気ままに

大船での気ままな生活日誌

十一月晦日 稀勢、大関へ

2011-11-30 09:26:58 | Weblog

今日は11月晦日。’11年11月もおわる。思い出深い月だった。’11年11月1日は五並びの日だったので、日本一の東京タワーに上り、そこから次代の日本一スカイツリーを眺めた。その10日後の’11年11月11日には11時11分11秒にその日のブログを投稿した。疑問に思う方は、記事の右上に投稿日時が出ているので確認してください。そして’11年11月11日11時にオープンした辻堂のモールに雨の日にもかかわらず、11111人目のお客として足を踏み入れた(汗)。とてもすばらしい11月であった。

そして、輝かしい11月の最後を飾るに相応しく、’11年11月30日にわが稀勢の里が大関に昇進する。ただのフアンではありませんよ、稀勢が十両に上がるか上がらないかという頃からのフアンです。その子が、ななななんと大関に。一時は万年関脇でおわるかと思ってたが、白鵬の連勝記録をストップさせてから、相撲の神様が稀勢に乗り移った。

さて、稀勢の大関昇進の”四字熟語”はなにになるのだろうか。琴奨菊は”万里一空”だった。貴乃花もわけのわからない、むづかしい言葉だった。稀勢は分かりやすい、さるにでもわかる、やさしい言葉を言ってもらいたい。たとえば、”一所懸命”とか。司馬遼太郎によると、この言葉は中世の武士団から出た言葉で、自分の領地を懸命に守るという意味だったらしい。・・・それでは困る、”万年大関”になってしまう。では”一生懸命”では?・・でも、たまには息抜きをしないと身体がもたない。横綱になる前にぶったおれてしまう。息抜き優先の”賭博礼賛”もいいかもしれない。でもまた、朝日新聞はじめアホマスコミに、品格がどうのこうの大騒ぎされる可能性がある(爆)・・もっと直接的な言葉がいいだろうか。”横綱確実”とか”打倒白鵬”とか。あるいは、もっと先の引退後のことを考えて、字余りだけど”ちゃんこ稀勢の里”として、”引退後は牛久に開店予定”と添え文を入れるのがいいかな。

それにしても、すばらしい11月だった。

そんな11月のおわりに浅草の晩秋を楽しんできた。ちょうど浅草寺の、伝法院・宝物館と庭園が特別拝観していた。貴重な大絵馬をたくさん観ることができたし、庭の紅葉、黄葉も。

また、五重塔とスカイツリーが競うように天高くそびえていた。これからの相撲界を背負う、稀勢と白鵬のようだった。










何をみてる?

スカイツリーどす。


さくら紅葉も。



女学生もいっぱい

時の鐘。 もう明日は12月。12月12日12時12分12秒はどこにいるか、それが問題だ(汗)。

 

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ロンドン、ケンウッド・ハウスの名画たち フェルメールも

2011-11-29 07:33:02 | Weblog

ロンドン北郊外にハムステッドヒースという丘陵地帯があり、現在は、ロンドン屈指の高級住宅街になっている。むかし、詩人バイロンやキーツが愛した町としても知られる。その丘の上に貴族の館、ケンウッド・ハウスがある。眼下にロンドンの町が見下せる。

この館は、初代マンスフィールド伯爵が、1754年に入手し、建築家ロバート・アダムスにつくり直してもらったものだ。この新古典様式の建物のみならず、室内に飾られている絵画がまたすばらしいことでも知られている。この絵画コレクションは、その後、この館を買いとった、ギネス・ビール社の創立者のひ孫に当たる、初代Iveagh伯爵によるもので、没後、建物と共に、国に遺贈されたのである。

夏目漱石も、ロンドン留学中に訪れたそうである。美術好きの漱石のことだから、絵を観にきたのだろう。”草枕”にはミレーのオフィーリアが出てくるが、これは、ロンドンのテート・ブリテン美術館にある(いずれ紹介の予定)。また、比較的最近の話題では、ジュリア・ロバーツ主演の映画、”ノッテング・ヒルの恋人”のロケにも使われた。ハリウッド女優と冴えない本屋さんの親父(ヒュー・グラント)のラブストリーで、ワイフは観たという。

さて、貴族の館に入ると、その豪華さに驚かされる。いくつもの部屋があり、それぞれに、うるわしの絵画がたくさん飾られている。写真を撮らせてもらえないのが残念だ。一番のお目当て、フェルメールの”ギターを弾く女”は、奥のダイニングルームにあった。貸し出しは絶対しないということで、ここでしかみられないそうだ。可愛いおでこの若い女の顔を随分ながく眺めていた。もう、一生会えないと思うから。

そして、レンブラントの最晩年の自画像、これも非常に価値の高い作品だ。その他、ヴァン・ダイク、ゲインズバラ、ターナー、ハルスといった画家の作品が、あちらこちらに贅沢に飾られている。ぼくは、ライブラリールームがとくに気に入って、しばらく、本棚の、厚い古本の背表紙や壁の絵を眺めたり、そして、時々、窓の外に拡がる、緑の広場と背景の晩秋色に染まった木々を飽くことなく、眺めたりしていた。

そのとき、少しだけ、英国貴族になったような気分になり、ぼくにとっては、ずいぶんと贅沢なひとときだった。

。。。。。

ケンウッド・ハウス


音楽の間 (カタログから)

ライブラリーの間

フェルメール ギターを弾く女

レンブラント 自画像

庭園



 

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大相撲九州場所予想結果はどうだったか

2011-11-28 09:58:11 | Weblog

さて、私メの大相撲九州場所予想の結果を報告いたします。

今回の予想の目玉は、稀勢の里が全勝優勝で、堂々と大関昇進を決めるということだった。ととところが、あにはからんや、おとうととんま、ねえさんぶす、いもうとでぶ、きせもでぶ、前半は連勝で好調だったが、ぼくがロンドンに行ってる間、目がろんどんぱりで集中力を欠き、豪栄道に負け、不調の日馬富士にも負けてしまった。帰ってからも、苦手の3力士に負け、ななななんと5敗もしてしまった。それでも、白鵬キラーの実績が認められ、直近33勝目安に届かない、おなさけ大関昇進が決定した。で、ぼくの予想は半分当たったことになる。

お情け大関昇進とはいっても、最近三場所の勝数では、白鵬39勝、琴奨菊34勝、そして稀勢と把瑠都が32勝で3位タイなのだ。日馬富士は30勝、琴欧洲は19勝しかない。実力は現大関の平均以上はいっている。それに大横綱北の湖も32勝で大関になっている。稀勢は、来場所は優勝、そして間違いなく、年内に横綱になります(きっぱり、さっぱり、ろんぱり、来春はパリに行きます)。

初場所は、初日に、両国国技館で新大関の祝福に行きます。

おめでとう 稀勢の里

。。。。。

予想勝敗/実際の勝敗 〇:プラスマイナス1勝 ●:2ち以上はずれた場合

稀勢の里 15勝0敗(優勝、大関昇進)/10勝5敗(大関昇進)●;白鵬13勝2敗/14勝1敗〇、日馬富士11勝4敗/8勝7敗●、把瑠都 10勝5敗/11勝4敗〇、琴奨菊 9勝6敗/11勝4敗●、鶴竜 9勝6敗/10勝5敗〇、豊ノ島8勝7敗/9勝6敗〇;豪栄道8勝7敗(小結昇進)/7勝8敗〇;琴欧洲 7勝8敗(大関陥落)/9勝6敗●;隠岐の海 7勝8敗/7勝8敗〇、豊真将 6勝9敗(小結陥落)/4勝11敗(小結陥落)●、栃の心6勝9敗/2勝13敗●、阿覧6勝9敗/4勝11敗●、旭天鵬5勝10敗/4勝11敗〇、臥牙丸4勝11敗/2勝13敗●

7勝8敗 負け越しでした。ロンドンでひいた風邪がまだなおりません、

もうみられない稀勢の入場風景。大関になると特別の入り口から入場です。

 

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東博の晩秋 稀勢の小春

2011-11-27 18:39:07 | Weblog

今日は稀勢の里の大関昇進がかかる大事な一番がある。なんとか勝ってもらおうと、東博の法然さんと親鸞さんにお願いに行った。まさに他力本願だ(汗)。閉幕も近くなり、会場は大賑わいだった。鎌倉の浄光明寺からの阿弥陀如来さまと両脇侍坐像さまがおいでになっていたので、稀勢の大関祈願をした。

東博の構内や庭園の木々も色づき、すっかり晩秋の風情になっていた。本館の国宝室も紅葉狩りする人でいっぱいだった。

4時半ごろ帰宅し、テレビをつけると、なななんと、もう稀勢の大関昇進が確定したとのこと。ええっ。さすが、法然さんと親鸞さんの力はすごい。でも、ちょっと力が抜けてしまった。これでは、稀勢も力が抜けてしまうだろう、と思ったら、案の定、力を出し切れずに琴奨菊に負けてしまった。”うれしさも中位なりおらが小春”になってしまった。でも、大関昇進だ。夢にまでみた、大関・稀勢の里

東博の晩秋

稀勢の小春 大関昇進が決まって土俵に上がる前の稀勢

真央ちゃんも、うれしさも中位の小春日和だった。

さあ、今晩は祝い酒だ。

。。。。。

追加 上野駅前でみた、耳の車 

 

 

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小林秀雄のモーツアルト(肖像画)がやってきた

2011-11-27 09:25:39 | Weblog

僕は、その頃、モーツアルトの未完成の肖像画の写真を一枚持っていて、大事にしていた。それは巧みな絵ではないが、美しい女の様な顔で、何か恐ろしく不幸な感情が表れている奇妙な絵であった。モーツアルトは、大きな眼を一杯に見開いて、少しうつむきになっていた。人間は、人前で、こんな顔が出来るものではない。彼は、画家が眼の前にいる事など、全く忘れてしまっているに違いない。二重まぶたの大きな眼は何にも見てはいない。世界はとうに消えている・・・ト短調シンフォニーは、時々こんな顔をしなければならない人物から生まれたものに間違いない、僕はそう信じた。何という沢山の悩みが、何という単純極まる形式を発見しているか。内容と形式との見事な一致という様な尋常な言葉では言い現わし難いものがある。

冒頭の文章は小林秀雄の名作”モーツアルト”の一節である。そのモーツアルト肖像画の写真もぼくのもつ本にはついている。この肖像画の本物が、丸の内の、帝劇と出光美術館の向いのビル(第一生命保険本社)に来ているというので、最終日になってしまったが、出掛けてきた。日本初公開というから小林秀雄自身もみていないはずだ。小林フアンとしては是非、みておいてあげなければならないのだ(笑)。

ランゲ作のモーツアルトの肖像画の展示を中心に”モーツアルトの顔/18世紀の天才をめぐる6つの物語”というテーマで開催されていた。小さな会場であったので、その絵はすぐみつかった。間違いなく、小林秀雄のモーツアルトだった。絵の前には一人の男が随分、長い時間をかけて占領していた。だから、ぼくは、斜めからみる形になった。写真とは幾分、違った印象を受けた。色もついていることもあるのだろう、目には幾分、輝きを感じた。しかし、前の男が立ち去り、絵の前でみているうちに、二重まぶたの大きな眼は何にも見てはいない。世界はとうに消えている、になっていた。

ランゲは、本職は宮廷俳優で、モーツアルトの妻の姉の夫だそうだ。ピアノの前に座るモーツアルトを描き始めたが、何故かピアノは描かれず、途中で止めてしまう。モーツアルトも催促したようだが、未完成品となって、今日まで残った。モーツアルトの生前の肖像画は少ないが、これが一番、似ていると奥さんが言っていたそうだ。

モーツアルトの家族の肖像画や、モーツアルトの愛用した煙草入れや指輪、そして、自筆の楽譜(トルコ行進曲ときらきら星行進曲)も展示されていた。音符や休止符が五線譜を駆け抜けていた。彼の言葉を思い出した。

構想は、あたかも奔流のように、実に鮮やかに心のなかに姿をあらわします。しかし、それが何処から来るのか、どうして現れるのか私には判らないし、私とても、これに一緒に触れることはできません・・・美しい夢でもみているように、凡ての発見や構成が、想像のうちに行われるのです。いったん、こうして出来上がってしまうと、もう私は容易に忘れませぬ、という事こそ神様が私に賜った最上の才能でしょう

モーツアルト最後の絵も飾られている。ベット上の彼の膝にはレクイエムのスコアが載せられ、足元には妻が、向かいには義理の妹が、背後では友人が未完のレクイエムを練習している。また、小林の、末尾の文章を思い出した。因みに小林は脱稿直前に母を亡くしている。悲しみの中でこの文章は書かれている。

彼は、作曲の完成まで生きていられなかった。作曲は弟子のジェクスマイアーが完成した。だが、確実に彼の手になる最初の部分を聞いた人には、音楽が音楽と決別する異様な辛い音を聞き分けるであろう。そして、それが壊滅して行くモーツアルトの肉体を模倣している様をまざまざと見るであろう

天才は35歳の若さで世を去った。

もし、67歳まで生きていたらこういう顔になったでしょう。

えっ?天才の顔です。レオナルドダビンチ。

 

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レオナルド・ダ・ビンチ展 ロンドン・ナショナルギャラリー

2011-11-26 07:36:51 | Weblog

今年の7月、永年行方不明になっていた、レオナルド・ダ・ビンチの”救世主キリスト”が発見された。個人蔵で時価160億円にもなるという、この話題作を含め、9点のレオナルド作品が、今、ロンドンナショナルギャラリーで展示されている。レオナルドの生涯作品が20に満たないといわれているので、なんと半数近くがロンドンに集結したことになる。加えて、ミラノのジャンピエトリノの”最後の晩餐”の原寸大レプリカ(オクスフォード大所蔵)も。その他、レオナルドの素描、習作が60点近く、レオナルド派の作品も30点という豪華さ。これだけの展覧会は、空前絶後(たぶん)だと思う。ロンドン・ナショナルギャラリー(NG)だから出来たといっても過言でないだろう。

レオナルドはイタリア・トスカーノのビンチ村で生まれたが、20~30歳までフィレンツェの工房で過ごし、その後、ミラノ公に雇われ、48歳までそこで仕事をする。今回の展示作品のほとんどはこのミラノ宮廷時代に完成したものである。

今回の展示の目玉はいくつもあるが、ルーブルとロンドンNG所蔵の”岩窟の聖母”が同室に飾られるというのもそのひとつである。いずれの絵も、上部がアーチ型の祭壇画で、構図はほとんど同じである。製作年はルーブルのが早い。両者の関係について真偽を含め諸説あるが、長くなるので、知りたい方は、末尾に示す参考文献をどうぞごらんください。

ルーブル

ナショナルギャラリー

NG所蔵の”聖母子と聖アンナと聖ヨハネ”。下図とはいえ、鑑賞者を意識した力作という。たしかにアンナとマリアの微笑がとても魅力的だ。1962年、バーリントンハウスからNGが多くのフアンの寄付金により買い取ったものだ。だが、事件が起こる。1987年、7月17日夕刻、ライフル銃を持った男が侵入、マリアさまの左胸に銃弾を浴びせた。修復には英国最強のプロジェクトチームが組まれ、2年半の歳月がかかった。

そして最大の話題作は、”救世主キリスト”。17世紀に英国王チャールズ1世が所有していたものだ。18世紀半ばに競売にかけられ、1900年作者不明のまま英国のコレクターに売却されたという。2005年に米国のオークションで現在の所有者に。その後、権威ある専門家らが調べ、ダビンチの真作であると確認されたという。

バチカン美術館からきた”聖ヒロニムス”。ライオンを従者とする聖者。この絵も数奇な運命を辿る。元持ち主は、板絵の上半分を 偶然、ローマの古物商でみつけ、さらにその後、偶然、下半分の板絵を靴屋さんで台として使われていたのを発見した。つなぎ合わせたものがこの作品だ。

ミラノのアンブロジアーナ図書館からは若い男の肖像(楽士)。レオナルド惟一の男性肖像画。ミラノ宮廷の親しかった楽士でないかと言われている。万能の天才レオナルドはもちろん音楽にも詳しかった。

そして、ルーブルから、ミラノ宮廷婦人の肖像。モデルは誰か。一番有力の説はミラノ公も愛人説。のちの示す、白貂(てん)を抱く貴婦人と同一人物ではないかという説もあるが、その4年後の製作で、年齢からみても別人だろう。

エルミタージュからお出ましのリッタの聖母。聖母の乳房にすがりつく幼児イエス。目がかわいい。やさしい眼差しを向ける聖母マリア。ミラノのリッタ家に所蔵されていたので、そう呼ばれる。

そして、この展覧会の看板娘、白貂(てん)を抱く貴婦人。モデルはミラノ公の愛人チェチーリア・ガッレラーニといわれている。ぼくもこの貴婦人をすっかり気に入った。モナリザの謎の微笑より、こちらの清楚さがいいほどだ。また、抱かれているテンも細密に描かれ、また可愛いこと。また機会があれば、所蔵されている、ポーランドのチャルトリスキ美術館に訪ねていきたいものだ。

どの絵もとてもとてもすばらしかった。とくに、白貂(てん)を抱く貴婦人聖母子と聖アンナと聖ヨハネ。今回のレオナルドダビンチ展は、ぼくにとっては生涯最高の美術展だったといえるだろう。今でも、み終わったあとの余韻が残っている。

最後の晩餐は別館に飾られていた。

 以下の本を参照しました。

レオナルドダビンチ 中央公論社/世界の名画別巻、井上靖・高階秀爾編)
NHK世界美術館紀行(7) NHK出版

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トウキョーの晩秋

2011-11-25 19:57:58 | Weblog

ロンドンの晩秋からトウキョーの晩秋へ

丸の内の、皇居二重橋につづく銀杏並木。すっかり黄葉。

おっ、馬車が。遠くからズームアップで。からくも撮れた。帰ってテレビで、新任外国大使の送迎馬車ということを知りました。運が良かった。バッキンガム宮殿の馬車を思い出す。


ロンドンの馬車

丸ビルのクリスマスツリー。おっ、タカラズカの舞台も。

 ロンドンのツリー
 

稀勢の晩秋 あとがない。

ロートレックとモーツアルトを観てきました。のちほど報告します。 

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さらに、ロンドンといえば

2011-11-24 10:54:03 | Weblog

ビッグベンにつづく、ロンドンの代表的建造物といえば、ウエストミンスター寺院でしょうか。英国王室の戴冠式はここで行われますし、故ダイアナ妃の葬儀もここで行われました。中にも入りましたが、主祭壇やうつくしいヘンリー七世の礼拝堂のほか、王室の方々の墓碑やシェークスピアやチャールズ・ダーウィンなど著名人のお墓も。英国の歴史がつまっています。前日、戦没者追悼式が行われたようで、その跡も。

バッキンガム宮殿もロンドンの華。エリザベス女王のお住まい。衛兵交代がみもの。この日も11時半からあるというので、待機していました。大勢の観光客があつまっていました。



衛兵の隊列がやってきた




これは、ぼくらの思い出の建物。会議センター。20年前、ここで国際学会があった。つづいて、スコットランドのエジンバラで類似の学会があり、湖水地方を通り、英国を縦断した。ワイフも一緒で、とても楽しい仕事プラス遊び(汗)だった。今回は100%遊びでもっと楽しかった。

夕暮れの公園

そうだ、これもはずすわけにはいかない。20年前にはなかった。テムズ河畔の大観覧車。ロンドンアイと呼ばれている。


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ロンドンといえばビッグベン

2011-11-24 07:51:36 | Weblog

ロンドンといえばビッグベン。ホテルがテムズ河対岸にあったので、毎日みられ幸せでした。何故、ビッグベンというか、ベンジャミンさんが建てたからです。もし、マクドナルドさんが建てたら、ビッグマックになっていました。そしたら、英国のパブで食べれるのは、フィッシュ&チップでなく、ビッグマックになっていたでしょう。もし、マリリンが建てたら、ビッグパイになって、パブではパイが食べられるようになったでしょう。もし、伴淳三郎が建てたなら、ビッグバンとなって、一気に138億年前に戻ります。

毎日、みていたので、いろんなビッグベンがみられました。霧のビッグベンなんか最高でしたよ。

ホテルからみえるビッグベン

国会議事堂全景

夕景ビッグベン

そして、朝霧ビッグベン

霧の中に消えていった談志師匠。ビッグな落語家でした。ご冥福をお祈りします。

 

 

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ロンドンの晩秋

2011-11-23 10:51:36 | Weblog

一週間のご無沙汰でした(笑)。むかし、”ロッテ歌のアルバム”で司会の玉置宏さんの決まり文句のあいさつでしたね。晩秋のロンドンをワイフと一諸に楽しんできました。レオナルドダビンチ展などの美術館巡りが主体でしたが、20年前に訪れた”なつかしのロンドン”のあちらこちらの街角も歩いてみました。

朝は、午前7時半になっても夜が開けず、午後4時には日が暮れてしまう、日の短いロンドンでした。でも、気温はそれほど下がらず、昼間は12,3度くらいと、思ったより暖かでした。かえって、飛行機の中が寒くて、風邪をひいてしまいました。ひどくならず済みましたが、あまりけちらないでほしいと思います(笑)。でも、シーズンオフで座席は余裕があり、3人席をふたりで悠々使用。その上、運賃も安いのだから、文句は言えないかもしれませんね。

晴れ女がいたせいか、天気は上々、ほとんど雨が降らず、快適な日々をすごすことができました。ぼちぼちと、旅の報告をしたいと思います。まずは晩秋のロンドンの公園の風景を。どこの公園にも、プラタナスの枯葉が舞い散っていました。

 

 桜もみじも

小鳥の舞も

メタセコイアと蔦

そうだ、可愛いリス君や水鳥くんもはずすわけにはいかないな。

 

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