懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

広島カープ 野村 祐輔て誰れ?

2016年10月15日 | 日記
今年は広島の快進撃、クライマックスの最中、負けると広島は荒れるだろう。想像しただけで怖い。
今年16勝、勝ち頭の野村祐輔って誰れ? 調べてみた。
野村を知らないとは広島ファンに叱られそうだ。
プロ野球はサンデースポーツで見るくらい、あまり熱中するのも時間が惜しいし負けると怒りが収まらないしほどほどにしている。

野村 祐輔は広島広陵高校で夏の甲子園決勝で4-0と佐賀城北に勝っていた試合を9回に満塁ホームランを打たれて逆転負けした悲劇の投手だ。それが彼だったのだ。知った時、エエ―であった。その決勝戦は見ていたので鮮明に覚えている。コントロールがよく7回まで佐賀城北を1安打に抑えていた。このまま完封と思われたが高校生は浮足立ちと投げ急ぎで逆転を許した。

これはプロ野球でもよくあきること、四球、エラーなどで抑えようとして痛打される。
野村にとってはこれが人生の教訓になった事とおもう。
甲子園の優勝投手が成功するとは限らない、野村の人生に負ける事も必要ではなかったのか。ピッチャーは自らピンチを作らない、ピンチになってからの冷静さと制球力であろう。
夏の決勝戦、私は優勝のない佐賀県のチームを応援した判官贔屓である。
野村 祐輔の出身地を見て驚いた私の住んでいる倉敷市の出身ではないかこれは悪い事をした。てっきり広島県出身と思った。

野村は今のプロ野球では球速が普通である。来年以降、真価が問われる。
中日の山本昌の200勝、阪神の小山は300勝、双方とも球は速くなかったが大投手になった。
ファイナルステージ、日本シリーズと久しぶりのチャンスである。広島の選手はだれも経験していない優勝に向けて頑張ってほしい。野村には今シーズン、来シーズン以降もがんばってほしい。倉敷出身の星野仙一や松岡弘のような投手になってほしい。

日本茅葺紀行 NO,320  山形県山形市の民家

2016年10月15日 | 日本茅葺紀行
山形市の中心から20分ほどまっすぐ走って山際にさし掛かった。
これから300メートルくらいの山に登り山辺町に向かう予定にしていた。
山を登る手前に茅葺き民家が二軒あった。
民家は斜面の細い道を登った上にある。
私では撮影できない民家だ。
家内に民家に挨拶に行き撮影の了解を取ってもらい民家と同じ高さから上の位置から撮ってほしいと依頼。
私の趣味ながら家内に車の運転から撮影までやってもらっている。
これが自分だけの趣味といえるのか夫婦の共同作業であろう。
家内が茅葺撮影を趣味にしてくれればいいが好きになれない。
挨拶に行って散々文句をいわれたのがトラウマになっている。

夫婦だから運命共同体という言い方もある。しかし、妻を束縛することはできない。
今は年に5回程度連れて行ってもらう事にしている。
私がカメラを持ち撮影に行くのは脳の活性化に必要とおもう。

前日から山形市のホテルで泊まった。
山形は民宿でもホテルでも芋煮をだしてくれるのは有り難い。
今頃河原に行くと芋煮をやっているだろう。
民宿のおばちゃんの話では昔は肉など入っていなかった。
芋は里芋に限らずジャガイモでもやっていた。
芋と野菜で腹が満腹になる料理だったのだろう。
郷土食がおいしい。
県民ショーでやっていたが山形県人は草を食べる。
アケビの丸ごと煮つけが出たこともある。アケビの新芽も食べる。
カタクリも山形では山菜で食べる。
各地を旅するとJAや道の駅、スーパーで食べたことのない郷土料理をいただくのは楽しい。