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長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』その2

2017-10-09 06:04:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。
 外交を道楽とするつまらぬ主人に誠心誠意仕える生涯を送ることに、スティーヴンスは、それなりの論拠を用意しています。『われわれ、イギリスのような国に住む人間としては、国際関係のような大問題についても自分で考え、意見をまとめるつとめがあるのかもしれません。しかし、人生というのはそういうものでしょうか。……結局のところ、庶民が学び知りうることにはかぎりがあるわけで、国家の大問題について、彼らすべてに“強い意見”を示すように望むのは、賢明なこととはいいがたいでしょう。』
 たしかにそうかもしれません。それは国内政治の大問題、たとえば憲法をどうするか、という問題についてもあてはまります。庶民が日々、自国の憲法について真剣に考えざるをえない国は、不幸な国です。そんなことは一部の専門家に任せておいて、自分たちは自分たちの仕事のことを考える。仕事が終わったら、夕食の献立やひいきのサッカーチームの試合結果について家族や仲間と話し合う。それが民主的な社会の標準的な姿でしょう。
 2017年の日本では、理由は不明瞭なのですが、政権与党がどうしても憲法を変えると言い張っています。憲法は中長期的に守っていくべき社会の基本原則を定めるもので、だからこそ変えにくくなっています。社会生活の基本原則をいじくるのはやめて、政治家が日々の喫緊の政治課題にエネルギーを注ぐようにと、憲法は変えにくくなっているわけです。ところが、首相をはじめとして、必要性はともあれ憲法をどうしても変えるのだと言い張る政治家たちがいるので、一般市民も憲法について真剣に考えざるをえなくなりました。困ったことです。
 憲法について考えるには、日本だけでなく外国も含めて、憲法の歴史について勉強する必要があります。日本固有のものだと言われることの多い大日本帝国憲法でさえ、その核心にある条文------天皇を統治権の総覧者とする第四条------は、19世紀初頭に成立したドイツ連邦の憲法をコピペしたものです。さまざまな国家、国民の歴史と経験が凝縮し、結晶化したのが、現在の各国の憲法となっています。もちろん、日本国憲法もそうです。
 特に関心を寄せなければならないのは、立憲主義的な民主体制がどのようにして崩壊していくかです。本書では、ワイマール共和国がどのようにして壊されていったのか、戦後再建されたドイツ連邦共和国が、再び崩壊しないよう、どのような仕組みを整えたのかが、ドイツ近現代史を専門とする石田勇治さんから丁寧に説明されます。
 壊れないように備える仕掛け(のひとつ)が緊急事態条項でした。ところが戦前のドイツでは、その緊急事態条項が、体制そのものを壊す道具として利用されました。日本の憲法にも緊急事態条項を導入すべきだという議論がありますが、よくよく考える必要があります。
 何が起こるかわからない(それはその通り)、だから何が起こっても対処できるように、いざというときは何でもできるようにしておかないといけない、という一見したところもっともらしい、しかし危なっかしい議論もあります。本当にそうなのか、憲法のテクストは、一字一句その言葉通りに守らないといけないものなのか、守らないとどういうことが起きるのか(たとえば憲法の示す期日通りに総選挙をしないと選挙が無効になってしまうのか)。それを知るには、日本の具体的な制度や判例を調べる必要もあるし、さらに諸外国の経験も知る必要があります。抽象論は危険です。歴史に学ばなければなりません。
 そして、最後にものをいうのは人としての良識です。

 この本は新書でしたが、全ページ数が245ページあり、そのうち25ページまで読んだところで、先を読むことをあきらめました。事実の検証を極めて丁寧に説明してくれているので、おおざっぱに「ナチスの『手口』と緊急事態条項」の関係を知りたかった私には、あまり向いていなかったのかな、とも思いました。ちなみに各章の題名を書いておくと、第一章は「緊急事態条項は『ナチスの手口』」、第二章は「なぜドイツ国民はナチスに惹き付けられたのか」、第三章は「いかに戦後ドイツは防波堤をつくったか」、第四章は「日本の緊急事態条項はドイツよりなぜ危険か」、そして最後の第五章は「『過去の克服』がドイツの憲法を強くした」です。
ナチスの政権奪取がいかにずる賢いやり方だったか、いかに反民主主義的なものだったか、がこの本を読めばよく分かると思います。興味のある方は是非手元に置いて、少しずつ読むことをおススメします。(それにしても、あとがきで、長谷部さんがいきなり、今年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんの名前を挙げているのには驚きました。)

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto