杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

朝鮮通信使の絵心経

2009-07-14 10:33:19 | 朝鮮通信使

 10日(金)夜、久しぶりに静岡県朝鮮通信使研究会の例会がありました。今回は北村欽哉先生(朝鮮通信使研究家)が浜松市旧引佐町の名刹・龍潭寺で見つけた通信使の足跡がテーマです。

 北村先生は、通信使のミステリーハンターというのか、世が世なら和製インディ・ジョーンズですか!?ってぐらい、朝鮮通信使ゆかりの史書や文物の発掘・探求に情熱を傾けておられる方で、今回も先生の通信使名ハンターぶりがいかんなく発揮?された楽しい報告会でした。

 

Imgp1177  先生が龍潭寺に着目されたきっかけは、一枚の絵心経です。

 絵心経というのは、文字の読めない村の人々のために、般若心経の言葉(発音)を絵に置き換えたもの。・・・たとえば〈摩訶般若波羅密多心経〉は、逆さの釜(マカ)・般若の面(ハンギャ)・出っ腹(ハラ)・蓑(ミ)・田んぼ(タ)・神鏡(シンキョウ)の絵で読ませる。今読むと推理ゲームみたいで面白いです!。

 

 絵心経には3つの流派があり、「田山系絵心経」は、元禄時代に岩手の田山村(現在の岩手県二戸郡安代町あたり)に赴任した善八という平泉の役人が、貧民の心の救済を目的に描いたもの。「盛岡系」は、天保年間に盛岡の舞田屋理作という商人が遊び心で作ったもの。そしてもうひとつが「龍潭寺版」。北村先生は、龍潭寺で売られていたらしい一枚の絵心経を、清水の古い廻船問屋の蔵から発見し、その絵の中にラッパを吹く朝鮮通信使らしき人物を見つけてさっそく龍潭寺へ。

 

 アポなしで寺を訪ね、運よくご住職にお会いでき、通信使とのつながりを訊ねたところ、寺の門に掲げられた山号額「萬松山」と寺号額「龍潭寺」が、第6回朝鮮通信使(1655)の写字官・金義信の書であることを教えてもらったとか。通信使行列が通った東海道筋からはかなり距離のある引佐町井伊谷のこの寺に、なぜ通信使の扁額が残っているのか、先生のハンターの虫がにわかにうごめきだしました。

 

 

 龍潭寺のある旧引佐町井伊谷は、文字通り、井伊家発祥の地で、龍潭寺は井伊家の菩提寺です。山門の扁額がいつ誰の手で作られたものか長い間、不明だったそうですが、現在のご住職が、扁額の裏にそのいきさつが記された一文を見つけた。そこには『明暦元乙未仲冬の日朝鮮国の官士雪峯老人、江府において寺・山の両号を書く』とあり、1655年11月に雪峯(金義信のペンネーム)が近江国彦根で書いたということが判明しました。

 

 どうやら、龍潭寺で新しい山門を作った時に、(当時、文化知識人の憧れの的だった)朝鮮通信使にぜひ山号寺号を書いてもらいたいと思ったが、通信使の書や絵は大変な人気で、おいそれと頼めない。そこで、彦根の井伊の殿様に口利きをしてもらおうと、宗元という寺男が彦根まで出向いて、憧れの通信使の書を無事、入手。喜び勇んで、さっそく井伊谷に戻って扁額にし、「歴却不壊、高着眼看、至祝不尽珍重」とタイヘンな感激ぶりだった…ということです。

 

 

2009071408480000  肝心の絵心経ですが、先生が清水の廻船問屋の蔵で見つけたものは、紙や印刷の状態からして、明治以降の比較的新しいものではないかとのこと。参考までに、同じような絵心経で「大覚寺版(1973年)」と「杉本健吉版(1985年)」(写真右)のコピーを資料としていただきましたが、大覚寺版には、朝鮮通信使の絵がなくて、杉本健吉版にはありました。

 

2009071408510000  ラッパを吹く朝鮮通信使の絵は、般若心経の“耳鼻舌身意無色”の“鼻(ビー)”に充てられています。大覚寺版では通信使ではなくて、松明(火)に点々(、、)でビーと読ませたようです。「作者が通信使の存在を知らなかったのかも?」と先生も首をかしげます。通信使の絵は、盛岡系、龍潭寺版には描かれていて、杉本健吉もこれらを参考に描いたようです。

 

…実は私、昨年4月に名古屋で開かれた東海四県日本酒の会に参加したとき、愛知県美術館で開催していた杉本健吉展に寄って、偶然、この絵心経をお土産に買っていたんです。「私、それ1000円で買いました」と言うと、「値段をバラさないでください」と先生に苦笑いされてしまいました。

 

 

 盛岡系絵心経が登場した1835年(天保6年)は、すでに通信使の最後の来日(1811年)から20年以上経っていましたが、朝鮮通信使ブームというのは東北一円まで広がっていて、絵心経のほか、下河原人形(弘前)、花巻人形Imgp1178 (岩手)、堤人形(仙台)、相良人形(米沢)、唐人笛(宮城鎌埼温泉・長野野沢温泉村)といった郷土玩具や民芸品の中にも、通信使を彷彿とさせるデザインが取り組まれています。

 

 東京都内では大名屋敷跡の発掘で通信使をかたどった土人形が大量に発見されるなど、江戸中期~後期の日本では、今の韓流ブームどころの騒ぎではない一大ブームが富裕層から貧民層まであらゆる階層を席捲していたということがよく判ります。

 文字の読めない東北の村人まで、通信使がラッパを吹く絵を、「ビー」という発音代わりにすんなり読んでいたわけですから、いかに通信使の存在が日本津々浦々まで浸透していたか…。

 

 

 今年は富士山静岡空港のソウル就航にともない、一昨年の朝鮮通信使400周年記念時にも増して、県内でもさまざまな日韓交流イベントが企画されています。朝鮮通信使に関していえば、10月に雨森芳洲ゆかりの滋賀県高月町でImgp1181 朝鮮通信使全国大会が開かれますが、その滋賀県高月町の町長と、映像作品『朝鮮通信使』のロケで大変お世話になった高月町観音の里歴史民俗資料館の佐々木悦也さんが、来月静岡へ来てくださいます

 朝鮮通信使に関心のある方はもちろん、私がこのブログでも再三絶賛する高月の観音像の魅力や、文化財を活かした町づくりの取り組みについて、興味深い講演をしてくださいますので、ぜひお運びくださいまし!(総選挙の日と重なってしまったみたいですが、投票に行くついでにぜひ!)

 

 

『映像とお話し会~ゆとりと品位のまちづくり』

(平成21年度「静岡に文化の風を」の会・葵生涯学習センター共催事業)

 

講師 佐々木悦也氏(滋賀県高月町教育委員会・高月町観音の里歴史民俗資料館学芸員)

日時 8月30日(日) 13時30分~16時

場所 アイセル21 1階ホール (静岡市葵区東草深町3-18)

定員 200名 参加無料

申込 7月28日(火)10時より電話受付 054-246-6191

 

*現在、アイセル21・2階エントランスで、高月町を紹介するパネル展示会を開催中です。


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