気ままに

大船での気ままな生活日誌

レオナルド・ダ・ビンチ展 ロンドン・ナショナルギャラリー

2011-11-26 07:36:51 | Weblog

今年の7月、永年行方不明になっていた、レオナルド・ダ・ビンチの”救世主キリスト”が発見された。個人蔵で時価160億円にもなるという、この話題作を含め、9点のレオナルド作品が、今、ロンドンナショナルギャラリーで展示されている。レオナルドの生涯作品が20に満たないといわれているので、なんと半数近くがロンドンに集結したことになる。加えて、ミラノのジャンピエトリノの”最後の晩餐”の原寸大レプリカ(オクスフォード大所蔵)も。その他、レオナルドの素描、習作が60点近く、レオナルド派の作品も30点という豪華さ。これだけの展覧会は、空前絶後(たぶん)だと思う。ロンドン・ナショナルギャラリー(NG)だから出来たといっても過言でないだろう。

レオナルドはイタリア・トスカーノのビンチ村で生まれたが、20~30歳までフィレンツェの工房で過ごし、その後、ミラノ公に雇われ、48歳までそこで仕事をする。今回の展示作品のほとんどはこのミラノ宮廷時代に完成したものである。

今回の展示の目玉はいくつもあるが、ルーブルとロンドンNG所蔵の”岩窟の聖母”が同室に飾られるというのもそのひとつである。いずれの絵も、上部がアーチ型の祭壇画で、構図はほとんど同じである。製作年はルーブルのが早い。両者の関係について真偽を含め諸説あるが、長くなるので、知りたい方は、末尾に示す参考文献をどうぞごらんください。

ルーブル

ナショナルギャラリー

NG所蔵の”聖母子と聖アンナと聖ヨハネ”。下図とはいえ、鑑賞者を意識した力作という。たしかにアンナとマリアの微笑がとても魅力的だ。1962年、バーリントンハウスからNGが多くのフアンの寄付金により買い取ったものだ。だが、事件が起こる。1987年、7月17日夕刻、ライフル銃を持った男が侵入、マリアさまの左胸に銃弾を浴びせた。修復には英国最強のプロジェクトチームが組まれ、2年半の歳月がかかった。

そして最大の話題作は、”救世主キリスト”。17世紀に英国王チャールズ1世が所有していたものだ。18世紀半ばに競売にかけられ、1900年作者不明のまま英国のコレクターに売却されたという。2005年に米国のオークションで現在の所有者に。その後、権威ある専門家らが調べ、ダビンチの真作であると確認されたという。

バチカン美術館からきた”聖ヒロニムス”。ライオンを従者とする聖者。この絵も数奇な運命を辿る。元持ち主は、板絵の上半分を 偶然、ローマの古物商でみつけ、さらにその後、偶然、下半分の板絵を靴屋さんで台として使われていたのを発見した。つなぎ合わせたものがこの作品だ。

ミラノのアンブロジアーナ図書館からは若い男の肖像(楽士)。レオナルド惟一の男性肖像画。ミラノ宮廷の親しかった楽士でないかと言われている。万能の天才レオナルドはもちろん音楽にも詳しかった。

そして、ルーブルから、ミラノ宮廷婦人の肖像。モデルは誰か。一番有力の説はミラノ公も愛人説。のちの示す、白貂(てん)を抱く貴婦人と同一人物ではないかという説もあるが、その4年後の製作で、年齢からみても別人だろう。

エルミタージュからお出ましのリッタの聖母。聖母の乳房にすがりつく幼児イエス。目がかわいい。やさしい眼差しを向ける聖母マリア。ミラノのリッタ家に所蔵されていたので、そう呼ばれる。

そして、この展覧会の看板娘、白貂(てん)を抱く貴婦人。モデルはミラノ公の愛人チェチーリア・ガッレラーニといわれている。ぼくもこの貴婦人をすっかり気に入った。モナリザの謎の微笑より、こちらの清楚さがいいほどだ。また、抱かれているテンも細密に描かれ、また可愛いこと。また機会があれば、所蔵されている、ポーランドのチャルトリスキ美術館に訪ねていきたいものだ。

どの絵もとてもとてもすばらしかった。とくに、白貂(てん)を抱く貴婦人聖母子と聖アンナと聖ヨハネ。今回のレオナルドダビンチ展は、ぼくにとっては生涯最高の美術展だったといえるだろう。今でも、み終わったあとの余韻が残っている。

最後の晩餐は別館に飾られていた。

 以下の本を参照しました。

レオナルドダビンチ 中央公論社/世界の名画別巻、井上靖・高階秀爾編)
NHK世界美術館紀行(7) NHK出版

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