また昨日の続きです。
・「少し歩いていると、急に、父の藤吉の言葉が思い出された。
『人間は、容易なことで死ぬもんじゃないぞ』
藤吉は、日露戦争の時、旅順(りょじゅん)の203高地を攻撃する決死隊の白襷(しろだすき)隊の一員だった。(中略)ロシア軍の機関銃は白い襷を目標に銃弾を浴びせた。決死隊の白襷隊は全滅に近い悲劇にあった。
父の藤吉は、この激戦の中で生き残った。その時に一つの信念が生まれた。それは『人間は、容易なことで死ぬものでない』ということだった。」
・「関大尉は言葉を続けた。
『ぼくは天皇陛下とか、日本帝国のためとかに行くんじゃない。最後のKA(海軍の隠語でKAKAつまり妻のこと)のために行くんだ。命令とあれば止むをえない。日本が敗けたらKAがアメ公に強姦されるかもしれない。ぼくは彼女を護るために死ぬんだ。最愛の者のために死ぬ。どうだ、素晴らしいだろう!』
この言葉は報道されることはなかった。関大尉が戦死した後、『人間関大尉』という記事を書こうとしたこの記者は、軍部から怒鳴られ、書き直しを命令された。
『関は女房に未練を残すような男じゃない。特攻隊員は神様なんだ。その神様を人間扱いにしヒボウするとはけしからん。それが分からんとは、貴様は非国民だぞ! 銃殺にしてやる』」
・「軍隊は階級社会である。命令は絶対だ。その命令がどんなに無意味でもトンチンカンでも不合理でも、絶対服従が軍隊のルールである。それが軍隊を軍隊たらしめている唯一の原則だ。フィリピンに着いて以来、冨永司令官は、航空戦に無知ゆえに不合理な命令を繰り出していく。冗談としか思えない指令で、多くの兵隊が死んでいった。(後略)」
・「『(前略)我々のもらった九九双軽には、ツノが3本のものもあれば、1本のもある。3本もつけたのは、爆発を確実にさせるためということだが、実際には、1本あれば充分である。また、あんな長いものが3本も突き出していては、飛行に差し障りが起こる。そこで、ここの分廠(ぶんしょう)に頼んで3本のものは1本にしてもらった』」
・「『もうひとつ、改装をした部分がある。それは爆弾を投下できないようになっていたのを、投下できるようにしたことだ』
佐々木達は、思わず息を飲んだ。そして、お互いに顔を見合わせた。信じられない言葉だった。」
・「岩本隊長は次第に興奮し、語調が熱くなった。
『(前略)体当たり機は、操縦者を無駄に殺すだけではない。体当たりで、撃沈できる公算は少ないのだ。こんな飛行機や戦術を考えたやつは、航空本部か参謀本部か知らんが、航空の実際を知らないか、よくよく思慮の足らんやつだ』」
・「それから岩本隊長は、攻撃要領の説明を始めた。想像を超える対空砲火を浴びることを覚悟すること。防御火器がないことを肝に銘じること。
(中略)岩本隊長は、急降下爆撃について、両手を使って、急降下の角度や方向を丁寧に説明した。」
・「急降下は、まっすぐ一直線に、船の『軸線』に沿って突入すること。船を横からではなく、縦に1本の線として見る。その方向を『軸線』と称した。
艦船の横側から急降下してしまうと、艦船との近接は一瞬で終わってしまう。だが、『軸線』に沿って急降下すれば、一定の時間、近接が可能になる。」
・「ただし、敵戦艦の艦尾の方向から急降下しなければならない。なぜなら、いくら『軸線』に沿っていても、艦首から接近してしまうと、自分の速度と相手の速度が合算され、上甲板に接近する時間が短くなってしまうのだ。」
・「岩本隊長は謄写版で印刷したフィリピンの要図を配った。そこには、日本軍が使っている全飛行場の位置と地名が記されていた。
部隊や燃料のある飛行場や敵が近く危険な飛行場など、150近い飛行場が示されていた。(中略)
岩本隊長は、それらを詳しく説明してから力強く言った。
『出撃しても、爆弾を命中させて帰ってこい』(後略)」
・「『最後に言っておきたいことがある。それは、諸子だけを体当たりさせて死なせるのではないということである。諸子のあとからは、第四航空軍の飛行機が全部続く。そして、最後の一機には、この冨永が乗って体当たりをする決心である。安んじて大任をはたしていただきたい』
佐々木はこの言葉に感激した。」
・「(前略)頭に包帯を巻いた佐々木に4度目の出撃命令が出た。(中略)佐々木ただ一機だでの出撃命令だった。」
・「『私は必中攻撃でも死ななくてもいいと思います。その代わり、死ぬまで何度でも行って、爆弾を命中させます』
伍長が大佐や中佐に向かって反論するのは、軍隊ではあり得なかった。軍法会議の処分が当然のことだった。
さらに、軍隊用語では一人称を『自分』と言わなければいけなかった。(後略)」
(また明日へ続きます……)
・「少し歩いていると、急に、父の藤吉の言葉が思い出された。
『人間は、容易なことで死ぬもんじゃないぞ』
藤吉は、日露戦争の時、旅順(りょじゅん)の203高地を攻撃する決死隊の白襷(しろだすき)隊の一員だった。(中略)ロシア軍の機関銃は白い襷を目標に銃弾を浴びせた。決死隊の白襷隊は全滅に近い悲劇にあった。
父の藤吉は、この激戦の中で生き残った。その時に一つの信念が生まれた。それは『人間は、容易なことで死ぬものでない』ということだった。」
・「関大尉は言葉を続けた。
『ぼくは天皇陛下とか、日本帝国のためとかに行くんじゃない。最後のKA(海軍の隠語でKAKAつまり妻のこと)のために行くんだ。命令とあれば止むをえない。日本が敗けたらKAがアメ公に強姦されるかもしれない。ぼくは彼女を護るために死ぬんだ。最愛の者のために死ぬ。どうだ、素晴らしいだろう!』
この言葉は報道されることはなかった。関大尉が戦死した後、『人間関大尉』という記事を書こうとしたこの記者は、軍部から怒鳴られ、書き直しを命令された。
『関は女房に未練を残すような男じゃない。特攻隊員は神様なんだ。その神様を人間扱いにしヒボウするとはけしからん。それが分からんとは、貴様は非国民だぞ! 銃殺にしてやる』」
・「軍隊は階級社会である。命令は絶対だ。その命令がどんなに無意味でもトンチンカンでも不合理でも、絶対服従が軍隊のルールである。それが軍隊を軍隊たらしめている唯一の原則だ。フィリピンに着いて以来、冨永司令官は、航空戦に無知ゆえに不合理な命令を繰り出していく。冗談としか思えない指令で、多くの兵隊が死んでいった。(後略)」
・「『(前略)我々のもらった九九双軽には、ツノが3本のものもあれば、1本のもある。3本もつけたのは、爆発を確実にさせるためということだが、実際には、1本あれば充分である。また、あんな長いものが3本も突き出していては、飛行に差し障りが起こる。そこで、ここの分廠(ぶんしょう)に頼んで3本のものは1本にしてもらった』」
・「『もうひとつ、改装をした部分がある。それは爆弾を投下できないようになっていたのを、投下できるようにしたことだ』
佐々木達は、思わず息を飲んだ。そして、お互いに顔を見合わせた。信じられない言葉だった。」
・「岩本隊長は次第に興奮し、語調が熱くなった。
『(前略)体当たり機は、操縦者を無駄に殺すだけではない。体当たりで、撃沈できる公算は少ないのだ。こんな飛行機や戦術を考えたやつは、航空本部か参謀本部か知らんが、航空の実際を知らないか、よくよく思慮の足らんやつだ』」
・「それから岩本隊長は、攻撃要領の説明を始めた。想像を超える対空砲火を浴びることを覚悟すること。防御火器がないことを肝に銘じること。
(中略)岩本隊長は、急降下爆撃について、両手を使って、急降下の角度や方向を丁寧に説明した。」
・「急降下は、まっすぐ一直線に、船の『軸線』に沿って突入すること。船を横からではなく、縦に1本の線として見る。その方向を『軸線』と称した。
艦船の横側から急降下してしまうと、艦船との近接は一瞬で終わってしまう。だが、『軸線』に沿って急降下すれば、一定の時間、近接が可能になる。」
・「ただし、敵戦艦の艦尾の方向から急降下しなければならない。なぜなら、いくら『軸線』に沿っていても、艦首から接近してしまうと、自分の速度と相手の速度が合算され、上甲板に接近する時間が短くなってしまうのだ。」
・「岩本隊長は謄写版で印刷したフィリピンの要図を配った。そこには、日本軍が使っている全飛行場の位置と地名が記されていた。
部隊や燃料のある飛行場や敵が近く危険な飛行場など、150近い飛行場が示されていた。(中略)
岩本隊長は、それらを詳しく説明してから力強く言った。
『出撃しても、爆弾を命中させて帰ってこい』(後略)」
・「『最後に言っておきたいことがある。それは、諸子だけを体当たりさせて死なせるのではないということである。諸子のあとからは、第四航空軍の飛行機が全部続く。そして、最後の一機には、この冨永が乗って体当たりをする決心である。安んじて大任をはたしていただきたい』
佐々木はこの言葉に感激した。」
・「(前略)頭に包帯を巻いた佐々木に4度目の出撃命令が出た。(中略)佐々木ただ一機だでの出撃命令だった。」
・「『私は必中攻撃でも死ななくてもいいと思います。その代わり、死ぬまで何度でも行って、爆弾を命中させます』
伍長が大佐や中佐に向かって反論するのは、軍隊ではあり得なかった。軍法会議の処分が当然のことだった。
さらに、軍隊用語では一人称を『自分』と言わなければいけなかった。(後略)」
(また明日へ続きます……)