私の母の七回忌が6日に東京の下谷で営まれました。
元気な父を中心に40人程の方々と法要をおこない、上野で会食をしました。
おいしい中華料理をいただき、楽しいひと時でした。
上野・不忍池を眺めて
一人娘で家を継いだ母は子供が5人、孫16人の、総勢21人の子孫を成しました。
たった一人から21人。
子供達にはそれぞれ男の子がおり、一人っ子や少子化とは無縁の兄弟姉妹というのもめずらしいのでしょうが、こうやって私の生まれた家系は先祖から今の代、その次の代へとむかっているのだと、実感します。
人類の大きな流れのなかで、自分の人生はちっぽけなものですが、先祖があってこその自分でそれが次の代へつながっていくのだと、感ぜずにはいられません。
若い頃には「自分で生きている」みたいに思い勝ちですが、この歳になると「生かされている」と自然におもうようになりました。
末の弟が最後に語ってくれました。
先日池袋で昼の時間になり、ふと、30年以上も前に母と二人で入ったデパートの蕎麦屋をおもいだし、行ってみたら、まだあった。
店にはいり、そのとき食べたぶっ掛けそばを注文してみた。
当時、まだめずらしかったぶっ掛けそば、「へ~こういうのなんだ」なんて話しながら食べたことが思い出され、ふっと涙がでてしまった。
話を聞きながら、わたしも母とのいろんなことを思い出しました。
こうやって、生きている者が思い出してあげるのが、一番の供養なのでしょう。
感慨深い日でした。