懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

日本茅葺紀行 NO,217 やっぱり茅葺きはええなぁ

2015年05月31日 | 日本茅葺紀行
茅葺き民家は撮影の被写体として素晴らしいと思う。

私は蒸気機関車や古い町並み、茅葺きを撮ってきた。
キーワードは消える物、骨董的に古さの物、時代から取り残された物を対象に撮ってきた。
平成になって27年にもなるが未だに昭和の風景を追い求めている。

鉄道は歩けなくなり撮影も無理な被写体だが上記のキーワードに該当するものがほとんどなくなった。木造駅舎など残っていても有形文化財に指定されている。
古い町並みはどうしても自分の撮っていた頃と比較してしまう。
古い町並みといっても昭和の風景に平成が混在している。電柱も木柱ならば風景の一部と見られるがコンクリート柱と電線、電話線が入ると汚らしい風景になる。ガードレールやコンクリートブロック、車、道路の白線も風景を汚くしている。

それに比べて茅葺き民家はすっきりした風景が撮れ素晴らしい被写体だと思う。
そのその理由をあげると
1.茅葺き民家の家は敷地も大きく近所に家が無いところがある。
2.電柱もあるが場所に余裕があり電柱をかわして撮れる。
3.周囲の山、林、川、池や水田、畑など日本の昔からの風景が撮れる。
4.明治、大正、昭和を生きた建物が撮れる。
明治、大正、昭和にタイムスリップして最新のデジタルカメラで撮れる被写体はそう数多くない。こんな被写体が今も残っているのは有難いことだ。、



懐かしい物  寝台特急 彗星

2015年05月30日 | 懐かしい物
撮影場所 日豊線佐土原付近

南宮崎と新大阪や京都を結んでいた寝台特急の彗星
日豊線が非電化の時はDF50ディゼル機関車が牽引していた。
DF50は「大」の所属が入っていたので大分機関区のものであろう。
この頃、大分までは電化されていた。
この頃の寝台車は丸みを帯びた20系ではなかったか
2005年に客の減少で廃止になっている。

余計な電柱が無いので撮りやすい。まだコンクリート柱ではなくコールタール含浸の木柱のようだ。

蒸気機関車を撮っていた時に一緒に撮ったのであろう。
私は写真を撮る時に自分が老後になっている時に時代がどう変わっていただろうか
老後の楽しみに撮ったように思う。時代はどう変化するかなど分からない。
漠然となんでも撮ろうと思った。
計画的に撮っていた人は世の中がどう変化するだろうと想定しテーマを絞り込み撮っていたのだろう。
今、写真を撮られている人はどんな思いで撮影しているのだめうか
聞いてみたいものだ。

岡山の茅葺き民家 岡山県作東町

2015年05月29日 | 茅葺き民家
岡山県作東町(現在は美作市)

兵庫県に使い作東町土居地区に茅葺き民家があった。
昔のままの民家に出合えるのは懐かしいし嬉しいものだ。
犬小屋もあり犬もいた。小屋の屋根の下に犬小屋をいれてくれている。
夏の暑さがしのげる。犬は冬は強いが毛皮がついているので夏場は辛い
しかも人間のように汗腺がない。
こんな民家も段々なくなってきた。


茅葺き民家 大阪府能勢町

2015年05月28日 | 茅葺き民家
能勢町の茅葺き民家は長谷地区が有名だが全エリアを探す

さすがに能勢電鉄の走っている町の中心地には茅葺き民家はない-が少し田舎に入ると残っていた。隣の猪名川町には大きなスーパーも出来て能勢町の道の駅も大勢の客がきている。
寂れた田舎も次第にどこかで見た郊外の大型店の並ぶ風景になっている。
最近は採算割れの大型店は閉鎖しているところも多い。

茅葺きのある風景は時間が30年遅れている。
まだ昭和の風景である。30年前にタイムスリップして撮れるのはありがたい。
最新のデジカメで昭和が撮れる。昭和のままでいてくれる風景をひたすら追い求める。

最新のカメラで昭和の乗り物、蒸気機関車に魅せられ撮る人も多い。
昭和の時代に撮っていない人は今撮るしか仕方無い。
今のSLなんか何で撮るのかと吐き捨てるように言う人がいるがそれで感動出来て本人が楽しければそれで良いと思う。趣味など生きている間の本人だけの楽しみだ。
ゴミとして焼却される物を一生懸命に撮っている。
死ぬ時に楽しい人生だったと思いたいものだ。


日本茅葺紀行 NO,216 東広島市志和町の民家

2015年05月27日 | 日本茅葺紀行

広島県東広島の志和に茅葺き民家があるのはネット時代になって知った。
ホームページに投稿してくれて情報が入りやすくなり感謝している。
六月初旬に東広島市で茅葺きフォーラムが開催される。茅葺フォーラムはどんな事を発表されるのか一度は行ってみたいが車椅子ではトイレや移動に心配があり人に迷惑を掛けられず断念した。東広島での茅葺き民家の保存、記録活動が評価され会議の開催に至ったと思う。

茅葺き民家が減った現在でも志和町には何軒も残っていて今回のフォーラムでも見学会が計画されている。

茅葺き民家と小屋が一緒に撮れる家があった。
母屋は葺き替えて間が無かったので茅に痛みはない。
あの小屋はお宅のですかと聞いたら、あれはうちのではないと言っていた。
近くにあったのでてっきりこの家の小屋と思った。
志和あたりの瓦屋根民家集落も美しい。赤めの釉薬瓦が昔の農村風景だ。
最近のプレハブメーカーの民家の混在していない純瓦屋根集落はよさが評価される時代がくるだろう。


蒸気機関車 宮崎機関区C57形

2015年05月26日 | 蒸気機関車
撮影場所 宮崎機関区

機関区でやすんでいるC57形蒸気機関車

C57形は215両製造され日本の各地で活躍していたし最期まで残っていたので写真も沢山のこっている。製造年代で第一次から第四次まで区別されている。C57190番以降は第四次に区分けされている。C57形は沢山、静態保存されているが第四次は少ない。
C57形はスマートな形から貴公子と呼ばれている。 しかし第四次形はスマートさがなくC59
形に近いので貴公子と呼ばないと解説されている。
読みながらさすが鉄道マニアだ、そんなどうでもいいことにこだわる。

撮る時は第四次形が二台ならんでいるとは知らずに撮った。機関区内に二台機関車が並んでいたから撮った。
宮崎機関区鉄道ファンの人身事故があり立ち入りが厳しくなったと聞いた事がある。
蒸気機関車の時代は安全管理が甘く列車が行き交う構内や機関区に立ち入りが許可されていた。そのためいろいろな写真も撮れたが凶器になる機関車が行き交う場所は立ち入り禁止が゛当然であろう。鉄道ファンには子供いるし厳しい制限がいる。機械が稼働している工場はフェンスで囲まれ部外者立ち入り禁止となっている。



岡山の茅葺き民家 岡山市下中野

2015年05月25日 | 茅葺き民家
岡山市の下中野は現在道路も片側三車線の道が出来て全国チェーンの家電量販店や飲食店が立ち並ぶ街になった。この全国チーンの家電量販店、服屋やホームセンター、かつ丼屋やギョーザ専門店、コンビニはどこにでもある風景だ。東北へ行っても岡山の風景と変わらなくなった、また消費者も同じメーカーの物を買い求めてします。味に当たり外れがないので安心して飼っている。それと売れ筋の物をかったしまう。これは怖い事だ。自分の判断能力が無くなっている。

今は大きく変わった町の風景の中で茅葺き民家を撮ったものだ。
岡山南部の民家らしく棟にはがんぶり瓦を乗せおだれ(下屋)には本瓦を使っている、

この近くにJR瀬戸大橋線の大元駅がある。今は高架になり都市計画が進んだ。
踏切のあった頃は渋滞していた。ゴミゴミしていた町並みに味があった。
岡山の臨海部にも鉄道が走っていたが撮ろうと思っただけで行動を起こしていない。
こんなの撮ってなににするという事が先にあった。ブログに投稿するためと先読みの出来た人ならば撮っていた。ブログまで先読みは難しいが昭和を残すためとか世間遺産にするためという目標を持っていたならば撮り残していた。

趣味を継続するためには
1.撮影目標を持つ事
2.必ずすぐに行動する習慣を身につける
3.頓挫しないように長期目標と短期目標を作りフォローしていく
4.やっている事を皆に公言し発表する.




茅葺き民家 山形県白鷹町

2015年05月24日 | 茅葺き民家
白鷹町に茅葺き民家があるのは茅葺き民家の本で知った。
白鷹町の役場に手紙をだして調べてもらった事もある。
養蚕農家の立派な民家があるのも嬉しい。

米沢市から川西町、飯豊町、長井市、山辺町と続く地域は茅葺き民家の黄金ベルト地帯だと思っている。しかし、10年後には軒残っているであろうか
10年もすると茅葺きの劣化は進む、住んでいる人の高齢化、死亡、集落の消滅、維持の難しさと住み続ける人の減少で今まで以上に茅葺きの維持は難しくなると予想される。
現にこの地帯の10年間を見続けてきてが半減以上の減り方だ。
茅葺きに出合う度に文化財があった、昭和の遺産に出合えたと一人喜んでいる。
茅葺き民家を見るのは私の心のビタミンでもある。


日本茅葺紀行 NO,215 鉄道と茅葺き民家

2015年05月23日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 広島県旧向原町

この民家は保存民家のようだが休みに行くと人が集まっている。掃除や風を入れているのか窓があいている。家の前を芸備線が走っている。
鉄道仲間や茅葺き愛好者にはよく知られている。
芸備線は安芸の国の広島と備中の国の新見を結ぶので名付けられている。

芸備線は蒸気機関車が健在な頃にも撮りにこなかった。人気のなかったC58形が牽引していたので行かなかった。ダメダと思うのは人気がない機関車で判断したことである。
他人の言葉を鵜呑みにして自分の考えで判断しなかった事がアホだっと思う。
何事も自分で調べ自分のポリシーを持たないと軽薄な趣味となる。

鉄道と茅葺き民家の組み合わせは蒸気機関車の現役の頃は沢山あったと思う。
20年前だったら少しは残っていた。
現在は私が知っているのは10軒くらいであろうか
長崎本線、久大線、姫新線、瀬戸大橋線、米坂線、石巻線、木次線、JR以外では長井鉄道、いすみ鉄道などさがせばもっとあるかも知れない。




懐かしい物  路傍の石仏

2015年05月22日 | 懐かしい物
撮影場所 広島県上下町(現在は府中市)

御調町から上下町に向かう国道沿いに石仏がところどころにあった。
古い昔の習慣が残るところだと思いながら走っていた。
かっての旧道が国道沿いに残る。その旧道に入ったら何体もの石仏が残っていた。
20体以上の石仏、どんな種類の石仏かわからない。
このあたりはずっと登り坂が続く歩いて登っている人が一服するところでもあろう。
旅の安全や家族の悩みを祈願するために設置されたのであろう。

石の台に置かれて今は訪れる人も少ない石仏に情感がある。
しかし、その後見たら石の台がコンクリートの台に変わり味気なくなった。