニと思った。太平洋戦争と同じだと思った。
戦いはリメンバーパールハーバーの再来になってしまった。
一強五弱のセリーグを相手にした広島と11.5ゲームをひっくり返した日ハムの根性の差がでた。

広島の敗因を上げると

1.広島チャンスにあまりにも打てない。日ハムの投手陣がよかったのもあるが。ファイナルステージから広島らしい打力、攻撃がみられなかった。

2.日本シリーズにはスーパープレーが随所にでるが広島にはなかった。
 第三戦の松山が捕り損ねたタイムリー二塁打
 丸が浅いセンターフライをホームでタッチアウトに出来なかった。
 イチローならば楽に捕っていたであろうしホームで楽にタッチアウトにしていた。
 あんな浅いセンターフライでタッチアップされるのは完全に守備をなめられている。

3.日ハムの泥臭い打撃と足で攪乱
西川のいやらしいファールカットと四球出塁。主力選手でも 四球を選んでも塁に出る。
チームプレーは全員の勝ちへの執念である。

4.広島、八回、九回の投手陣、四球、死球でランナーを出しては打たれる。
 四球だす投手は抑えには向かない。
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がっかり観光地

2016年10月30日 | 旅行
日本三大がっかり観光地というのがあるそうだ。

札幌時計台、高知はりまや橋、長崎オランダ坂をいう人がいる。
がっかり観光地になるとどれほどツマラナイのかと見に来る人もいそうだ。

岩手県遠野の河童淵もがっかり観光に推挙したい。
この程度のものだろうと予想していたりでがっかりもしなかったが

日本がっかり観光のたび、ナニコレ風景、けったいな物たちをテーマに撮ると面白いかも         





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蒸気機関車 米坂線宇津峠

2016年10月30日 | 蒸気機関車
米坂線宇津峠 (山形県飯豊町)

山形県飯豊町は今でも 茅葺民家を撮りによく行く。
蒸気機関車が廃止になる前に撮影に出かける。
雪の降る雪の残る時期だった。峠の堰堤を列車は登る。ここが分水嶺となる南は最上川、北は荒川で新潟県に流れる。

蒸気機関車も日本海側の路線は行く時間がなく廃止を迎えた。
やはりテーマを持ちまとまった写真を撮るには10年は必要だ。
10年頑張れる根気があるかで決まる。

私のような身体になり年齢も高くなるとこれ以上撮影しても金銭的にも時間的にも無駄になりそうだ。
沢山写真を残してもゴミとして捨てられるのなら余り気力が湧かない。
それでも高齢の人と話をすると健康な人は死ぬ間際まで撮り続けるという人もいる。

自分の終活も 資料を見ると沢山やることが多く煩わしいものだ。
これから何をするかやり残したことがないか来年度に向かって計画しよう。
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2016年茅葺写真展 牛のいる風景 その2

2016年10月29日 | 2016茅葺写真展
お題「遠足の思い出を教えてください!」に参加中!
撮影場所 島根県匹見町

広島県の三段峡のほうから峠を越えて島根県匹見町に入る。
匹見町で茅葺民家を探した。茅葺の牛小屋と牛を撮影できた。
匹見峡を見て広島県の吉和に抜ける。国道であるが酷い酷道だった。
しかし、景色はよいが一度行けば二度と行きたくない。

子牛を生産する農家である。昔はやっている家もあったが高齢化で減っている。

中国地方は昔から牛を飼う家が多かった。
大昔に朝鮮半島から船で運ばれ繁殖させて数を増やした。
宗教上、肉を食べる習慣がなく農耕用であった。
古来の牛が残っているのは山口県の見島牛と鹿児島のトカラ牛だけだそうだ。
今の牛に比べても随分小型である。
明治になり大型の牛が輸入され国産牛の品種が生まれる。
国産牛の定義は日本で生まれ生育した牛だそうだ。品種は問わないそうだ。
黒毛和牛だけが国産ではないそうだ。

家畜は人間により品種改良され動物本来の能力も抑えられている。
乳牛は沢山の乳が出るように改良された。
私が働いてていた時に職場の独身の若い女性と乳牛の話になった。
彼女は乳牛の雌ならばどんな牛でも乳が出るとおもっていたようだ。
乳が出るのは妊娠して子供に与えるために出るのであって人間に飲ませるために出るのではないと言ったらウソ―といわれた。
毎年のようにきっちり妊娠させないと牛乳は採れない。
彼女にテメーのおっぱい絞って乳でるかとはセクハラ行為で言葉に出来ず。

今の家畜は交尾そのものをさせてもらえない。優秀な品種の人工授精ばかりである。
昔は堤防につないでいる牛同志が交尾を始めた。ヤギや羊が交尾しているのは見たが。牛はさすがにこんなのありかと口をアングリさせ見ていた。

動物は思うだろう家畜の交尾は制限し人間は発情期もなく場所も時間も考えず一年中交尾に耽っている。人間は交尾のためだけに相手の命を奪う者までいる。

話が落ちたので落としついでに 当て馬という言葉がある。

当て馬は発情期なのに発情しない雌馬をその気にさせる馬のこと。前戯だけの馬のこと。
雌がその気になれば本番の馬が上にのり交尾をする。
当て馬は人間の世界でも使われる、
東京都知事選の小池氏は増田氏の当て馬だったといわれている。
駅伝や野球でも本番の選手を隠し当て馬を入れる事がある。




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茅葺民家  京都市左京区久多

2016年10月28日 | 茅葺き民家
久多の民家、大根を干してある。
昔はどこの家も大根を干し沢庵漬けを作っていた。
今は減塩で漬物など塩辛いものを敬遠する。
野菜売り場には大根が出回る。
豊作の年は100円が買うかどうかの目安になる。
今年の生育はどうか、種まきのあとに台風がくると成長に影響がでる。
大根おろしやおでん、煮物の大根はおいしい。歳をとるとこんなのが一番のご馳走だ。
大根役者や大根足と言われながら大根は冬には欠かせない。

富山の寒ブリの刺身は大根おろしで食べるのが一番という。
岡山は大根を年寄りは「でぇこ」という。方言の紹介で「でぇこてぇてぇてぇたというてぇて」
大根を炊いておいたと言っておいての意味だそうだ。

沢庵漬けはしないが大根を五日ほど干しスティック状に切りコーヒーの空瓶にいれ漬けこみ液を注ぐ、唐辛子、昆布、ニンニク、ユズ味と味を替えて漬け込む。
数日干すことで沢庵の触感になり甘味もでてくる。しかし、霜に当てると凍りスカスカになりおいしくない。
我が家は白菜も切って塩、唐辛子、ユズ、酢を入れ混ぜる。
手抜きの横着な漬物、横着漬けが主流である。
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一億総猫かわいがり

2016年10月27日 | 日記
昨年末の読売新聞に 一億総ネコかわいがりのタイトルの記事があった。

空前の猫ブームで猫の番組、本がよく売れている。
岩合さんの写真集がブームを誘ったのか
各地のネコ島や猫のいる寺がブームになっている。

我が家にもネコがいる。
四国の義母の入院している病院に一時間置いてあった時にエンジンルームに入ったようだ。
畑で干し柿にする柿を収獲している時に猫の鳴く声がした。
ボンネットを開けても逃げださない。奥の狭いところに逃げ込んだ猫を二人がかりでやっと捕える。捕まえたらガリガリの猫で逃げる気力もなく抱かれて帰る。
うちの車に乗り込んだのもなんかの縁で飼うことにした。
あのままでは冬は生き延びることはできなかったであろう。
野良猫は生き延びても三年、四年の寿命だそうだ。


名前はボンネットに入っていたのでボンと名付けた。
しかし、野良の時に追いかけられていたのだろう。子供や男を怖がる。いまでも気を許すのは家内だけだ。家内の背中や肩に乗るのが大好き。
ネコも家で飼えば15年は生きるだろう。我々より長生きしそうだ。
こんな時は餌代やトイレ砂代を10万円位付けて遺言にしておくのだそうだ。



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日本茅葺紀行 NO,323 山口県川上村

2016年10月27日 | 日本茅葺紀行
晩秋の川上村(現在は萩市)

晩秋の山間の村を茅葺民家を探して行脚
こんな一軒一軒撮影した結果が4500軒になった。
健康であればもっと各地、各国にも足を伸ばし撮影できたと思う。
茅葺民家撮影といいながら消えゆく日本の農村風景の撮影であった。
5年もして訪れたらもう無くなった風景になったであろう。
山の紅葉、柿の実、夕暮れは寂しい。
この時はどこに泊まったのであろう思い出せない。

私も家内も同じ医院に通っている。そこの先生(女医さん)が私も家内も大病をしているので人生の記録をまとめて置いたらとアドバイスしてくれた。
私はノートに手書き日記やパソコンに日々の記録をExcelの表に記録しているが家族の事や家内の事をほとんど書いていない。自分の事やイチローの安打、ボクシング試合結果ばかりである。男は薄情なものである。こんな日記ノートは150冊もあるが死ぬ前にはゴミにだしたい。

夫婦の記録をまとめても誰が読むだろうか。子供も読まないと思う。

写真とヒヤリングで代行で一家の暮らしを写真入りで編集してくれるサービスがある。

する気があればスキャナーで読み込み編集くらい自分でするがなかなかやる気が起きない。

相田みつお氏の詩に「そのうち」があるこれにならないようにしたいなあ。

「 そのうち 」


そのうち お金がたまったら
そのうち 家でも建てたら
そのうち 子供から手が放れたら
そのうち 仕事が落ちついたら
そのうち 時間のゆとりができたら

そのうち……
そのうち……
そのうち…… と、
できない理由を
くりかえしているうちに
結局は何もやらなかった
空しい人生の幕がおりて
頭の上に 淋しい墓標が立つ

そのうちそのうち
日が暮れる
今来たこの道
かえれない



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私の昭和鉄道遺産 その10 新見機関区

2016年10月26日 | 私の昭和鉄道遺産
岡山県新見市、新見機関区には伯備線、姫新線、芸備線の機関車が給炭、給水、点検に立ち寄るので沢山の機関車が常時停車していた。機関庫に変形デフの機関車がいたので撮影。
駅より歩いて300メートルくらいの機関区には三度度行った。
私は2時間あれば行けるのに怠慢だつた。
今思えば一日滞在して朝から晩まで撮っておきたかった。
一日に出入りする機関車や作業風景も克明に記録すべきだった。駅周辺の風景も撮っておくべきだった。

そんな写真を撮らなかった背景には
1.鉄道、特に機関車しか興味がなかった。目に入らなかった。
2.40年、50年で人々の暮らしや服装、設備が大きく変化するとは想像できなかった。
 世の中は延長線上に少しづつ変化するものだとおもった。
 電子機器の発達、パソコン携帯電話、みんなが車を持つ社会、みんながカメラ機能持ち歩く 時代がくるとは想像できなかった。
3.ホームページ、ブログやSNSでみんなが作者になれ情報発信する時代がくるとは想像できな かった。

2番目と3番目がわかっていたらもっと撮り方もテーマも変わっていたとおもう。

私は世の中の変化や流れに興味を示さず時代に一周遅れで生きてきたように思う。
みんながやるから付和雷同でついてきたように思う。自分で考えてないといけなかった。

ホームページやブログSNSはその人の生きた人生、生き方を投影している。
いわば自分の履歴書であり自分史でもあるようにおもう。

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2016年茅葺写真展 牛のいる風景 その1

2016年10月25日 | 2016茅葺写真展
撮影場所  岩手県旧室根村 (現在は一ノ関市)

茅葺民家を撮影していても動物と民家の写真を撮りたいものだ。
牛や馬、ヤギ、鶏や犬猫をいれたいものだ。
鶏や犬猫の小型のものは存在感がなく難しい。

やはり牛馬であろうか、馬は飼っている家がほとんどない。
牛を飼う家も随分減った。高齢化と畜産業の廃業が背景にある。
茅葺民家を撮りながら日本の社会の現実を撮っている気がする。

この民家も今は廃屋になり牧草地は雑草に覆われて荒地になっている。

現在、私は身体的な問題もありほとんど撮影にはいっていない。
私が撮れる範囲で新しいテーマや課題探しはなかなか難しい。
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