気ままに

大船での気ままな生活日誌

桜の花びら 定年後

2008-04-30 06:34:01 | Weblog
ソメイヨシノはすっかり若葉一色になり、あとを追うように咲き始めた八重桜も、もう花びらを絨毯のように散らしています。トップ写真は昨日、実家の近くの公園で撮ったものです。ボクは桜の咲き始め、7,8分咲き、満開そして桜吹雪と、どの段階の桜も好きですが、このように散ったあとの、定年後の(笑)花びらも大好きです。

散歩の途中で撮った、そんな桜の花びらの写真がだいぶたまってきましたので、紹介したいと思います。
・・・

宙に舞う花びらです。さあ、定年後はどこにオチテいこうかな。


。。落ち行く先は。。

これからは散歩三昧の生活(汗)、公園の道に。


おいらは神社仏閣巡り(汗)、神社の参道に



やっぱり寄らば大樹の影だべ、同じ会社に給料半分でいいからおねげえします


おいらは川の流れに身をまかせさ。あたしは浮き草生活がいいわ



メダカは群れたがる、の性が抜けないね。クラス会とか会社の同期会とか


やっと、ひとりの生活ができてうれしいね。西行みたいに一人旅さ。


観られてばかりいたから、第二の人生は観る側になりとうどす。早速、つばきや海棠の花見。


自分の技術を生かしたい。ほかの会社でもいい。また花になりたい。・・天下りですか、ろくに仕事もしないんでしょ。


やっぱり、ここしかない。名門桜会社でもう一度花を咲かせたい。若い者には負けない。・・・でももう若葉の時代ですよ、潔くしたら。


・・
まだまだあるのですが、これから出掛けますので次回に。
今朝5時10分の我が家から観た日の出です。では今日も良い1日をおすごしください。



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”昭和の日”は葉山で

2008-04-29 20:55:46 | Weblog
今日は昭和の日。この日は、葉山ですごすのが一番です。何故って、葉山が昭和発祥の地だからです。葉山御用邸の隣りの敷地が、元御用邸付属邸のあったところで、現在”葉山しおさい公園”になっています。大正天皇はここで崩御され、ここで昭和天皇が皇位継承されたのです。すなわち”昭和発祥の地”なのです。

ボクは今日、逗子図書館に行くつもりでしたが、ふとこのことを思いだし、急遽予定変更して、葉山一色行きのバスに乗り込みました。昼前でしたので、葉山御用邸近くのお店で、いつもは葉山ラーメンをいただくのですが、今日はお刺身定食で腹ごしらえをして”しおさい公園”に入りました。門前には前述の”昭和発祥の地”であることを示す石碑が建っていました。今日は特別な日であるので、何かイベントでもあるのではないかと期待して、入場したのですが、何もありませんでした。・・その代わり”今日は昭和の日です、入場は無料です”の案内板がありました。



ボクはここのクロマツ林のツワブキの群生が大変気に入っていて、花が咲く頃には必ず訪れています。湘南随一の見所と思っています。そのツワブキはもうすっかり若葉が繁り、今年もたっぷりと花を魅せてくれるだろう、と思わせてくれました。



でも、今日は”昭和の日”に因んだ旧御用邸のおもむきを残した施設や皇室関連の石碑などを中心に回ってみました。

旧御用邸のお車寄せです。現在は、ここを玄関にした葉山しおさい博物館が建っています。ここには海洋生物を御研究されていた昭和天皇の御下賜標本等が展示されています。その他に相模湾の魚貝類の標本が多数展示されていて、結構楽しめます。



今生天皇の御即位の碑もありました。今日は葉山御用邸にご夫妻で来られているとのことでした。そういえば、警察官をずいぶん見かけました。
少し先に、皇太子ご夫妻のご成婚のお祝いの記念樹もありました。




御用邸時代からの日本庭園の池には、きっと昭和時代からの大きな鯉がゆうゆうと泳いでいました。


クロマツ林を抜けた先にテラスがあり、そこからは葉山一色海岸が一望できました。そこでは、もう子供たちが海岸に出て、磯遊びを楽しんでいました。ボクも、公園を出たあと、海岸に出て、そこで海風に吹かれながら、ボクが生まれ、青少年期と壮年期をすごした”昭和の時代”にしばらく思いをはせていました。



”昭和の日”らしい1日をすごすことができました。







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東慶寺 新緑

2008-04-29 10:15:08 | Weblog
新緑の候になりましたね。東慶寺の新緑を楽しんできました。

どこを向いても、新しいみどりが。




カエデの新緑もまぶしい。



ショカツサイも新緑を楽しんでいた。


しだ類の新緑もまけない。


苔の新緑もまけない。鐘楼前の苔庭。


石碑の前の苔道。


今年もうつくしい苔緑、真杉静枝さんのお墓の前。武者小路実篤さんが愛した人。
”仲良き事は美しき哉””人見るもよし 人見ざるもよし 我は咲くなり” 



天の橋立 (苔の橋、又のぞきでみる)


・・・
十二単(じゅうにひとえ)。もともと野の花なのに素敵な名前をもらいました。新緑に彩りを添えていました。


新緑の引き立て役(笑)。おおばべにかしわでしょうか。
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藤と牡丹と 大船FC

2008-04-28 21:19:59 | Weblog
その日の、大船フラワーセンター。藤も牡丹も見頃でしたよ。

オーソドックスな藤色系。




白色やうす紅系も。




。。。

はい牡丹も見頃でした。



様々なる衣装



様々なるアクシデント: 這いつくばっても生きる藤



這いつくばっても生きるオオシマ桜。強風で倒伏か。命をつなごうと、サクランボをたくさんつける。



命つないで、次代のエース・シャクヤク。はじけそうなまん丸つぼみ。生み月みたいね、可愛い赤ちゃん、楽しみだね。がんばってね。


心配していたひねまるこちゃん(枝垂れエンジュのボクがつけたあだな)ようやく冬眠から目(芽)を覚ましました。今年も命つないで芽吹いてくれました。がんばろうね、2008年も。







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ハンカチの木&雪餅草 in 大船FC

2008-04-28 18:20:21 | Weblog
好天の日曜日に、近くの大船FC(フラワーセンターのマイ略語です、なんかサッカーのクラブ名みたいですね)で見頃になっているハンカチの木と雪餅草を観てきました。こう書くと、いかにも事前に見頃を知っていたように思われますね、でも本当は違うんです、牡丹と藤がお目当てだったのです。思いがけず両植物の見頃に遭遇したのです。

ハンカチの木は、築山の西側の麓近くにあります。牡丹を観て、藤棚の下でお弁当を食べて、食べるのが遅いワイフを残して、ひとりで築山方面に歩いていくとき、ボクはあっと驚きの声をあげました。ハンカチの木の、白いハンカチが遠目にも鮮やかにひらひらと輝いているではありませんか。ボクは去年も一昨年も観にきたのですが、少し適期がずれてしまったせいか、カンドー的なものをみていないのです。こんなにすばらしい”ハンカチ”は、10年ぐらい前の、小石川植物園のとき以来、しばらく観ていないような気がします。うっとりながめていると、隣りのご婦人が今年はずいぶんたくさん(ハンカチを)つけてるね、と隣りのご主人に話しかけていました。あとでワイフも、こんなたくさんつけたハンカチの木は観たことがないと、同じようなことを言っていました。ハンカチ部分は白い2枚の包で最大20センチになる、発見者はパンダを見つけた人である、と案内板に記してありました。





ボクがよくカラオケで歌う裕ちゃんの”赤いハンカチ”の木もありました。そして山田洋次監督の名作”黄色いハンカチ”の木もありました。ついでながら、”青いハンカチ”の斉藤くん(この人も裕ちゃんですが)に決勝で負けた、まあ君(楽天)は頑張っていますね。今はまあ君の方が間違いなく力は上ですね。


本当の名前は、それぞれ、”紅かなめもち(品種レッドロビン)”、”黄金まさき”だそうです(汗)。
・・
そして、築山の東側の雪餅草も観ることができました。去年はその生息場所が見つからず、だいぶ後になって名札をみつけ、その場所をつきとめたのです。その日、ちょっと気になって、その場所に訪れました。あっ、ボクはまた驚きの声をあげました。そこには、いくつも雪餅草が生えているのですが、そのすべてが見頃になっているのです。ここに越してから3年目、初めてみることができました。今年は冬にシモバシラの”霜柱”も初めてみたし、この日、”雪餅”もみることができました。ついてるぞ、今年は、”桜吹雪”もみたし(笑)。



紫褐色の仏炎苞をもち、真ん中に白い先端が丸く膨れた付属物があります。これが雪の餅のようなので、この名があるそうです。ふわりとして、美味しそうですね。

この日、念願のふたつの”白い花”を観ることができ、ボクはルンルン気分で帰ったのでした。


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野に咲く花 ハルジオン見頃

2008-04-27 06:26:14 | Weblog
ボクの好きな野に咲く花、ハルジオンが見頃になりました。
満開の頃より蕾がいっぱいの今頃の、ハルジオンが好きです。

雑草といってもバカにできません。一面に咲いている野原を遠目からみてもいいし(吉野の桜みたい:ほめすぎか”、近くでみても、大接近してみても、園芸種の草花に負けないくらいうつくしいです。もともとボクは雑草という言葉が嫌いです。ちゃんとハルジオン(春紫苑)というりっぱな名前があるのですから(ボクは紫苑も好きです。海蔵寺の紫苑は毎年観にいきます)、野草と呼んであげましょう。

・・
この2,3日、ボクの散歩の途中で撮ったハルジオンです。

一斉に咲き始めた。一目千本。白やうす紅色の花がまぶしい。


乱れ髪。そして美容院いったばかりの髪。横顔もうつくしい。


つぼみと花と地蔵さんと。



若いってすばらしい(つぼみ)。青春の蹉跌(うなだれている)、ちゅーしているのも(笑)。


トリはこの方。言葉もなしです。


・・
♪野に咲く花のように 風に吹かれて
  野に咲く花のように 人をさわやかにして
   そんな風に僕たちも 生きてゆけたら素晴らしい♪


 


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ミス・ポターと自然保護

2008-04-26 11:41:36 | Weblog
近くの鎌倉芸術館で”ミス・ポター”の上映がありましたので、観てきました。ビアトリクス・ポターは、あの可愛い兎のピーターラビットの作者としてばかりでなく、ナショナル・トラストに湖水地方の広大な土地を寄託したことでも有名です。彼女の半生を描く映画というので楽しみにしていました。

彼女がどういうきっかけで、あの湖水地方の豊かな自然を守ろうと思うようになったのか、それがこの映画で知りたかったことの一つでした。実は、ボクはもう10年近く前にもなるのですが、ワイフと一緒に、ロンドンからエジンバラまでの、イングランドとスコットランドの田園地帯を3泊4日の旅行をして、途中、この湖水地方にも寄っているのです。そのとき、彼女が住んでいた家も見学しましたし、湖も船で渡りました。そのときのガイドさんのお話ですと、すでに大型バスは乗り入れ禁止でしたが、そのうちマイクロバスや乗用車も入れなくなるだろうとのことでした。現在はどうなのでしょうか。

彼女の家族の別荘が湖水地方にあり、サマーシーズンの3ヶ月間は必ずそこで過ごしていました。幼いときから、この豊かな自然の中に触れ、また動物たちともふれあい、うさぎを飼ったり(映画には出てきませんでしたが、とかげや蛇も飼っていたそうです、とかげ愛でる姫ですね;笑)、そして動物たちの絵を描いたり、物語をつくったりして育ってゆきました。こうして動物がだけが恋人という生活が長く続きましたが、30才を過ぎて、♪ある日突然♪ヒトとの(笑)恋が生まれました。その人は”ピーターラビット”を世に出してくれた編集者だったのです。ところが、婚約中に急死してしまいました。

その日以来、彼女の頭の中は真白になってしまい、思考が停止し、全く作品がつくれなくなってしまいました。そしてロンドンを離れ、ふらふらと行き着いた先は、あの湖水地方でした。ちょうど売りに出されていた農地と農家を買い、そこに住み始めました。そして、豊かな自然に触れているうちに、みるみる息を吹き返してきたのです。

その後、近所の農地が売りに出されたときには、開発業者と競り合い、次々と農地を獲得してゆきます(その頃はたくさんの印税で大金持ちになっていたのです)。こんなすばらしい自然を土建屋さんに壊されてたまらないと、積極的に買いに出たのです。

農地の売買で知り合った地元の弁護士と結婚したあとは、仕事を止め、その後、湖水地方に住み続け、牧畜と自然保護活動に専念しました。消えゆく豊かな自然を保全するためナショナル・トラストの設立に尽力しました。さらに自分の財力で湖水地方の農地を次々買い足し、最終的には4千エーカーもの土地を獲得しました。

これらの土地はすべて、ナショナル・トラストに寄託され、永遠に保護されることになったのです。ピーターラビットで子供たちに夢を与えただけではなく、豊かな自然を次代に残した、ビアトリクス・ポターは本当に素晴らしい人だと思います。

・・
日本では鎌倉がナショナル・トラスト発祥の地なのですよ。鶴岡八幡宮の裏山の麓にその碑があります。このあたり”御谷(おやつ)”と呼ばれるところですが、突如、宅地造成計画が持ち上がり、その反対運動がきっかけになって、文化人、市民、そして市が分担して買い取り、その自然を守ったというものです。1964年のことでした。英国に比べると、だいぶあとになりましたね。

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いつまでも残したいかまくらの自然


御谷の”古都保存法発祥の地”の碑。ここでのナショナルトラストが引き金になった。


湖水地方。


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鷹か鳶か

2008-04-25 11:36:23 | Weblog
今朝の散歩の出来事。
散歩の途中、よく寄る子供広場(づっと昔は食用のウシガエルの飼育場所だった、その餌にアメリカから輸入したアメリカザリガニも放されていた、すなわち、アメリカザリガニの発祥の地でありんす、エヘン;いばることなしの声も)に巨大な鳥を1羽発見。雉ぐらいの大きさ。なななんだ。ここには普段は鳩か雀しかいないとこなのであるんよ。3年間、散歩して初めての遭遇。今日は広場に誰もいなっかった(これもめずらしい)、そのせいかもしれない。ボクはあわてて、腰の拳銃じゃない、腰のデジカメをトリだし、そのトリをトリトリしたのでした。パチリ。



もしかして、大鷹ではないか、一瞬、ボクの頭によぎりました。先日、北鎌倉の大蛇桜をみに行ったとき、途中で空高く舞うオオタカに遭遇しているからです(ガイドさんが断言したから間違いない)。この鷹は豊かな自然がないと生きられません、そうも言われたです。豊かな自然のシンボル。もしそうならうれしい。ボクの気配を感じたのか、突如トビ始めました。豊かな胸じゃない、羽根を拡げてトビ去りました。ひょっとしたらトビではないかとふと不安になりました。



空を見上げると二羽になっていました。カップルですね。でもよく長谷寺の上空で舞っているくるりと輪をかいたようなトビ方はしていません。ゆったりとして鷹のようです。やっぱり鷹かもしれない。鷹であって欲しい。ボクは中学まで三鷹に住んでいたのだ。できれば三羽になって三鷹になって欲しい。でも三角関係は困るのだ。



そして、山の向こうに飛び去っていきました。鎌倉には豊かな自然がまだまだ残っています。ふと、昨日観た映画、ミス・ポターを思い出しました。彼女も湖水地方の自然保護に力をつくしました。



鷹か鳶か、家に帰って調べてみました。オオタカは腹が白っぽいので、この鳥は、どうも鳶のようです。残念なり、腹黒い鳶であった。でも希望はあります。あのカップルに期待しましょう。トンビが鷹を産むということわざもありますしね。


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チューリップからチューリップ 

2008-04-24 20:58:44 | Weblog
今朝の散歩でみつけたお寺の鐘楼の前のチューリップ。
いかにも、チューリップらしいチューリップ。小学生の頃、画用紙にクレヨンで描いたチューリップはこうでした。花弁の先っぽが三つぐらいに分かれていて、葉っぱもこのように。あまりのうつくしさにうっとり。


うっとりしてたら、若かりし頃のチューリップの歌を口づさんでいました。チューリップからチューリップの連想、単純な頭の構造ですね。♪ああ だから今夜だけは君を抱いていたい♪出だしのメロディがなんともいいですね。その頃、まだボクも独身時代でした。


心の旅(昭和48年)

作詩/作曲 財津和夫
歌唱 チューリップ

ああ だから今夜だけは君を抱いていたい
 ああ 明日の今頃は僕は汽車の中
  旅立つ僕の心を知っていたのか 
遠く離れてしまえば愛は終わるといった
 もしも許されるなら眠りについた君を 
  ポケットに詰め込んでこのまま連れ去りたい
ああ だから今夜だけは君を抱いていたい 
 ああ 明日の今頃は僕は汽車の中

賑やかだった街も今は声を静めて 
 何を待っているのか 何を待っているのか
  いつもいつの時でも 僕は忘れはしない 
愛に終わりがあって心の旅が始まる
 ああ だから今夜だけは君を抱いていたい 
  ああ 明日の今頃は僕は汽車の中




ちょっぴりロマンチックな気分で帰るときに、見かけたアパートの庭に群生する小判草。”小判草 これが金なら おおもうけ”と口づさんでいました。一気に、アンチロマン派に。


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薬師寺展 in 上野

2008-04-24 11:52:43 | Weblog
上野の東博で開催されている”国宝 薬師寺展”を観てきました。年間パスポートをもっているのでただです、特別展全部みなきゃ(汗)。

薬師寺というと、いつも故高田好胤住職のことを思い出します。中学の修学旅行のときの、お寺の紹介のお話しがとても面白くて、そのときの和尚さんのお顔をずっと覚えていました(話の内容は忘れてしまいましたが)。お名前を知ったのは大部あとのことで、住職が本を書かれたりして、すっかり有名になられてからでした。

今回の展示の目玉は、国宝の日光、月光菩薩立像です。2体揃って寺外で公開されるのは今回が初めてなんだそうです(ということは、ボクは1300年目の幸運に巡り会ったということです)。薬師寺は修学旅行以来、一度訪れたかどうかという程度で、この仏像さんたちについての記憶があまりありませんでした。

市原悦子さんの音声ガイドにうなずきながら、休ヶ岡八幡宮(明治新政府のおかしな制令による廃仏毀釈までは、薬師寺と共存していた)の八幡三神像や薬師寺東塔の伏鉢や東塔水煙(模型)と進み、大広間に出ますと、目の前にどかんと2体が姿を現わしました。日光、月光菩薩立像、そろい踏みです。

な、なんと大きな仏像さんだろう、3メートルはあります。そして、お姿がなんとうつくしい、八頭身、理想的な体型です、くびれもすばらしい(汗)、”くびれのカリスマ”と言われたあの方も脱帽だろう(笑)。それに黒光りしたつやつやしたお肌もすばらしい(当時は金色だったそうですが、今の方がいいな)。すっかり気に入ってしまい、ずいぶん長い時間、みつめてしまいました。御お尻(笑)も、みさせていただきました(お寺に安置されているときには絶対みられないそうです)。三月堂の日光、月光菩薩像は以前から好きでしたが、これからは薬師寺の両菩薩も”マイお気に入り”に入れておきたいと思います。

両菩薩の説明ガイドのバックに、声明が流れていました。薬師寺の春の法会”花会式(はなえしき)”で、ご本尊・薬師如来と両脇の日光、月光菩薩に捧げられる声明”称名悔過(しょうみょうけか)”です。とてもすばらしい”音楽”でしたよ。花会式は別名、修二会(しゅにえ)とも呼ばれ(二月堂のお水とりもそうですね)、薬師寺最大の行事だそうです。是非、一度、実際の声明も聴いてみたいです。

帰ってから、和辻哲郎さんの”古寺巡礼”を開いてみましたら、やはり両菩薩を訪ねていました。その場面を紹介しますね。

金堂へは裏口からはいった。再会のよろこびに幾分心をときめかせながら堂の横へ回ると、まずあの脇立ちのつやつやとして美しい半裸の体がわれわれの目に飛び入ってくる。そうしてその巨大なからだを、上から下へとながめおろしている瞬間に、柔らかくまげた右手と豊かな太腿との間から、向こうに座っている本尊薬師如来の、とろけるような美しさをもった横顔が、また電光の素早さでわれわれの目を奪ってしまう(古寺巡礼)

これを読んで、ご本尊さまも、是非実物を拝見しなければという思いが強くなりました。両菩薩が奈良にお帰りになられた頃に伺い、再会したいと思います。

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国立博物館を出て、芸大の横を抜けて、谷中から千駄木を歩き、ちょうどツツジが見頃の根津神社に寄って帰りました。

・・
散歩途中の古い酒屋さん。つい寄りたくなる(汗)



谷中はお寺の町。散歩道に20以上はあったかな。いくつかパチリ。



根津神社のつつじ、まるまると咲いていました。






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