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敗血症性ショック(Septic Shock)における輸液

2005年03月16日 19時15分20秒 | 講義録・講演記録 2

敗血症性ショックにおける輸液


京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授 松田直之

【はじめに】
Sepsis,septic shock,MODS(multiple organ dysfunction syndrome)が,American College of Chest Physicians とSociety of Critical Care Medicineの2学会の合同委員会で定義されたのが1991年であり,その合意事項は1992年に両学会誌に発表された1)。この定義により,sepsisに対する共通の管理指針が提示されるようになり,2004年にはThe Society of Critical Care Medicineがsurviving sepsis campaign guidelinesを発表した2)。本項では,これらをふまえて,現行の敗血症性ショックの輸液療法をまとめる。

【1】敗血症性ショックの定義と病態 
1.敗血症とは感染に起因したSIRSである
Sepsis(敗血症)は感染症を原因とする全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)である。SIRSは,)体温(>38℃あるいは<36℃),)心拍数(>90/分),)呼吸数(>20/分あるいはPaCO2<32 torr),)白血球数(>12,000/mm3,<4,000/mm3あるいは未熟球>10%)の4項目のうち,2項目以上を満たす場合に診断される。敗血症の進行により,急性循環不全,臓器機能不全,乳酸アシドーシスを合併した病態がsevere sepsis(重症敗血症)と定義される1)。敗血症が疑われる場合は,原因菌の同定に努め,抗菌薬の適正使用やドレナージを検討する。

2.敗血症性ショックの2面性 ―暖かい末梢から冷たい末梢へ―
 敗血症に収縮期血圧90 mmHg以下の血圧低下(平時血圧が110 mmHg以下である場合は20 mmHg以上の血圧低下)をきたし,組織低灌流,組織酸素代謝失調により組織・細胞の恒常性が維持できないと評価された場合,敗血症性ショックとして治療にあたる。
 敗血症性ショックの初期は一酸化窒素(NO)などの血管拡張物質の過剰産生により体血管抵抗が低下するために心後負荷が軽減し,高心拍出状態(hyper-dynamic state)となりやすい。このような体血管抵抗の減じたwarm shockでは,相対的な循環血液量の低下に対して十分な輸液を行ない,組織末梢の酸素運搬を改善することが必要である。一方,敗血症の進行により血管内皮細胞障害が具現化し始めると,血管拡張性や血液凝固抑制が損なわれ,末梢循環の乏しいcold shockへ移行する3)。体血管抵抗の増加により心後負荷が増大し,心収縮性の低下が表面化し,輸液に反応しない低心拍出状態(hypo-dynamic state)となる。このように,敗血症の輸液療法に際しては,ショックの病期や病態の把握が必要であり,循環血液量と心収縮性の両面を評価する必要がある。

【2】 輸液療法のモニター 
1.動脈圧波形と体表エコー図を有効に活用しよう
敗血症性ショックの輸液では,まず,循環血液量と心収縮性の評価が大切である。ショックでは診断と治療を同時に行なう迅速性が要求されため,後述する輸液チャレンジが推奨されるが,まず,パルスオキシメータ波形の呼吸性変動に注目し,次に観血的動脈圧測定では,その波形の変化を観察するとよい。敗血症warm shockの動脈圧波形は,相対的循環血液量減少に伴う強い呼吸性変動,体血管抵抗減弱によるdicrotic notchの消失を特徴とする(図1参照)。急速輸液により心前負荷を高めた場合,動脈圧波形の呼吸性変動が抑制でき,dp/dtが改善することを観察する。また,同時に,心エコ-図で心機能と器質的病変の存在を評価するとよい。肋骨弓下アプローチによる下大静脈径測定は輸液管理に必修であり,直径23 mm以上で下大静脈拡大と評価するが,径の呼吸性変動により心前負荷の不足を評価する。下大静脈径は吸気時と呼気時の2点で絶対値の記録をし,輸液による径の変化を観察する(図2参照)。

2.中心静脈ラインと肺動脈カテーテルとエコー
 敗血症性ショックは数日以上の治療となる場合が多く,体液バランス,心前負荷,治療効果を,担当医師間で共通の指標として申し送ることが大切である。この際,共通の管理指針として中心静脈や肺動脈カテーテルから得られる情報は有用である。
 中心静脈圧は連続測定とし,絶対値で評価するだけでなく,変化を経時的にとらえることで,病態や輸液量の評価に役立つ。また,難治的な敗血症性ショックの治療やcold shockの循環の評価には,肺動脈カテーテルも有用であり,心不全の治療に準じた輸液管理や薬物使用を可能とする。輸液の有効性と酸素負債の改善は混合静脈血酸素飽和度で評価するのがよいが,肺動脈カテーテルの留置されない場合には,中心静脈カテーテルから採取した中心静脈血で代用できる。カテーテルは第2の感染源となる可能性があるため,治療指針が得られた際や突然の発熱などの場合には,速やかに抜去する。エコーが利用できる場合は,エコーを積極的に利用することで代替えとできる。

3.体重計測は毎朝の日課としよう
敗血症病態は,血管透過性の亢進により組織間隙や腸管などの3rdスペースに体液が移行しやすいため,循環血液量を指標にした輸液管理では,体重の過度の増加を導く。初病日からの輸液バランスと体重変化を温度板やカルテに記載し,炎症回復期の急激な循環血液量増大を未然に防ぐことが重要である。体重測定を1日1回決められた時間に行い,炎症の改善とともに水・電解質バランスを整える工夫が大切である。

【3】 輸液療法の実際 

1.ショックの初期は積極的に輸液チャレンジを行う
ショック初期は輸液チャレンジを行うことが推奨されるようになったが,輸液内容は晶質液,コロイド液のどちらでも良く,その詳細に関する十分な論証はない。敗血症性ショックの輸液負荷には,1)晶質液で行うかコロイド液で行うか,2)輸液速度はどれぐらいが良いか,3)輸液治療の到達の目標は何か,4)輸液を中断する限界点は何か,以上の4項目の検討が必要だが,その内容に関する見解には未だ多少の相違がある。Surviving sepsis campaign guidelinesでは,30分かけて500-1000 mLの晶質液,あるいは,300-500 mLのコロイド液の輸液負荷をし,平均動脈圧70 mmHgを目標に循環動態の回復をはかることを推奨し,中心静脈圧15 mmHgを超えないとしている2)。

2.アルブミン輸液を併用する
晶質液1 Lの輸液では200-300 mLレベルの循環血液量の上昇しか期待できない。このため,敗血症性ショックの治療が遷延した場合には,晶質液だけでは多量の3rdスペースを作ることとなり,全身性炎症反応の消退後の体液バランス調節に難渋することになる。血清総蛋白量の低下により,急性肺傷害が進行し,死亡率が増加するが4),アルブミン補充が死亡率を増加させるとした報告もあり,アルブミン投与の是非は,今後も慎重に検討する必要がある。急性相反応の遷延は,蛋白異化,肝臓の蛋白合成低下,消化管や細胞間質への蛋白漏出を増大させ,低アルブミン血症を合併しやすいため,初期の晶質液輸液の後は,アルブミン液を併用し,循環血液量を維持するのが現状である。HESなどの代用血漿は凝固・線溶障害を助長する可能性があり,敗血症性ショックで使用する意義は低い。

3.輸血の指標は?
 敗血症病態の輸血に対する適応は血色素量(ヘモグロビン:Hb)が7 g/dL以下である。血圧が輸液やカテコラミンにより維持されているにもかかわらず,酸素負債をかかえ,乳酸アシドーシスが進行する場合,Hbの低下を検討する必要がある。Hbが低すぎる場合は死亡率が高まるが,赤血球輸血で死亡率が高まる危険も示唆されており,Hbが8 g/dL以上あれば原則として赤血球輸血を行わない。赤血球輸血においても白血球除去が重要であり,白血球除去フィルターを用いた場合に感染症リスクが低下し,死亡率も低下する5)。新鮮凍結血漿は凝固因子を補うためのものであり,凝固異常に対してプロトロンビン時間を指標に投与する。

4.経腸栄養を中心静脈栄養に優先させる
 敗血症性ショックにあっても,ストレスを加味した十分な栄養を行うことが大切である。初期のショックが軽減した後にはbacterial translocationの阻止や腸管免疫の賦活化を考慮し,中心静脈栄養に頼らず,可能な限り経腸栄養を用いるのがよい。栄養液の胃内残留が顕著な場合は,12指腸Treitz靱帯を超えて栄養チューブを留置する。敗血症では血糖値を150 mg/dLレベルに管理することが重要であり,インスリン持続投与による厳密な血糖管理が推奨されている。

【4】 Early goal-directed therapy 
 敗血症性ショック治療開始から6時間の輸液療法は,以下の4項目を目標とするというearly goal-directed therapy(EGDT)が2001年に報告されたが,この中で重要な指針は「輸液負荷の強調」にある。
■ 平均血圧≧65 mmHg
■ 尿量≧0.5 mL/kg/h
■ 中心静脈圧 8-12 mmHg(上限:15 mmHgを超えない)
■ 混合静脈血あるいは中心静脈血酸素飽和度≧70 %
敗血症性ショック初期に,このような明確な治療目標を立てることで死亡率が低下する6)。中心静脈圧 8-12 mmHgまでの輸液負荷にもかかわらず中心静脈血酸素飽和度≧70 %を達成できない場合には,dobutamine(ドブタミン:DOB)の投与が海外では推奨されているが6),心エコーなどで心拡張能の評価ができると良い。敗血症性ショックが遷延する場合は,感染源・炎症源の究明と解決が不可欠となるが,体血管抵抗の維持と必要最低限の急速輸液負荷も不可欠である。ドブタミンは生命予後を改善するものではなく,注意点として,1)輸液量が増えること(血管拡張作用:体血管抵抗減弱),2)陽性変時作用(頻脈の持続),3)心筋細胞死の危険性(細胞内カルシウム過負荷)があり,ドブタミンによるアドレナリンβ受容体の刺激ではなく,ノルエピネフリン持続投与によるアドレナリンα1受容体作用で体血管抵抗を調節をするのが良い。このように,EGDTの個々の内容は,今後も見直されるため,施設内で救急科専門医などと相談して施設内基準を作成すると良い。

【おわりに】
 敗血症性ショックの輸液管理を概説した。敗血症治療はまさに主要臓器の集中的管理にあり,輸液管理は,呼吸・循環管理,腎機能管理,DIC管理,抗菌薬使用の根源として重要な役割を担っている。Early goal-directed therapyなどのような治療指針を各施設で定め,敗血症の診断と治療を同時に行い,敗血症の重症化を未然に防ぐことが大切となる。


【文 献】
1)Members of the American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference Committee: Definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med 20: 864–874, 1992
2)Vincent JL, et al: Fluid resuscitation in severe sepsis and septic shock: An evidence-based review. Crit Care Med 32[supple.]: S451-S454, 2004
3)松田直之: 講座「全身性炎症反応症候群とToll-like受容体シグナル -Alert Cell Strategy-」循環制御 25: 276-284, 2004
4)Mangialardi RJ, et al: Hypoproteinemia predicts acute respiratory distress syndrome development, weight gain, and death in patients with sepsis. Ibuprofen in Sepsis Study Group. Crit Care Med 28:3137-3145, 2000
5) Hebert PC, et al: Clinical outcomes following institution of the Canadian universal leukoreduction program for red blood cell transfusions. JAMA 289:1941-1949, 2003
6)Rhodes A, et al: Early goal-directed therapy: An evidence-based review. Crit Care Med 32[supple.]: S448-S450, 2004



図1.敗血症性ショックにおける動脈圧波形の特徴
A)動脈圧波形の構成要素
B)敗血症性ショックにおける動脈圧波形
C)ショックでは動脈圧波形の呼吸性変動が増強する

<解説>観血的動脈圧測定では,動脈圧の絶対値のみにこだわるのではなく,波形を評価することが大切である。動脈圧波形の立ち上がり角(dp/dt)は心収縮性を示し,波形下面積(area under curve :AUC)は心拍出量,dicrotic notchは体血管抵抗(心後負荷)を示す。敗血症性ショックでは心後負荷が減じるためdicrotic notchが消失し,循環血液量の相対的低下により心前負荷が低下するためにdp/dtが小さくなる。循環血液量低下は動脈圧波形の強い呼吸性変動として捕らえられる。


図2.体表エコー図による下大静脈径の評価


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