長谷部恭男さんと石田勇治さんの対談集『ナチスの「手口」と緊急事態条項』(’17)を読みました。
まず、最初に前書きにあたる部分、すなわち石田さんが書いた「はじめに------『憲法問題』の本質を見抜くために」の部分を引用させていただくと、
「本書の表題に掲げた『ナチスの手口』という表現は、副総理で、財務大臣でもある麻生太郎氏が、日本の改憲論議に絡めて行った演説(2013年7月29日)で述べた、『あの手口、学んだらどうかね』に由来する。そこで麻生氏は何を語ったのだろうか。核心部分を引用してみよう。
ドイツは、ヒトラーは、民主主義によって、きちんと議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出て来た。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。(中略)
憲法は、ある日気付いたら、ワイマール憲法がいつの間にか変わっていて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気付かないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで、本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。
ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますがこういったことは、喧噪のなかで決めないでほしい。
演説の数日後、国内外の激しい批判に晒された麻生氏は、『誤解を招く結果となった』としてこの発言を撤回したが、真意がどこにあったのか十分な説明はなされなかった。麻生氏が『学んだらどうかね』と勧めた『あの手口』の含意を、私なりにお演説の文脈を踏まえて敷衍(ふえん)してみよう。
麻生氏によれば、『きちんとした議会で多数』をとり、『選挙で選ばれた』ヒトラーの下で、ワイマール憲法は『誰も気付かない』うちに変わった。しかも『みんないい憲法と、みんな納得して』変わったのだという。そうだとすれば、自民党も選挙で議会の多数をとって政権の座にあるのだから、その下で改憲に向けた動きを進め、国民にはいい憲法に変わったとあとで気付かせるぐらいでよいのではないか。それこそ、いまの日本で改憲をめざす者がナチスから学ぶ政治手法ではないか。
この可笑しな話に含まれる、史実に関するいくつもの誤解については、本書第一章をお読みいただければすぐに明らかになるが、『わーわー騒がないで』、『喧噪のなかで(憲法を)決めないでほしい』というような言葉は、どう読んでも国民を主権者=憲法制定権者と正しく認識する者の発言だとは思えない。
しかもワイマール民主制からナチ独裁への移行は、決して静かに『みんな納得して』進んだのではない。言論弾圧と国家テロを使って無理矢理成立させた天下の悪法、授権法(『全権委任法』)の制定過程のいったいどこに、私たちがまねるべきものがあるというのだろうか。国際社会がこの演説に批判と疑惑の目を向けたのは、けだし当然であろう。
そのヒトラーがワイマール憲法を無効化し、独裁体制樹立に道を拓(ひら)くために濫用したのが、憲法第48条に規定された『大統領緊急措置権』である。これは2012年4月に自民党が発表した憲法改正草案の目玉のひとつ、『緊急事態条項』に相当するものだ。
ヒトラーは、この条項に助けられて、合法性の装いを取り繕いながら史上類例のない強力な独裁体制を短期間のうちに樹立することができたのだ。
『ナチスの手口』と緊急事態条項------いずれも自民党が企図する『憲法改正』(国制の転換)の本質を見抜き、警鐘を鳴らすため、私たちがぜひとも知らなければならない事柄である。
今回、憲法学の権威、長谷部恭男氏と、ドイツ憲法史がいまの日本に投げかける様々な問題について討議する機会をいただいた。どのような議論になるかとても楽しみだが、どうか読者のみなさんには、日本政治の中枢から発せられた、『学ぶべきあの手口』の恐ろしさを、現代史の醍醐味とともに感じとっていただければと思う」
また、長谷部さんによる「おわりに------憲法の歴史に学ぶ意味」からも一部引用させていただくと、
「カズオ・イシグロの小説『日の名残り』の主人公、スティーヴンスは、貴族の邸宅を取り仕切る執事です(土屋政雄訳、ハヤカワepic文庫)。その職業生活の終わりが近づいたとき、彼は、自分が生涯をかけ、すべてを犠牲にして仕えた主人が、精力を注いだ外交手腕も素人芸で、戦力的にも道徳的にも誤った政策------対ナチス宥和(ゆうわ)政策------にコミットした、仕えるにも足りぬ人物であったことに気付きます。気付いたとき、彼の人生はもはや残りわずか、という物語です。(明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
まず、最初に前書きにあたる部分、すなわち石田さんが書いた「はじめに------『憲法問題』の本質を見抜くために」の部分を引用させていただくと、
「本書の表題に掲げた『ナチスの手口』という表現は、副総理で、財務大臣でもある麻生太郎氏が、日本の改憲論議に絡めて行った演説(2013年7月29日)で述べた、『あの手口、学んだらどうかね』に由来する。そこで麻生氏は何を語ったのだろうか。核心部分を引用してみよう。
ドイツは、ヒトラーは、民主主義によって、きちんと議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出て来た。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。(中略)
憲法は、ある日気付いたら、ワイマール憲法がいつの間にか変わっていて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気付かないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで、本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。
ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますがこういったことは、喧噪のなかで決めないでほしい。
演説の数日後、国内外の激しい批判に晒された麻生氏は、『誤解を招く結果となった』としてこの発言を撤回したが、真意がどこにあったのか十分な説明はなされなかった。麻生氏が『学んだらどうかね』と勧めた『あの手口』の含意を、私なりにお演説の文脈を踏まえて敷衍(ふえん)してみよう。
麻生氏によれば、『きちんとした議会で多数』をとり、『選挙で選ばれた』ヒトラーの下で、ワイマール憲法は『誰も気付かない』うちに変わった。しかも『みんないい憲法と、みんな納得して』変わったのだという。そうだとすれば、自民党も選挙で議会の多数をとって政権の座にあるのだから、その下で改憲に向けた動きを進め、国民にはいい憲法に変わったとあとで気付かせるぐらいでよいのではないか。それこそ、いまの日本で改憲をめざす者がナチスから学ぶ政治手法ではないか。
この可笑しな話に含まれる、史実に関するいくつもの誤解については、本書第一章をお読みいただければすぐに明らかになるが、『わーわー騒がないで』、『喧噪のなかで(憲法を)決めないでほしい』というような言葉は、どう読んでも国民を主権者=憲法制定権者と正しく認識する者の発言だとは思えない。
しかもワイマール民主制からナチ独裁への移行は、決して静かに『みんな納得して』進んだのではない。言論弾圧と国家テロを使って無理矢理成立させた天下の悪法、授権法(『全権委任法』)の制定過程のいったいどこに、私たちがまねるべきものがあるというのだろうか。国際社会がこの演説に批判と疑惑の目を向けたのは、けだし当然であろう。
そのヒトラーがワイマール憲法を無効化し、独裁体制樹立に道を拓(ひら)くために濫用したのが、憲法第48条に規定された『大統領緊急措置権』である。これは2012年4月に自民党が発表した憲法改正草案の目玉のひとつ、『緊急事態条項』に相当するものだ。
ヒトラーは、この条項に助けられて、合法性の装いを取り繕いながら史上類例のない強力な独裁体制を短期間のうちに樹立することができたのだ。
『ナチスの手口』と緊急事態条項------いずれも自民党が企図する『憲法改正』(国制の転換)の本質を見抜き、警鐘を鳴らすため、私たちがぜひとも知らなければならない事柄である。
今回、憲法学の権威、長谷部恭男氏と、ドイツ憲法史がいまの日本に投げかける様々な問題について討議する機会をいただいた。どのような議論になるかとても楽しみだが、どうか読者のみなさんには、日本政治の中枢から発せられた、『学ぶべきあの手口』の恐ろしさを、現代史の醍醐味とともに感じとっていただければと思う」
また、長谷部さんによる「おわりに------憲法の歴史に学ぶ意味」からも一部引用させていただくと、
「カズオ・イシグロの小説『日の名残り』の主人公、スティーヴンスは、貴族の邸宅を取り仕切る執事です(土屋政雄訳、ハヤカワepic文庫)。その職業生活の終わりが近づいたとき、彼は、自分が生涯をかけ、すべてを犠牲にして仕えた主人が、精力を注いだ外交手腕も素人芸で、戦力的にも道徳的にも誤った政策------対ナチス宥和(ゆうわ)政策------にコミットした、仕えるにも足りぬ人物であったことに気付きます。気付いたとき、彼の人生はもはや残りわずか、という物語です。(明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)